第24話 増える苦悩
「前提として、町や国にいる人達は皆、魔物に対して敵対心を持っています」
村長は最初にそう言った。
「そういう風に教育されているからです。
もっとも、村や集落にはそういったモノは行き届いていないですがね」
「あ、魔物側もそんな感じです」
口をはさんだのはアメリだ。
「なので、我々が警戒するべきなのは力の魔王、そして近隣諸国らです。
特に警戒すべきなのは帝国ディスクリンド。
あそこは人間至上主義で、病的なほど魔物を毛嫌いしています。
彼らと対等に渡り合えるほどの武力を手に入れる事、これは絶対に為さなければいけない最優先事項です」
「うーん、だとすると……」
勢力図を見ながら思考を巡らせる。
武力、つまり他の国に負けないほどの軍が必要だ。
僕や僕の従者達だけが強くなるのでは無く、全体の戦闘力の平均値を上げなければならないのだ。
というか、そもそもの話として何千何万規模の兵士が必要だ。
それに軍の教育、装備、その他諸々……考える事が多い。
「コウさん、一つ提案があるのですが……」
「じゃあ、えっと、最初にやるべきは……」
「「力の魔王を配下にする」」
僕と村長は同じ結論に至った。
他の村などから有能な者を引き抜いたり、武具の調達をしたりなんかは今の段階じゃ百年あっても足りない。
だが、魔王自体を取り込めば色々な事が一気にスキップ出来る。
少し……いやかなり強引だが、これをしなければいけないだろう。
「本当に出来ますか?」
「ああ、出来なきゃ終わるからね」
いばらの道、そんな言葉がピッタリだ。
でも、僕は引き返すつもりは全く無い。
奪われるぐらいだったら奪ってやる。
「分かりました。この村の村長として、私もやれるだけやってみます」
「ああ、頼んだよ」
村長の目に覚悟が宿る。
ようやくこの人も配下に加わってくれたようだ。
その時、教会の扉をノックする音が響いた。
「失礼します。主様、ガルル様一行、シルヴァ様一行が到着いたしました」
「よし、入ってくれ」
ネリーに連れられて族長達が教会に入ってくる。
およそ4,5人といったところだろうか。
会議に必要なメンバーが集まったのを確認し、僕は言葉を発した。
「それじゃあ、始めよう。
まず、シルヴァとガルル、集落に帰った後はどうだった?」
彼らが昨日の事を包み隠さず説明したのなら、僕を新しい主とするのを反対する者も出てくるはず。
そう思い質問したが……
「俺たちが負けた事を伝えると、奴らはこれまでにないぐらい驚いていたな。
負けた事よりも俺たちが素直に負けを認めた事に驚いていた感じだったが。
ちなみに、コウさんに仕える事に反対意見を持つ者はいなかったな。
むしろ、どこか納得しているぐらいだった」
「なるほど」
ガルルの報告を聞いた後、僕はシルヴァの方を見た。
「ボクの方は何人か反対する人がいましたが、少しお話しをしたらちゃんと納得してくれました」
「お話し?」
「はい、コウさんに仕える事の素晴らしさを語っていたら、いつの間にか向こうも納得してくれました」
「そ、そう……それは良かった」
何だか急に部屋がしっとりとしてきたので、早々に話を打ち切る。
ひとまず問題無しという事なので、次の議題に移ろう。
「ところでガルル、オリハルコンは持って来たか?」
「ああ、昨日言われたからな、手頃な大きさの物をいくつか」
ガルルは持っている袋から、青く光る金属をごろごろと机に広げた。
僕はその内の一つを手に取り、まじまじと見る……が、良し悪しなんて全然分からん。
「ボス、これをどうするんですか?」
「そりゃあ、これで武器を作ったり、お金に変えたり」
「無理ですよ」
アメリはきっぱりと言い放った。
「ボス、確かにオリハルコンは希少な金属なのでいい値段で売れます。
それに武器の素材としてもこの上なく優秀です。
ですが、今の私たちはそのどちらも出来ないんですよ」
「もしかして、原石だから?
