056:未来を掴んだ傭兵
風を切り裂き飛翔する。
真向から挑む相手は魔神。相手にとって不足は無い。
挨拶代わりにプロミネンスバスターを放つ。
出力を上げたバスターの射撃によって、魔神の装甲を軽く溶かした。
傷一つ付かなかった筈の装甲に穴が開いたのだ。
俺は大きく笑い声を上げながら、新兵器の威力に胸を躍らせた。
「――ッ!!!!!」
化け物の咆哮が響き渡る。
大ぶりの攻撃がやって来た。
凄まじい破壊力を伴った腕の振り。
それを見ながら、機体を操作する。
限界ギリギリまで機体を加速させながら、飛んできた腕の攻撃を紙一重で回避した。
一撃目は腕の表面をなぞるように飛行。
続く二撃目は指の合間を潜り抜けて突破した。
こんなにも自由な飛行をしても警報一つならない。
まだまだ限界なんてものじゃない。もっともっと――自由に飛べるッ!!
魔神の背中につけられた小型のハッチが展開される。
そうしてそこから自動追尾型の小型ミサイルが放たれた。
空を覆い隠すほどのミサイルの数に笑みを深めながら、俺はレバーを操る。
「当ててみやがれッ!!」
加速、加速、加速――更に加速。
音の衝撃波が発生しているのか。
無音の空間の中で飛行しながら、追尾してくるミサイルを躱す。
追いつかず後部で爆発し、左右で誤爆し、急速反転し弾幕の中に突っ込む。
危険の中で命を感じる。死ぬ瀬戸際でダンスを踊っているような気分だ。
妙な高揚感を与えてくれるのはこの機体のお陰だろう。
無数のミサイルが爆ぜる。
視界を覆い尽くすように迫るそれらを抜けていく。
ギリギリの機動で避ければ、全身の血が沸騰した。
アドレナリンが駆け巡り、スレスレで爆ぜるそれらが色鮮やかに見える。
雨粒を弾き、雷により周りが光って。
絵を描くように、機体で大空に軌跡を作っていった。
縦横無尽に大空を飛ぶ。
そうして、視界を覆い尽くそうとしたそれらから抜け出す。
全てのミサイルを舞うように回避。
一発も被弾することなくプロミネンスバスターを構える。
対して、手の平を向けてレーザーを放とうとする魔神――遅いッ!!
一点に集中しての狙撃。
高出力のレーザーを奴の手の平に放った。
バチバチと火花を散らせながらかち当たり、奴の手の平を焼き焦がす。
俺は歯を強く噛みしめて笑い、更にコアの稼働スピードを上げた。
太陽のように胸の中心で燃え盛るコア。
それによりレーザーの威力は増大して、光の奔流が飛び出していく。
「――ッ!!!!!」
奴の手の平が後ろに押される。
俺は雄叫びを上げながら、強くレバーを押す。
機体と一緒に前へと加速して、レーザーの射程を縮めた。
ぐんぐんとスピード上げて、レーザーから光が飛び散る。
迫って迫って迫って迫って――奴の手を穿つ。
手の平の装甲を溶断し、ドロドロに溶けた先が丸見えだ。
俺は高笑いを浮かべながら、大きく空いた穴を潜り抜けた。
そうして、迫ってきた奴の別の腕を垂直に回避する。
大きく上へと上昇。雷雲の中へと突っ込んで、雷を回避する。
視界不良の中で雨を弾き飛ばし飛行し――雲を抜けた。
大空の中へと出てくれば、地獄が嘘のようであった。
空の上で笑い、更に上で浮かんでいる星々を見た。
「なぁアレは偽物か?」
《偽物の定義は幾つかあります。ですが、マサムネ様の今の気持ちで表すのなら――本物でしょう》
「そうか。何時か行ってみてぇな」
星を見ながら感想を零して――機体を横へと動かす。
雲を切ってやって来たのはレーザーで。
極細のレーザーが飛び散りながら、襲い掛かってきた。
やはり、口径を狭めることによって拡散する事も出来たようだ。
丁寧にそれらを回避して、俺は下を見る。
