090:不気味な基地で蠢く影(side:イサビリ)
中佐から指令を受けて、我々は目標ポイントに降下した。
偽装薬莢型のポッドから降りて外に出れば、マサムネは作戦通り敵を引き付けてくれた。
最低限の荷物を持ち、我々は敵基地へと移動を始めた。
目視にて確認できるほど近づけば、敵のメリウスが何機か離陸していた。
恐らくは、マサムネを撃墜しに向かったのだろうと考えた。
敵の眼がマサムネや前線にいる仲間に向いている今が好機。
荷物を降ろして茂みに隠してから、我々三人は基地への潜入ルートを確認した。
金網をよじ登っていくのは利口ではない。
有刺鉄線が巡らされている上に、監視塔からの眼がある。
正面ゲートから侵入しようにも、兵士たちが見張っている。
そこで、事前に中佐から聞いていた情報を頼りに、我々はゲートに通じる道で待機した。
正面ゲートへ向けて、各地への補給から帰って来た帝国軍のトラックが通る。
伍長に指示を出して、道の半ばに障害物を設置しておいた。
崖からの落石に見せかけて岩を設置すれば、通りかかったトラックは勝手に止まった。
中から舌打ちをしながら兵士が出てきて、二人がかりで岩をどけようとしていた。
それを確認してから、我々は岩陰から出てトラックの荷台に乗り込む。
荷台には他の駐屯地から回収したであろう荷物が多く載せられている。
奥へと身を潜ませてから暫く待てば、エンジンが掛って再びトラックが動き出した。
伍長と曹長に手信号で待機を命じる。
彼らは静かに頷きながら、息を潜めた。
トラックは進んでいき、やがてゆっくりと停車した。
外から話し声が聞こえた。
恐らくは、正面ゲートに到着した頃で。
バサリと音を立てて、荷台を覆う布が捲られた。
光が差し込んできたのを確認しながら、敵が荷台に上がった音を聞く。
コツコツと足音を立てながら、荷物を確認しているのが分かった。
ゆっくり、ゆっくりと足を進める。
そうして、我々が隠れる荷物の前で立ち止まった。
息を殺しながら、胸につけたナイフに手を掛ける。
「……たく。何でこう兵士ってのは大食漢が多いんだ? 毎日毎日、空のケースを数えるのは嫌になるぜ……問題ないぜぇ」
兵士が悪態をつきながら、去っていく。
バレていなかったようで安堵した。
そうして、トラックは再び前進を始める。
正面ゲートを突破できた。
暫く待機してから、部下に指示を出す。
伍長が先頭に出て、トラックの荷台から周囲の状況を確認した。
問題ないと伝えられて、我々は此処でトラックから降りる事にした。
ゆっくりと走行するトラックから降りる。
素早く全員がトラックから降りて、すぐに遮蔽物に身を隠した。
周囲を見れば、倉庫へ向かう前の道で。
腕時計型の端末を起動させれば、敵の基地のマップが表示された。
ビーコンに表示された場所によれば、目標ポイントまではまだ距離がある。
周囲を警戒しながら進み。
敵基地内にいるであろう最重要人物から情報を奪取する。
部下に指示を出しながら、此処からは手分けして内部を調査する事にした。
タイムリミットは現時刻からきっかり五時間後で。
荷物を隠した場所にて合流することを指示した。
伍長は内部の研究室にて、敵の研究内容を強奪。
曹長は、バンカーにて敵の保有するメリウスの情報の入手。
私は最重要人物を見つけて、奴らの会話を盗聴する。
それぞれの役目を持って行動を始めた。
手にナイフを持ちながら移動を開始する。
素早く行動しながら、基地内を徘徊する敵を警戒した。
監視カメラにも注意を向けながら、私は内部への侵入ルートを探す。
灰色の建物を見ながら、基地内部へと通じる扉を発見した。
遠目から確認すれば、電子ロックが掛けられている。
内部に侵入するには基地内で活動する人間のIDを必要とするようだ。
私は周囲に目を向けて、壁に背を預けながら煙草を吹かす白衣の男を眼に付けた。
ゆっくりと男の傍に近寄る。
そうして、足元に落ちていた石を拾って投げた。
カラカラと音を立てて転がった小石に反応して、男は眠そうな眼をそちらへと向けた。
私は男へと素早く近づいて、ナイフを突きつけながら男の動きを封じた。
「動くな」
「ひぃ」
研究員らしき男は短い悲鳴を上げる。
煙草をぽろりと落としながら、奴はぶるぶると体を小刻みに震わせた。
「IDカードは何処だ」
「く、首から下げている。い、命だけは」
「VIPが此処にいると情報を得た。何処にいる」
「び、VIPって――ちゅ、中央棟の307号室だ! 此処から入れば行ける!」
惚けようとした男に浅くナイフを刺せば、ぺらぺらと情報を吐き出した。
