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061:死臭を放つ亡者共

 砂漠の中を疾走し、ようやく見つけたオアシス。

 中立国家モルノバの街並みは中々に美しいものだった。

 建物が綺麗とか美人な人が多いとか、そういう外見的な美しさではない。

 生き方というものが美しく、人々はお互いに助け合って生きていた。


 怪我をして泣いている子供がいれば、周りの大人たちがすぐに手を差し伸べる。

 自宅で使っている調味料を切らしたという老婆がいれば、近所の人間が無償で渡していた。

 無いものを誰かが補い、困っている人はすぐに助ける――美しい生き方だと思えた。


 手を取り合って助け合うのは、人間社会の理想形ではないだろうか。

 確かに、一人一人の人間を見れば特徴と呼べる特徴は無い。

 煌びやかな宝石を身に着けている訳でもなく、着飾っている訳でもないのだ。

 化粧もせずにありのままの自分で過ごしている。

 分厚いローブを身に纏って、活気のある市場を色々な人間が歩いていた。


 俺たちは一つの屋台の前で足を止める。

 そうして、香ばしい匂いを漂わせる肉の串焼きを指さして売ってくれと申し出た。

 全員の分を購入して、てらてらと輝く肉を口いっぱいに頬張る。

 身が引き締まっていて噛み応えのある肉は、噛めば噛むほどに肉汁が溢れ出す。

 熱々の肉を食べながら、さきほど買った新鮮な水を流し込んだ。


 肉を食い、水を飲み、また肉を食う。

 乾いていた喉は潤い、空いていた腹が満たされていく。

 小さな幸せを皆で共有しながら、俺はオッコに視線を向けた。

 その手には消息を絶った諜報班の人間の写真がある。

 先ほどからオッコは顔の広そうな人間に声を掛けては、写真の中の人間を誰か一人でも見ていないかと聞いていた。


 結果は、誰一人として見ていないというものだった。

 いや、正確には覚えていないというべきか。

 見たことがある様な無いような、そんな曖昧な感じだ。


 それもその筈であり、此処に来る人間は皆ローブを纏っている。

 灼熱の太陽にはなるべく肌を晒したくはない。

 顔を覆うようにローブを纏っている人間も大勢いるのだ。

 だからこそ、顔写真を見せたところで顔を判別できる人間なんてそういない。


「……オッコ。誰も覚えていないんじゃないか?」

「いや、覚えている筈だね」

「何で、そう断言できるんだ?」

「そりゃそうさ。此処に来る人間なんてそういない。外部から来る旅行客なんかは、商人にとってはすぐに分かる。此処で生活していないんだ。話し方の微妙な違いや立ち振る舞い。意外とそういうのってのは分かるもんさね」

