069:バネッサのメッセージ
工場での破壊工作に、薬のレシピの強奪。
それらの事件によって、地上では大規模な捜索が行われていた。
兵士たちが至る所にいて目を光らせている。
怪しい人間に片っ端から声を掛けていて、すれ違う俺たちはひやひやしたものだ。
しかし、レジスタンスのメンバーで顔が割れている人間はごく僅からしい。
顔を見られてもバレる心配は無く。
俺たちはアジトまでつけられないかだけを注意していた。
メンバーたちは地上へと上がって、至る所にあるスピーカーに仕掛けを施していた。
ゴウリキマルさんや他のメカニックが作ったハッキングコードで。
それを侵入させれば、敵の放送をジャックすることが出来るらしい。
怪しまれないように敵が去っていったのを見計らってそれを入れる。
他のメンバーたちも作業を続けていた。
後は、オリアナが国民たちの心を動かせるような言葉を言えたら完璧だ。
きっと彼女なら大丈夫だろう。
俺は友達の事を心の底から信じている。
だから、全てが片付くのその時まで、俺は彼女の傍にいる。
暑い中で作業を手早く終わらせる。
仲間たちが盾になり、俺は回路版を開いてプラグを差してコードを流す。
ものの数秒でそれを終わらせてから、俺たちは何事も無かったように去っていった。
此処で、俺とオッコで別行動を取る。
ついてきた他の二名はアジトへと先に戻るのだ。
彼らは連絡役であり、作業が終わったことを彼女に報告しに行く。
互いに小さく頷いてから、別々の道を進んでいった。
俺とオッコは路地裏へと入っていく。
追跡者はおらず。俺たちは適当なところで足を止めた。
「……ここらへんでいいかな」
「……オッコ。急に話しってなんだ。今じゃダメなのか」
「そりゃダメでしょ。折角、船から降りて地上にいるんだから……面倒ごとについては此処で話しておこうぜ」
「……やっぱりそれか。何か気になる部分があったのか?」
急に二人で話がしたいと言い出したオッコ。
俺たちは他の仲間に無理を言って別行動を取らせてもらった。
何を話すのかと思えば、バネッサ先生の事についてで。
俺も気になっていたからと、彼に対して質問をした。
すると、オッコは気になる箇所は確かにあったと言う。
「……バネッサ先生の言ってた選別。人間たちに試練を与えて、生きるべき人間を選ぶってやつさ。アレ、俺はどうも変だなぁって思ったわけよ」
「……ただの狂った人間の言葉じゃないってか……俺も分からないけどさ。どうも引っかかるんだ。選別する理由ってのが……その、リソースの奪い合いって言ったか? この世界で住む人間とよその世界か来た人間たちで……」
俺が自分の違和感について話せば、オッコはぱちりと指を鳴らす。
そうして、人差し指を俺に向けながら彼は「その通りさ」と言った。
「リソースの奪い合いは始まっている。戦争ってのが起きていて、今も続いているからねぇ。その点に関しては何も思わなった。問題なのは後半の部分……増えすぎた人口を減らさなければってところと悪徳に人間が身を落とすって部分だ……それってさ。可笑しくねぇか?」
「何がだ? 人口が増えていけば、それだけの資源がいる。資源が減れば、誰だって盗みとかをしだすんじゃ」
「いや、そうじゃねぇよ。この世界は仮想現実世界だ。マザーが全てを管理している。人口推移に関しても見ているし、資源が減っていけばその分を増やすだろう。なんなら、今いるフィールド自体を拡張することだってアレには簡単だ……もっと簡単に言うぜ。俺たちの現実世界では、貧富の差が激しい。飢餓による死亡事例だって多いんだ。そんな世界で、人口が増えていくと思えるか? グラフにしてみれば、人口は減っていっているんだぜ。それなのに、バネッサ先生はそんなあり得ない話をしたんだ。俺が感じた違和感は、何で彼女がそんな事を言ったのかだ」
俺はオッコの話を聞いて合点がいった。
