045:悲惨で素敵な光景
グングンとスピードを上げながら飛行ユニットは進む。
上空から下を見れば、あちらこちらで火の手が上がっている。
既に敵は公国領に侵入しており、今も進軍を続けているのだろう。
早く味方と合流しなければ取り返しのつかないことになる。
俺は飛行ユニットの速度を更に上げながら、現地へ急いだ。
《くそッ!》
「……」
トロイの焦りの声が聞こえた。
仲間たちも奴の緊張を察して空気が重くなる。
このままでは危険だと俺は思っていた。
しかし、気の利いた言葉なんて思い浮かばない。
俺が出来ることは仲間たちを守る為に戦う事だけで。
制服の一番上のボタンを外しながら、ゆっくりと息を吐いた。
《目標地点まで残り500メートル》
「――気を引き締めろ。戦いだ」
《了解》
目標の街は視認できており、上空を通過したタイミングで全員が飛行ユニットから降りる。
ゆっくりと降下していけば、街の至る所で炎が舞い上がっている。
センサーを起動して街の様子を見れば、瓦礫に潰された死体や泣き叫ぶ子供が見えて――横を何かが通り過ぎていく。
「トロイッ!!」
思っていた通り、トロイは独断行動を取った。
怒りに駆られた奴は単身で敵陣へと乗り込んでいって。
俺はすぐにメリドとジェスラに援護に向かうように指示をした。
二人はスラスターを噴かせてトロイを追いかけていって。
残された俺たちは、民間人の避難を優先しながら、地上に攻撃が及ばないように敵の目を惹きつける役目を担う。
「レノアとオッコは俺のバックアップに回れ。俺が突撃して敵の陣形を崩す。取りこぼしは優先的に落とせ。危険だと判断したら、俺を置いて逃げろ。くれぐれも無茶はしないように自分の命を守れ」
《りょ、了解です!》
《オッケー……て、言ってもトロイちゃんはもう勝手に行っちまったけどな》
「……二人に任せた。後は自己責任だ。行くぞ」
スラスターを噴かせて、地上に残った敵を撃ちに行く。
民間人を襲う敵を優先的に潰すために、ショットライフルを近距離で撃ち込む。
意表を突かれた形の敵は体中に穴を空けて、ぷすぷすと煙を上げながら停止した。
今の反応を見る限り、帝国に提供された無人機は粗悪品か。
油断は出来ないが、これなら少しは戦いやすいかもしれない。
俺はそう考えながら、蹲っている民間人に指示をして逃げるように言う。
再び飛び上がり、空中から攻撃している無人機へとショットライフルを乱射した。
すると、俺の弾を避けながら相手も攻撃を仕掛けてきて。
俺はそれをひらりと回転して避けながら、そのまま直線に突っ込んでいって鋭い蹴りを放つ。
ガスンと音を立てて相手の装甲が歪んで、制御不能のまま落下していく奴にレノアがプラズマ砲をぶち込んだ。
装甲が赤熱するほどに溶解されて、センサーから光が消えて炎を上げながら落下していく。
この調子で片づけていこう――そう思っていた。
《れ、レーダーに敵影多数! ろ、ロックオンされていますぅ!》
《おうおう。敵さんがお怒りだねぇ》
「俺が引き付けるッ!! 作戦通り敵を落としていくぞッ!」
スラスターを勢いよく噴かせて、地上から上がってきた敵の大群を見つめる。
赤くセンサーを発光させながら、奴らはありったけの弾丸を放ってくる。
それを何とか変則機動で回避しながら、ゼロ距離で接近して敵に風穴を開ける。
ブレードを持って襲ってくる敵は、ショットライフルの銃身で剣筋を逸らして受け流す。
そうして、しこたま弾を喰らわせてやった。
周りを囲もうとする敵。
退路を防がれるのは厄介で、俺は常にスラスターを噴かせながら高機動戦に持ち込んだ。
短距離によるブーストによって体がぐらぐらと揺られて、鬱血するくらい操縦桿を握りしめる。
爆発音が遠ざかっていくように聞こえ、ディスプレイの景色が目まぐるしく変わる。
風を切って飛行しながら、ショットライフルでロックオンした敵を撃つ。
そんな時に背後を取られて――相手のコアが撃ち抜かれた。