「……じゃ何で、彼らは知らないなんて言うんだ?」

「……まだ分からない。でも、妙な違和感がある。警戒しておいた方がいいぜ」


 肉を食べながら、オッコは周囲に目を向けていた。

 ニコやかに笑っている商人に、元気に走り回る子供たち。

 オッコには悪いが警戒するようなところは無いように思った。

 どこからどう見ても無害な一般人で……あそこに行くか。


 俺はオッコの肩を叩いた。

 指を向けた先にはしなびれた酒場らしき店が建てられていた。

 ひび割れた外壁に、片方のネジが外れてぶら下がっている木の板。

 そこには確かに酒場の文字が刻まれていた。


 オッコは無表情で俺を見つめる。

 無言で何のつもりかと聞いてくる彼に対して俺は満面の笑みで答えた。


「本で読んだことがある。酒を扱う店では、情報が売られているらしい」

「……一応聞くけどさ。その本ってのは?」

「漫画だ! 西部のガンマンが出るんだ。面白かったぞ」

「……でしょうねぇ。ま、いいけどさ」


 頭を掻きながら、オッコは左右に首を振る。

 そうして、酒場へと歩いて行った。

 俺は屋台で売られている怪しげな仮面を被って盛り上がっているショーコさんたちを呼ぶ。

 彼女たちは名残惜しそうに仮面を置いてから小走りに走って来る。

 今一つしまらない空気だと思いつつ、俺はトロイに目を向けて――ガックリと肩を落とした。


 両手に珍妙な生物の干物を持つトロイ。

 バリバリと音を立てながら、口をリスのように膨らませながら何かを食っていた。

 ニコニコと笑いながら、美味しそうに食べているアホ。


「おい。いらないもの買うなよ。資金だって無限じゃないんだぞ」

「らいひょうぶらいひょうぶ。おあえもくへよ」

「……いらねぇよ。はぁ」


 ヴォルフさんは人選を間違えたんじゃないか?


 俺はこの調子で良いのかと思いつつ、酒場の前で待っているオッコを見た。

 顎をしゃくって早く来いというオッコに促されて、俺たちは酒場へと向かう。

 串はゴミ箱へと捨てて、トロイも無理やり全部を口に入れて串を捨てた。

 恐ろしいほどの量を口の中に入れており、こいつの皮膚はゴムで出来ているんじゃないかと本気で思った。


 ショーコさんが手をパチパチと叩いて感心し、レノアはジト目で見ていた。

 ゴウリキマルさんは「また馬鹿が増えた」と言って……何で、俺を見るの?


「んん……入るぞ?」

「あ、あぁ」


 ゴウリキマルさんの呟きに疑問を抱きつつも、俺たちは酒場の中に入った。

 両開きの扉を押して中へと入れば、部屋の中は少しだけ薄暗かった。

 俺たちが入れば数名の客が俺たちに視線を向けてくる。

 それを無視して俺たちはカウンターへと足を進めた。


 床を踏むたびにギシギシと嫌な音が響く。

 店内の明かりは何の飾り気も無い電球で……アレ白熱電球か?


