第18話 情報の価値
『従者創作』を使った次の日。
僕らは魔人族の集落に向かって森の中を真っ直ぐに歩いていた。
目標は接触と引き抜き。
オスカーさんは協力関係を築けと言っていたが、可能なら有望そうな人材を村に入れたい。
集落までは歩くと半日ほど掛かる。
本当は馬車で行きたいのだが、獣道すら無いため馬車だと遠回りする事になり、結果的に直線距離を徒歩で行った方が早いらしい。
「主様、誰かいます」
ムサシの言葉で現実に戻る。
なんと、目の前でオークと少女が戦っている真っ只中だった。
その少女はハッキリ言って異質だ。
体格からしておよそ10才くらいであるにも関わらず、魔物に一切怯む事もなく相対している。
そしてあのトンガリ耳、彼女も僕の傍にいるネリーと同じエルフなのだろう。
少女はオークの愚鈍な攻撃を躱し、そのまま後ろに回り込んでジャンプした。
肩に足を付け、髪を掴み、ナイフを持ち替える。
そして、オークが次の攻撃をする前に少女は喉を切り裂く。
その様はまったく無駄が無く、淡々としていた。
「ムサシ、今のどう思う?」
「恐ろしい程に戦い方が洗練されています。かなりの手練れですよ」
少し迷ったが、話しかけてみる事にした。
念の為、刺激しないようにゆっくりと近づく。
「やあ、見事な戦いだったね」
「あなたは?」
「僕はコウ、そしてこっちがベルとジュードと……」
「エルダーエルフ様?」
少女はネリーを見たまま固まっていた。
「私はネリー、こちらにいらっしゃるコウ様の従者です」
「お、お初にお目にかかります。わた、私はアメリという者で、フリーランスの情報屋としてネタを探しに各地を旅している者です」
アメリと名乗った少女はそそっかしく自己紹介をした。
何というか、メジャーリーガーと会話している野球少年の様な感じだ。
というか、情報屋って言い方を変えればスパイだよな?
フリーのスパイって何だよ。
「あ、宜しければこれ、どうぞ」
少女は横長の木の板を人数分渡してきた。
そこには手書きで「敏腕情報屋 アメリ・ラタート・カーノバル」と書いてあった。
多分、名刺のつもりだろう。
ここが森の中で、彼女の戦闘力が計り知れない点を除けば可愛らしく思える。
「えーと、何でウチの従者にそんなに緊張してるの?」
「何でって、この方は正真正銘のエルダーエルフ様だからですよ」
「ん? ネリーはただのエルフのはずだけど」
「まあ、人間や魔物には分かりずらいかもしれませんが、この方が放っている生命エネルギーのオーラは間違いなくエルダーエルフ様である証拠です」
見えないし、感じもしない概念を証拠と言い張られても困る。
「ちなみに、エルダーエルフって何?」
「千年以上生きたエルフがなれる伝説の種族……人間で言う神様の様な存在ですね」
ああ、そういやネリーのキャラ設定は「2000年を生きるエルフ」だった。
やっと合点がいったよ。
「それにしても、エルダーエルフ様を従者にするとは、あなたは何者ですか?」
「教えてあげても良いけど、タダってのもねえ」
「では情報交換というのはどうでしょう、例えばこの近くで起こる争いなんてのは?」
自称とは言え、情報屋というのもあながち間違いでは無いらしい。
今更ながらこの少女の過去が気になってきた。
「実は、この先を真っ直ぐに行った所にある魔人族の集落が、風操という別の集落に戦争を仕掛けるらしいんです。
しかも明日のお昼に」
「マジかよ……何が目的なんだ?」
「聞いた話によると集落の外で鉱床を見つけたらしく、資源を掘るための労働力を欲しているとか」
二つの集落の争い、そして鉱床、これはチャンスかもな。
「風操らは勝てると思うか?」
「ほぼ百パー無理ですよ。魔人族は戦闘のエリート集団、対して風操はプライドが高いくせに後ろ盾も、碌な戦闘訓練すら行っていないようですし」
「ふうん、なるほどねえ」
このまま魔人族に協力した所でほとんど意味は無いだろう。
それならば……
