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050:死に行く者が思う事

 帝国の進撃は止まらない。

 大隊長であるマクラ-ゲンさんも出っ張って、戦いはより苛烈さを極めていく。

 俺たちが破壊した工場以外にも、無人機を生産している工場が存在したのか。

 いや、あったとしても公国を追い詰めるほどの数を生産できる筈がない。

 俺が戦った粗悪品の事を考えれば、ゴースト・ラインはずっと前から無人機を作っていたのか。

 それも、この戦争を見据えてある一定の数を揃えて……それは考え過ぎか。


 無人機も無限に存在する訳じゃない。

 俺たちも戦場に出ては、公国の支援をしている。

 確実に敵の数は減っているだろうが、それまでに公国は耐えられるか。

 ヴォルフさんは、徐々に敵の勢いも弱まってると言っていたけど……。


 戦い続ける中で傷ついた味方が増えていく。

 楽しく酒を飲み合った戦友たちから笑顔が消えていっている。

 どんなに戦いが好きな人間であっても、ずっと戦いつづければ自然とこうなるだろう。

 俺も絵を描く余裕が無くなってきて、何も考えずに銃口を敵に向けている。


 バラバラと弾をバラまきながら、俺は命が宿っていたそれを潰す。

 パーツがばらばらに飛び散って炎を巻き上げながら悲鳴が聞こえる。

 子供たちの悲鳴は悲痛なもので、考えないようにしていても嫌な気持ちになる。

 誰が好き好んで子供を殺すというのか。

 彼らは元は子供である。そんな事は知っている。

 でも、誰かがアレを潰さなければ、アレが誰かを殺す。


 俺が手を汚すか、見逃して誰かが殺されるか――嫌な選択肢だろ。


 犠牲失くして勝利は得られない。

 皆が死ぬまで戦争は終わらないのか。

 前線で戦っている友を思えば胸が締め付けられる。


 今日も仮眠を取ればすぐに出撃だ。

 俺は簡素な自室のベッドで横になりながら目を瞑る。

 仲間から貰ったアロマを焚きながら、誰もいない空間で眠ろうとした。


 孤独な空間にはりんごのような甘酸っぱい香りが広がっていて。

 ストレスや不安が少しだけ和らいでいく気がした。

 疲れた体には良い香りであり、すぐにでも眠ってしまいそうだった。


 誰だって同じなんだ。

 何時終わるか分からない戦争の中で生きているこの世界の住人達。

 灰が振る悲惨な世界で生きることを強いられた現世人達。

 両者ともに辛い現実を目の前にして、大きな不安や恐怖を抱いている筈なんだ。

 だからこそ、何方の住人も互いの世界に想いを馳せている。


 自然が存在して、色鮮やかな世界が広がる仮想現実世界。

 現世人たちが暮らしている戦争が終わった世界。

 無いものを欲しがって、今いる世界よりも素晴らしいものがあると思い込んでいる。

 今以上に辛い現実なんてどこにも無いと思っているんだ。


「……俺も同じだ」


 ぼそりと独り言を零す。

 無いものを欲しがっている。

 人間としてある筈の記憶が無い紛い物の自分。

 人間としての記憶を欲しがって、本物の人間に憧れている。

 だからこそ、気高い心を持った人間や前へと進める人間が羨ましい。


 戦うのは好きだ。

 弾を撃って当たれば嬉しい。

 命の奪い合いを自覚した今でも、戦場を離れようと思う事は無い。


 でも、今は少なくとも無かったものが傍にある。


 沢山の仲間に囲まれて、俺を友と呼んでくれる人間に巡り合えた。

 この空間を、この幸せを失いたくない。

 笑い合って楽しんで、ずっとずっと幸福の中で生きていたい。


 音楽プレイヤーから聞こえる女性の歌声が俺の涙腺を緩ませる。

 バラードと呼ばれる曲は、俺の心を揺れ動かす。

 死んでいった仲間や敵を思い出していく中で、マクラ-ゲンさんの表情が瞼の裏に映る。

 

 

