第10話 人間と魔物
さあ、考えろ。
目の前にいるのはオークが三体とゴブリン十数体。
ゴブリンは何とかなるものの、オークは無理だ。
考えろ、考えろ。
きっと打開策があるはずだ。
スキル……良いものがない。
魔法……オークには炎属性は効き目が薄い。
ベルの能力……無理だろうな。
「コウ」
「今、必勝の策を考えてる」
「コウ、来る!」
オークが棍棒を振り下ろす。
だが何とか避けられた。
スキル『超回避』、魔力を消費してごく短い間攻撃を自動で回避するスキル。
昨日取っといて良かったよ。
状況はすこぶる悪い。
オークの攻撃をスキルで躱し、隙が出来たらゴブリンを狩る。
ベルは離れた場所で見守っているようだ。
一瞬、そう一瞬隙を晒しただけだ。
ほんの少し目を離した隙にオークの巨大な拳が当たっていた。
胴体に当たりそうな所を左腕で受けて、何とか致命傷を避けた。
だが、僕の体は大きく吹き飛んだ。
痛みですぐには起き上がれない。
何とかベルに上半身を起こしてもらったが、左腕は僕の意に背きだらんと下がったままだ。
「腕、折れてる」
「大丈夫だよ、痛くない」
噓、本当はめちゃくちゃ痛い。
でもそんなこと言ってる場合じゃない。
敵がゆっくりと近づいてくる。
これが死のカウントダウン?
ここで冒険は終わり?
《嫌だ》
心が叫ぶ。
《こんな所で死ぬなんて嫌だ!》
魂が全力で叫ぶ。
その時天啓が僕の頭に来た。
か細いけど、無理かもしれないけど、確かな可能性の光が。
でも、
「それに賭けるっきゃない!」
ジェムを取り出し、必死に鞄を漁る。
ジェムの能力は収納と増幅。
ならもしあの魔物を使ったら?
ゆっくりと棍棒が振り上がる。
だが、その時すでに準備は整っていた。
ジェムを相手に向け、ありったけの魔力を込める。
「頼む、効いてくれ」と祈りながら。
祈りは届き、宝石が光る。
ジェムから沢山の青い放物線が迸り、そして敵の体にスライムが纏わりつく。
奴らは力任せに振り払おうとするが、まったくもって離れる様子は無い。
「今だ、逃げるぞ!」
右手でベルの手を取り、全力で走る。
一心不乱に走って、何とか森の外に出れた。
「ここまで逃げれば大丈夫だろう」
「コウ、腕見せて」
言われるまま左腕を見せると、ベルが手をかざして魔法を使う。
段々と痛みが和らいで、動かせる様になった。
「回復魔法使えるんだ」
「うん。でもマスターは私に攻撃魔法を覚えてほしいみたい」
ベルは悲しそうに口を開く。
「マスターは元々、勇者や転生者を凌ぐ兵器、合成魔獣を作ろうとした。
でも生まれたのが失敗作の私。戦いの才能が無く、回復と虫を従えることだけが取り柄の私は他の子みたいに直ぐに廃棄処分されるはずだった」
「他の子ってもしかして」
「1号から8号。会ったことは無いけど、どんな人生を送ったかはなんとなく分かる」
「君はどうして廃棄処分されなかったんだ?」
「自分を売り込んだ。諜報として役に立つと……でも、もう疲れた」
そこまで話すと彼女は一呼吸置き、覚悟の籠った強い目で僕を見た。
「お願い、コウ。私も、あなたの―」
「いやーやっと出口にきたぜ」
間が悪いことに、再開を喜ぶべき仲間が来たようだ。
三人の方へ歩いて行くと、向こうも僕に気付いた。
「よっ」
「『よっ』じゃねえ! どこほっつき歩いてたんだ」
「悪い悪い、でもこうして会えたじゃん。それに」
ベルを指差し、言葉を続ける。
「面白い娘を見つけたよ」
「そいつ、魔物だな?」
「あ、待って! ベルは良い魔物だから!」
アントンが戦闘態勢に入ったので慌てて止める。
「魔物に良いも悪いも無え。魔物は人間の敵、人間は魔物の敵。ここはそういう世界だ」
「だからって殺すことはないだろ!」
ベルは何も言わず他人事のようにただ静観している。
だがその顔がより深い悲しみの色に染まったのは明らかだった。
「殺すと言うなら俺を殺してからにしろ」
「ムサシ……」
僕とアントンの間に剣を抜いたムサシが割って入る。
二人が殺気を飛ばしながら睨みあう。
もうどちらが動いてもおかしくない、そんな雰囲気だ。
「ムサシ……主人への忠義にしても度が過ぎるぞ」
「もちろんそれもある。だが俺が最も気に食わないは、魔物だから殺す、というその態度だ」
「何が言いたい」
「……俺は魔人だ」
空気がより一層淀む。
ベルと比べればムサシは人間そのもの。
だが彼もベルと同じ魔物だ。
もはやどちらかとが倒されるしか道は無いのだろうか。
最初に攻撃を受けたのはアントン。
しかしその攻撃は剣ではなくゲンコツで、しかもそれをしたのはメルケルだった。
「痛って! 何すんだよ」
「剣を下ろせ、ムサシもだ」
二人が剣を鞘に納めたのを見た後、メルケルは話をする。
「確かにアントンの言う通り、人間社会に魔物を連れ込むのは御法度だ。
だが、コウとムサシ、そこの魔物娘のように人間と魔物が友人となるというのも悪くないだろう」
メルケルは「なあ?」と言葉を付け加えてアントンを見た。
「俺は元々奴らに危害を加えるつもりはない。剣を突き付けて、どんな反応をするか見たかっただけだ」
「あの」
緊張が解けたところで、ベルが口を開けた。
「ああ、確かベル、だったか。どうした?」
「一つお願いがある」
「お願い?」
ベルは一呼吸置き、言った。
「私も君たち冒険者の仲間に入れて欲しい」
アントンは少し考えた素振りを見せた。
「そうだな、どうする?」
「いいじゃないか、私は賛成だ」
「つってもよ、さっきお前が言ったとうり魔物を連れて来ちゃダメだろ」
「特異転生者を私物化している方が魔物なんかより問題だろ。大丈夫、私に策がある」
メルケルが不敵に笑う。
とても不気味だが、同時にどこか頼りになる雰囲気があった。