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286:強化外装の戦い方(side:修二)

 久しぶりの戦闘だ。

 強化外装に乗るのは、約五年ぶりだろうか。

 五年前に乗ったアレは、正直なところ最悪だった。

 日本からの支援戦闘員としてアラルカの最前線に送られて。

 暴れまわっているゲリラ兵共との戦闘を想定して与えられた量産型の強化外装。

 

 国防軍の精鋭部隊なんてのは聞こえはいいが。

 実際には、真っ先に死地に送られる事が決まっているだけの特攻野郎の集まりだ。

 そんな部隊に与えられる機体は、整備だけはしっかりとされているだけの”残り物”で。

 敵の対戦車ミサイルが数発命中しただけでも大破するような紙装甲の出来損ないだ。

 機動力だけを重視して、守るのではなく回避しろ……よく教官に言われていた。


 懐かしい記憶。だが、戻りたいなんて露ほども思わない。


 あんなのは二度と御免だ。

 戦い何て嫌いであり、仲間が死ぬのも敵を殺すのも嫌に決まっている。

 俺は他の荒くれ者とは違う。

 好きな事は釣りで、後方や安全な場所でロボットの研究や開発がしたかった。

 だからこそ、軍学校に入ってからも強化外装やバトロイドについて積極的に勉強した。


「……まぁ、なまじ適性があったからこそ。パイロットにされたんだけどな」


 たった一度のシミュレーターでの模擬戦闘。

 それで、軍学校で最も強いと言われていた男を倒したのがいけなかった。

 弱い者いじめをするアイツが気に食わなくて。

 その鼻っ柱を折ってやるだけのつもりだったが。

 教官は俺を強引に技術班から一転し、戦闘班へと推薦しやがった。


 それからは地獄の始まりで。

 精神面を鍛える為だけの無意味に思える苦行に。

 体力をつける為に行われた重りをつけての水泳。

 そして、うだるような暑さの中で行われた最低限の水と食料だけを持っての行軍訓練。


 まだだ。まだあるぞ。

 嫌々ながらも、全ての訓練に耐えてしまって。

 待っていたのは戦いにつぐ戦いだった。

 何時狙い撃ちされるかも分からない状況で。

 常に敵への警戒心を持ちながら、弾丸が飛び交う戦場で走り回った。


 死んだ仲間に悲しみを覚えたのは最初の数回だけだ。

 それからは、作業のように敵を殺しては死んだ仲間の葬儀に参列して。

 仲間の恋人や母親から理不尽な罵声を浴びせられるの日常茶飯事だった。


 

 辛いし苦しいし。その上、給料はそれに見合っていない。


 

 ある日突然、我慢の限界を迎えて。

 俺は唐突に辞表を提出して国防軍を去っていった。


 職を失った俺は、退職金を使ってのんべんだらりと日常を送っていた。

 普通なら、手が震えたり昔の悲惨な光景を思い出して病院の世話になるだろう。

 しかし、俺はそういった事が全くなかった。

 そして、もう一度夢を追いかけて働きたいという気持ちも失せていた。


 死んだ魚のような目で、公園で遊ぶ子供を眺めていた。

 そうして、運悪く通報されてしまって警察と少しもめたのを覚えている。

 そんな時に偶々通りかかったのが、ライアンだった。


 ライアンはあぁいうむさくるしい見た目をしているが。

 根は良い奴であり、すぐに俺の誤解を信じてくれた。


 ……まぁその時の言い訳が「最愛の妹を失くした」なんてのは笑いそうになったけどな。


 会って間もない俺を親友だと嘘をついて。

 大根役者のような身振り手振りを交えた演技。

 それを信じた中年の警官は、目頭を熱くさせながら頑張れと俺の肩を叩いた。


 少しムカついたけど、助けてくれたのは事実で。

 俺はアイツにお礼を言って、すぐに立ち去ろうとした。

 すると、奴はさっさと退散しようとした俺を引き留めて。

 くしゃくしゃになった名刺を俺に渡してきた。


『俺はライアン。世界で一番かっこよくてはちゃめちゃに強いロボットを作る研究をしているんだ』

『……それは強化外装とかバトロイドか?』

『んぁ? あぁ、まぁ似てるかもしれねぇけど違うよ。俺たちが作ろうとしているのは心を持ったロボだ!』

『心? いや、そんなの出来ねぇだろ。不可能だ』

『あぁ? そんなの誰が決めたんだ。俺は絶対に作る! 諦めなければ夢は叶うんだよ!』

『……出来なかったら?』


 今に思えば、俺はすごく嫌らしい性格だっただろう。

 しかし、ライアンはまるで俺の嫌味を理解していなかった。

 そうして奴は、親指を立てながら見惚れるような漢らしい笑みを浮かべてこう言った。



 

『そんなの知らねぇよ! 失敗なんて考えてねぇからな!』

『――っ!』



 