『――空っぽの命(エンプティ―)ですから』



 空っぽの命であっても、記憶には残る。

 彼らが生きた時間は紛れも無い本物であった。

 誰かの心を動かすことが出来る彼らを空っぽだと思えない。

 空っぽなのは、俺の方だ。


 流れる事の無い涙を溜めながら、俺はゆっくりと目を開けた。

 視界に映る白い天井を見ながら俺は笑う。

 涙を流せなくても、俺は笑う事が出来る。


「……奪った命の数だけ、俺は笑おう。悲しめば、彼らへの侮辱になるからな」


 辛くても悲しくても笑う。

 俺は心にそう誓いながら、溜まった水を指で拭う。

 そうして、体を横たわらせながら眠ろうとした。


「……ん? 誰だ」


 端末のアラームが鳴ってポケットから出す。

 目を開けて画面を見れば、名前の所にレノアの文字がある。

 俺は慣れた手つきで画面を操作して電話に出た。


『あ、繋がった! えっと今大丈夫ですか!?』

「……何でそんなに慌ててるんだ? 出撃時間はまだ先だろ」

『そ、そうなんですけど……と、トロイさんの様子が変なんです! 通信室から出てきてからずっと表情が暗くて、今もとぼとぼ歩いていたと思ったら思い切り壁を殴りつけて……ひぃ』

