1:英霊たちを祀る館(side:???)
当たり前の日常。
見飽きるほどに見て来た景色。
平和で退屈で、小さな幸せに溢れた世界。
自分という何処にでもいるちっぽけな人間は、そんな世界をボケっとした顔で眺めていた。
ぶろろとエンジンの音が聞こえて来る。
適度に温まった車内には、鼻歌を歌っている兄がいて。
今から向かう場所を楽しみにしている様子だった。
完全自動運転が当たり前になった時代で。
未だに自分の手で運転をしているのは兄さんくらいだろう。
一応は、運転席には人かロボットを登場させるのは義務化されている。
意図せぬ事態に陥った時に、車を操作できる存在がいなければ大変だからな。
人間の場合は免許証が無くてはいけないが、それでも自分で積極的に運転する変わり者はいない。
楽しそうに運転する兄をチラリと見て。
窓へとすぐに視線を移動させて、ぼんやりと街の景色を見ていた。
休日の昼下がりの街は少しだけ冷えていて。
白い吐息は出ていないものの、皆が皆、温かそうな格好をしていた。
犬の散歩をしている人。
お菓子屋で買った大きなキャンディ舐めている子供たち。
誰も見ていないのに、機械の危険性を訴えているやばそうな集団。
それらを眺めながら。
私は、眠たい目を瞬かせながら大きく欠伸を掻いた。
すると、隣で運転をしている兄さんは、そんな私を笑っていた。
「何だ。楽しみで眠れなかったのか?」
「……違うよ。父さんからの仕事を考えていて眠れなかったんだよ……たく、何でアンドロイドの開発を私に任せるんだよ。兄さんでいいじゃん」
「はは、それだけお前に期待しているんだよ。頼むぞ、我が社のホープ」
「……私、父さんたちの会社の社員じゃないんだけど……はぁぁ」
父さんも兄さんもいい加減すぎる。
私よりも頭が良くて優秀な癖に。
自分たちが興味の無い事や他の事に集中したい時は。
決まって私を呼んで扱き使うんだ。
私は父さんの会社の世話にはならない。
自分の会社を作って、自分の力で伸し上がっていくつもりだ。
その為に、高校でも大学でも頑張って来た。
父さんからのスパルタ教育を受ける傍らで経営学を独学で学んでいたのだ。
そのお陰で、大学の講義にちょくちょく遅れて単位はかなりやばかったけど。
……まぁ父さんのお陰で、人脈はそれなりに築けたけどさ。
感謝している事は沢山ある。
お世話になったからこそ、恩返しだってしたいと常日頃から思っていた。
だからこそ、父さんや兄さんが助けて欲しいというのなら。
私から嫌だと拒むことは絶対にしない……しないけどさ。
「何で、よりにもよってアンドロイドなんだよ……失敗しても私に責任を押し付けないでよ」
「分かってるよ……まぁ責任の重大さは分かっているよ。何せ、もうすぐ終戦記念日だからねぇ」
「そうだよ……はぁぁ、嫌だなぁ」
兄さんはくすくすと笑っている。
しかし、私にとっては全く持って笑い事じゃない。
いや、私だけではなく機械に関わる仕事をしている人間なら誰であれこの日に怯えるものだ。
正式名称は、”世界大戦終結記念日”で――人類と機械による戦争が終わった日だ。
あの日から、数える事……まぁざっと百年以上だ。
人間たちはその日から機械に対して何かと敏感になっている。
新しいロボットを作ろうものなら、国の上層部が直々に監査に来るほどだ。
一部の信頼できる企業以外では製造する事も禁止されていて。
もしも、無断でロボットを作ろうとすれば場合によっては死刑になる。
それほどまでに、人類はロボットに対して強い危機感を抱いていた。
私が作るのはロボットよりも更に上で。
アンドロイドは人とほぼ変わらない見た目をしている。
中には自分で考えて話が出来るタイプもいるのだ。
国の奴らは、そんなものが一番嫌いで。
一定の層に需要があるからこそ、製造自体は禁止されていないが。
もしも、人間に対して何らかの損害を与えたことが発覚すれば一大事だ。
裁判を起こされて敗訴にでもなろうものなら……考えただけでゾッとする。
そんな重要なプロジェクトを私に丸投げした父さん。
怒ったとしても絶対に私は悪くない筈だ、うん。
まぁ、大昔の事なんて私には分からないけど……曽祖父さんは良くその話をしていたけどなぁ。
