043:船上での宴
船外に出て新鮮な空気を吸いながら、全員が笑い合う。
仲間となったのにこれといって触れ合う機会も無く。
そろそろレクリエーションでも開かなければまずいだろうと判断したマイルス社長。
俺たちは甲板に立ち、酒がなみなみと注がれたジョッキを持って談笑していた。
ある者は、仲間と酒の飲み比べをしていて。
ある者は、夜空の下で気持ちよく歌を歌っていた。
馬鹿みたいに笑い、馬鹿みたいに飲んで食って――最高に楽しい時間だった。
こんなに大勢の人間と飯を食う機会なんて生まれてから無かった。
愉快な人間たちが集まって、一つの目標の為に力を貸し合う。
一緒の船に乗って苦楽を共にする仲間たちを見ながら、俺はチビチビと酒を飲んだ。
アルコールが体内を駆け巡り、頬は少し熱を持つ。
夜空の下で飲みながら浴びる冷えた潮風が心地良い。
鉄柵に体を預けて、空に浮かぶ月を眺めていた。
満月も良いが欠けた月も風情がある。
本当は丸いのに、陰に隠れて見えないそれは、人の心のように思えた。
本心を隠し、綺麗なところだけを見せる人間たち。
上辺だけの付き合いに、利用するだけの関係。
汚いように思えるが、それも立派な人間関係で。
利用し合う仲であっても、時間を掛ければ信頼関係も生まれるものだろう。
此処に集まった奴らも、金や闘争に釣られて集まっただけだ。
一歩でも選択を誤れば裏切る可能性だって十分にある。
それをしないのは、時間を掛けて俺たちの中に信頼が生まれているからだ。
一緒に任務を熟し、一緒に飯を食い、すれ違えば挨拶をし合って……単純だな。
同じ時間を過ごしただけで、人間は関係を築ける。
嫌いな人間だったとしても、背中を預け合えば好きになれるのか。
今のところ、この船で会う奴の中で嫌いな奴なんていない。
皆、気さくな奴ばかりで良い奴らだと思えた。
本心で言えば、内通者なんていないと思いたい。
背中を預け合う仲間の中に裏切者がいるなんて考えたくない。
しかし、島の情報がバレていたのが確たる証拠で。
俺は目を細めながら、声を上げて笑い合う男たちを見ていた。
「……今は、いい。楽しい席で、考える事じゃない……」
コップを小さく回しながら、俺はぼそりと呟く。
そうして、一気にコップの中の酒を飲み干して。
心地いい酔いに身を任せながら、楽しく話しているトロイたちの方へ歩いて行った。
片手を上げながら近づけば、トロイは誰かと腕相撲をしていて。
今しがた勝負がついたのか、奴は悔しさを滲ませながら項垂れていた。
相手を見れば大きな体で……あれ、こいつって確か……。
「――ゴンザス?」
「ふが!? 俺様の名前を呼び捨てだと!? 貴様、何者だッ!」
「いやいや、バンカーでトロイの横にいたじゃん。久しぶりだなぁ」
「あぁ? あー、あー、あぁ? あ……あぁ!」
「覚えてねぇだろ」
「……すまん」
腕を組んで頭を捻って思い出そうとしていたゴンザス。
思い出したふりをして気を遣おうとしたこいつは優しい奴で。
俺は気にしてないことを伝えてから、自分の名前を伝えて手を差し出した。
ゴンザスはがっしりと手を握ってから、ガハガハと笑って手を上下に激しく動かす。
「マサムネッ! 覚えたぞッ!! トロイの友であるのなら、このゴンザスの友でもあるッ!! 困ったことがあれば、何時でもこの俺様を頼るといいッ!」
「よっ! 流石はゴンザス様! 世界一!」
「ガハハハ!! そうだろそうだろ! 俺は最強だからなァ!!」
腰に手を当てて空に顔を向けて豪快に笑う男。
取り巻きたちに惜しみない拍手を送られて気持ちよさそうだ。
俺も彼らに習って拍手を送れば、トロイに真似するなと怒られてしまった。
遂、ノリでやってしまったけど……トロイは、何でこんなに悔しそうなんだ?
