第22話 その矢、四肢を貫いて:後編
オリハルコン、その言葉を聞いたムサシは苦虫を嚙み潰したような顔をした。
きっと僕も同じ顔をしていることだろう。
「凄え硬いだろ、俺たちの集落はこんな物がゴロゴロ手に入る鉱石の採掘場を偶然見つけちまったんだ」
ガルルはオリハルコンの棒を高々と掲げ、自慢げに語る。
「まあ、こんなに使いやすい形はそうそう見つからないがな」
そこまで話すと、ガルルは再びムサシに向き合った。
「決闘を濁して悪かったな! さあ、再開だ!」
再びムサシの剣とガルルのオリハルコン棒が激突する。
やはり正面からでは押し負けてしまい、ムサシは剣を手放しかけた。
ガルルがその隙を見逃すはずが無く、追撃を加えようとする。
だが、ムサシの目は死んでいなかった。
「ぐおお! 超回避!!」
ムサシはスキルを使い、間一髪で攻撃を避けた。
ちゃんとスクロールを与えといてよかったよ。
「チッ、決まったと思ったんだがな」
悪態をつくガルルをよそに、ムサシは剣に魔力を込め始めた。
「主に捧ぐは我が忠誠、剣に捧ぐは我が魔力。
主に逆らう全ての敵を滅するべく、その刀身を変え、我らに漆黒の威光を見せよ!
魔剣錬成!!」
その言葉と共に、ムサシの持つ剣が黒く染まる。
ムサシには超回避の他に、『魔剣使いLv.2』というスキルも持っている。
このスキルを使うことで、術者の命や魔力を代償にして剣に特殊能力を付けることが出来るのだ。
だが、スキルを使用している間は魔力がどんどん無くなっていく諸刃の剣。
冷静さが重要なのだが、今のムサシは……
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剣に更なる切れ味を付与し、もう一度奴に突っ込む。
真っ正面からの打ち合いなら絶対に負けないはず、なのに……
「どうした、どうした! 打ち込みにキレが無いぞ!」
「くそがぁあああ!!」
駄目だ。ヤケクソに剣を振ったところで奴のオリハルコンは折れない。
このままでは主様に顔向け出来ない……どうしたら。
そう思った時、主様の声が響いた。
「ムサシー! 一つの事に拘りすぎるな! もっと思考を巡らせろー!」
主様の応援で、俺の頭はやっとスッキリした。
そうだ。よく考えれば馬鹿正直に武器を壊す必要は無い。
肝心なのは俺がガルルに勝つ事だ。
俺は剣を納め、奴に突進する。
「もう一度!」
「ハッ、何度やっても同じだ!」
奴の棒が横に薙ぎ払われる。
それを受け止めず、俺はその下をかいくぐった。
「なっ!」
「身長の差があだになったな!」
背後に回り込み、奴の太ももを思いっ切りぶった斬った。
「ぐうっ!」
ガルルが大きくのけ反った瞬間に髪を掴み、そのまま体重に任せて引き倒す。
喉に剣を当てると、奴はようやく抵抗をやめた。
「俺の……勝ちだ!」
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ムサシが勝利を宣言すると、辺りに無言の静寂が漂う。
「大将、ガルルの首は風操が獲った。この抗争は僕らの――」
「ふざけるな!」
叫んだのはガルルだ。
「俺が死んだところで魔人族の戦士が止まるはずはねえ!
俺たちは最後の一人が死ぬまで戦いを続けるぞ!」
その言葉が魔人族を鼓舞させ、彼らは進軍を再開した。
やれやれ、ホントとんでもねえ集団だ。
まあいいや、これも織り込み済みだったし。
成功を得る為に沢山の矢を用意するのは重要だ。
だが、最も必要なのはたった一本の『必勝の矢』なのだ。
僕は両手を上げ、二つの火球を空へ打ち放った。
それが、最後の作戦の合図だ。
「止まれ!」
言葉と共に、魔人族の前に何者かが立ちふさがる。
そいつらは弓に矢を置き、相手の行動を阻害していた。
「えっ! あの人達って魔人族の弓兵、ですよね?」
シルヴァは目を丸くして僕に答えを求めてくる。
まあ、そういう反応をするだろうね。
なにせこの計画は僕と弓兵と、アイツしか知らないんだから。
「なっ! 貴様ら、何故裏切った!」
「……胸に手を当ててよく考えてみろ」
ガルルの叫びに、リーダー格の眼帯を付けた男が冷酷に返す。
「クソッ! 何に目が眩んだ、金か? 力か? それとも――」
「違う。俺はお前の間違いを正そうとしたんだ」
「間違い? 間違いだと? 一体俺の何が気に食わなかったんだ!」
「……お前が族長になって最初にやった事は、戦士とそれ以外で明確な格差を作ることだった。
そのせいで、集落はどんどん歪んでいった」
「何を言う、俺たち魔人族は最も戦闘に秀でた魔族、その集落が戦士を優遇するなど普通の事だ! そもそも、ずっと前からそうだっただろ!」
「戦士を優遇するだけで、それ以外を軽蔑する事は無かった!」
二人の口論はヒートアップしていく。
あの眼帯の男、かなり溜め込んでいたようだ。
「当然、俺たちにもその矛先が向いた。
その時から思ったんだ、お前は族長として不十分だとな」
「な、何だと!」
「だが、だからといってお前を族長の座から降ろすと多くの戦士が反発する。
どうしたものかと考えていたら、少し前にこの者が現れてな」
待ってましたと言わんばかりに、森の奥からアメリが登場した。
「提案を受けたんだ。協力して族長に目にもの見せないか、とな」
そこまで話すと、眼帯の男は僕を見る。
「なあ、ガルル。この人の、コウさんの指揮を見ただろう。
それぞれの個性、特性を最大限に活用し、彼らを纏め上げて困難な壁すらも打ち破る姿を。
お前も族長ならば、こうあるべきじゃないか?」
「ぐ……」
「俺たちが裏切ったのは事実だ。だが、その原因の一端はお前にある。
この抗争で、それが分かっただろ?」
ガルルはしばらく葛藤した後、諦めた様に口を開いた。
「俺は……間違えていたのか」
「うん、そうだと思うよ」
僕はガルルの目の前に立ち、彼の混濁した目を見る。
そして、ムサシに指示を出して彼を立たせた。
「ガルル、魔人族ごと僕の配下になれ。
敗北を認め、更に成長するんだ」
僕は手を出して握手を求め、彼はそれをすぐに握り返す。
再び見たガルルの目は、真っ直ぐに透き通っていた。
「アンタの事はまだよく分かんねえけど、信じてみることにするよ」
「いいよ、まずはそれで構わない」
その時、もう一人の配下が僕の腕を掴んだ。
「ボクも信じますから、ね!」
シルヴァが僕の腕を掴み、満面の笑みを見せてくる。
魔人族と風操の抗争は、こうして終わりを迎えた。