 穴が開いていて外からの風が流れ込んでくる。

 ムワッとする店内の中には観葉植物らしきサボテンが置かれていた。

 質素を通り越してボロさを多分に感じる店内に驚きながらも、俺たちは空いている席に座った。

 早速、聞き込みをしようとして――オッコに遮られた。


「フーミを三つ。それと……ヤギの乳を三つだ」

「……あいよ」


 勝手に注文をしたオッコ。

 俺は彼の脇腹を突いて、フーミとは何かと聞いた。

 すると彼は、果汁とヤギの乳をブレンドした酒だと教えてくれた。


「氷を入れた方が美味いけど。この国では氷は貴重だ。モルノバのフーミは独特のとろみがあるから、飲みやすいぜ。まぁそのせいで飲み過ぎる旅行客も多いらしいけどな」

「へぇ詳しいな」


 俺が感心していれば、小太りのマスターは乱暴に机にグラスを置く。

 そうして、トクトクとミルクを注いでから壺らしき物に入った赤い果実を取り出した。

 彼は拳ほどある果実を半分に切ってから、それを専用の絞り機に嵌めて果汁を絞る。

 一個の果実でそれなりの果汁を抽出して、それをグラスに入れていった。

 同じ工程を繰り返してから、彼は背後にある酒のボトルから一本を取って栓を抜いた。

 トクトクと酒が注がれて、黄色味掛かった色のドリンクが完成した。

 女性陣の方にも並々と注がれたミルクを渡して、俺はそれを手に取って――驚いた。


「お、少しひんやりしてる」

「アレだよ。あーれ」


 視線を向ければ、壁に穴が開いていた。

 下へと伸ばされたロープがあって、彼は磨き終わったグラスをロープに付けられた器に入れていた。


「氷が貴重って言っただろ? だから、地下深くにまで穴を掘って、そこでグラスを冷やしているんだよ。中には、地下水で果物とかを冷やしている奴もいるらしいぜ」

「すげぇな……いただきます」


 オッコの説明を聞いてから、俺はフーミが入ったグラスに口をつけた。

 味わうように飲んでみれば、その豊かな味わいに驚いた。

 果物は新鮮な物を使っているからか酸味と甘みが深い。

 しかし、くどいという訳ではなく。その深みをヤギの乳がうまく包み込んでいた。

 酒自体の度数は高いだろうが、とろみのあるミルクと果実の甘みによってきつさがまるでない。

 飲みやすく。しかし、一杯で体が温まる様な味だった。


 俺はトロイに美味しいなと言おうとした。

 すると、トロイは無言でグラスを置いていた。

 目を大きく見開きながら、彼はグラスを見つめている。

 驚いている様子であり、俺はどうしたのかと彼に聞いた。

 すると、トロイはハッとした様子でぎこちない笑みを浮かべた。


「い、いやさ。親父が置いて行った酒の味に似ててな。ちょっと驚いたっていうか」

「親父さんの?」

「あぁ……ま、俺が物心つく頃にはどっかに行っちまったけどな……母さんと俺を置いて、酒瓶だけ残していったクソ親父だ……俺が成人した時に、母さんがこれを俺に飲ませた。どういうつもりなのかは、分かんねぇけどよ」


 チビチビと酒を飲みながら、トロイは昔を思い出している様子だった

 俺は深く詮索することはせず。感傷に浸っているトロイを横目で見つめる。

 恨んでいる……訳ではなさそうだな。


 黒い感情に支配されないのならいいか。


 ひょんなことで酒の出所を知れたトロイ。

 オッコはそんなトロイを気にすることなくマスターに写真を提示していた。


「こいつらを知っているか? 曖昧でもいいから。見たかどうか答えてくれ」

「……三か月前に来た」

「――そうか。何か聞かなかったか?」

「……さぁな」


 グラスを磨きながら、彼は知らないふりをした。

 オッコはにへらと笑いながら、紙幣を彼に渡す。

 チラリとそれを見たマスターは、無言でそれを受け取る。

 そうして、一切此方に視線を向けることなく淡々と言葉を発した。


「王宮の事を聞いてきた。祈祷師のイスラール様の事を特にな」

「……祈祷師ねぇ」


 手掛かりを掴めた事に内心でガッツポーズをする。

 諜報班は王宮で祈祷師をしているというイスラールなる人物を調べていた。

 そいつがどんな人間かは分からないものの、ゴースト・ラインに繋がっている可能性がある。

 更に深く聞こうとしたが、オッコはそれを止めた。

 マスターに金を支払って席を立つ。

 俺はもういいのかと彼に聞くが、彼は「行こう」としか言わない。


 腑に落ちない点があるが、本職に意見をする訳にもいかない。

 俺はカウンターに金を置いて席を立ち――勢いよく扉が開かれた。


 乱暴に扉を開けた人物へと目を向ければ、眼を血走らせた男たちであった。

 カマやナタを持っており、確実に常人とは呼べない様相の人間たち。

 俺は無言でゴウリキマルさんたちを後ろに誘導した。


「厄介事がやってきたぜぇ」

「食後の運動かぁ!」

「……間違っても銃は使うなよ」

「分かってるよぉ」


 オッコはけたけたと笑い、トロイはボキボキと拳を鳴らす。

 俺は拳を構えながら、隙を見つけて全員で逃げる事だけを考えていた。

 そんな俺たちを焦点の定まらない目で見つめてきた謎の集団は叫び声を上げて襲い掛かってきた。

 先頭を走って飛び掛かってきた男。

 俺はその男に鋭い蹴りをお見舞いする。


 ごすりと音がして吹き飛ばされた男。

 入ってきた扉を破壊して外へと吹っ飛ばされたそれ。

 それが開戦の合図であり、全員が襲い掛かってきた。

 俺たちは笑みを浮かべながら――拳を硬く握りしめた。

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