現実世界の問題からして、これ以上の人間が流れ込んでくることはあり得ない。
リソースの奪いがあったとしても、マザーはそれすらも計算に入れて管理している。
悪徳に身を落とす人間はいたとしても、増加する訳じゃないのだ。
それなのに、彼女はそれが起きると断言していた。
この矛盾の意味は何なのか。
彼女が狂っていて、突拍子もない陰謀論を言っただけなのか。
いや、違うだろう。きっと彼女は意味があってそんな発言をしたんだ。
オッコを見れば静かに頷いている。
「……俺もお前と同じ考えだ。バネッサ先生は、俺たちに何かを伝えようとした。でも、あの場で詳しくは話せなかった。だからこそ、回りくどくても安全な方法でメッセージを送って来たんだ。その意味についてはまだ分からねぇが……大丈夫だ。俺が必ず突き止めて見せる」
「……お前ひとりじゃないだろ? 俺も手伝う。彼女の犠牲を無駄にしちゃいけない」
罠に嵌められたのか、何かを知って考えを改めたのか。
何方にせよ、俺は彼女の想いを受け継ぐ。
必死になってメッセージを送ってくれたのだ。
必ずその意味を突き止めてみせる。
俺は拳を握りながら、決意を新たにした。
「……そういえば例の薬。ゴウリキマルちゃんが言ってたけど。アレは相当にやばい代物らしい」
「……レシピを見たのか?」
「あぁ、気になってな。二人で目を通していたらそれがあった。他の調合法とは違って、それは記号や数式やらで……俺には理解できそうになかったけど。彼女はそれが魂のリプログラミングをするものだって分かっていたよ。一度それを受ければ、二度と元には戻れないらしい。少なくとも、今ある医療でも科学技術でもどうすることもできないって」
オッコから聞いた情報に眉を顰める。
人間の魂を消去して再構築する技術。
それはつまり、殺した人間を別の人間として蘇らせるということだ。
恐ろしい技術であり、それは絶対にこの世に存在してはいけないものだ。
人権を完全に無視した研究には反吐が出る。
ゴースト・ラインの目的が何かは未だに掴めない。
しかし、奴らのやっていることが間違っていることは分かっていた。
だからこそ、これ以上奴らをのさばらせておくわけにはいかない。
何としてでも計画を阻止して、この世界に真の平和を齎さなければいかない。
この世界の住人が安心して暮らせる為にも、俺たちは頑張らなければ。
今は、モルノバの住人たちの目を覚まさせる事に集中しよう。
この国の人間たちを正気に戻して、イスラールを倒す。
この国の王女であるオリアナの声を聞けば、必ず国民たちも耳を貸す筈だ。
一か八かの賭けであり、失敗すれば後がない。
恐らく、放送をしてしまえば発信元を特定されてしまう。
なるべく時間を稼ぐと言っていたが、保って数分だろう。
その時間を最大まで使って、本当に国民の目が覚めるのか。
俺は友人であるオリアナを信じながら、オッコに戻ろうと提案した。
もう話は済んで、バネッサ先生から貰ったメッセージの違和感の共有は終わった。
此処で話せることは――いや、あるな。
「……どうかしたか? マサムネちゃん」
「……いや、何でも無い」
オッコの事は信じている。
だからこそ、告死天使と相対してメールを受け取った事も話せた筈だ。
しかし、俺は出かけた言葉を引っ込めて何事も無かったように足を動かした。
此処でメールの事を言うのは、何か拙い気がした。
言ったが最期。彼を大きな何かに巻き込んでしまうような感覚を覚えた。
だからこそ、俺は何も無いと嘘をついてしまった。
果たして、俺の選択は正しかったのか。
隣を歩くオッコはチラリと俺の顔を見てくる。
俺はそれに気づかないふりをしながら、前を見て歩いていく。
判断を誤れば最後だ。人生は一度きりで、間違いを正すことは出来ない。
俺はこの選択が正しいと信じながら、アジトへの帰路を急いだ。




