第13話 特異的運命
最初に思った感想は「貧乏そう」だった。
柵はあったが、間に合わせみたいな感じだったし、
家も、雨風がしのげる点以外の特徴が無い。
馬車から降りると、一人の老人が近づいてきた。
「アントンさん、メルケルさん、はるばるこんな何も無い村まで来てくださりありがとうございます」
「久しぶりだな、村長。……お前たちに紹介しよう、今回の依頼主であり、この村の村長を務める、オスカーさんだ」
「どうぞお見知りおきを。それで、この方たちは?」
「俺たちの新しい仲間だ。右から特異転生者のコウ、魔人のムサシ、そしてキメラのベルだ」
「ははあ、そちらもどうやら訳アリのようですな。とりあえず積もる話はあちらでしましょう」
自己紹介を済ませると、この村で最も大きい建物である教会まで案内された。
村長によると教会とは名ばかりで、会議や応接室としても使われる多目的な建物だそうだ。
そう考えると、教会にしては妙に大きな丸テーブルがあるのも納得できる。
「まずは現状を説明します」
全員が席につくと、村長は語りだした。
「事の始まりは1週間前、この村に突如として魔物達が近づいて来たのです」
「具体的な人数と種族は?」
「10名です、猫か犬のような耳と尻尾を持っていました」
「獣人族か」
「彼らは奴隷として売られる予定だったらしいのですが、途中で運んでいた荷馬車が事故に遭い、その混乱に乗じてここまで逃げてきたのです」
「なんでそいつらを受け入れたんだ?」
「魔物とはいえ哀れだったので……私の独断です」
「そうか、だいたい分かった」
「それで、その、実は―」
「言っとくが村長、俺たちは冒険者として出来ることは何でもするが、ギルドの連中に援助を要請するのは無理だからな」
アントンが村長の言葉を遮って、口を開く。
単刀直入という言葉がこれ程似合う男を初めて見たが、同時に、遠慮や配慮という言葉からこれ程離れている男も初めて見た。
村長は「やっぱりか……」といった様子で頷いた。
「村長、改めて聞くぜ、俺たちに依頼したい事とはなんだ?」
「……現在、この村に必要なのは獣人達を住まわせる為の家と、当分の食料です。なので皆さんにはプロの冒険者として、我々と共にそれらを集める手助けをして欲しいのです」
「なるほどな」
「半年、いえ、1ヶ月の間だけでいいのです、どうか」
村長は頭を下げて、懇願してきた。
当然、こんな様を見せられて、
「こんな様を見せられて無視ができるほど俺は終わってねえ」
「では」
「ああ、その依頼受けるぜ!」
受けるぜ、とは言ったものの既に日没なので、本格的な活動は明日からする事になった。
ちなみに、教会の2階を貸してもらったので、今日からそこが僕らの拠点となる。
後は寝るだけ……なのだが、みんな来る途中で寝てしまったので、眠気が来るまで雑談をすることにした。
「この村、将来どうなってんだろうな」
話の途中で不意にそんなことを考えた。
「前例が無いからよく分からないが、恐らく何らかの国か、ギルドに潰されるだろうな」
「私もその考察を支持する。きっと苦難の連続だろう」
ただ疑問を声に出しただけなのに、お通夜みたいになってしまった。
……可能なら発言を撤回したい。
「でも、そうならないかも」
声の先にいたのは、ベルだった。
「なんでそう思うんだ?」
「ん、大した理由は無いけど、暗い未来を考えるより、明るい未来を考えた方が良いでしょ?」
彼女らしい、明白で楽観的な答えだ。
でも、僕はその答えに何故か納得してしまった。
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私は基本、夜中に起きたりはしない。
だって、ちゃんと熟睡しないとお肌に悪いでしょ?
