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【完結】限界まで機動力を高めた結果、敵味方から恐れられている……何で?  作者: うどん
最終章:世界の中心で

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292:想い出を穢す者たち(side:一般人)

 暗闇の中で響く呼吸音。

 ドクドクドクと心臓の鼓動がうるさくて。

 今にも口から出てきそうなほどに、激しく動いていた。


 止まれない。止まれば死ぬ。

 恐怖から、絶望から逃げる。

 駆けて、駆けて、駆けて。

 無我夢中で私は荒野の中を走り続けた。

 

 

 ――何故、私は走っているのか?


 

 呼吸を大きく乱しながら。

 私は追いかけて来る化け物たちから逃げていた。

 後ろを振り返る余裕はない。

 誰かに助けを求めるだけの気力はもう残されていなかった。


 長いだけで何も無い道路を駆けて行く。

 街灯も民家も無い道で、ひび割れたアスファルトのそれは真っすぐに続いている。

 見渡す限りの荒野の真ん中を走りながら。

 私は全身から汗を流して、心臓の鼓動を強めていた。


 息が苦しい。

 涙で前が見えない。

 

 何故、私はこんな目に遭っているのか。

 何故、私は好きでもないのに走り続けているのか。


 暗闇の中で、私は救いを求めていた。

 喉はカラカラに乾いていて、叫ぶほどの力はないのに。

 心は必死にな助けを求め続けていた。

 

 永遠に続くような長い道の先へ。

 そこにいるであろう希望を求めて、重くなっていく足を動かし続けた。

 

 

 ただ走る。恐怖を誤魔化すように、私は走り続けた。


 

 私の故郷は、化け物たちに占領されてしまった。

 世界を震わせるほどのニュースが舞い込んでいたのは昨日の事で。

 私はそんなニュースを家のリビングでぼんやりと眺めていた。

 

 ニュースで知った。世界中で、バトロイドたちが暴走を起こしていると。

 統制システムがハッキングされて制御が出来なくなったそれらは。

 まるで、誰かの命令に従うように人間たちを攻撃し始めた。


 各国では軍が動き出すほどの事態に発展していて。

 すぐ近くの街でも、バトロイドたちが人を襲っていた。

 

 私はどうせすぐに鎮圧されると思っていた。

 他人事のように今起きている事から目を逸らして。

 学校が休みになった事を喜びながら。

 平和ボケした頭で、自分たちが襲われるまで――安心しきっていた。

 

 私の街にも、多くのバトロイドが侵入してきた。

 元々、街で動いていたそれらは鎮圧できても。

 外部から侵入してきたそれを食い止める事は出来なかった。

 瞬く間に街は火の海と化して、沢山の想い出があった建物たちは破壊された。

 

 警備用のバトロイドに、建築用のバトロイド。

 物資運搬用のバトロイドに、医療施設で補助作業をするバトロイド。

 この世界で、バトロイドを使っていない国なんて無い。

 至る所で使われていて、人間たちを日夜、助けてくれていた。


 当たり前の日常で、私は忘れてしまっていた。

 何時も助けてくれるアレ等は、一歩間違えればどんな存在にもなれる事を。

 機械に心何て無い。ただ命令されるままに、あらゆる事をする。

 例え、自分が不良品と評価されてスクラップにされる事になったとしても。

 アイツ等は自分の死ですら何も感じる事無く……化け物だ。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ――ぅぁ!」


 街からずっと走り続けて。

 道路に転がっていた何かに足を掬われた。


 派手に転がりながら、私はお気に入りのワンピースを土で汚して。

 ジンジンと痛む足を抑えながら、何が起きたのかと視線を向ける。

 すると、暗がりで見えなかったが、道路には細いロープが張られていた。

 それも、ロープの両端を頑丈な鉄柵に固定する様に――明かりがついた。


 眩しいそれを片手で隠しながら。

 私は何が起きたのかと前を見ていた。

 すると、ライトを持ちながら歩いてくる男たちがいた。


 その手には、拳銃やライフルが握られていて。

 目は血走っており、鼻息は荒かった。

 完全にイッている人間の目であり、良く見れば後ろで注射針を持つ女たちがいる。

 ワンボックスカーの窓には分厚いカーテンが掛けられていて。

 扉を開けて出て来た女たちは、にたりと笑いながら私を見ていた。


 見えていなかった。

 恐怖が心を支配して、視野を極限まで狭めていた。

 その結果、私が置かれた状況は更に悪化してしまう。

 

