040:最速最短の飛行
「司令部応答してくれ。此方、マサムネ。繰り返す、此方マサムネ。現在敵と交戦中。最短距離で逃げられる道を教えてくれ!」
何度も何度も司令部へと通信を試みる。
しかし、さきほどからノイズしか聞こえてこない。
敵の魔の手がすぐそこまで迫っており、落としても落としてもキリがない。
マガジンを自動で排出して、腰へと持ってきた予備のマガジンを差し込む。
施設中に蜘蛛型のロボットが徘徊しており、このままでは押しつぶされそうだ。
マップを開いて通路を進んでいくが、最短ルートの計算が出来ない。
入り組んだ道であり、隔壁が閉じられて情報が不足している中で計算するのは不可能だ。
攻撃と回避を繰り返しながら再計算するのも無理であり、何とか司令部に連絡を繋ごうと必死だった。
スラスターを噴かせて左右に分かれた道を右に進む。
レーザー通信が無理ならば、電波通信に切り替える道もある。
しかし、電波通信に切り替えれば通信を傍受される恐れがあった。
船の居場所が知られる恐れもある。そして、俺の現在位置も割り出されてしまう。
もしも、逃げている場所がバレて逃走経路までバレれば後が無い。
「考えろ、考えろ、考えろ――そうだッ!」
俺はマップを展開して、ある場所に座標を固定した。
そうして、そこまでの移動距離を計算して――よし、近いぞ。
展開したマップを確認しながら、凄まじい勢いで駆けていく。
風と一体となりながら、狭い通路を進んでいく。
後ろから敵の不気味な鳴き声が聞こえており、もう迫ってきているのかと驚く。
撒いたと思ってもすぐに追って来て、確実に息の根を止めようとしてくる。
恐ろしい奴らであり、獲物を狙う狩人のように思えた。
舌を鳴らしてから、奥へ奥へと進んでいき――見つけた。
ショットライフルを二つとも構えて。
閉じている隔壁に乱射した。
すると、鉄の扉が砕けて破壊された。
そこに空いた穴を潜り抜けて潜り込み。
俺はセンサーを動かして、点滅するパネルを発見した。
近くによってから、ハッチを開いて外に出る。
端末を接続しながら、敵生産工場の通信装置をジャックしようと試みた。
知識が無い筈なのに、今は出来ると思えたのだ。
すると、自然と指が動いていきコンソールをカタカタと操作できていた。
俺はパネルを操作しながら暗号回線に手動で切り替えて――繋がった。
「マサムネから司令部へ。現在、敵の通信装置を使い通信しています。外へと繋がる最短ルートを教えてください!」
《――マサムネさん! 分かりました! 端末にルート情報を送ります! 速やかにそこを離れてください! 時間がありません!》
「……今のは、マルサス君か。トロイのサポートをしていたけど、あいつは無事に逃げられたのか」
通信をすぐに切断してから端末のケーブルを抜く。
そして、コックピッドに乗り込んだ。
ハッチを閉じてから端末のケーブルを伸ばして機器に接続してルート情報を読み込ませる。
すると、空けられた隔壁の穴から蜘蛛の大群が湧き出してきて――よし、行くぞッ!!
ルート情報が反映されて、俺はマップを頼りに移動を始めた。
襲ってきた蜘蛛たちを蹴散らして包囲網を突破する。
そうして、隔壁の穴から飛び出して――左へと進む。
チラリと見えた親玉のメリウスから砲撃された。
紙一重で回避したが、凄まじい爆風が通信室から起こっていて。
見境なしなのかと恐怖した。
スラスターを噴かせて奴らから再び逃げる。
カサカサと音を立てながら、背後から凄まじいスピードで追いかけてくる。
俺はショットライフルを障害物に向けて放つ。
残骸が吹き飛んで、重いそれらが倒れる。
これで時間稼ぎになるだろ――そう思っていた。
奴らの目の色が変わって、赤く発光する。
砲弾から放たれた弾丸が障害物に当たって――ぐずぐずに溶けた。
――強酸性の砲弾かッ!?