でも、精錬設備と鍛冶屋さえ用意すれば――」
「オリハルコンの精錬にはとてつもない温度の炎を持つ設備と、王国が囲い込むぐらいの卓越した技能を会得した鍛冶屋が必要です。用意出来ますか?」
アメリの言葉が胸に刺さる。
確かに今はその両方とも無い、結構マズイ状態だ。
「うう……辛い」
考えれば考えるほど問題が浮き彫りになる。
まったく、胃に穴が空きそうだ。
「ボス、そこまで気に病む事はありません。
時間をかけてゆっくりと解決していけばいいんです」
「うん、そうだな、ストレスで潰れるのも嫌だし、すっぱり忘れとくか」
「え、ええ。ポジティブに考えるのはいい事ですが、頭の隅ぐらいには覚えていて下さいね?」
オリハルコンの件も一息ついたので、次の議題に移った。
とは言え、残りは結構とんとん拍子に進んだ。
ヨームとジュードの提案で、3つの村を行き来しやすくなるように班を作って道の整備をするという話になったが、これにガルルが大賛成。
なんだか「俺たちに現場を任せてくれれば一週間もたたずに終わる」と息巻いていた。
後はそれぞれの食料の備蓄や家畜や畑で育てている物、
全体の人数などを聞き取り、書記担当のネリーに書き取らせた。
「こんな所かな、話す必要のある議題は」
「主様、議事録の確認をお願い致します」
ネリーは書き取った紙を僕に見せる。
全体の流れがまとまっていてとても見やすい、流石は僕の秘書だ。
「ネリーさんって文字が書けるんですね」
「シルヴァ、何を当たり前の事言って……いや、まさか」
僕はここで、ある重要な要素を忘れていた事を思い出す。
そう、ここは異世界、日本の常識が全く通用しない世界だ。
例えば、識字率とか。
「この中で、文字が書ける者は手を上げてくれ」
手を上げたのは僕の従者達、村長と神父、そしてアメリだけだった。
話を聞くと、風操、魔人族、獣人の中で文字が書ける者は一人もいないらしい。
しかも計算が出来る者もそんな感じだと。
色々と追加で話し合ったが最終的に、仕事の合間や終わりに時間を作って皆で教えていく、という方針になった。
全員が読み書き、計算を出来るようになるには一年ぐらい必要だろうか。
こればっかりは時間をかけてやっていくしかないだろう。
「さて、本来より少し長引いたが、これで会議は本当に終了だ。
そんじゃ、解散」
一人、二人と教会を出ていく。
僕も、外に出よう。
「ムサシ、ベル、付いてきてくれ。
行かなければならない場所があるんだ」
「主様、私達もご一緒させてくださいませんか?」
「……いや、ネリーとジュードは村に残ってくれ、大人数で行く場所じゃないからな」
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目的の場所に着いた時、空は橙色に変わろうとしていた。
二人はこの場所に来て、目に見えて顔色が悪くなる。
「ここは、あの」
「ああ、アントンとメルケルが殺された、あの洞窟だ」
「主様、何故このような場所に?」
そりゃあ、僕だって好きでこんな所の来た訳じゃない。
「二人の事はちゃんと弔ってやりたいからな。
せめて、ギルドのライセンスカードぐらいは回収してやらないと」
僕は中に入ろうとしたが、洞窟の入口で足を止めてしまった。
あの時の光景がフラッシュバックしてしまったからだ。
「コウ、怖いの?」
「いや大丈夫、大丈夫だから」
動かない身体を引っ張るようにして無理に動かして入ろうとする。
が、ベルがそれを手で制止した。
「私に任せて」
彼女は息を大きく吸った後、口からよく響く音を出した。
いつの日かに聞いた虫を呼び寄せる音だ。
しばらくして、ベルはしゃがみ込んで足元の何かと話をした。
その正体はアリだ。
彼女はアリ達にカードを取ってくるよう頼んだらしい。
「すぐに取ってきてくれるって」
「そう、分かった」
すぐに、とは言うがアリの移動速度なんて高が知れている。
のんびりと待とう。
「主様、何かの気配がします。こちらに近づいているようです」
「ふうん、魔物? それとも鹿とか?」
「いえ、人間です」
ムサシが注視している点を見ると、確かに近づいている人影が見えた。
人影は、堂々とその姿を僕らに現した。
「アンタたち、こんな所で何してんの?」
その人は、長く艶やかな黒髪が印象的な女性だった。
大人っぽくもあるが、どちらかというとティーンエイジャーっぽい顔立ちをしている。
「僕はコウ、こっちはムサシ。Bランクの冒険者だよ」
僕らは彼女にカードを見せて冒険者を証明した。
すると、向こうも同じようにカードを見せてきた。
「私はマナ、あなた達と同じBランクの冒険者よ」
宝玉を銜えた木の棒と気品ある白いローブを見る限り、多分この人は魔法使いなのだろう。
「僕らは忘れ物を取りにここに来たんだ、君は?」
「私はクエストで調査に。この辺りで獣人族の群れを見たことはない?」
「ああ、それなら僕らが住んでいる人間の村で匿っているよ」
マナの表情が固くなる。
「……連れていってもらえるかしら?」
「いいよ。ただし、問題だけは起こさないでね。彼らは善良な魔物だから」
「善良な魔物なんているわけ無いじゃない」
「何か言った?」
僕はその言葉をハッキリと聞き取った。
だが、敢えて聞いてないフリをした。
「いいえ、何でも無いわ。それより、早く案内してくれない?」
「もちろん良いよ。でも少しだけ待ってくれ」
二人のライセンスカードを回収した後、マナと共に村に向かって森を歩く。
既に日はほとんど落ちており、空に浮かぶ星は百を超えていた。
「主様、あの女を連れて本当に大丈夫でしょうか?
ここで始末したほうが……」
「物騒だねえ、まあ何とかなるっしょ」
「ですが、もし村の内情を知られたら……」
「逆に包み隠さず全部教えてやるんだよ。きっと分かってくれるって」
ムサシとのひそひそ話を終え、後ろを振り返る。
マナに怪しまれてないか心配したからだ。
「……によって魔物を閉じ込める壁を作り、我に悪を裁く機会を与えよ」
彼女の髪が白に染まっていく。
うーん、何か嫌な予感がするぞ。
「コロッセオウォール!」
彼女が言葉と共に杖を地面に刺すと、周囲に高い壁が現れて僕らとマナを完全に包囲した。
いつの間にか、彼女の目の色は黒から殺意の籠った深紅へと変わり、そこには別人の様になったマナが立っていた。
「私は特異転生者、早乙女 真奈。
帝国ディスクリンドの名において、不浄な魔物とそれに与する愚かな貴方たちを粛清するわ」