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【完結】限界まで機動力を高めた結果、敵味方から恐れられている……何で?  作者: うどん
第二章:何を成し、何を手に入れるか

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051:心を一つに

 帝国軍による無人機の導入か五ヶ月ほど。

 前線の様相は一変して、公国軍が押されていた。

 前線基地を置いていたイーコールとモスノバを落とされて。

 帝国軍は公国の首都であるコーデリアを目指して進軍を続けていた。

 ジリジリと敵の魔の手が迫る中で、公国からは裏切者まで現れ始めている。

 マクラーゲンさんが言っていた通りであり、このままでは時間の問題だろう。


 しかし、俺たちもやれることをやった。

 公国の支援をする為に何度も出撃して多くの敵を撃墜した。

 帝国兵も無人機も落として、確実に敵の数は減っている筈だった。

 だからこそ、五ヶ月もの間を耐え抜くことが出来たのだ。

 マイルス社長やヴォルフさんは、時期に帝国の無人機や兵力も出尽くすと言っていた。

 守りを固めればやがて向こうは大きな変更を余儀なくされるだろう、と。


 

 社長たちの考えは――正しかったと証明される。

 

  

 帝国軍に不穏な動きがあると確認された。

 最低限の戦力を残して、一か所に兵士が集結しつつある。

 公国の兵士は疲弊の一途を辿っていて、帝国側も此処が勝負を決める時だと判断したのか。

 このまま放置していれば確実に公国は敗北してしまうだろう。

 そうなれば、望むべき戦争の終わりにはならない。


 帝国の勝利で戦争が終われば、マクラ-ゲンさんの悲願は達成されない。

 彼女の意思を継ぐ公国の兵士たちが勝たなければ意味が無いのだ。

 俺はすぐにでも集結しつつある敵を討とうとヴォルフさんに進言した。

 しかし、ヴォルフさんはすぐには返事をくれなかった。


 俺が周りを見れば、誰もが目を瞑って顔を伏せている。

 あんなにもやる気に満ちていた仲間たちは――疲れ切っていた。


 碌な休みも無しに戦わされ続けて、皆が皆、心を摩耗させていた。

 体は傷つき死んでしまった仲間もいる。

 最初の頃よりも陰鬱な空気が漂う艦内で、俺だけが戦う事を決めていた。


 俺一人では駄目だ。

 俺一人では帝国から公国を守る事は出来ない。

 仲間の助けが必要であり、一人だけの力では達成できないのだ。


 俺は唇を噛みながら拳を固く握りしめて、ゆっくりと席に座る。

 そうして、各々に時間を与えると言ってヴォルフさんは去っていった。

 多くは語る事をせずに皆の覚悟を決めさせようとしていた。


 この船に乗船した時から、俺たちに選択肢なんてなかった。

 戦う事を求められて、俺たちも闘争を求めてこの船に乗った。

 利害は一致していて、俺たちは覚悟を決めていたつもりだった。


 でも、それは違っていたのだ。


 この世界を本物だと思っているのはこの世界で暮らす住人たちで。

 現実で生きる人間は、この世界をゲームの舞台だと思っている。

 だからこそ、闘争を求めていたのも遊び感覚で。

 こんなにも辛く苦しい戦いが待っているなんて、想像していなかったのかもしれない。


 昨日まで一緒に酒を飲んでいた友人が、次の日にはいない。

 借りていた音楽を返却しに行っても、受け取る仲間はそこにはいない。


 この世界で生きる事を決めた人間は死ぬ。

 闘争を求めて船に乗った人間は苦しさに耐えられず現実に逃げる。

 最早俺たちが行っているのはゲームではない。本当の戦争なのだ。


 腕が切断されれば激しい痛みに襲われて、炎で焼かれれば苦しい。

 何度も生き返られたとしても、心は確実に死んでいく。

 だからこそ、仲間たちは一人また一人と減っていった。


 残された俺たちも、これ以上の苦しみを味わって耐えられるか分からない。

 炎の中で横たわる死体を何度も見て、瓦礫に潰された人間を何度も見た。

 赤ん坊を抱いて道の真ん中で立つ子供は、怯えた目で俺たちを見ていた。


 市民にとって俺たちも帝国人も変わらない。

 メリウスという規格外の力を使って全てを破壊する。

 彼らから恐れられ、怯えた市民の目に映るのは返り血を浴びた”化け物”だ。


 誰も声を出すことなく、ブリーフィングルームから去っていく。

 一人また一人と去っていき、残ったのは俺一人だった。

 トロイたちは俺に声を掛けようとしていたが、伸ばした手を引っ込めて去っていった。

 こんな俺に掛ける言葉なんて無いだろう。


 まだ俺は人の気持ちを完璧に理解出来ていなかった。


「……戦う事は相手を傷つけるだけじゃない。自分自身も傷つく……痛みを与えるだけの俺が、彼らの心に寄り添う事なんて……」


 人間ではなくこれでは化け物だ。

 規格外の力を振るうただの化け物で、恐れられるのも理解できる。

 俺は乾いた笑みを零しながら項垂れる。


「寄り添えるさ。君も立派に人間だよ」

「……バネッサ先生」


 いつの間にか後ろに立っていたバネッサ先生。

 彼女は猫のように目を細めながら、手をにぎにぎさせて笑う。

 不思議な動きをする彼女に笑みを浮かべながら、俺は首を左右に振った。


「……違うと思います。だって、俺は彼らのように疲弊していない。まだまだ戦えるんです。不思議な事に」

「それは良い事じゃないか。人よりも元気な事が君の良い所だよ」

「元気なだけでしょうか。心が無いだけなんじゃ」

「――ふふふ、あははは!」


 俺の悩みを笑うバネッサ先生。

 彼女は俺の前に立ってから、ゆっくりとその両手で俺を包んでくれた。

 ふわりとお日様の香りがして、柔らかな感触が頭を包み込む。

 彼女は壊れ物でも扱うように俺の頭を優しく撫でてくれた。


「……心の無い人間は、そんな顔をしないよ。心があるからこそ、君は悩んでいる。人とは違う長所を欠点のように感じて、怯えているんだ……そんな必要は無い。君は君だ。仲間と笑い合って、ここぞという時に判断できる強い人間だ」

