第20話 全て滞りなく
ぐっすり眠って翌朝。
僕らは魔人族の村がある方向に真っ直ぐ歩いていた。
別に奇襲なんて事がしたいワケじゃない。
ただ抗争に相応しい平原を求めて歩いているだけだ。
シルヴァによると、そう遠くない位置にあるらしいのだが……
「主様、着きましたよ」
ムサシの言葉と共に広い原っぱの風景が飛び込んでくる。
確かにこれだけ開けているのなら戦いには打って付けだろう。
「よし、全員ここで待機。他の奴らの合流を待つ」
そう指示を出すと、それぞれ楽な姿勢で休憩を取り始めた。
僕も木にもたれかかって、なんとなく上を見上げた。
文字通りの雲一つない晴天、太陽の位置からして後一二時間といった所か。
「コウさん、今少しよろしいですか?」
顔を下ろすとアメリが目の前に立っていた。
気配を消して近づいたのか?
全く分からなかった。
「そこにいたのか、ガキの様に小さいから全く気付かなかったよ」
「失礼な、確かに体躯は人間の子供そのものですが、これはエルフの成長速度が遅いだけで私の実年齢はもう20歳なんですよ」
うーわ、コイツ僕より年上かよ。
なんかやりにくいわ。
「まあ、それは良いとして、合法ロr……じゃなくてアメリ、何か報告があるんだろう?」
「はい。まず偵察の結果ですが予想通り敵軍の数は総勢100名ほど、その内80名が木製の防具や棍棒などを装備しており、残りは全員、弓矢を装備しています。
それと、今日の明け方ぐらいから彼らはこの近くで待機しています」
数については事前のアメリの予想、シルヴァの予想と概ね一致している。
それにしても、5分前行動を通り越して5時間前行動とは殊勝な心掛けだな。
「それと、例の計画はいつでも実行出来ます」
「そうか、なら良い。引き続き偵察をしてくれ」
そう告げると、アメリはすぐに姿を消した。
アイツ暗殺者の才能あるよな。
「主様、お待たせ致しました」
「おお、ネリー。戻ってきたか」
風操の集落の方向からネリーとモエギが近づいてくる。
……いや、その二人だけじゃないようだ。
「ヨームにモモカ、お前らも来たのか」
「ええ、村長から手助けを頼まれました」
「手助けって、これから始まるのは戦争なんだけど」
「分かってます」
ヨームは腰に着けている小刀を取り出し、構えをとった。
「こう見えても戦闘は何度か経験しています。足手まといにはなりません」
「わ、私も回復魔法が使えます。ベル様には劣りますが、無いよりはマシなはずです!」
能力もそうだが、何より二人のやる気は本物。
これはネリーを村に向かわせた価値があっただろう。
ん? そもそも何が目的で向かわせたんだっけ?
「あっ、あのコウ様」
忘れかけた頃にモエギが近づいてきた。
そうそう、コイツを参加させる為だったんだ。
村の中で最も影の薄い女の子、モエギ。
これまで散髪をした経験がないのかと疑いたくなる程に長い深緑色の髪は、彼女の右目と体の殆どを覆い隠して自然と同化させ、存在感を極限まで薄くしている。
そのせいか、よく存在を忘れられて置いて行かれる事も多いとか。
んで、今回モエギをこの抗争に参加させた訳だが……
「よう、モエギ。あの武器は持ってるな?」
「あっ、ハイ、ここにあります」
「じゃあ、それを使ってあそこの木を目がけて打ってくれ」
僕は平原の向こう側にある一本の木を指した。
距離はおよそ1㎞程。
当たるとは思っていないが、射程を測るには丁度いいだろう。
「あっ、了解です」
言葉と共に彼女は、Yの字に分かれている木の枝になめし革を取り付けた物体、つまりスリングショットを取り出した。
そして、モエギは身をかがめて石ころを取る。
弾丸にしては小さいな、と考えていると彼女はそれを握りしめて胸の前に持った。
「……小さき存在は祝福によって姿を変えん。
増幅し、加速し、一瞬の輝きがあなたを包むだろう」
詠唱を終えると指でつまめるぐらいに小さかった石ころは紫色に変色し、ガムボールの様な大きさの球体になった。
彼女はそれをスリングショットの中心にセットし、さらに詠唱を続ける。
「儀式は終わり、貴方は贄を渇望して飛び立つ。
風のいとまを潜り抜け、獲物を喰らうために」
詠唱を終えると、モエギは目を見開いて対象を捉える。
そして、限界まで革を伸ばしている左手を離した。
「……マジかよ」
言葉を漏らしたのは僕だ。
流石に驚いた。
マジで木に当てちまったんだからな。
「一体何の魔法を使ったんだ?」
「あっ、えっと、最初に球を作る魔法を使って、その次に武器の性能を上げる魔法を使いました」
事もなげにモエギは語りだす。
スリングショットの本来の射程は100mも無いはず、それをあそこまで引き出すとか、本当に末恐ろしい奴だ。
「モエギ、この戦いでは君の力が必要だ。手を貸してくれないか?」
「あっ、ハイ、もちろんです。コウ様がこんな私を必要としてくれるならなんでもやります」
モエギの弱点は自己評価が低い事だろう。
そのせいで彼女は自身の才能を表に出さず、娯楽にしか消費していなかった。
だからこそ、この抗争でモエギに成功体験を掴ませて自身の評価を再認識させる。
それが今回の狙いだ。
「モエギ、お前には――」
そう続けようとした時、平原の向こう側から野太い声が響いた。
「おぉーい! 誰だ! 俺らの所に石を投げた奴は!!」
絶叫とも呼べるその声は、耳を塞いでも聞こえてしまいそうな程よく聞こえた。
簡単に言えばクソうるせえ。
モエギなんか怯えて縮こまっている。
声の聞こえた方には筋肉質の男がいた。
魔人族の前衛、いやもしかしたら隊長クラスか?
