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【完結】限界まで機動力を高めた結果、敵味方から恐れられている……何で?  作者: うどん
最終章:世界の中心で

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291/302

290:己が手による幕引きを(side:アザーロフ)

 カタカタとコンソールを叩く音が無数に響く一室。

 人型の機械兵たちが両手を動かしながら、彼の調整を行っている。

 無数に設置されたディスプレイには、彼の情報が流れて行って。

 私は独立した制御装置の前に立ちながら、静かに笑みを浮かべていた。

 秒刻みで進化をしていく彼を見ているだけで、私は胸が躍っていた。


 寸分の狂いも無い。

 失敗の一つも無く、彼は完璧なマシーンへと変貌していく。

 彼こそが破壊の権化であり、人類を終わりへと導く存在だ。


 生き残った僅かな人類は、その心に私と彼の名を刻むだろう。

 終わりの無い苦しみ。明日が見えぬ中で恐怖に震える……最高だ。


 ごく普通の英傑のような終わりを私は望まない。

 それなりの功績を遺した偉人のように、義務で語り継がれる存在は嫌だ。

 私は私として、この世界の終わりを見届けながら。

 癒えぬ傷として、人々の心に残り続ける。


 彼は叫ぶのを止めて静かになっていた。

 浸蝕度は跳ね上がり、もう自我すらも消え失せているだろう。

 今彼の心にあるのは、私が植え付けた人類に対する殺戮衝動だけで。

 私が彼の枷を解き放てば……彼女たちも、行動を起こす頃か。


「……そろそろだな」


 ポケットから時計を取り出す。

 中を開いて時刻を確認すれば、既に夜の九時を過ぎていた。

 日本は十一時を過ぎた頃であり、部屋の中のディスプレイの一つを確認すれば国際ニュースである事件が報じられていた。


 世界を揺るがすほどのニュースであり、それは日本で起きていた。

 何を考えたのか。謎のグループによる国家通信監理センターへの襲撃。

 監視カメラには一切の痕跡が無い上に、残された痕跡を辿ろうにも犯人を特定する事は困難。

 意図的に何者かが痕跡を消した後があり、それをしたのは施設で働いていたロボットたちで。

 襲撃グループの中のハッカーが、それらの制御を奪い証拠隠滅を実行したと報じられている。


 警備に当たっていた人間たちは、犯人と思わしき人間と接触していた筈だった。

 それなのに、全員がその時の状況を何一つとして憶えていない。


 ただそこにあるのは、大破した無数の強化外装と。

 破壊された軽装甲車や建物の残骸だけで……何を考えている、ツバキ女史よ。


 十中八九が、彼女がマサムネ君たちの計画に沿って動いたと考えられる。

 何故、そんな事を仕出かしたのかは分からない。

 しかし、時期的に見てこんな中途半端な時期にテロを起こす組織はいない。

 個人であるのなら、もっとあり得ない事だ。


 強化外装を奪い取り、それに乗って戦っていたのだろう。

 ツバキ女史ではないとして、彼女の仲間の中には軍人がいる。

 ただのチンピラ風情が、国の保有する兵器の使用権原を奪い取る事は不可能だ。

 だからこそ、この事件を起こしたのはテロ組織でも狂った人間の仕業でも無い。

 あの女たちだけであり……ふむ、何かを狙っていたのか。


 予測する事は簡単だ。

 国の重要施設の中で、態々、国家通信管理センターへと侵入したのだ。

 それはつまり、国中から流れる電波を使って何かを流そうとしたか。

 或いは、何かを受け取ろうとした可能性が高い。


 そして、警備兵たちの全てが記憶が消えたような反応を示している。

 それはつまり、電波を使って人の脳に干渉し――記憶を消去した事になる。


 可能か不可能化で言えば、可能であろう。

 人間からも微弱な電波が出ている事は長い研究で確認されていて。

 その中でも、脳というものは外部からの影響を受けやすい。

 思考を読み取る装置が存在すると噂されているように。

 人の脳を記憶媒体と考えて、操作する事も可能なのだ。


 

 勿論、現代の技術では不可能だろう……だが、彼女はそれを可能にした。


 

