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第15話 どこで間違えた?

 コウは目の前の光景に絶句した。

 彼は、親しい人が唐突に亡くなっても平穏を保てるほど強くはなく、そして、それをすぐに受け入れることも難しかった。


 彼の目は、二人の死体と傍に落ちた教本を見ていた。


 誰がやったのか。

 どうして二人は何も出来ずに死んだのか。

 洞窟の奥から聞こえる足音は誰なのか。

 この後、何をするのが正解か。

 彼はそれを判断することが出来なかった。


「おや、ここにいたのか」


 コウは声の主を特定するために顔を上げた。

 そこには中肉中背の男性が立っていた。


「お前……お前、が」

「ああ、自己紹介がまだだったね。私の名はルシ・フェアウェル。そこの9号を作った者だ」


 ルシは丁寧にお辞儀をした。

 そして一匹の虫に目を合わせて話を続ける。


「9号、君は逃げたと思っていたが、この私の為に実験材料を集めてくれたのだな」

「……」


 9号と呼ばれた者は、何も言わずにただ相手を凝視している。


「さあ、私と共に帰ろう」

「……」

「どうした? 言葉が理解できないのか? それともまさか、このマスターの命令に逆らうなどとは言わないだろうな?」


 ルシは静かな殺意を放つ。

 彼女はそれがハッタリで無いことなど、既に知っている。


「やだ」

「……何だと?」


 ルシは思わず聞き返した。

 彼女がここまでハッキリと断ることなど初めてだからだ。


「私は9号じゃなくてベル。もう貴方の(しもべ)じゃない」


 ベルはポケットからジェムのような宝石を取り出した。

 彼女がそれに魔力を送ると、三人はピンク色の膜に覆われる。


「さようなら、主様(マスター)


 三人を覆った膜は、一瞬にして洞窟の外へと飛び立つ。

 そのあまりの速さにルシはただ、それを見ることしか出来なかった。


「ク、クックック。なるほど、飼い犬に手を嚙まれる、いや、飼い子に成果物を持ち逃げされるとはこの様な気持ちなのか」


 彼の心には苛立ちがあった。


「まあ良いだろう、私に敵対せず逃げるというのなら、残った時間をどう使おうがどうでもいい。それより……」


 だが同時に、嬉しさもあった。


 根っからの研究者気質である彼にとって、実験体の逃亡など研究のアイデアにしかならないのだ。


「次からは実験体に自爆機能と、電気による行動の抑制機能も付けよう。ああ、今から実験が待ちきれない」


 洞窟に男の笑い声がこだまする。

 彼は転がる死体に目もくれず、奥へと進んだ。



 教本を拾う者は現れなかった。




 ーーーーーーーー




 朝はいつも母親に起こされる。

 制服に着替えてリビングに向かう。

 テーブルに着くのは、いつも僕が最後だ。


 今日も何も変わらない。

 母はお弁当を作って、父はコーヒーを飲みながらパソコンを見ている。

 兄貴が「成長期だから」と僕におかずを押し付けて、妹はそれを奪い取る。

 姉は去年から海外に留学しているため、ここにはいない。


 学校では同じような趣味を持つ友人と、同じような話題を話す。

 そして退屈な授業を受ける。

 これもいつもどうり。


 その後、アントンやメルケル達と共に魔物退治に出かける。

 これも……


 いや、なんだ?

 そうじゃないだろ。


 何かが違う。

 何か忘れているような……


 世界は音を立てて崩れていく。

 感情が洪水のように湧き上がる。

 視界が白く染まって、ようやく思い出した。


 そうだ。

 僕は、


「僕はもう、みんなに会えないんだ」







 夢から醒めて最初に映った景色は天井だった。

 続いて布の感触が、少女の寝息が、情報として脳に入ってきた。

 理解できたことはここが文明から程近い建物の中だということと、僕はそこで仰向けになって寝ていること、そして心に何かのしこりが残っていることだけだ。


「……! 主様、起きましたか」

「ムサシそれにベル、そうか、ここはいつもの拠点か」


 壁にもたれかかっていたムサシが近寄る。

 それと同時に、隣で居眠りをしていたベルが起きた。


「コウ、大丈夫? あの後、君は……」


 ベルに言われて思い出した。

 確か、洞窟にいたはずがいつの間にか村に戻っていて、僕はそれによって緊張がとけて気絶して……


「ちょっと待て! あのルシって奴が来るかも!」

「主様、落ち着いて下さい。ベルがその可能性は無いと言っていました」


 ハッとして窓の外を見てみる。

 既に日は落ちていた。


 ここから洞窟まではそこまで距離が離れて無い。

 もしあいつが本気で探したら、すぐにここを見つけるだろう。


「あの人にとって、私たちはただのしがない冒険者と失敗作。わざわざ逃げた兎を追うような趣味はない」


 ムサシは怒りと共に拳を固めて、俯いた。


「そうか」


 僕にはそんな言葉しか言えなかった。




 誰もが寝静まった夜で、僕はまだ考えていた。


「……特異転生者なんて名乗っておいて、結局この程度か」


 悲しみが、自分の弱さが、重くのしかかる。

 今になって分かった。

 僕は責任から逃げていたんだ。


 冒険者としての責任。

 特異転生者としての責任。

 そして、仲間に頼られることの責任。


 最悪の事態になるまで僕はそれらから逃げていた。


 結局のところ原因は、僕の心だ。


「……強くならなければいけない、心も、肉体も」


 僕はその時、大きな決断をした。




 ーーーーーーーー




「待って」


 朝もやが残る中、外へ出かけるコウをベルが止めた。

 息をゆっくりと吐き、彼女は口を開いた。


「あの人の下で働いていた時は食べるのに困らない程度の生活が約束されていた。

 でも私はずっと孤独で、いつも歌ったり虫と話すことでそれを紛らわせていた」


 ベルは話を続ける。


「あの時もそう。

 私は寂しさを感じて、最後の食料を餌に、蛍達を呼び寄せた。

 自分の心を満たすためだけの不出来で不細工な踊り、そのはずだったのに」


 ベルはコウを見た。


「君が、来てくれた。

 きれいって、言ってくれた」


 コウは何も言わずに聞いている。


「何が言いたいかっていうと……『ありがとう』ってこと。

 コウは昨日の事で負い目を感じているようだけど、コウの決断で確かに救われた人がいるって、言いたかった」


 彼女なりのコウへの気遣いだった。

 しかし、その言葉はベルの本音でもあった。


「帰ってきたらさ、また何か歌ってよ」

「うん、待ってる」


 二人の会話が終わると、ムサシが走ってきた。

 そして、コウの前で跪いた。


「主様、例え何処へ行こうとも、お傍にいる事をお許しください。

 これが、俺なりの答えです」


 コウはムサシの言葉に満足そうに頷いた。


「命令だ、『強くなれ』

 この言葉を忘れない限り、傍にいる事を許す」

「はい!」


 コウとムサシは林に向かって歩き出す。

 その目的は狩猟でも探索でもなかった。




 林にぽっかりと空いた不自然な穴。

 あまりにも怪し過ぎて、周辺の動物はまず近寄らない。

 だが今日は、この穴に平然と飛び込む者がいた。


 穴に入ると、15mほど落ちることになる。

 コウがそれを知ってもなお飛び込んだのは、その穴の中に落下時の衝撃を和らげる魔法が張られているのを知っているからだ。


「いつかまた戻ってくると確信していましたが、まさかこんなに早くとは」


 空洞の奥からソレが話しかける。


「久しぶりだな、天闇龍(てんあんりゅう)ラハブ」

次回、新章「龍位継承編」突入

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