俺はトロイに負けて何でそんなに悔しいのかと聞いた。
すると、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりの顔でトロイは説明する。
「腕相撲で勝った方が、バネッサさんをデートに誘えるんだよ! クソッ!! ここぞと言う時に、俺は、俺はッ!!」
「ふふふ、俺こそが彼女にふさわしいという事だ。諦めろトロイ」
「ぐぅぅ!! お、俺はまだ諦めねぇ!! お前の次は俺だッ!!」
「ぬあはははは! 貴様に次は無いッ!!」
まさかの女性をデートに誘う順番を賭けて戦っていた。
アホな男たちであり、レノアを見れば「馬鹿だ」と呟いていた。
オッコはオッコで、くすくすと笑いながら端末で録画していて。
それを撮ってどうするのかと聞けば「バネッサさんに見せる」と言っていた。
鬼畜な男であり、俺はやんわりとやめておけとだけ言っておいた。
すると彼はジョークだと言って端末をしまう。
トロイは負けは負けだと諦めて。
ゴンザスと共に今度は飲み比べをしようと言い出した。
気持ちのいい男であり、快く了承して酒樽まで走っていってしまった。
俺は笑みを浮かべながら、愉快な奴らだと思って――肩を叩かれた。
見れば、オッコが親指を向けて場所を移そうと提案してきた。
俺とレノアは互いに視線を向けてから、黙ってオッコについていった。
船首まで歩いてきた俺たち。
ほんのりと明るいそこで、俺たちは止まった。
そうして、辺りに誰もいないことを確認してから、オッコはゆっくりと口を開いた。
「……俺が工場から持ち帰ったもの。何だか分かるか」
「……あそこで作られていたもの。メリウス一機で持ち帰られるものなら……コアか?」
「何でそう思った?」
「ん? いや、メリウスのパーツだとして、重要な物ならコアだと思っただけさ。エンジンかとも思ったけど、そんな物なら態々危険を冒してまで持ち帰る必要は無い。だから、消去法でコアだと思った……当たりか?」
「……当たりだよ」
オッコは端末を操作して、何かの画像を俺に見せてきた。
何かの波形図であり、俺はこれは何かと奴に聞く。
すると、オッコが答えを言う前にレノアがぼそりと「脳波?」と呟いた。
オッコは口笛を吹いて、それに近いと言った。
「コアから発せられる電波。と言っても、人間だったものだから脳波と言っても間違いじゃない。俺が調べたら、こいつの元はどうやら成人男性だって事だ……この意味が、お前には分かるだろマサムネ」
「……コアに出来るのは子供だけだと思っていた……まさか、嘘だった……いや、そんな筈はない……だったら、どうして」
「……これはまだ分析中だから。断言は出来ねぇけど……あのコアに使われたのは――”傭兵”だと思うぜ」
「え!? ようへ――ッ!!」
俺は咄嗟にレノアの口を塞いだ。
モゴモゴとしている彼女を落ち着かせながら、俺はあまり大きな声を出すなと注意した。
レノアは涙目でこくこくと頷いていて。
俺はゆっくりと彼女から手を離してから、オッコに話の続きを促した。
「……恐らくだけどよ。子供を使ったコアには幾つか問題がある。それの一つが”教育”だ」
「……教育……戦闘スキルを学習させるってことか」
「そそ。何も知らない子供を使えば、妙なノイズも発生することなくコアに出来る。でも、何も知らないってことは後から戦闘スキルを学習させる必要が出てくる。一から十まで教えるとなると、幾ら覚えの良い子供でも無理が出てくるだろうさ……そこでだ。奴らは子供のコア化から技術を発展させて、傭兵のコア化を実行したんじゃないのか?」
「……確かに。傭兵をコアに出来るなら、教育は必要ない……元々身についている技術だから、無理も出ないだろうな」
オッコは頷きながら、また端末を操作した。
そうして、次に表示させた画像は新聞の記事で。
行方不明になった人間が続出していると言う不穏な記事だった。
「実は、このチームに合流する前に。俺は色々と個人的に調べていたんだ……この行方不明の人間の半数近くが傭兵だ……現世人もこの世界の人間も関係なくな」
「――ちょっと待て。今、現世人もって」
「……あぁ、あいつらは見境がねぇらしいからよ……俺に調査を依頼してくる家族もいた」
「……探偵さんみたいですね」
「みたいじゃねぇよ。俺は探偵だ」
「え? 探偵で傭兵なんですか?」
「……悪いか?」
「い、いえいえ……この業界って、割とフットワークが軽いのかな?」
ぶつぶつと独り言を言うレノア。
俺はそれを放置して、何故、この情報を俺に伝えたのかとオッコに聞いた。
すると、奴はニヤリと笑ってから胸を指さした。
「――勘だよ。そうしろって、俺の心が言ったんだ」
「……また何か分かったら、教えてくれるか? 俺も手がかりを掴んだらお前に伝えるからさ」
「勿論。それもあるから、俺はお前に話したんだ。注目の人間なら、色々と情報が舞い込んできそうだからな」
オッコは拳を握って俺の肩を小さく小突く。
そうして、ひらひらと手を上げながら皆の元に戻っていった。
残された俺とレノアは互いに視線を向けて、人差し指を立てて口の前に置く。
お互いに無言で足を動かして、他の人間には喋らないようにする。
確実に謎に迫りつつある中で、俺は妙な胸騒ぎを覚えて――視線を向けた。
「……どうかしましたか?」
「……いや、何でも無い」
気のせいだと思って視線を再び前に向ける。
そうして今度は足を止めることなく。
俺は楽しい酒の席へと戻っていった。




