第9話 解かれた糸と繋がる糸
見間違いだろうか、目をこすってもう一度見てみる。
注意深く見ても、やはりそれが触角にしか見えなかった。
「君は冒険者……じゃないよな。人型の魔物とか?」
「……9号」
「え?」
「マスターは私を9号と呼んでいる」
「えーと、僕はコウ。ちなみに君は実験によって生み出された生物なのかな?」
「そう、私はマスターの命令に従い、魔物達を見張っている」
話が通じているのか通じていないのかわからん。
だが少なくとも、この人が異変に関わっている可能性は高そうだ。
「君、もしかしてお肉もっていない?」
「肉? 干し肉ならあるけど」
袋から干し肉の一つを取り出すと、彼女は目を輝かせて近づいてきた。
その目は干し肉だけを見ていた。さながら獣のように。
与えてやるとガツガツと食いだし、せっかくの整った顔立ちが台無しになる。
そんなにお腹減ってたのか。
「質問してもいいかな?」
「いいよ」
「僕たちはゴブリンとその上位種であるオークが最近、活発な活動をしているから調査に来たんだ。その首謀者について何か知らないか?」
「たぶん、マスターのせい。少し前にあの人がこの森にきていた」
「君の言うマスターとは一体誰なんだ?」
「知の魔王の幹部、私を作り出した者、ルシ様」
なんとなくいるんだろうなと思っていたが、やはりこの世界には魔王がいるのか。
「そのルシって人は何がしたいんだろう」
「わからない。私は命令以外は何も聞かされていない」
まあいいか、ボスは分かったし後はそれを報告するだけだ。
「教えてくれてありがとう。じゃあまた会おうね」
そう、僕は確かにまた会おうと言った。
その言葉はつまり別れの挨拶。
だが今、僕の後ろには……
「なんでついて来るの?」
「暇だから」
「いやいや、マスターから命令を受けてるんでしょ」
「適当に報告すればいい」
そんなんでいいのかよ。
っていうか別に僕はいいけど、仲間達がこの魔物娘を見たらどんな反応をするか分かったもんじゃない。
早い内に追っ払うか、言い訳を考えないとな。
「コウ」
「何?」
「ここさっきも通った」
「マジ?」
「マジ」
どうやら僕らは迷ってしまったらしい。
あー、面倒くせー
ーーーーーーーーーー
「アントン、おいアントン起きろ」
俺を呼ぶ声で目が覚める。
もう朝か、支度をして出かけないとな。
「ムサシ、どうした?」
「主様がいない。何処にもいないんだ」
「もう少し待ったら戻って来るだろ」
「俺もそう思って待った。それに周囲を散策してもみた。だが何処にもいないんだ」
仲間とはぐれる事。
それは冒険者にとって最もしてはいけない行為の一つ。
だからこそ、俺はそういう時の為に対処法を考えていた。
「落ち着け、森に入る前にした決め事を思い出せ」
「決め事? 確か、問題があった場合はクエストの進捗に関係なく町に戻る、だったか」
「そうだ。そして今、俺達がやるべき事は帰還の準備だ」
「だとしても主様を置いてけぼりにする事はできない」
「アイツが自由に動けるなら同じ事をするはずだ。もし動けない状況なら俺がギルドに捜索を依頼する」
今回の異変はギルド全体で対処しなければならない程のヤバイ案件。
そういう風に騒ぎ立てれば奴らもAランク冒険者を幾らか連れて来てくれるだろう。
それにコウは特異転生者だし、いざというときはアイツの専用スキル……アイツの専用スキルって。
「なあ、コウのスキル、『従者創作』って自分の従者を創る能力だよな?」
「その通りだ。俺はそれによって創られた」
「じゃあ、お前がいないとコウは」
「……多分何とかなる」
目を見て言ってくれないか。
「コウには魔法の才能がある。それにジェムも持っているから大丈夫だろう」
「……そうだといいがな」
ーーーーーーーーー
草木も眠る丑三つ時、になってようやく眠気がきた。
起きた時には空がほんのり明るく、霧が視界を悪くしている。
隣にいる魔物娘は未だにすうすうと寝息を立てて、無警戒な様子で寝ていた。
その様はとても可愛く、愛おしく、そして──
「なんかムカつくな、こっちは仲間に会えなくて絶望してんのに」
「んあ」
僕の言葉に反応したのか唐突に目を開いた。
ちょっと不気味。
「起きたか。それじゃ行くぞ」
「でも、方向がわからないんでしょ?」
「いや、うん、そうだけど」
「私なら分かる」
言い終わるやいなや、甲高い音を発して虫を集め始める。
昨日見た蛍とは違い、蠅や蜂などが集められている。
その内の一匹、他よりも体格が大きい蠅が彼女の指に乗る。
「森の出口知ってる?……うん、そう……こっち? ありがとう」
「君はどういう種族なんだ?」
「私は実験動物、種族は存在しない。でも、マスターは『蠅の女王』をコンセプトに作ったと言っていた」
虫の案内に従って歩きながら会話をする。
蠅の女王と聞いて、僕は真っ先にとある名前を思いついた。
「ベルゼブブ」
「それは何?」
「ああ、別に何でもない。ただパッと頭に浮かんできただけ」
「ベルゼブブ……うん、気にいった。今日から私はベルゼブブを名乗る」
ええええええええええええええ!!
この娘適当に決めすぎでしょ。
いや、まあ、9号なんて愛想が無いモンよりましだけどさ。
「でも、ベルゼブブはちょっと呼びにくいかな」
「なら……うーん、ベルゼ……ベル、そうだねベルにしよう」
「はあ、そうっスか」
魔物娘、9号、もといベルは気分良さそうに小躍りしながら歩いている。
どうやら彼女にとって躍ることは喜びを表現する方法の一つらしい。
だがその躍りはすぐに終演を迎えた。
周囲を漂っていた虫達が急にどこかへ逃げ、森が騒ぎ始める。
後ろから来る気配、それは僕が望んだ彼らではなく、
オーク達だった。
「クソッ、数が多いな。あと少しなのに」
「コウ、私は戦闘できないから。何とかして」
「何とかしてって……何とかしなくちゃな」
ゴブリンだけならまだしも、オークには碌な対抗手段がない。
この絶体絶命な状況、さあ、どうする?