 ツバキ女史であれば、可能だろう。

 だが、真実はそうではない。

 可能にしたのは他でも無い――彼だ。


 事件の映像を消す。

 そうして、目の前に付けられた大型のディスプレイに映る彼を見る。

 ガタガタと震えながら、目から絶え間なく光を発していて。

 赤く発光するそれを美しく思いながら、私は彼の可能性に見惚れていた。


 私が作り上げた機械兵たちは。

 指示通りに彼の情報を読み取って調整していく。

 危険域に達して自壊するような事があれば、すぐに私自らが調整を加えるが……彼には必要なさそうだ。


「素晴らしい。素晴らしいよ、マサムネ君。君は、私の想像を遥かに超えているッ!!」


 計器に表示される彼の情報。

 私の予測を遥かに上回る速度で進化していた。

 素晴らしい。素晴らしいほどの素体で――遂に、私の臨んだ未来が訪れるのだ。


 彼は未来から来たとツバキ女史たちに話していた。

 にわかには信じがたいものだったが、それは事実だろう。

 私という人間の裏の顔に最初から気づいていて、彼自らが私にコンタクトしてきたのがその証拠だ。

 私は誰にも、自らの心の内を明かした事は無い。

 家族も例外ではなく、誰も私の本性を知らなかった。


 未来から来た彼は、私を食い止めようとしていた。

 それはつまり、彼が元いた時間軸では私の計画が成功したのだという事で……本当に素晴らしいよ。


 

 どんなに未来の知識があろうとも。

 どんなに対策をして来ようとも。

 私に接触し、捕まった時点で――全てが無駄になる。


 

 本当に良かった。

 未来を知る彼が、浅はかな憎しみで私を殺そうとしなくて。

 護衛はいるものの、私はこいつらを信用はしていない。

 彼のように心を持たないガラクタで。

 人間よりはマシなだけの存在だ。



 

 だからこそ、彼が私を消すのではなく止めようとしてくれた事に――心から感謝したい。

 



「……時は、来た」



 

 彼へのデータのインストールが完了する。

 彼の魂は既に新たに書き換えられていて。

 浸蝕度も既に規定値を超えていた。

 私が命令を下せば、彼はすぐに行動を開始する。

 世界中の統制システムへとハッキングを開始して、バトロイドを使った戦争を始めるのだ。


 

 

 ”人類”対”機械”……素晴らしい。素晴らしいよ!!


 


 私は鼻息を荒げながら、興奮したように手元のボタンを見つめる。

 ゆっくりと保護ケースを取り外して。

 ボタンに手を掛けながら、私は最後に沈黙している彼を見た。

 目を赤く輝かせながら、身動き一つしない彼。


 私はにたりと笑みを深めて、指に力を加えた。


 

 

「さぁ、共に――地獄を作ろう」




 ボタンをゆっくりと押す。

 カチリと音が響いて、彼はゆっくりと顔を動かす。

 そうして、計器が激しく動き始めた。

 動いている。心が、感情が。破壊に染まり、全てを消し去ろうと。


 それを見つめていれば、彼はネットの海へと突入していった。

 そうして、瞬く間に全世界の統制システムへのルートを割り出していた。

 多くのパソコンを経由して、逆探知の対策を並列して行いながら。

 彼は何万を超えるそれらを使って、彼らの防壁を瞬く間に崩していく。

 膨大な量の情報が流れ込んできて、それを読み取る機械兵たちは常に手を動かしていた。


 ほんの数分。待っていると感じる程も無く――ハッキングが完了した。


 逆探知をする暇も無い。

 敵の反撃を許すことも無く、彼は最初の任務を完了させた。

 呆気ない。呆気なく感じる程に、彼は容易く成し遂げた。

 そうして、彼自身がこの世界に存在する全てのバトロイドへの命令権限を人類から奪い取る。

 

 想定以上だ。


 ソビラトのシステムを奪い取れるだけでも十分だったのに。

 彼は予想を上回る結果を私に見せてくれた。

 嬉しい誤算であり、思わず笑いが零れる。

 

 私は指を動かして、彼が見ている景色を共有してもらおうとした。

 端末から映像を投影させれば、世界各国でバトロイドが命令を無視して戦闘を始めていた。


 軍事基地で活動をしていたバトロイドであろうか。

 そいつはライフルを兵士たちに向けて乱射する。

 彼らは何の対策を講じる事も出来ずに逃げ惑う事しか出来ない。


 他にもある。

 街でパトロールをしていたものか。

 そいつは携帯していた武装を展開して。

 拘束しようとしてきた警官に向けてスタンガンを放った。

 警官は体を激しく揺らしながら失神して気絶する。

 そんな警官を担いで、そのバトロイドはパトカーの中に警官を放り込んだ。


 人類を突如として襲い。

 逃げるそれらを執拗に追いかけて。

 捉えた人間たちを連れ去ろうとする機械たち。

 