 知っている。

 この辺りでは薬物中毒者たちが集まるクランがあると。

 夜な夜な集まっては、ドラッグパーティを開いている異常者たち。

 退役軍人や社会から見放された人間たちの集まりで。

 ライトを向けて来る男はガタイが良く、軍服のようなものを着ていた。


 噂で聞いていた。

 通りかかった人間を攫って薬漬けにすると。

 抵抗する人間には暴行を加えて、場合によっては殺される。


 人殺しでありながらも、証拠は何も無く。

 野放しにされている殺人集団たちは。

 世界中が混乱している中でも、変わらずに自分の殻に閉じこもっていた。

 

 最悪だ。

 逃げていた先には、また違うベクトルの敵がいた。

 普段であれば警察を呼ぶなり、通りかかる人たちに助けを求めるところで……でも、此処を通る人間はいない。


 私がいた街へと繋がっている道路。

 私の故郷が機械たちに占拠されてから時間は経っている。

 軍にも情報がいっている頃で。

 恐らくは、街へと繋がる道路は封鎖されているだろう。


 私は封鎖線を張っている所まで逃げている途中だった。

 それをようやく思いだしてから、私は舌を打ちそうになるのを我慢する。

 逃げる事に必死になり過ぎて、他の危険に目が行かなかった。


 奴らは唾を垂らしながら、ニタニタと笑っている。

 じりじりと距離を詰めてきて、意味不明な言葉を呟いていた。

 ぶつぶつと譫言のように繰り返し言葉を発する元軍人だろう男。

 周りにいる人間はそいつを止める事無く私をジッと見つめていた。


 しわがれた声で私は必死に叫ぶ。

 

「待って! こんな事している場合じゃないわ! 早く逃げないと、奴らが来る!」

「……ひ、ひひひ……そう、来る。天使が……俺たちを天国へと導くために……さぁ、行こうぅ」

「やぁ! 離して!!」


 男が一気に距離を詰めて来る。

 そうして、倒れている私の手を掴んできた。

 私は必死になって体を動かして抵抗した。

 しかし、腐っても元軍人だ。男の力にか弱い女が勝てる筈がない。


 私は両手を掴まれて頭の上に強制的に押さえつけられた。

 男は唾をだらだらと垂らしていて。

 ぽたぽたと奴の汚い唾液で顔を汚された。

 ゆっくりとポケットから小型の注射針を取り出す男。

 男は呼吸を大きく乱しながら、それを私へと近づけて来る。


 

 怖い。怖い怖い怖い――助けて、誰か!!


 

 心の中で助けを求める。

 誰も来てくれないのに。

 誰も私を見ていないのに。

 それでも、私は、救いの手を求めて――音が聞こえて来た。


 バラバラという音で。

 それが徐々に大きくなっていく。

 狂った男も、その音には敏感に反応していた。

 イラつきながら私から離れていって、拳銃を引き抜く。

 そうして、音の発生源を探しながら怒声を発していて――上から強い光が差した。


 見上げれば、そこには黒い輸送機が浮いていた。

 バラバラという音は、両翼に取り付けられたプロペラの音だ。

 最新の輸送機であり、開かれた扉から何かが降りて来た。

 ロープも無しに降りて来たそれは、鈍い音を立てて着地して。

 そのままズンズンと歩き出して、慌てている男たちに襲い掛った。


 元軍人は拳銃をそれらに向けて発砲した。

 しかし、鋼鉄の体に弾丸は意図も容易く弾かれてしまう。

 弾がそれの体に当たる度に甲高い音が響いて綺麗な火花が散っていた。

 それはアイツの発砲を意に介さず接近する。

 そうして、弾切れを起こして逃げようとしたそれを背後から殴りつけた。

 バチバチとそいつの手から電流が迸っていて。

 その拳が触れた瞬間に、薬中は体を震わせながら泡を噴いて倒れた。


 私はドクドクと心臓の鼓動を早める。

 周りを見れば、車に乗っていた女たちも。

 ライトを持って私を見ていた男たちも無力化されていた。


 

 

 助けが来た。でも、全く安心できない――寧ろ、更に恐怖が増大した。

 

 


 心臓の鼓動がどんどん高まっていく。

 

 私は街を襲った奴らの姿をフラッシュバックさせて。

 

 ゆっくりと近づいてくる――バトロイドを見ていた。


 

 

