第19話 必勝の意思
「族長、魔人族の斥候を名乗る者が来ております」
「ふむ、通して良い」
儂の言葉に応じ、部下が一人の大男を連れてくる。
「へえ、やっぱりシルフ族の族長も石ころみてーに小さいんだな」
「何を言う。お前の脳みそよりは大きいぞ」
「はっはっは、面白い冗談だ」
相変わらず魔人族は無礼な奴らだ。
これならまだハトの方が有意義な話が出来る。
「俺は集落の代表として宣戦布告をしに来た。
いきなり攻めるのは魔人族の矜持に反するからな」
「ほう、それで?」
「明日の昼、太陽が真上に昇ると同時に俺たちはお前たち風操の集落を攻める。
その後、お前たちには一生俺たちの奴隷になってもらう」
コイツらはいつもこうだ。
いきなり来たと思えば、訳の分からない言葉をのたまう。
「そんな脅しに屈すると思うか?
儂らはこの地域を統べる魔王様と友好関係にあるのだぞ?」
そう、儂らシルフ族は魔王様から直々にお褒めの言葉を賜っている。
これはつまり、魔王様と親しい関係という事。
先々代からずっと語り継がれている名誉なのだ。
……しかし、コイツの様子がおかしい。
何故この話を聞いてなお、笑みを崩さないのだ?
「へえ、今の魔王様ともか?」
「何!」
魔王様が交代したとでも言いたいのか?
そんな情報聞いておらんぞ。
「10年ぐらい前に前任の魔王様がとある魔人の男に倒されたんだ。
それから新しく『力の魔王』様が誕生した。
どうやら知らなかったようだな」
「と、という事は」
「そうだ。お前たちを守っていた魔王様はもういない。
もう以前のように偉ぶれないってことだよ」
斥候は下卑た高笑いをしながら部屋を出ていった。
最後に「せいぜい楽しませろよ」と言葉を残して。
「くそう、儂らには魔人族を倒せるだけの戦力は無い。
どうすれば……」
「簡単だ。僕に任せればいい」
儂が顔を上げると、いつの間にか二人の者が部屋に入っていた。
一人はさっきの男よりは小さい黒髪の、恐らく人間の青年。
そしてもう一人は――
「シルヴァ! 我が娘シルヴァよ!
一体いつからいた?」
「その、魔人族の人が宣戦布告をした時から」
ほとんど最初からではないか。
「パパ、ボク言ったよね。
魔王様に頼りっぱなしじゃなくて、自衛の手段は持っておくべきだって」
「う、うむ」
「全部の責任がパパにだけあるとは言わないよ。
ボクも族長の娘なのにそれっぽい事は全然してなかったし」
「シルヴァ……」
改めて娘の顔を見る。
その顔は、すでに幼い娘では無く族長のそれだった。
「いつの間にか随分と成長したものだな。
今のお前になら族長の地位を譲り渡しても問題なかろう」
「パパ、何を言ってるの?」
儂は大きく息を吐き、ゆっくりと娘の顔を見た。
「シルヴァよ、儂が魔人族を抑える。
その間に風操の皆と共に何処か遠くに逃げよ。
今のお前なら、族長として皆を纏め上げる事が出来るはずだ」
「ちょ、ちょっと待って」
「ああ、優しいお前の事だ。儂の身を案じているのだろう?
心配するな、儂は――」
「違う! 違う!
そういう話じゃないの」
む?
シルヴァは何が言いたいのだ?
「紹介するね。この人、東にある人間の村から来たコウさん。
ボク達に味方してくれるの」
「どーも、皆さんの悩みに寄り添う安心と信頼のコウです」
目の前の男は不思議な自己紹介をした。
そして、儂の心を見透かすが如くこんな事を言ってきた。
「族長さん、随分困っているようだね。
僕の完璧な策を教えてあげようか?」
「完璧な策だと? どんな内容だ?」
儂は自然と前のめりの姿勢になっていく。
だが、奴は話を始める前に懐から一本の木の枝を取り出した。
「これはとある偉い人の故事というか格言というか、まあ、つまり言葉の受け売りなんだけどね」
そう前置きをして話をする。
「矢というのは、一本だけでは折れやすい。
しかし、三本の矢を束ねると途端に折れにくくなる。
これは個々では弱くとも、団結すれば強くなれるって意味だ」
奴は折れた枝を見ながら話を続ける。
「君達風操は風魔法を操るのが得意だが、その反面、それぞれのプライドの高さのせいで協力するのが苦手らしいね。
だが、この戦いで勝ちたいのなら集落単位で団結する必要がある」
そこまで話し終えると、奴……いや、コウは折れた枝で儂を指した。
「族長、アンタを信じて完璧な策を教えてやる。
だからアンタも、僕とシルヴァを信じて手伝ってほしい」
ーーーーーーーー
族長との話し合いが終わった後、僕は再びベル達と合流する為に外に出たところ、とあるものが目についた。
それはムサシとアメリが村の中心で鞘に納めたままの剣を打ち合っている光景。
どちらから言い出したかは分からないが、明日に向けて模擬戦を行っているようだ。
アメリは自身の身長を生かし、様々な角度からナイフの攻撃を与えている。
それに対し、ムサシは防戦一方、全く動かず攻撃のチャンスを伺っていた。
その時、アメリのナイフが一気に速度を上げてムサシに襲いかかる。
「これで決めます!」
「甘い!」
決まると思われていた必殺のナイフが、打ち下ろされる高速の剣撃によってはじかれた。
アメリは距離を取り、予備のナイフに持ち替える。