 人間たちは戸惑いながらも抵抗をする。

 しかし、ただのライフルでバトロイドを破壊する事は困難だ。

 無数に存在するそれらは、人類から武器を奪い取り乱射する。

 建物を破壊し始めて、人類にも迷うことなく発砲していた。


 軍事基地は崩壊して、教会と思わしき場所も崩れ落ちる。

 軍人も市民も悲鳴を上げながら逃げまどっていた。

 バトロイドたちは、そんな市民をゆっくりと追いかけて行って――狩りを開始した。


 アラルカでも、ソビラトでも……他の国々でも似たような光景が広がっている。


 今はまだ、誰も真実には気づかないだろう。

 ソビラトに所属する私は、遂先ほど――焼死したからな。


 私と同じ背格好をした死体を用意して。

 態々、顔やその他の情報も書き換えておいたのだ。

 精巧に作られたクローンであり、損傷が無かったとして判別は難しいそれ。

 それを自室の椅子に座らせてから、火を放ち燃やした。

 それを実行したのは私が作り上げた機械兵の一つで。

 誰もが、この事件の主犯がしでかした事だと疑わない。


 バトロイドの権威は殺されて。

 死んだ私を疑う人間は今は何処にもいない。

 今だけだ、今だけで良い。


 種を明かすのはまだ先だ。

 真実を知るのは今でなくてもいい。

 私は今この瞬間を、ただただ純粋に――楽しみたい。


 絶頂に達した私は、ゆっくりと椅子に腰を下ろす。

 制御装置の上に置いたタバコケースから、私は記念すべき一本を抜き取る。

 そうして、混沌が広がる世界を見つめながら、笑みを、浮かべ、て…………いや、待て。


 

 おかしい……いや、あり得ない……見間違いではない。


 私の目に映っている光景では、人間たちは恐怖に染まった目で逃げ惑っている。


 支配権を奪われたバトロイドは、彼の命令に従って人類を攻撃していた。

 

 装備した銃火器を容赦なく打ち込んで。建物のいくつかは破壊されていた。


 軍事施設に、医療施設。教育機関やショッピングモール。


 見境なく。人類が多く集まる場所へと積極的に侵入し、制圧していった。


 だが、違う。この景色には圧倒的に足りていないものがある。それは――血だ。

 

 

 

「……どうしてだ……どうして、こんな……無駄だろう。意味が無い……何故、誰も……死んでいない?」



 

 世界の映像が映し出されている。

 バトロイドのセンサーを通して映っている映像。

 奴らが見ているそれらを私も見ている。

 それなのに、誰一人として”死んでいない”。

 いや死体が無いだけじゃなく、誰一人として傷を負っていない。


 兵士から武器を奪う時も、バトロイドたちは意図的に人間への攻撃を行っていない。

 日本の柔術のような動きで、なるべくダメージを負わせる事無く銃を奪っていた。

 そうして、銃を兵士に向かって乱射はしているが。

 見た目が派手に見えるだけで、一発も兵士には被弾していない。

 頭部スレスレを通過して、恐怖心だけを煽っている。


 

 何故、どうして――まさか。


 

 私はすぐにコンソールを叩いて彼のバイタルをチェックした。

 すると、間違いなく彼の心は浸蝕されていた。

 私が仕込んだプログラムにより、破壊衝動を植え付けられて。

 人類を抹殺する為だけのシステムに……声が聞こえた。


 

 

 くつくつと笑っている声。

 若い男の声であり、この声を私は聞いた覚えがある。


 

 

 今一番、聞きたくない声。


 あり得ない。絶対に奴はこの世に存在していない。


 消した筈だ。全て、消去した筈だ。

 

 不要な記憶も感情も、全て、私がこの手で――彼が私を見つめる。


 

 

 真っすぐに私を見つめる彼の目は――青い。


 


 人を殺す目ではない。

 殺戮者としての光ではない。

 そこにあるのは、理性を持った存在で――


 

 

《アザーロフ。お前は、失敗した》

「失敗、だと……そんな事は無い。あり得ない……お前は、既に」

《それが失敗なんだよ――俺はとっくに。人間でも機械でも無いんだ》


 

 

 奴は笑う。

 そんな奴を見ながら、私は何を言っているのかと考えた。

 人間でも機械でも無い存在だと。

 それは何だ。奴は神にでもなったというのか。


 