 奴らは武器を持っていない。

 素手で降下してきて、薬中たちを瞬く間に無力化させた。

 でも、それは私を助ける為じゃない。


 街を襲ったアイツ等のように。

 そこにいる人間たちを殺したり、連れ去る為だ。

 何故、人間たちを襲い。そして、連れ去っていくのか。


 殺されたのならまだマシだ。

 でも、連れ去られた人たちはどうなるのか。


 逃げる前に、パパやママが荷物を纏めていて。

 私は他人事のように両親をボケっと眺めていた。

 そうして、何となしに今起きている事件について調べてみた。

 すると、連れ去られた人間たちが何をされているのかを記録した映像があった。


 見るもおぞましい映像で。

 身の毛もよだつような残忍な実験を機械たちが施している。

 恐ろしい映像の記録が、動画サイトに無数にアップロードされていた。

 他人事のように思っていた私も、それを見て強い吐き気を覚えた。



 

 そんな事をするような化け物が――私に手を伸ばしてくる。



 

 限界まで私は目を見開く。

 呼吸はどんどん荒くなって。

 酸素を取り込んでいる筈なのに、息が出来ないほどに苦しい。

 涙がぽろぽろと流れ落ちていって。

 強い吐き気に襲われていた。

 心臓の鼓動は今にも破裂しそうなほどに鳴っていて。

 私は自分の体の不調を聞きながら、迫って来たそれを見つめて――――…………




 

 何かが、聞こえて来る。

 遠くの方から音が聞こえる。

 いや、それだけじゃない。

 何かが私の体を揺すっていて。

 私はゆっくりと重い瞼をこじ開けた。


 強い光が目に差し込んできて。

 私は目を瞬かせながら、私の顔を覗き込んでくる――軍人を見ていた。


「ぁ」

「……避難民を発見。これより、避難所へ移送します……大丈夫か? 体に不調はあるか?」

「い、いえ……あの、バトロイドは?」


 私は助けに来てくれた軍人の質問に答えながらも。

 周りをキョロキョロと見て状況を確認していた。


 深夜だった筈なのに、目が覚めれば既に陽が昇っていた。

 綺麗な青空が広がっていて、周りには薬中たちもバトロイドも存在しない。

 残されていたのは、薬中たちが乗っていた車とライトだけで。

 私は何が起きているのかと彼に聞いた。


 すると、軍人さんは顔を曇らせながら。

 落ち着いて私に説明をしてくれた。


「……俺たちは君からの救難信号を受信して此処まで来た……バトロイドたちの罠かと思っていたが。実際には君だけが此処で倒れていた……教えてくれ。君はバトロイドに遭遇したのか?」


 軍人さんから状況を説明されて。

 私はゆっくりと首を縦に振った。

 すると、軍人さんは顔を強張らせながら無線で何処かに連絡をしていた。


 私は考える。

 此処には私しかおらず。

 あの薬中たちは消えていたらしい。

 つまり、アイツ等は自分の意思で何処かへ行ったか――奴らに連れて行かれたかだ。


 ゾッとする。

 もしも、自分もアイツ等のように連れていかれていたらどうなっていたか。

 配信サイトで見た悍ましい映像のような事をされていただろう。


 良かった。本当に良かった。

 何故、私だけ助かったのかは分からない。

 でも、本当に運が良かった……パパもママも一緒にいてくれたら……っ。


 私はまた、思い出してしまった。

 パパとママとはぐれてしまって。

 一緒に逃げていた近所の人たちがバトロイドに連れて行かれる光景を。

 誕生日を祝ってくれて、良くバーベキューをしていた人たちだ。

 大好きだった彼らの事を思い出しただけで、涙が溢れてくる。


「ぅぅ、ぅ、ぅぅ!」

「……頑張ったな。もう、大丈夫だ……おい! すぐに此処を離れるぞ!」

「了解!」


 彼は上着を脱いで私の肩に掛けてくれた。

 そうして、私から目を逸らしながら私を止まっている車へと導いてくれる。

 私は涙を流しながらも、何故、視線を逸らしているのかと思った。


 そういえば、ズボンが少しだけ濡れ、て――っ!!


 私は自分の状況を理解してしまった。

 恐怖が心を支配して、逃げる直前にはトイレにもいけなかった。

 そうして、恐怖の対象が群れを成して現れたのなら……こうなるのも当然だ。


 私は顔が熱くなるを感じる。

 恐らくは、耳まで赤くなっている事だろう。

 まだ成人にもなっていない私には、羞恥心も人並みにある。

 華の女子高生が、イケメンの軍人の前で粗相をしてしまった。


 私は自分の体からアンモニアの香りがするのを認識する。

 そうして、必死になって誤魔化しながら。

 先ずはシャワー室をお借りしようと考えた。


 機械たちによって故郷を奪われて。

 大切な家族や友人を連れて行かれて。

 腸が煮えくり返るほどの怒りを覚えたが……これも怒りの一つにカウントしておこう。


 私は機械たちへの恨みを募らせながら。

 車の窓を全力で開けて、安全地帯への到着を心から待ち望んだ。

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