ムサシもまた、剣を上段に構えた。
「フフッ、楽しくなってきましたね。
そろそろ本気、出しますね」
「来い、次で終わりにしてやる」
二人の闘気がより一層練りあがる。
これ以上は危険かもな。
「はい、二人ともこれでおしまい」
手を叩いて終わりを告げる。
すぐに二人は構えを解き、僕のもとへ近づいてきた。
「コウさん、話し合いはどうでした?」
「とりあえず成功かな。協力はするが、保証はしないってさ」
「なるほど」
僕は全員がいる事を確認して、再び口を開いた。
「よし、明日の戦いに向けてそれぞれにこの後の指示を出す。
まずベルとムサシ、二人は自由行動。英気を養ってくれ」
二人は納得して頷いた。
ムサシは何も言わずとも自己研鑽に励むだろうし、
ベルには後衛で怪我の治療をしてもらう予定だから特段言う事は無い。
「ネリー、君は村に帰ってモエギを連れて来てくれ、
今日は無理だろうから、明日の昼までに戻ってきてくればいい」
「……モエギさん、ですか?」
「ああ、奴の力を借りる」
モエギとは獣人の一人で、モモカの幼馴染の女の子だ。
もしかしたら彼女はこの戦いで最大のジョーカーになるかもしれない。
「そうだ、誰か護衛に付けた方が良いか」
「ご心配無く、自分の身は自分で守れます」
「そう? ならいいけど」
ネリーの言葉を信じ、彼女を見送った。
「シルヴァ……は既に行動していたな。
アメリ、君は偵察に行って来てくれ」
「分かりました」
「危険だと思ったら手を引けよ?」
「はいはい、分かってますって」
アメリも直ぐに森の中へ消えていった。
生存力は高そうだし、大丈夫だろう。
さて、後残ったのは……
「ジュード、ちょっと付いてきてくれ」
「……はい」
僕はジュードを連れて風操の倉庫に立ち入る。
ジュードのキャラ設定は「腹話術士」
彼自身は無口で言葉を人形に代弁してもらう、そういう感じの予定だった。
しかし、僕は肝心の人形を創り忘れてしまっていた。
後で創るからヨシ!
なんか忘れてるかもだけど最終確認ヨシ!
みたいな感じでダブルチェックを怠ったのが原因だ。
いやー、ホント最初に気付いた時は冷や汗かいたよ。
「お、あった。これなんか良いんじゃない?」
倉庫の端に置かれていた、古ぼけた腹話術人形を取り出す。
風操はかなり器用な種族なようで、たまにこういった娯楽品を作っては売っているらしい。
人形をジュードに渡すと、彼はすぐにそれを右手にはめた。
そして、人形は動き出す。
「よう! 俺の名はパンデモン。よろしくな! 主様!」
パンデモンと名乗った人形は、口をパクパクと開閉しながら雄弁に語る。
とりま、キャラ設定が無駄にならなくて良かった。
「主様、ジュードがあれに興味を持っているようだぜ?」
ジュードは早速、パンデモンを使って意見を述べる。
目線を追うと、布にくるまれた農作業用の鎌があった。
「どうやら、あれを自分の武器にしたいらしいぜ」
「ふうん、良いんじゃない? シルヴァも勝手に取って良いって言ってたし」
ジュードが鎌を取り出し、刃先を眺める。
そんな様子を見ていると、玄関から足音が聞こえてきた。
「コウ、ちょっと良い?」
倉庫の戸の前からベルが話しかけてきた。
彼女の目は、少し物憂げに僕だけを見ている。
「どうした」
「その……ちょっと歩かない?」
ベルにしては珍しくあやふやな言い回しだ。
疑惑を感じると同時に、ここで断ってしまうと後悔するような気がした。
ーーーーーーーー
「なあ、いつまで歩くんだ? もう夕方だけど」
先頭を歩くベルに問いかける。
まさか本当にただ歩くためだけに僕を誘ったのか?
疑問が確信に変わりかけた時、ようやくベルは振り返った。
「コウはさ、戦うのが怖くないの?」
「……自分でも不思議に思うくらい怖くないね。
むしろ、興奮さえしているよ」
確かにオークに腕を折られた時は凄く怖かったが、それでも戦う事自体には微塵の怖さも感じない。
それは多分、僕が日本にいた頃からこんな世界を望んでいたからだろう。
「私は怖い。君が傷つく姿を見るのが凄く怖い」
ベルは僕の手を握って必死に訴えかける。
そして彼女が手を離すと、僕の右手にある物が握られているのに気が付いた。
「それに行きたい場所を思い浮かべて魔力を送れば、その場所の近くまで飛ぶ事ができるよ。
……あんまり遠くには行けないし、洞窟で使っちゃったからあと2回しか使えないけど」
洞窟……あのルシから逃げた時か。
「ありがとう、ベル。でもこれは君が持つべきだ」
「どうして? だって、もし負けたら――」
「負ける事を念頭に置いて作戦を立てる奴はいない」
左手を腰に置き、親指で自分を指す。
一呼吸置いて、僕は高らかに宣言する。
「見てろよ、ベル。僕はこの戦いでかっこよくクールに勝利して、評価を改めさせてやるからな」
ベルは大きく目を見開いた。
そして……これまで見たこともない程に笑い声を上げた。
「アハハ! 『かっこよく』『クール』に!」
「おい、人の覚悟をそんな風に笑うな!」
「だって、フフ、面白いぐらいダサイんだもん」
「ダサイって言うなー!」
結局、ベルはその後もずっと笑い続け、僕らが戻ったのはほとんど日の沈んだ後だった。