いきなり攻めて来ないってことは話し合いの余地があるって事だろう。
「ムサシ、ついてこい」
「はい」
慎重に近づいて、かなり近くまで接近した。
こうして改めて見ると、やはり魔人族はデカい。
目の前の男なんて3mはあるんじゃないか?
「いやー、悪いね。投球の練習してたらつい本気出しちゃってさ」
肩をグルグルと回し、やりすぎた感をだす。
さて、相手はどう出るか。
「なるほど、投球の練習か。なら仕方ないな」
男はヘラヘラと笑い、言葉を返した。
多分コイツ、人をおびき出す為にわざとイチャモンつけたな。
「俺は魔人族の族長、ガルル。戦争の前の挨拶がしたい」
これ、アレだ。
戦国時代の武将が「やあやあ我こそは~」とか言って名乗りを上げる展開だ。
少し恥ずいが、乗ってやろう。
「僕は代表のコウ。よろしく」
「お前が風操の代表だと? 冗談だろ」
まあ、だろうね。
別に僕、シルフでもハーピーでもないし。
どうしたもんかと悩んでいると、後ろから何かが羽ばたく音が聞こえてきた。
「私が風操の族長、シルヴァです。どうしましたか?」
ハピ子の背に乗って、ようやく本家のご登場。
「ほう、どうやら覚悟は出来たようだな」
「はい、私達は勝つつもりでこの場に来ています」
シルヴァは共感を求める様に僕を見た。
「根拠はそのコウとかいう男か、まあ確かにそいつの強肩は当てになるだろうな」
え? コイツあの言葉を真に受けてんのか?
いくら何でも馬鹿すぎるだろ。
「そういえば、君たち魔人族はこの抗争に勝ったら風操を奴隷にするらしいね」
「そうだが、それがどうした? まさか命乞いか?」
「いや、ふと思ったんだが、もし僕らが勝ったら君達の方が奴隷になるのかな?」
ガルルと名乗った大男に問いかけると、そいつは笑いながら答えた。
「まあ、万に一つも無いだろうが、もしお前らが勝ったらそうなるだろうな」
「へえ、なるほどなるほど」
「正面から堂々と戦う事。
その上で勝った者に従う事。
それが魔人族の決まりだ」
聞いた話によると、族長もこれに則って純粋な殴り合いで決めるらしい。
つまり、今目の前にいるこの男こそが魔人族の最強戦力なのだ。
「フン、話し過ぎたな。俺はもう戻る」
「コウさん、ボク達も戻りましょう」
お互いに背を向けて自陣へと歩きだす。
この戦い、やはり最大の障壁はあの大男だ。
「シルヴァ、準備は完了したか?」
「言われた通りに風魔法が実戦レベルまで使える者を、弧の形になるよう配置しました」
「数は?」
「私を含め、シルフ族、ハーピー族共に30ずつです」
それだけいれば大丈夫か。
「ムサシ、あのガルルって奴を見てどう思った?」
「知能が低そうだと思いました。それと俺たちを軽蔑してる感じでした」
「勝てるか?」
「確実に」
こっちも大丈夫そうだな。
最終確認もすませ、開始まであと少し。
僕はあの平原を見ていた。
「にしても、何で森の中に平原があるんだ?」
「昔の魔王様が実験的に大規模魔法を使ったのが要因らしいですよ」
空に投げた問いにシルヴァが答える。
なるほど、故人の歴史が刻まれた場所で決闘か。
諸行無常というか、なんというか……
感慨に浸っていると遠くからホラ貝の音が聞こえてきた。
二度、三度と響いて僕らに開戦の合図を知らせる。
「始まったか!
全員、戦闘態勢! 作戦通りに行くぞ!」
僕の言葉によって皆に緊迫感が伝わる。
それじゃあ、『作戦』を始めますか。