「……何処にいるんだ? トロイをつけているんだろ。座標を送ってくれ』

『すすすすぐにききき来てくださいぃ!!』


 電話を切ればすぐに座標が送られてきた。

 俺は直感で放置しておくのはまずいと考えた。

 だからこそ、送られてきた座標に目を通してすぐに向かおうとした。


 タンクトップの上から制服に袖を通す。

 ボタンを留めてから俺は足早にトロイたちの元へと向かった。




 艦内を走っていれば座標に五分ほどで到着した。

 周りを見てもレノアやトロイの姿は無い。

 俺は何処に行ったのかと思って――怒鳴り声が聞こえた。


 俺はゆっくりと分岐している通路から顔を出した。

 すると、レノアに壁ドンをしなが鬼気迫る顔で詰め寄っているトロイが立っていた。

 俺はボリボリと頭を掻いてから二人に声を掛ける。

 すると、トロイはじろりと俺を睨んできた。

 レノアは駆け足で俺の背後に隠れて、トロイの事を怯えが多分に含まれた目で見ていた。


「……どけよ。俺はレノアと話していたんだぜ」

「話していたなら、もっと笑ってくれよ。今のお前は誰かを理不尽に殴るチンピラだ」

「おおおおお落ち着いてください」

「あぁ? コソコソと後をつけてきた分際で何言ってんだ。ハッ、盗み聞き何て趣味が悪いぜ」

「……お前が苛立っているのは十分に分かった。理由を教えてくれよ」


 コソコソと後を付けていたレノアも悪い。

 しかし、それは仲間を心配しての行動だ。

 俺はトロイに苛立っている理由について尋ねた。

 トロイは舌を鳴らしてから踵を返して去ろうとする。

 俺はそんな仲間の腕を掴んで待つように言う。


「放せよッ!!」


 苛立ちを露わにしながら腕を乱暴に振る。

 すると、偶然にも奴の拳が俺の右頬を打った。

 鈍い音を立てて気持ちのいい一発を喰らってしまった。

 流石のトロイもこれは駄目だと思ったのか、ハッとした顔をする。


 口の中が少しだけ切れて血が垂れる。

 俺は流れる血を指で拭い取ってから「気は晴れたか」と尋ねた。

 笑みを浮かべながら聞いてやれば、奴は口角を下げながら目を逸らす。

 ガシガシと髪を乱暴に掻いてから、彼は大きなため息を吐く。

 そうして、背筋を正してからゆっくりと頭を下げた。


「……悪かった」

「謝罪よりも理由が聞きたいな。なぁ、話してくれよ。こんなに頼んでも話したくないのなら、もう聞かないけどさ」


 俺はトロイの肩に手を置く。

 がっしりとした彼の肩を二度叩いてから顔を上げるように言う。

 トロイはゆっくりと顔を上げてからバツの悪そうな顔をした。

 まるで、悪戯がバレて母親に叱られる時の子供の様だ。


 沈黙が場を支配する。

 刻々と時が流れていく中で、トロイは重い口を開いてくれた。


「……母さんの足が動かなくなった……この先、二度と歩くことは出来ないらしい……」

「……この前の侵攻で怪我をしたのか」

「……あぁ、避難場所が崩落して瓦礫に足を潰された……俺は帝国が憎い。奴らをこの手で全員地獄に叩き落してやりたい」

「……苛立っていたのは、母親に何もしてやれないからか」

「……流石だな。そうさ、自分ってやつが無能すぎてな。周りに当たるしか出来ない……本当に情けねぇよ」


 トロイはゆっくりと壁に背を預けた。

 そうして、そのまま床に腰を落としてしまう。

 片手で顔を覆いながら笑う彼の表情は今にも壊れてしまいそうであった。


 大切な人を守る事が出来なかった。

 帝国人が憎い。母親を不幸にした人間を殺しつくしたい。

 今のトロイの心は憎悪に染まりかけていた。

 攻撃的になり仲間であるレノアにすら牙を剥くほどである。


 俺はゆっくりとトロイの横に腰を下ろした。

 そうして、壁をジッと見つめながら俺はぼそりと言葉を発した。


「間違ってないよ。大切な人が傷つけられたんだ。敵を憎むのは当然だ」

「……間違っていないのなら、何でお前はそんなに悲しそうなんだ」


 チラリと俺の顔を見るトロイ。

 客観的に自分の表情を見ることは出来ない。

 しかし、彼が言うには俺は悲しそうな顔をしているようだった。


 俺はまだ本物の人間になれていない。

 人のように見える紛い物だ。

 しかし、こういう時に考えるのは傷を負った人間の事だった。


 今まで戦ってきた傭兵や軍人は、自分が死ぬまで戦いを続けた。

 髑髏の傭兵たちは仲間がやられば激高して襲ってきたな。

 マクラ-ゲンさんは馬鹿げた戦争に駆り出される味方を思って心を痛めていた。

 帝国で出会ったルース君はザックス君たちの事を最期まで思っていた筈だ。


 死んだ人間と残された人間の気持ち。

 残された人間は復讐を誓い怒りに心を染め上げる。


 でも、死んだ人間はそれを望むのか?


 愛する人が自分の死で心を痛めて復讐の鬼と化す姿。

 それを見せられる死者の気持ちはどうなのか。

 最高だと笑うのか、その通りだと頷くのか――どれもしっくり来ない。


 そんな時に思い浮かぶのは、あの少年の姿だった。

 父親が死んでその意思を継いだ少年。

 誰もが自分の事で手いっぱいの中で、他人の為に働く。

 

「……傷ついた人間の心は、誰かを呪う為にあるんじゃない。誰かを想う気持ちで一杯なんじゃないか」

「……」

「……殺される人間は残された人間に復讐しろなんて思わない……残された大切な人の幸せを願う。愛した人の未来を心配しているんじゃないか……人生の終わりが呪いで終わるなんて、そんなのあんまりじゃないか」

「……お前は、どっちなんだ。俺が復讐することを肯定するのか。俺の復讐を止めたいのか」

「……決めるのは俺じゃない。人生で進むべき道を決めるのは自分自身だ……でも、俺はどんなお前になっても友達でいたいな」


 笑みを浮かべながら頬を掻く。

 くさい言葉だったかと思いながらトロイに目を向ける。

 すると、彼は小さく口を開けて固まっていた。


 恥ずかしくなった俺は視線をさ迷わせる。

 すると、口に手を当てて笑うレノアが見えた。


「ふ、ふふ」

「な、何だよ」

「だ、だって恋人みたいで。ふふふ」

「ばっ!? 何言ってんだ!」


 邪推するなと俺はレノアに怒った。

 すると、横で聞いていたトロイが大きな声で笑いだした。

 目に涙を溜めながら気持ちよく笑っていて――彼は拳を突き出す。


「そうだな。自分の道は自分で決めるもんだ。アドバイス、ありがとよ相棒」

「……アドバイスなんてもんじゃないけどな」


 互いに拳を打ち付けて笑う。

 終わりの見えない戦争。

 仮想現実世界で行われている仮初の戦争だが、俺たちにとっては本物だ。

 命を預け合う仲間と共にクソみたいな戦争の中で息をする。


 俺たちはまだ互いの事を深く知らない。

 知り合ってからの時間は短く、説教何て出来る立場でも無いのだ。

 しかし、接してきた時間の長さだけが全てじゃない。


 友の笑顔を目に焼き付けながら、小さな幸せを記憶する。

 空いているアルバムに写真を収めていくように――俺は今を生きていた。

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