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第16話 絶望と希望

 コウは目の前にいる異形を見た。


 紫色の剝がれかけた鱗。

 何本もの折れた角。

 胴体は畳んだ翼によってほとんど隠れていたが、その翼さえ所々傷ついてる。


「改めて自己紹介を。

 私は天闇龍(てんあんりゅう)ラハブ。

 かつては神の代行者、天龍としてその役目を果たしていましたが、

 反逆の結果により山から追放され、今は土の監獄で余生を過ごす身です」


 自己紹介を終えたラハブは、コウと目を合わせた。


「良い目になりましたね。

 貴方の覚悟が、不退転の決意が、よく伝わります。

 宜しければ、事情を聞いても?」


 コウはありのままを話した。

 仲間の死と、理不尽な相手。

 そして、彼は自分の理想について語る。


「あの時分かった。僕にとって一番怖いのは、何も出来ずに大切なものが奪われることだ。

 だから僕は力が欲しい。

 異世界でも弱い僕だけど、仲間を守れるだけの力が欲しいんだ」

「ふむ」


 ラハブは目を閉じて熟考する。


「最初に貴方を見た時、失礼ながら心の脆弱さを感じました。

 何かにぶら下がっているような、自身の現状を甘く見ているような。

 ですが、貴方はそんな自分を変えたいと思った。

 それは素晴らしい事だと思います」


 龍はゆっくりと目を開けた。


「よろしい。

 今の貴方ならば、私の力を正しいことに使えるでしょう」


 その時、コウにはラハブの口角が少しだけつり上がったように見えた。


「コウ、もう一度取引をしましょう。

 私は貴方に天龍の能力をスキルとして授けます。

 その代わり、貴方にはとある要求を聞いてもらいます」


 コウがこの文言を聞いたのは二度目だ。

 以前彼が取引を断ったのは、そこまで強大な力を必要としなかったのと、天龍の要求という不確定要素に恐怖したからである。


「要求ってのは?」

「大した事ではありません。七日後にここへ来るだけでいいのです」

「……意図が読めないんだが」

「説明不足でしたね。天龍の力を受け渡すのに七日間程の準備が必要、ということです」


 コウはますます理解できなくなった。


「それだけで良いのか? もっと大きな取り決めとかじゃないのか?」

「ええ、それだけで良いのです。貴方のことは信頼していますし、どうせ私は近いうちに消えてしまうので」


 コウは目を大きく見開いた。


「それは―」

「コウ、貴方の言いたい事も分かります。

 ですがお気遣いをしなくても大丈夫です。

 私は既に自分の死を受け入れていますし、それに」


 ラハブは優しい眼差しでコウを見た。


「私の思いを継いでくれる者がようやく現れたのです。

 こんなにも嬉しい事はありません」


 ラハブの口調は穏やかだったが、コウはその言葉の中に彼女なりの強い覚悟を感じた。


「ところで貴方から何か質問はありませんか? 聞くなら今のうちだと思いますが」

「そうだな、それじゃあアンタの過去と反逆について教えてもらえるか?」


 ラハブは頷く。


「ええ、分かりました」




 ーーーーーーーー




 今から数百年前、私が天龍山にいた頃の話です。


 天龍は私以外に四名おり、それぞれ

 天炎龍(てんえんりゅう)ソドム

 天土龍(てんどりゅう)ゴモラ

 天水龍(てんすいりゅう)ノア

 天光龍(てんこうりゅう)サルマ

 と呼んでいました。


 私達には神の代行者として罪人に裁きを与える義務があり、時には町や国自体を滅ぼすこともありました。

 しかし、私達は神の与えた制約により、百年の間のたった一週間しか外の世界と交流する事が出来ません。

 その上、裁きを与える対象は天龍の主観によって決まります。


 このせいで我々のリーダー、天炎龍(てんえんりゅう)ソドムが暴走しました。

 彼は罪人の定義を、気に障る者、害のありそうな者、更にはなんとなくという責務に欠けた理由で粛清をし始めたのです。


 私は抗議しました。


「ソドム、流石にやり過ぎでは無いですか? 私達がやるべきは罪人を裁くことであり、その選定は慎重に行うべきです」

「相変わらずラハブはバカ真面目だな、あんなのテキトーでいんだよテキトーで」


 私はソドムの態度に呆れ、溜息をつきました。


「いいでしょう、私は私で勝手に動きます」

「何をする気だ?」

「外に赴き、自ら罪人を選定します」


 彼のヘラヘラした顔つきが初めて消えました。


「神様との契約を破る気か?」

「言っておきますが、既に何回も連絡を取ろうとしました。あの方は一切応じませんでしたがね」

「お前のやっている事は反逆行為だ。今すぐ取り消せば聞かなかった事にしてやる」

「どう言われても結構。

 ですが、ただ契約を守って自己中心的な裁きを行うあなたと、契約を破ってまで公正な裁きを求める私、どちらが神の代行者に相応しいと思いますか?」

「お前の言っている事は詭弁だ。自己の正当化だ」

「おや? 貴方は違うのですか?」


 お互いの意見がぶつかり合うと、私達はある方法で決着をつけます。


「じゃあ、多数決だな」


 声を上げたのは天光龍(てんこうりゅう)サルマでした。


 神の代行者が五名もいる以上、対立が起きることは必然。

 そこで私が考えた最も平和的な解決法、それが多数決でした。


「なあ、ラハブ、負けた方が天龍の地位を失うってのはどうだ?」


 この時点で私の運命は決定されました。

 天土龍(てんどりゅう)ゴモラと天水龍(てんすいりゅう)ノアはソドムに偏愛を抱いており、サルマは私を疎んでいました。


 それでも応じない訳にはいきませんでした。

 断ってしまえば、多数決を行わずに追放されるだけだからです。


「……分かりました。皆さんの判断にお任せします」




 ーーーーーーーー




「そして私は、全てを奪われて現在に至るという訳です」

「ふうん」


 コウはその話を聞き疑問を感じた。


「でもアンタは魔法も使えるし、体だってちゃんと動くんだろ? 何でこんなところに引きこもってんだ?」

「……いいえ、実際は動けないんですよ」


 そう言うと同時に、ラハブの体から鱗が消えていく。

 そこにあったのは、骨だけの龍の化石だった。


「これが本当の姿です。残っている力を使ってかつての肉体を幻影で再現しているに過ぎません」

「じゃあ、その正体は」

「俗に言う地縛霊です。違う点は未だに自我を保てている事と、神通力を持っている事だけです」


 コウは驚いているが、ラハブは気にせず話を続ける。


「質問を先回りして答えましょう。

 神通力とは自分の思い通りに物事を動かす能力のことです。

 もちろんただ幻影を見せるだけの能力ではありません。

 概念を操ったり、法則を捻じ曲げたり、天龍の能力をスキル化させることも可能です」


 ラハブの話を一通り聞いた後、コウは考える。


「あと他に聞きたいのは……」




 いくつかの質問の後、コウは別の問いを投げかける。


「なあ、僕はここに来てどれぐらい経ったんだ?」

「そうですね、もうすぐお昼かと」

「……そろそろ帰らないとまずいか」


 天井の穴を見上げながら彼は呟く。


「とりあえずもう行くよ」

「分かりました。では出口まで送りますね」


 コウとムサシの体が宙に浮いて、上昇する。

 因みにムサシは最初からずっとコウの隣にいたが、二人の会話に入る事が出来なかった為ほとんど影のようになっていた。


「では、また」


 コウ達が地上に出た直後に、穴は塞がれた。

 次に開かれるのは七日後である。

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