プロミネンスバスターの威力は本物だ。
しかし、奴の装甲を見たが徐々に再生していた。
アレは完全に以前闘ったメリウス擬きと一緒だ。
自己再生プログラムが組み込まれた機体であり、このままではジリ貧だ。
「コアを見つけられるか。目視では確認できない」
《敵メリウスに近づいてください。索敵モードにて私がサーチを掛けます。所要時間は三分です》
「三分間踊ればいいのか――上等だッ!!」
スラスターを噴かせて降下する。
垂直に降下していきグングンと地上が迫っていく。
雲を再び抜けて魔神が見えた。
奴は完全に俺をロックオンしており、足を止めて俺を迎撃しようとしていた。
それは好都合であり、俺は奴の胴体を這うように飛行した。
AIはサーチを掛け始めて、敵の解析を進めている。
それを確認しながら、俺は奴の攻撃を警戒した。
飛び出た機銃から弾が勢いよく発射される。
濃い弾幕を展開されながらも、俺はその隙間を見極めて飛行した。
ライフルを使っての攻撃はしない。
最後の一発はとっておきだ。コアを温めておかなければならない。
エネルギー充填率が上がっていく。
パーセンテージが上がっていく中で、コックピッド内の温度も高まっていった。
限界までコアを稼働させれば、こうやって機体内に熱が籠るようだ。
ギリギリを見極めて戦わなければいけないな。
俺は笑いながら、襲い掛かる無人機に蹴りを放つ。
一発の蹴りによって敵の機体はバラバラになる。
俺は一瞬で体勢を戻しながら、更に加速した。
胴体を這い、上を目指して飛行する――その時、俺の直感が危険を告げた。
一瞬だけ魔神から延びた突起物がスパークした。
それを察知して、俺は奴の体から離れようかと思って――逆に接近した。
「同じ手は二度と食わねぇよッ!!!」
未来視を発動させる。
それによって全ての機動が読めた。
放電し始めた電気の流れを予測して、パターンを演算。
直後、電流がけたたましい音を奏でて流れる。
それを確認してレバーを細かく動かして飛行する。
魔神が使う電流のネットは厄介だが、放電パターンさえ分かれば怖くは無い。
隙間が空いたところに飛び込み、コンマ何秒かの時間に移動する。
連続でのブーストによって機体は激しく揺れて、目に映る物はすぐに変わる。
目で見て移動しては遅い。
その先を読んで動く。
電流の包囲網を抜けながら、回避できないものは受ける。
機体に強い電流が流れるが、この程度でシステムは落ちない。
ダメージは受けているが、飛行に問題は無かった。
放電が終わると同時にAIからサーチが完了したことを告げられた。
コックピッド内はサウナ以上に熱せられて、俺はダラダラと汗を流した。
傷口に汗が染みて痛いが気にしてはいられない。
奴の機体と照合し、精確なコアの位置を算出した。
表示されたポイントは――胴体の中心部からやや右上の部分。
「プロミネンスバスターへのエネルギー充填率は」
《現在150パーセントを突破しました》
「奴の装甲を貫いてコアを破壊できるか」
《装甲を貫くのに三十二秒。コアの完全破壊を含めて四十秒の時間を要します》
分厚い装甲を貫通してコアを破壊するのに四十秒。
その間には機体を止めなければならない。
俺は一か八かの賭けに出ることにした。
スラスターを最大まで噴かせて飛行する。
力を弱めたとはいえ、限界まで機動力を高めれば体に掛かる負荷はかなりのものだ。
それを全身で感じながら、俺はレバーを操って奴の周りを飛ぶ。
奴のセンサーを誤作動させて、システムの隙を作りだす。
加速、加速、加速、加速、加速加速加速加速加速加速加速――加速ッ!!!!