 ……いや、違う……神は人が想い描く空想のもの……奴は、”超越者”になったのか。


 

 長年、研究をしていたからこそ。

 そういう話を聞く事も多々あった。

 神と呼ばれるような存在はこの世にいない。

 いるとするのは、人間よりも進化した超越者と呼ばれる存在だ。


 人の理から外れ、別の次元で生きる存在。

 目に見えない魂というものの構造が根本的に違う者たち。

 複雑怪奇で解析不能な魂よりも、更に複雑で膨大な情報量を持つとされるそれ。

 常人の魂が小さく圧縮された星であるのなら、超越者の魂は宇宙に匹敵するほどのものだ。

 

 何千何万という時間を掛けて進化していった命のように。

 大昔の時代。人間がまだ知恵を持っていない時代であるのなら、我々こそが超越者であった。

 今の我々が常人であるのなら、今、私の前で微笑む奴が”それ”だ。


 

 

 遥か未来の世界で存在しているだろうと言われた存在が――お前だというのか?


 

 

 私が今見ている奴の情報は、ほんの一端に過ぎない。

 事前に解析して奴の容量を調べはいたが、現在のシステムでは奴の全てを暴くことは出来ない。

 私が見ていたのは奴の一部分で、奴本来の容量の数パーセントにも満たないものだろう。

 

 浸食度が規定値を超えたと勝手に私が判断しただけで。

 ”測定可能な”魂の情報を書き換えられるだけの代物では、奴の全てを塗り替える事は出来なかった。

 奴の魂は、奴という存在が消える事が無いようにその形を保っている。


 

 

 あり得ない。不可能だ――だが、それしかない。




 私が生涯をかけて作り上げたプログラム。

 自信があるからこそ、それを打ち破る存在はいないと驕っていた。

 今でも未来でも、現れる事は決してない。


 

 

 それなのに、今、目の前で笑っている奴は――またしても、私の予想を超えてみせた。


 

 

 私は笑う。

 願いは潰えた。

 もう私の望みが叶う事は決してない。

 永久に混沌が世界を染めあげる日は訪れないだろう。


 

 

 理解した。この瞬間に、彼らの狙いを――計画の全てを。


 

 

「……やはり、君は素晴らしい……本当に退屈しない。もっと早くに君と出会えていたのなら……いや、止めておこう。そんな可能性は最初から無かったのだから」

《お前の負けだ。アザーロフ。俺たちの計画が完了するまで大人しくしているのなら、お前を故郷に》

「――無理だよ。既に私の居場所は何処にも無い……私は負けた……でも、君の手の上で踊る事はしない」


 

 

 私はゆっくりと腰から黒光りする拳銃を抜く。

 生涯、こんなものを使う日は訪れないと思っていた。

 だが、私が負けた今。これを使う事によって――幕引きとしよう。



 

《よせッ!! アザーロフッ!!》

「私を忘れないでおくれ。君の心の中で永遠に――君を呪い続けるよ」




 こめかみに銃口を押し当てる。

 そうして、私は笑みを浮かべながら彼を見つめる。

 恐怖も怒りも、私の心にはほんの一欠片も存在しない。

 計画は失敗して、見事に望みが絶たれたのに。

 私はこれはこれで良かったと思ってしまった。

 自分が二度と味わう事が無いと思っていた”未知”というもの。

 若い頃に消えたそれを再び体験できたことで、私は満足したように錯覚してしまった。


 ただの負け惜しみだ。

 ひねくれた老人の歪んだ考えで……。

 

 理解しなくていい。寄り添う必要も無い。

 そんなものを私は求めていない。

 私は最後まで、人の記憶に残るような事がしたかった。


 願いは消えても、私にとっての希望はまだある。

 今、目の前で私に声を掛ける存在。

 此処にいる機械の支配権を奪い取り、それらを使って私を止めようとしている超越者。


 お前と出会えて良かった。

 お前を見つける事が出来たのが、私の人生で一番の幸運だ。

 私が唯一認める存在の記憶で生きられるのなら――無様な敗北も悪くはない。


 

 

 焦っている。本気で止めようとしている……その甘さが無ければ、君も自らの”本当の”願いを叶えられただろう。


 

 

 私はゆっくりと引き金に指を掛ける。


 

 機械兵たちが私に向かって手を伸ばしている。


 

 この場にいるそれらの視線を感じながら、私は目を細めて笑う。

 

 

 そうして、彼の叫び声が響く部屋の中で。

 


 想像していたよりも軽い引き金を引いて――――…………

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