第21話 その矢、四肢を貫いて:前編
開戦の音が響き渡ったしばらくの後、魔人族は進行を開始した。
彼らの足取りはゆっくりと一歩ずつ、まるで領地を徐々に侵略するようだ。
魔人族の前衛がハッキリ見えた所で、僕はあるものを取り出した。
それは木を削り出して作られた小ぶりな笛。
ハーピーにのみ聞こえる音を出す犬笛の様な物だ。
僕はその笛を口に付け、大きく息を吐いた。
全く音が聞こえなかったが、本当に伝わったのだろうか?
シルヴァ、頼んだぞ。
ーーーーーーーー
「キー! キー!」
ハピ子が背中に乗っている私を見ながら訴えかけてくる。
どうやらコウさんから合図が来たらしい。
緊張で胸の鼓動が早くなる。
深呼吸をしながら胸を軽く叩き、ボクは声を上げた。
「全ハーピー、ゆっくりと離陸。
足元の荷物を忘れないように」
木々を超え、平原が見えた所で高度を維持するように伝える。
そのまま、ボク達は魔人族へ向け移動した。
魔人族もボク達を見つけたようで、足を止めて指をさしながら後ろに向かって指示を飛ばしていた。
彼らの目はハーピーが足で持っているカゴに集約している。
向こうも何かを察したようだ。
真下の景色が森から草原に変わった時、彼らの中から人をかき分け別の魔人族が最前列に出る。
その魔人族は弓を持っていた。
奴らは弓に矢を置き、狙いを定めて引き絞る。
コウさんだったらこの状況も「全て想定通り」とでも言うのだろうか。
「全員、魔法の詠唱を開始! 風を送って!」
シルフ達はそれぞれ詠唱を始める。
ボクも両手を目の前で組み、祈る。
この時、ボクの鼓動は最高潮に達していた。
緊張で吐きそうなのを何とか抑える。
失敗は許され無いのだ。
「嗚呼、風よ。
願わくば、その御力にあやかる我らの願いを聞き届けてはくれないだろうか。
我が願いは守りと逆襲の力。
風よ、汝が私を友と認めるならば、その力を今、友の為に貸したまえ。
そして……」
絞り出すように言葉を続ける。
「どうかボクに、勇気を与えて下さい」
身体中に力が満ちる。
儀式は成功したようだ。
下に目を向けると魔人族は既に矢を放っていた。
当たるまであと少し、大丈夫ボクならできる。
魔力を集中させ、ボクと矢の間に風の塊とそれを中心に回る渦を置き、皆でそれを強化させる。
風の渦は力を増して更に体積が大きくなっていく。
そして遂に、放たれた矢がボクの魔法と接触した。
矢はその力の方向をゆっくりと曲げられて、やがてその方向が完全に真逆になる。
その矢は、魔人族に向けて再び放たれた。
「風操の未来はボクが創る!
カウンタートルネード!!」
ーーーーーーーー
正直に言おう、この作戦の最大の不安要素はあの魔法だった。
強力な風を作って力の向きを変え、魔人族の武器をそのまま利用する。
最初は革新的だと思ったさ。
でも、その後かなり悩んだ。
もし魔力が足りなかったら?
もしシルフ族が協力しなかったら?
もし魔法が作れなかったら?
メチャクチャ悩んだ。
だが事実、作戦は成功し魔人族は返された矢が刺さって阿鼻叫喚となっていた。
だから敢えて大声で言ってやる。
「しゃあ! 全て想定通りだぜ!」
風操は速度を維持しつつ進軍を続ける。
魔人族の方は、なんと弓兵にもう一度撃つよう言ったらしい。
当然ながら何度やっても同じ。
再び彼らに矢の雨が降り注いだ。
「止め! 撃ち方止めだ! 下がってろ魔人族の面汚しが!」
流石に言い方ヒドくね?
矢の攻撃が効かなくなって、敵さんの方も焦りが出ているようだ。
さて、作戦の第一段階「跳ね返りの矢」は完了。
次の作戦のため、ここで一つ檄を飛ばすとしますか。
「合図を出したら攻め込む。
全員、抜剣。モエギは何時でも撃てるようにしろ」
時に、戦場において石というのは大きな武器になる事がある。
武器が無くなった際に手頃な石を拾って殴りつけたり、カタパルトを使って投げつけたり。
今回もそうだ。
風操は石の詰まったカゴを持って近づき、魔人族の頭上まで接近する。
そして、それを落として必殺の一撃を食らわせる。
そういう作戦……だと奴らは思い込む。
風操と魔人族はあと少しで接触する。
魔人族が何が起きるかを理解しても未だに森の中に逃げないのは、やはり彼らにも戦士としての誇りがあるからだろう。
僕はそういう武人肌なところ好きよ。
今回はガッツリ利用させて貰うけどね。
連中はカゴが気になり、上の方ばかりを気に掛けている。
そうだよねえ、一番危険な物は警戒するよねえ。
でも、そんな状態でもし地上からも敵が来たらどうなるかな?