小さい頃に、それこそまだ曽祖父さんがぴんぴんしていた頃に。
あの人は何が楽しいのか大昔に起きた戦争の話をしていた。
自分は戦争なんて体験していない癖に、知ったかぶって話していた。
それも戦争の悲惨さを私たちに聞かせるのではなく。
戦争を起こしたバトロイドたちの勇敢さを語っていた。
彼らは決して悪い存在ではないと。
彼らは人間たちを一つに纏める為に、自分たちから悪者になったのだと。
良く分からないし、他の話も胡散臭かった。
此処ではない別の世界で戦った英雄たち。
御伽噺の存在かと思えば、そいつらはロボットに乗って戦っていて。
時空を超えて、この世界を救う為にやってきたなんて……まぁ面白かったけどさ。
曽祖父さんは話が上手かった。
まだ幼いガキだった私はそんな曽祖父さんの話が好きだった。
何度も何度もせがんでは、その度に曽祖父さんは物語にアレンジを加えていた。
しわくちゃな顔で笑うあの人は、何故だかとても格好よく見えた……まぁ昔の話だ。
曽祖父さんは、体調を崩して寝たきりになっている。
生きてはいるし、話しだってまだ出来る。
でも、そんなに長くは生きられないだろうって話を聞いてしまった。
父さんや兄さんは好きだ。
母さんの事も大好きで……曽祖父さんにも生きていて欲しい。
爺ちゃんや祖母ちゃんもあの人が何時も私にっていた自分の夢のような事を言っていた。
私が結婚してくれるのが一番の望みで。
綺麗な花嫁姿を見せて欲しいと言っていた。
ボケて忘れてくれることをちょっとだけ望んでいたけど。
何故か、そういう事だけはずっと覚えているのだ。
困った年寄りたちであり、私はため息をつく事しか出来ない。
「……結婚なんて無理に決まってんじゃん」
「――ん? 今、結婚するって」
「ちょ! 兄さん! 前見てよ!」
首を勢いよく動かして私を見て来た兄さん。
私は思わず、兄さんに前を見るように叫んだ。
しかし、兄さんは既に自動運転に切り替えていたようで。
ハンドルから手を離しながら、私の発した言葉の意味を問い詰めて来た。
ニコニコと笑いながら鼻息の荒い兄さんの顔を押しのけながら。
私はただの冗談だという。
疑り深い兄さんは目を細めながら「本当かな」と呟く。
私はジト目で兄さんを見ながら、ゆっくりと真実を教えてあげようとした。
「……いや、兄さんさ。今までの私の姿を思い出して見なよ……小学校の頃は?」
「……いじめっ子を殴り倒して番長になっていたね」
「中学校は?」
「……不良グループを締め上げて番長になっていたね」
「……高校は?」
「近所で有名な暴走族を襲撃して壊滅させて。勝手に作られたレディースの総長に」
「――もういい。もういいよ」
自分で聞いていてとんでもない話ばかり出てきてしまった。
いや、高校の話だけは知らない。
え、レディースの総長……全く知らないんだけど。
自分の預かり知らない所で起きていた事。
思い返せば、何故か私の後をついてくる女共がいるとは思っていた。
姉御姉御って呼んでくるから、可愛い後輩だと勝手に思っていたけど……はぁ。
自分の黒歴史が増えたことにため息を零す。
でも、これで兄さんも分かった筈だ。
こういう喧嘩三昧の毎日だったからこそ、男の影も全くなかった。
全員が私と目が合うだけで震え上がっていたのだ。
声を掛けようものなら、財布を投げ捨てて逃げていくくらいだ。
兄さんは悲しそうな目をしながら「ごめんね」と言う……傷つくだろ、それ。
私はまたため息を零しそうになって。
寸での所で口を押えて何とか食い止めた。
ため息ばかり吐いていれば幸せが逃げてしまう。
母さんからのアドバイスであり、その通りだと思った。
「……幸せねぇ……あったらいいなぁ」
「……あ、見えて来たよ」
兄さんは笑みを浮かべながら指を指す。
ゆっくりと視線を向ければ、そこにはそれなりに大きな博物館らしき建物が建っていた。
通りに面した場所に建てられたそれは、白い外壁をしていて。
ゴシック建築と呼ばれる……主に教会なんかを作る時の様式に似ている。
人通りは疎らだが、近くには喫茶店なんかもある。
等間隔に街路樹が植え付けられていて、それなりに景観は保っているだろう。
よく言えば落ち着いた場所。悪くいうのなら、辛気臭い場所にも思える。