聞いてもいないことまで喋りだして、私は男の首を絞めた。
じたばたと暴れた男はやがてぐったりとして気を失った。
四肢をだらりと下げて意識を手放した男を担いで、ダストボックスに入れる。
ハエがたかるそこへと入れて、ゆっくりと戸を閉めた。
IDカードを奪いそれを持ちながら、電子ロックに翳す。
すると、短い機械音と共に扉の電子ロックが解除された。
ゆっくりと扉を開きながら中へと入る。
真っ白な廊下を不気味に思いながら、私は足を動かして最重要人物の部屋を目指した。
数多の監視を搔い潜り、部屋の前に到達する。
当然の事だが部屋にはロックが掛けられていた。
何処から侵入できるかと探してみれば、小さな通気口が設置されていた。
女でも入るのが難しそうな通気口で、それを強引に足で蹴って外してから。
私は自分の肩に手を置いて――がこりと外した。
鈍い痛みを感じながら、私は左腕の関節を外した。
これにより狭い通気口内に侵入が出来る。
中へと入ってから通気口の扉を閉じて、後ろ向きに移動を始めた。
もぞもぞと動きながら通気口を通っていけば、狙い通り部屋の中へと通じていた。
私は息を潜めながら中の様子を伺う。
すると、部屋の中にはカタカタとパソコンに何かを打ち込んでいるスキンヘッドの男がいた。
やがて大きな伸びをしてから、男は端末を取り出して誰かへと連絡を繋ぐ。
「どうも。私です。経過報告を……あぁ、問題ありませんよ。鉄槌さんたちは期待通りの性能を発揮しています。新型の”ファルコンⅢ”も問題なく動かせるでしょう……えぇ、えぇ。このままいけば、二ヶ月後には計画を進められると思います……屍人たちには、公国の首都を攻撃してもらいます。火種を作り更に炎を巻き上げる為に……貴方の狙い通りに、駒は動いていくでしょうね。流石は”マザーの子”だ。不気味なほどに、貴方は完璧だ……えぇ、情報管理室のPCにデータは映してあるので。A級職員以外は閲覧できませんのでご安心を……はい、それでは」
「――っ」
スキンヘッドの話を盗み聞きして、とんでもない情報を得た。
まさかとは思っていたが、本気で公国に打撃を与えようと画策していた。
耳を疑いたくなるが、首都を屍人に攻撃させると言った。
どのような方法でかは言わないが、計画通りに進んでいるのであればその二月後に攻撃を始めるのか。
新型のファルコンⅢというのはメリウスだろうか。
鉄槌にそれを与えて、我々公国に深刻な打撃を与える……まずいな。
奴の狙いは公国へと打撃を与えるだけではない。
公国へと打撃を与えて、収まりつつある帝国との戦争を激化させようとしている。
火種を新たに生み出し、戦火を広げて……狂人の考えだ。
そんなことをして、奴に何の得がある?
帝国の意思ではない。
いや、一部の人間にとっては好都合かもしれない。
しかし、理性ある人間であればそれが破滅を齎す事は理解できる筈だ。
何としてでもこの情報を中佐に伝えなければならない。
伍長や曹長も、今頃は敵の情報を掴んでいる筈だ。
首都への攻撃を帝国に行わせれば、公国が戦争を止める機会を失ってしまう。
何方も死ぬまで戦いを続けて、共倒れの未来は免れない。
スキンヘッドの男は通話を止めた。
そうして、パソコンの電源を切ってから椅子から立ち上がって何処かへと行く。
男の気配が遠ざかっていくのを感じながら、私はゆっくりと移動を始めた。
通気口から周囲の様子を伺って、外へと出る。
そうして、ガコリと外した関節を戻して息を吐いた。
スキンヘッドの後をつけても良かったが……妙な違和感を感じた。
あの男の笑みは、不気味に思えた。
まるで、全ては自分の思い通りだと言わんばかりで。
あのまま後を付けていけば、取り返しがつかなくなる気がした。
パソコンの情報を盗み見る事も考えたが、足がつけば警戒されて計画を変更される恐れもある。
予定通りに計画を進ませて、それを防ぐ方が確実だ。
となると、二ヶ月後に首都を襲撃するという情報が鍵だ。
私なりに考えてみたが、二ヶ月後に首都で何があるのかは分からない。
中佐であれば、何かを知っているかもしれない。
私は通路を進みながら、情報管理室を目指した。
幸運な事に奪った男のIDカードにはA級職員であると書かれていた。
これを使えば、情報管理室のPCを起動させて中の情報を閲覧できるだろう。
幾分かのリスクはあるだろうが、あの男のPCを見るよりかは安全そうだ。
私は嫌に清潔な通路を静かに進んでいった。
この不気味な基地内に少しばかりの不安を抱きながら、任務を果たしに向かう。