目に映るものが勢いよく流れていく。
それを見ることなく僅かな時間で奴の周りを何周もした。
足の間を潜り上昇し、胴体を滑って腕を通り、腕を振るおうとした奴の背部へと回る。
悪足掻きのようにミサイルを連発するが、そんなものは当たらない。
全ての弾が俺の機動に追いつく事が出来ず。
空中で爆散しながら、俺の影を塗りつぶした。
ミサイルが連発され、嵐が吹き荒れ。
破壊されたメリウスや施設から黒煙が上がっている。
視界は完全なる不良であり、奴も俺の姿を見失った。
ロックオンが解かれたことをAIが知らせる。
俺は奴の首の高さにて機体を停止させた。
そうして照準を奴のコアへと定める。
激しくシリンダーが回転して、熱によって蜃気楼が出来上がる。
俺は笑みを深めながら――弾を放った。
凄まじい勢いによって圧縮されたレーザーが放たれる。
触れた雨粒が一瞬で消えて、その周りだけくっきりと見えた。
煙も雨も弾いて真っすぐに進んだレーザーは奴の装甲にぶち当たる。
バチバチと閃光を上げながら、奴の装甲を溶断していく。
だが、奴も馬鹿ではない。
どんなに隙を生み出そうとも、攻撃を当てれば気づく。
ましてや、奴は人々を恐怖に陥れた魔神だ――俺の攻撃パターンを読んでいた。
奴の腕が俺へと向けられる。
レーザーが射出される。本能でそれを察知するが回避は出来ない。
間に合うか、殺られるか――駄目だ。間に合わないッ!!
殺される。そう思った――瞬間、奴の手から爆発が起きる。
何が起こったのかと見れば、無数のメリウスが攻撃を仕掛けていた。
その中にはトロイやオッコやレノアもいる。
皆無事であり、その手には新しい武器が握られていた。
《マサムネを守れッ!! 此処が正念場だッ!!》
《オウッ!!!!!》
奴の攻撃を妨害し、レーザーの出力が落ちた。
ほんの数秒であったが、確かに命が繋がった。
俺は強くトリガーを引きながら、全力で叫びをあげた。
「――貫けッ!!!!!!!!!!」」
灼熱の中で俺の声が響く。
レーザーの威力が更に跳ね上がる。
そうして、奴の装甲を貫いてコアに到達。
大きなコアに罅が入り――砕け散った。
「――――」
魔神の最期の咆哮。
それが静かに響き、奴はセンサーから光を消してゆっくりと大地に膝をついた。
巨大なメリウスが膝から崩れ落ちて倒れていく。
敵も味方も必死に逃げていった。
金属の塊が落下して、地響きを立てながら地面に倒れ伏した。
人々を恐怖に陥れ、遥か昔に封印された悪魔の兵器。
雲を抜けてその巨体を地に沈めたそれは――完全に沈黙した。
ゆっくりと呼吸をする。
誰も何も言わずにその光景を見ていた。
残された無人機たちは、機能を停止して落ちていく。
まるで役割が終わったかのように停止した。
俺は周りを静かに見た。
誰も彼もが魔神の残骸を見てから、俺へと目を向ける。
やがて通信が繋がる。
仲間たちが生きていたことが嬉しい。
俺は彼らへと言葉を掛けようとして――震える声が聞こえた。
《や、や、やった。やった――俺たちの勝ちだァァ!!!》
《ウオオオォォォ!!!》
仲間たちが勝鬨を上げた。
勝利の叫びであり、仲間たちは俺に惜しみない賞賛を送ってきた。
死地へと彼らを導いて、大勢の仲間を死なせた。
しかし、俺たちは手に入れた――得難い勝利を。
俺はゆっくりと機体の手を上げる。
するとまたしても喝さいが巻き起こった。
雨が降り続ける中で、雲が切れて光が差し込んでくる。
暖かな光を浴びながら、俺は戦場の真ん中で手を上げ続けた。
「……勝ったよ。マクラーゲンさん」
友へと勝利を捧げる。
この戦場の何処かにいる彼女を想いながら――俺は静かに涙を流した。