「行くぞ! 全員突撃!」
言葉と共に、僕らは魔人族に向かって走る。
向こうも予想外の事態に焦っているようだ。
大方、上にいる風操だけで全部だとでも思っていたのだろう。
「奴らを迎え撃つ! 突撃だ! 風操の投石は気合いで避けろ!」
前衛の中でも特に目立つ格好の男は僕らと風操を交互に見てそう言った。
気合いで避けろはいくら何でも適当すぎないか?
だが、奴らはその声で踏ん切りがつき、雄叫びを上げながら突進してきた。
「今だ! 落とせ!」
僕が風操に合図をすると、ハーピー達の足からカゴが落ちる。
その中の一つに僕は十八番のファイアーボールで火をつけた。
カゴは見事に燃え盛り、魔人族の一人にそれが当る。
そのカゴは予想通り、木製の鎧に火を移した。
「う、うあああ!! 火が、火が俺に移った!」
「ハハハハハ! 動かないと消えないよ。そら、そら」
僕は必死に地面を転げ回る男を見ながら、周囲にある葉っぱや木の枝の詰まったカゴにもさらに炎を移す。
「さあ、作戦の第二段階開始だ!」
ムサシ達は向かってくる魔人族と正面から戦う。
手の空いた風操達は燃えるカゴに突風を吹かして奴らの背中に当てる。
これが二つ目の作戦、「炎の矢」だ。
もはや敵の方は作戦も陣形もあったもんじゃ無い。
燃えている奴は転げ回り、燃えていない奴はぶっ倒される。
「ぐあっ!」
「何だ? 誰にやられた? ま、まさか向こうにも狙撃手が」
敵の一人がモエギの存在を知覚したが、場所は特定出来ていないらしい。
かなりイイ感じに隙のある敵を狙撃しているようだ。
後衛で待機していた魔人族も来たが、あまりの惨状に絶句していた。
「な、なんと卑劣な、これがお前の戦い方か」
「卑劣ぅ? 僕はただ、無い頭を必死に動かして勝てる可能性のある作戦を立案しただけですが」
「き、貴様!」
「……それにしても、君達の族長は何をしているんだ?」
僕の言葉で魔人族は顔を見合わせる。
やはり、将軍様は一番後ろで待機しているようだ。
さあて、仕上げをしますか。
「ムサシ、作戦の最終段階に移る。アレを実行しろ」
「かしこまりました」
ムサシは魔人族を見た。
正確には魔人族のいる方向をだ。
そして、大きな声でこう言った。
「おーい、ガルル聞こえるかー
魔人族はとんだ腰抜けの集まりだなー」
ムサシの言葉で魔人族は目に見えて怒った。
ただ、なんだかムサシはちょっと棒読みっぽいような気もする。
「まぁ、族長が族長……それも仕方ねェか。
魔人族は所詮……敗北者じゃけェ」
挑発の内容を考えたのは僕だが……もう少し独自色を出すべきだっただろうか。
……いや、ちゃんと掛かってくれたし良しとするか。
「へえ、俺たちが敗北者だと?
まだ戦は終わってもいないのに随分な言い方だな」
思った通り、他の魔人族を突き飛ばしながらガルルが登場した。
アイツもかなり頭に来ているのがよく分かる。
「いいや、戦はもう終わる。お前たちの敗北をもってな」
ムサシは恐れずに前へ進み、族長の真正面に立った。
「俺はコウ様の忠実な剣、ムサシ。族長ガルル、お前に決闘を申し込む」
「いいぜ、受けて立つ」
ガルルの雰囲気が一変し、奴の闘気が練り上がる。
そして、奴は後ろにいる魔人族に目を向けた。
「手前ら、これは男同士の正当な決闘だ! 絶対に手ぇ出すな!」
ガルルは背負っていた青く光る不思議な棒を取り出し、構えを取った。
ムサシは逆に、剣をしまって腰を下ろす、居合の構えだ。
よし、ここまでは作戦通り。
「コウさん、私達は何もしなくていいんですか?」
いつの間にか降りて来ていたシルヴァが尋ねた。
「ああ、ムサシがこの決闘を正面から勝ってこの抗争を終わらせる。
それが三つ目の作戦『言葉の矢』だ」
そもそも僕は風操を勝たせる為に来たんじゃない。
風操と魔人族、両方を仲間にする為に来たんだ。
つまり、向こうにも納得して負けてもらわないと困るのだ。
「まずは俺から……行くぜ!」
最初に動いたのはガルル。
強烈な踏み込みで一気に距離を詰め、棒を叩き下ろす。
だがすんでの所でムサシは避ける。
「今度はこっちの番だ!」
ムサシは高速で剣を抜き、ガルルを斬りに掛かる。
だが、ガルルは振り下ろした棒を強引に引き寄せ、その剣を止めた。
ムサシは分が悪いことを察し、後ろに飛ぶ。
「その棒の素材、ただの鉄や鉱石では無いな、一体何だ?」
「お察しの通りこいつは普通の金属じゃ無い」
ガルルが持つ棒の正体、それは――
「オリハルコンだ」