《マサムネちゃん。油断大敵だぜぇ》
「ありがとう」
スナイパーライフルを持ったオッコ。
精密な奴の射撃に助けられてお礼を言う。
その間も、敵への意識は逸らすことなく。
油断などせずに敵に攻撃を続けた。
レノアはプラズマで俺の退路を塞ごうとする敵を優先的に潰して。
オッコは俺のサポーターとして、俺の意識の穴を埋めてくれた。
しかし、六人で一チームの作戦だ。三人だけではカバーしきれないものもある。
《きゃ!?》
「レノアッ!」
レノアの悲鳴が聞こえた。
見れば、敵の一体がレノアの機体を羽交い絞めにしていて。
身動きが取れないレノアに敵が群がろうとしていた。
それを見た俺は一気に機体を加速させて接近して、ショットライフルを肩に両方ともマウントさせる。
そうしてダガーを装備して、羽交い絞めしている機体のコアを精確に貫いた。
先ずは一機を潰し、襲い掛かる敵へと続けて攻撃を行う。
ブレードを片方のダガーで絡めとり、もう一本で背中から貫く。
ライフルを構えている敵の気配を察知して、死体を盾にした。
ガリガリと仲間だったものの装甲を削り取っていく敵。
そいつへと一気に接近して、死体を投げ飛ばした。
奴は溜まらず後退するが、俺は短距離ブーストの連続使用によって背後を取る。
赤熱するダガーの刃が相手のコアを砕いて見せた。
呼吸する様に相手を殺して。
レノアは呼吸を整えながら、俺に礼を言ってきた。
しかし、安心するのはまだ早い。
レーダーの反応を見れば、敵の数は減るどころか増えていて。
公国の兵士の信号が無いのは、この圧倒的な物量で壊滅されたからか。
嫌な予感が当たってしまった。
これは苦しい戦いになりそうだ。
俺は二人に腹を括るように言った。
すると、レノアは悲鳴を上げていて、オッコはため息を吐く。
俺たち三人は加速して、上がってくる敵を上空から狙い撃つ。
再びショットライフルに切り替えて、遠慮なしの攻撃を見舞った。
上がり切る前に数体を撃ち落して、向かってくる敵を引きつけながら街の端まで移動する。
なるべく街に影響が及ばないように、被害を最小限にしなければならない。
最も、あんな悲惨な状態なのだ。時既に遅しかもしれない。
もっと早く来ていれば結果は変わったのか――考えても仕方のない事だ。
そんな未来もあったかもしれないだけで。
俺たちの未来はこうなっただけだ。
救えなかった魂には掛ける言葉も無いが、せめて彼らの無念を晴らすことは出来る。
俺は笑みを深めながら、うようよと現れる敵に強い闘争本能を覚えた。
もっと殺して、もっと奪って、もっともっと――強くなるッ!
血に飢えた獣の様に、俺は敵の命を奪っていく。
元人間だろうと関係ない。
俺の前に立ちはだかるのなら、平等に殺していく。
紅蓮の炎を巻き上げ、黒煙が広がる街の上で。
敵と味方が入り乱れて戦う。
素敵な景色に顔を破顔させながら、俺は笑い声を上げて戦い続けた。
《……マサムネちゃん。お前は……》
オッコが何かを言ったが聞こえない。
戦いに集中しなければならないから。
適切に指示は与えるが、不必要な情報は全てシャットアウトする。
全身の血が沸騰し、体中が熱を持つ。
指先からつま先までの感覚が鋭敏となり、目に見える敵の動きがスローに見えた。
動く的ですらない。こんな敵では足りない。
もっとだ。もっともっと強い敵を――俺に寄越せ。
心の奥底から黒く濁ったような感情が溢れ出てくる。
闘争本能が殺意へと変わり、心が攻撃的になっていく。
『――!』
「……ぅ。何だ」
頭の中に声が響く。
言葉として聞こえない声であり、その声を聞いたことがある。
穢れの無い白い肌に純白の髪に――誰だ?
知らない筈だ。会った事も無い。
それなのに、彼女の声は俺の心に自然と響く。
ギリギリのところで理性が戻って来て、俺はハッとしたようにオッコたちの声を聞く。
俺は大丈夫だと伝えながら、迫りくる敵を迎え撃っていった。