でも、さすがに今回ばかりはそうも言ってられない。
「どちらに?」
「お花摘み」
「こんな夜中にですか?」
「うっさい、焼き殺すわよ」
ったく、これだから男どもは。
淑女のデリケートでプライベートな事情にいちいち突っ込むじゃないわ。
少し奥へ進むと、煩わしいハエの羽音が聞こえてきた。
そしてそのハエが私の目の前を通り過ぎる。
これだから野宿は嫌い。
このハエは今こう考えている。
「こいつら人間はわざわざ俺如きを殺すために労力を費やさないだろう」と
確かに普通ならそう。
でも私は特別なの。
私には、『特別な力』がある。
手を広げて、ハエをおびき寄せる。
そして魔力を手に集中させて。
燃やす。
「はあ、なんでこの私が逃げた奴隷の魔物を追うなんてことしなくちゃいけないのかしら」
つい溜息が出てしまった。
ほんと、帝国の奴らは『特異転生者』の扱いが分かってないわ。
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「いや~ほんと、特異転生者の扱い分かってないわ~ウチのメンバー」
今、僕の愚痴を聞いているのはムサシとベル、そして林の中の小動物だけ。
そもそも何故、林の中で愚痴っているのか?
その理由を知るためには1時間ほど遡る必要が……
「主様、鹿を見つけました。あれを狩猟して農作業をしているアントン達に渡せばいいんですよね?」
「あ、うん。そうだよ」
回想に入る前に目標を見つけるとは、流石だぜ。
僕が感心している間に、鹿とムサシの追いかけっこが始まった。
ありゃあ、倒すまで帰ってこないだろうな。
「僕らも探そうか、ベル、君の能力で虫を呼び寄せてくれ」
「無理」
「え、無理?」
「まだここの虫たちのコミュニティと仲良くなっていない」
虫にもコミュニティとかあるんだ……
ちょっとだけ関心を持ったが、それについて質問する前に急に視界が変わった。
「うわっ! なんだこれ」
「落ち着いて。これは私のスキル、『視界共有』直接触れると、君の右目が見ている景色と、私の左目が見ている景色が共有される能力、これを使って鹿を見つけよう」
「……自分の後頭部を見るって、変な感覚だなあ」
とにかく、これで探索がしやすくなりそ……痛っ!
「あ、コウ、左上に枝が……遅かった」
「つ……使いどころが……重要だね」
「そうだよ、ちゃんと周囲を見て一歩ずつ、ひゃうん!」
「ああ、根っこにつまずいたんだ」
「……『視界共有』解除ぉ」
ベルは涙目になりながら、その場にへたり込んだ。
まあ、ここはムサシが戻るのを待った方がいいだろう。
それから十分もしない内に、ムサシは首のない戦利品を引きずって戻ってきた。
戻ってきたが……
「なあ、ムサシ、それって」
「はい、熊です!」
君が追っていたのは鹿だよね?
でも、とりあえず無事でなによりだ。
「……! コウ、なにか感じる」
「俺も、本能が『この場所から離れろ!』と警告しています」
二人が辺りを見回す。
僕には無い本能的な何かで、危険を察知したようだ。
残念ながら僕には何も感じない。
下から伝わる振動以外は。
ん? 下……下!?
「二人共、ここから離れろ! 恐らく、これは……!」
僕が言えたのは、ここまでだった。
僕はどのぐらい気絶していたのだろう。
上にある穴から光が差し込まれているのを見るに、そう長く眠っていたわけでは無いらしい。
ここから穴まで10~15mぐらいだろうか。
一体何故、僕はまだ生きているのだろうか。
続いて周囲を見る。
そこは、天井からの光程度では全体が分からない程に広い空洞だった。
これまで誰も気付かなかったのが不思議なぐらいだ。
遠くない場所に熊を抱えたムサシとうつ伏せのベルがいた。
少しゆすると反応があったので、二人もちゃんと生きているようだ。
「壁や天井は魔力で補強していたんですが、まさか私の魔力自体が弱っていたとは、やはり歳ですかね」
空洞の奥から女性のような声が聞こえた。
「ですが貴方達を助けることが出来て良かった。あのまま見殺しにしていたら、申し開きのしようがありませんから」
「あなたは?」
「私は、おっとその前に照明を付けないと」
空洞全体に光が満ちる。
そして僕はその者を……いや、
ソレを目撃してしまった。