古びた外観であり、壁などには落書きらしきものもある。
人間たちがロボットらしきものをやっつけている、って感じだな。
近所の子供が描いたような幼稚な絵で……いや、荒れてんじゃん。
まぁ展示する物が”アレ”だから仕方も無い事だろう。
こんな所、曽祖父さんからの勧めが無ければ絶対に来ない。
私は頗る嫌な予感をさせながら、またため息を吐いてしまった。
そんな悲しい博物館の惨状を見ながら、兄さんはゆっくり車を進めて駐車場を探す。
「……此処かな?」
博物館のすぐ隣には、駐車場らしきものがあった。
兄さんは近くにあったガラガラの駐車場に車を止める。
気は進まないものの扉を開けて外へと出れば……何やら子供の声が聞こえた。
「あぁ? 何だ……て、おいおい。マジかよ」
視線を向けた先には、何かが蹲っている。
必死になって頭を隠しながら、幼稚園児ほどのガキたちから蹴られていた。
駐車場の真ん中で、ガキにやられっぱなしのそれ。
プルプルと震えているそれは人間じゃない。
完全なる機械であり、見かけ通りならかなり古いモデルだろう。
私は早速の厄介事に頭を左右に振る。
そうして、見てしまったのなら助けるしかないと近づいていった。
私が近づいて来ればガキどもは蹴るのを止めて私を見てくる。
私はそんなガキどもの前に立ちながら、ゆっくりと声を掛けた。
「おい、何してんだ」
「あぁ!? 見て分るだろ! 悪い奴を成敗してんだよ!」
「そうだそうだぁ!」
「どっかいけよババア!」
「――あぁ?」
最初の方はどうでもいい。
だが、私をババアと言ったクソガキは許さない。
私がぎろりと見てやれば、そいつはガタガタと震えて目を逸らした……雑魚が。
私はポケットから財布を出す。
そうして、適当に三千円を出してガキどもに渡した。
「ほら、これで菓子でも食って来い」
「えぇ!? いいの!」
「あぁ良いから良いから……はぁ」
「ありがとう! おば――お、お姉ちゃん!」
よからぬ事をまた言おうとしたガキを睨む。
すると、奴は寸前で言葉を直してくれた。
それでいいと頷きながら、紙幣を受け取ったガキどもに手を振る。
根は良い奴らであり、大人の言葉やニュースを真に受けただけだ。
私はそう思いながら、倒れているロボットに目を向けた。
体の大きさは百六十センチほどか。
材質は鉄であり、所々に修繕の箇所がある。
恐らくは、三十年前のモデルで……そいつがゆっくりと顔を上げる。
「……あ、悪魔たちは……い、いない?」
「いねぇよ……いいから、さっさと立てよ。恥ずかしいんだから」
人通りの少ない道とはいえ、人は少なからずいる。
近くのカフェでお茶を飲んでいるカップルたちはまだ気づいていない。
しかし、前を通りかかった散歩をしていたであろう老人たちは訝しむような目で私たちを見ていた。
私の言葉を受けて、ロボットはゆっくりと立ち上がる。
そうして、慣れた手つきで体についた埃を払ってから。
優雅にお辞儀をして礼を言い始めた。
「助けていただき誠にありがとうございます。私、あちらの”機械博物館”の案内人を務めています、ジョルジュと申します。以後お見知りおきを」
「あぁ……やっぱり、あそこの従業員なのか」
「……おや? もしかして、当博物館に……あぁ、でしたら! ささ、此方へ! 助けて頂いたお礼も兼ねて誠心誠意ご案内させて頂きますので。さぁ、さぁ!」
「わ、分かったから! 手を引くな!」
「はは、早速、仲良くなれたみたいだねぇ」
「いや、見てないで助けてよぉ!」
ぐいぐい来るロボットに手を引かれながら。
私はしみったれた博物館の中へと導かれていく。
アンドロイドの開発をする事になった事を曽祖父さんに伝えたのが運の尽きで。
こんな不気味な所を紹介されてしまった。
何でも、爺さんの兄妹が此処で働いているらしいけど……いや、あり得ないよな?
爺さんは軽く百歳を超えている。
例え、あの人の妹が若かったとしても。
よぼよぼの老人な事には変わりない。
あり得ないし、もしも本当に働いているのなら。
それは間違いなく妖怪の類だろう。
私は妖怪が住む建物を見つめながら、たらりと汗を流す。
そうして、ごくりと唾を飲み込みながら引かれるままに建物の中へと足を踏み入れていった。