「……良いんですか。俺は、俺のままで」

「変わりたいなら変わればいい。どんな君であろうとも、私は君を軽蔑しない。君が好きだからね」


 優しい声色で語り掛けてくる先生。

 暖かさのある彼女の言葉を受けて――フラッシュバックを起こす。


 

 過去に見たかもしれない景色。

 

 そこにいるのは優しい笑みを浮かべた女性で。

 

 俺の頭を優しく撫でながら、心の籠った言葉を送ってくれた気がする。


 俺は彼女が好きだった気がする。


 彼女の笑顔が好きで、彼女と過ごす時間が好きだった。


 

 未だに自分自身が何者であるかは分からない。

 しかし、時々思い出す記憶には大切な人たちがいてくれた。

 どんなに記憶を失おうとも、大切な人は覚えている。

 こうやって、昔体験した事を再現すれば自然と思い出せるのか。


 心がじんわりと温もりを持つ。

 俺は彼女に頭を撫でられながら、静かに目を閉じる。

 暗闇の中で俺を呼ぶ声が聞こえた気がした。

 しかし、その声は遠く何を言っているのかは分からない。


「……知りたい。本物の人間を。本当の俺を……この世界と現実の全てを」

「……ふふ、君は欲張りだ……でも、君が望むのなら知る事は出来る筈だ」

「はい。時間が掛かったとしても、俺は全てを知りたい。だから」

「――頑張れ。私は君を応援している」


 そっと彼女の体が離れて、見上げれば微笑む彼女がいた。

 俺は彼女に笑みを向けながら立ち上がる。

 そうして、ゆっくりと端末を操作した。

 メッセージを送る。送る相手は――この艦内にいる人間だ。


「すみません! 俺はやる事があるので」

「あぁ、行ってくれ。無理はしないでくれよ?」

「はい!」


 彼女に頭を下げてから去っていく。

 チラリと見た彼女の顔は――どこか悲し気であった。




 ブリッジへと急いで駆け込む。

 そうして、俺は止めてくる人間を振り切って通信を繋いだ。

 艦内放送へと切り替えて、全員に聞こえるように声を飛ばした。


「おい、何を」

「――いい。好きにさせろ」


 止めようとしてきたスタッフをヴォルフさんが制止する。

 俺は二人に頭を下げてから、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「……突然メッセージを送って悪かった。でも、皆の心が戦場から離れているのは分かった。誰だって死ぬような目には遭いたくないだろうさ。俺だって出来れば死にたくない……でも、死ぬよりも怖い事はある。それは大切な仲間が殺されるのを見せられることだ」


 俺は語った。

 昨日まで一緒にいた人間がいなくなるのが辛い。

 借りた音楽を返せずにずっと聞いている時間が悲しい。

 笑い合って酒を飲んでいたあの時に戻りたいと何度も思ったと。


「過去は変えられないかもしれない。失った仲間は戻ってこないし、最高だった時間には戻れない……今、帝国と公国は戦争を起こしていて大勢の人間が死んでいる。帝国にはもう人としての心はないかもしれない。無作為に逃げ惑う人々を殺して、虐殺を繰り返している。皆の中には公国の生まれや帝国の生まれの人間がいるかもしれない。この戦いに意味があるのかは、俺にも分からない……けど、俺は戦う。正しいと思った事を信じてやる。数少ない友達が俺に言ったんだ。この戦争を終わらせてくれって。俺は絶対に帝国に勝利をくれてやるつもりはない。公国にも憎しみを抱いたまま帝国人というだけで殺意を向けてほしくない……過去を変えられないのなら、俺たちで未来を作ろう。皆が手を取り合って笑い合える世界を作ろう。その為に、俺と一緒にもう一度戦場に立ってくれないか。どうか俺と一緒に――死地に向かってください」


 考えて考えて言った言葉は、無責任でしかないものだろう。

 結局は俺がマクラーゲンさんを助けたいからと、彼らを戦いに誘おうとしている。

 でも、俺は身勝手になったとしても戦わなければいけないと思った。

 嫌われようとも彼らから見限られようとも、俺はずっと頭を下げ続ける。


 マイクの前で頭を下げ続けながら、俺は固まっていた。


 すると、端末から音が鳴る。

 ゆっくりと画面を見て――大きく目を見開く。


 

『はは、改まって何言ってんだよ。行くに決まってんだろぉ?』

『俺たちは傭兵だ。戦いでしか自分を表現できない……でも、お前の為に戦うのも悪くないな』

『まだお前におすすめしたいアロマがあるからよぉ! 俺は死んでもお前を助けるぜ!』


 

 次々とメッセージが流れてくる。

 そのどれもが戦いに参加を表明するものであった。

 彼らの迷いが晴れた気がした。

 俺の言葉ではない。彼ら自身の心が道を定めた。


 ヴォルフさんは俺の肩を叩いて笑う。

 もう迷いはない。

 不安定だった未来に確かな光が見えた気がした。


「……ありがとう。君たちと戦える事を俺は誇りに思うよ」


 戦友たちに最大限の敬意を表する。

 彼らへ深々と頭を下げながら、俺は戦う覚悟を決めた。

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