「コウ、悪い顔になってる」
ベルに注意されてしまった。
どうやら僕は自己の利益を考えると顔に出るタイプらしい。
「なあ、アメリ君。もし風操が魔人族に勝ったら、凄く面白いネタになると思わないか?」
「……本気ですか?」
彼女は僕の言いたいことを何となく理解したようだ。
「改めて名乗ろう。
僕は特異転生者コウ。
魔人族と風操、両方の頂点に立つ者であり、
君の未来の上司になる男だ」
……アメリからの反応が薄い。
あまりピンときていないようだ。
「つまり、僕は君の戦闘能力と情報収集力が欲しいんだ。
当然、充分な報酬は用意する。
例えば、鉱床から発生した利益をいくらか分けてやろう。
ま、争いを止めてからの話だけどね」
「なるほど」
アメリはしばらく目を閉じて考えていた。
そして、口を開いた。
「分かりました。
あなたに協力しましょう。
ただし、もし風操が負けそうになったら、私は撤退しますからね」
「その条件で構わないよ」
僕が右手を差し出すと、彼女も右手を前に出す。
彼女も僕を信頼してくれたようで、握手を交わしてくれた。
アメリを仲間にした後、僕らは行き先を風操の集落に変えて再び歩いていた。
日没前には目的地に着けるらしい。
「コウさん、あれ見てください」
「あれ?」
唐突にアメリが話しかけてきた。
彼女の指は右にあるリンゴの木、その上で羽ばたいている何かを指している。
その何かは人間の様な体をしているが、手足がとても長く、黒い翼を持っていた。
恐らく風操のハーピーだろう。
器用な事に、飛びながらリンゴをもいで、足で持っているカゴの中に放り込んでいる。
「すみませーん、ちょっと良いですかー?」
僕が声を掛けると、ハーピーは直ぐにこっちまで降りてきた。
そして目の前で降り立つと、ハーピーの背中からヒョッコリと別の何かが現れた。
「旅の方ですか?
ボクはシルフ族、族長の娘シルヴァ。
こっちは相棒のハピ子。ハーピー族です」
妖精のように小さいそれは自らをシルヴァと名乗り、丁寧に挨拶する。
あれ、風操はプライドが高いと聞いたんだが。
「風操の族長の娘にしては随分と腰が低いですね」
「ボクからすれば、集落の皆の方がおかしいですよ。
いつも自分以外を見下して、自分のここがお前より凄いとかアイツのここが嫌いだとか、本当に嫌になります」
集落全体がマウント合戦と欠点の粗探し大会とか、そりゃあ嫌にもなるわな。
「元をたどれば、大昔に一族が魔王様に褒められた事が起因するようです。
馬鹿みたいですよね。たった一度褒められた位で調子に乗って、それで最後に残ったのは傲慢さだけなんですから」
「君も大変だね」
「はい……あっ、いえ、すいませんつまらない話しちゃって。
ところで皆さんは何故ここに?」
シルヴァは僕らを気遣って話を変えた。
もし彼女が風操のリーダーになったら、きっと良い方向に進むだろう。
「良い知らせと悪い知らせ、どっちから聞きたい?」
「え? ……じゃあ、悪い知らせから」
「君たちの集落に魔人族が攻め込んでくる」
「それは、どういう」
「言葉の真偽を確かめる時間は無い。
なにせ戦いが始まるのは明日だからな」
シルヴァは酷く動揺している。
当然っちゃ当然か。
「良い知らせは、君にチャンスが舞い降りた事だ」
「……説明してください」
「魔人族と風操の戦い、普通に考えれば絶対に前者が勝つ。
だが、僕は君達を勝たせる事が出来る。そしてシルヴァ、君を新しい族長にしてやろう」
「ボクが払うべき代償は?」
多分、シルヴァは僕を全く信用していないだろう。
それでも話に乗ったのは、この戦いが起きたら自分や風操だけではどうしようもないと知っているからだ。
「風操全員が僕の配下に加わるように説得しろ。
もちろん戦いが終わった後でいい」
「配下に? 貴方は何者ですか?」
何者かだって?
いいよ、答えてやる。
「僕の名前はコウ。
人間と魔物が共存する国を作り、いずれ王となる者だ」