施設を破壊してでも俺を逃がす気は無いのか。
本格的に攻撃を始めた敵を見ながら、俺は更に加速する。
景色が目まぐるしく変わっていき、瞬きする間に壁が迫ってくる。
それらに機体を擦りつけながら、ギリギリの機動で避けていって。
カラカラに乾いた唇から血が垂れて、口の中に鉄さびの味が広がった。
現在地から、最短ルートをなぞって移動して。
時限爆弾が起動してから、凡そ八分経過している筈だった。
もう残り時間はそれほど残されていない。
俺は一か八かの賭けに出て、限界ギリギリまでペダルを踏みこんだ。
一気に加速したことによってシートに体が押し付けられる。
迫りくる障害物をスレスレに避けて、反射的に操縦する。
最早、俺に考えている余裕はない。
迫ってきたものを何とか避けて、掠めた部分から火花が散る。
アラートがけたたましく鳴り響き、スラスターの限界稼働域に達しようとしている。
避けられなければ、スラッグ弾で破壊する。
敵が襲い掛かって来れば、それも撃ち落す。
それでも対処できなければ体当たりをして、機体がボコボコになっていく。
ベキベキと嫌な音が響いていて、取りついた蜘蛛がハッチを強引に開こうとしていた。
俺は一瞬の判断で、機体をスレスレで柱に打ち付けて、取りついていた蜘蛛を落とした。
「――クォ!!」
四方八方から襲い掛かってくる敵たち。
腕が砲弾に被弾してぐずぐずに溶け始めパージする。
片足が操縦ミスにより、障害物に当たってはじけ飛んで。
バランスを崩した機体が回転し――立て直せッ!!
レバーとペダルの操作と、スイッチの切り替えで機体を一瞬で安定させる。
そうして、ノンストップで加速して――見えたッ!!
光が漏れ出しており、あそこが出口だと気づく。
限界まで加速しているが、扉の隔壁が閉じていっている。
これでは間に合わない――誰かが出てくる。
《マサムネッ!! 来いッ!!》
「トロイッ!!」
レノアが隔壁を両手で押さえ付けている。
後ろからトロイが両手のガトリングガンを放って群れている敵を一掃していた。
激しく閃光して勢いよく実体弾が乱射されていく。
ガリガリと敵たちを削っていき、敵の勢いが弱まった。
俺はその隙を作ってくれた二人に感謝して――隔壁を抜けた。
《ひぃぃ!! き、来たぁ!!》
《よしッ! 退散だッ!!》
トロイが冥途の土産とばかりにガトリングガンを放ち続けて。
閉じられた隔壁の向こうから破壊音が聞こえてきた。
レノアはシールドジャマーを腰から外して投げ捨てて。
それによってシールドに裂け目が出現して、俺たちはその中に飛び込んだ。
時間を見れば、もう十秒も無く――後ろから凄まじい閃光が迸った。
機体が大きく揺れて、シールドの中で凄まじい爆発が起きている。
裂け目から漏れ出した爆風で飛ばされて、機体が激しく揺さぶられた。
何とか姿勢を安定させながら、戦場から離脱していく。
もしも、あと数秒かでも遅れていれば、俺はあの施設と共に死んでいただろう。
死んでも復活できるが、現実に俺がいないとなれば話は別だ。
どのような経緯で俺は復活しているのか分からない。
そんな中で死を体験するのは極力避けたい。
何はともあれ、任務は無事に達成できた。
誰も死ぬことなく帰還できそうで本当に良かった。
俺は最短ルートの情報を伝えてくれたマルサス君に感謝して。
兄であるトロイにお礼を言っておいてくれと伝えた。
すると、トロイは「あぁそれで俺との通信が切れたのか」と納得していた。
黒煙を上げながら崩壊していく生産工場。
オッコも無事に逃げれたかを心配しつつ、他のチームの成功も心の中で祈っておく。
俺たちは成功した。しかし、他がどうかはまだ分からない。
船へと帰るまでに、敵と遭遇する可能性だってある。
帰還用の飛行ユニットは待機させているが、発見されていたって可笑しくはない。
まぁ何はともあれ――喉が渇いた。
「口の中が錆の味になっちまったなぁ。はぁ、水で洗いたい」
《……そういえば、船の中に風呂があったけど……お湯は出るよな?》
《ででで、出ないんですか!?》
まだ帰還途中なのに空気がなごんでしまった。
俺はしまったと思いながらも、場を纏める言葉が思い浮かばず笑った。
命の危機が迫った戦いだったけど、全員が生きている。
今はそれだけで、十分すぎるほどの結果だったと俺は思えた。