 アイツは本当に格好のいい男だ。

 絶対にアイツの前では言わないが、俺はそう思っている。

 アイツはそんな確証も無い言葉を吐いて去っていった。

 残された俺はただ一つの子供の頃に抱いた夢を思い出した――自分の手でロボットを作りたい、と。


 その後は、髭を剃って髪を整えて。

 似合ってもいない無いスーツを身に纏って募集もしていないのに雇って欲しい事を言いに行った。

 ツバキさんは優しい人で、馬鹿な事に履歴書を忘れたこの間抜けをすぐに採用してくれた。

 それからは、忙しくも楽しい毎日が過ぎて行って……俺にも胸を張って自慢できる家族が出来た。


 システムのチェックを手早く終わらせる。

 表示された情報を読み取りながら、センサーを起動して外の状況を見る。

 まだ照明の類は復旧していない。

 暗闇の中で動く警備兵は、こちらの暗視センサーによってハッキリと見えていた。

 奥の方の倉庫には既に警備兵が入っていて、中から起動した強化外装が出て来た。

 鼠色のカラーリングに、鈍重そうな見た目をした単眼の巨人。

 武装は防衛戦用の盾に、近接戦闘用のアイアンロッドか。

 肩部には暴徒鎮圧用の催涙弾が仕込まれたランチャーが一つ。

 コックピッドの両サイドには、小型のバルカン砲が二門取り付けてある……多分な。


 俺が乗っている強化外装と武装の類が変わらないのであればだ。

 まぁ視覚情報だけでは何とも言えないが。

 一々、武装を変更するような奴らには見えない。


 精々がマニュアルに沿って行動するだけだ。

 内部へと侵入したツバキさんたちの退路を塞ぎ包囲する為。

 全くと言っていいほど、俺のような伏兵の心配をしていない。

 まさか、国防軍の死にぞこないが来ているなんて思っていないだろう。


 強化外装へのアクセスコードを変えていなかった間抜けのお陰だ。

 軍内部の中でも、強化外装を知り尽くした俺で無ければ奪取は出来ないが。

 それでも、ワンパターンなコードで適当な仕事をしていたアホは救いようも無い。

 本気でこの国を守りたいのなら、自国の兵器くらい完璧に管理してみろってんだ。

 

 心の中で奴らを貶しながら、俺は今乗っている機体を見つめる。

 あの頃の量産型とはまるで違う。

 最新のモデルであり、操縦者に配慮された形になっていた。

 レバーの位置も動作性も滑らかで、ボタンの一つ一つにも無駄が無い。

 あくまで操作性能を上げる為の工夫がされていて。

 これならば新兵であろうとも、熟練の兵士のような動きが出来るかもしれない。

 

 スイッチを上げながら、エンジンの回転率を徐々に上げていく。

 ペダルを軽く数回踏んで、噴射口に溜まった汚れを落とす。

 ゆっくりと冷えた機体を温めながら、此方の倉庫に入ろうとして慌てている兵士を見る。

 そうして、レバーを操作してマニュピレーターの感度をチェックする。

 手足を動かせばきちんと反映されていて……これがあれば、アイツ等も死なずに済んだかもな。


 笑い話にもならない。

 最前線で戦う俺たちには、余りもので作られた玩具で。

 平和なこの国で職務中に酒を呷ってゲームをするような奴らが最新のモデルをあてがわれる。

 呪いたくなる気持ちは十分に分かるさ……でも、今はそれに感謝したいと思える。


「油断はしない……でも、最前線の悪魔どもと比べれば――ただの案山子だ」


 ボタンを押してレバーを勢いよく倒す。

 ガシガシと音を立てながら動き出した巨人。

 倉庫の入り口に立っていた間抜けたちはライフルの豆鉄砲を此方に放ちながら逃げていった。

 巨人が一歩進む事に地面が揺れるが。

 コックピッド内は揺れを自動で感知して、連動する様に上下に動いていた。

 本当にこんなのがあればなぁ……八つ当たりに付き合ってもらうぜ!


 限界まで移動速度を上げて突進する。

 すると、遅れて気づいた馬鹿が盾を向けようとしてきた。

 そうするだろうと予測していた俺は、自分の盾を動かして奴の盾に勢いよくぶつけた。

 巨人が大きな手を動かして、これまたデカい盾を動かして。

 思ってもいない外から強い力を与えられればどうなるか。

 答えは、予想外の力に対応できずに――転ぶんだよ。


《うぉ!?》


 バランサーが作動するまでもない。

 戦闘に慣れていない敵は、そのまま機体を揺らして派手な音を立てて横転した。

 一度、強化外装が倒れてしまえば復帰するまでに時間が掛かる。

 マサムネの言っていたメリウスは聞けば聞くほどに魅力的だった。

 絵に描いたようなロボであり、現実の鈍重なこれとは訳が違う。


 俺はそのまま機体を動かして半身をずらした。

 すると、後ろからアイアンロッドを振りかぶった敵はそのまま空振りになって狼狽える。

 バレバレだ。音も無く近づいたつもりでも。

 強化外装の足音は、攻撃した本人よりも敵の方が察知しやすい。

 自らの揺れは軽減できても、他の人間はその揺れを僅かに感じられる。


 俺は大振りの攻撃を仕掛けた間抜けの足をアイアンロッドで払った。

 ごすりと派手な音を立てて、軽く火花が散った。

 そうして、もう一人のパイロットが乗った強化外装もバランスを崩して倒れた。

 巨人が折り重なるように倒れて、二体の巨人は装甲を砕けさせていた。

 パラパラと残骸が舞って、ノイズ交じりの音声でパイロットの悲鳴が聞こえて来た。

 生きているという証拠だけで十分で。

 俺は奇襲により二体を無力化出来た事を認識した。


 ……だけど、敵はまだこれだけじゃない。


 倉庫から別の強化外装が出て来る。

 俺と同じ近接戦闘用の武装を持っていて。

 倒した二体とは違って、アレ等は俺を最初から敵だと認識していた。

 通信も切断されており、情報を盗み取る事は出来ない。

 俺はそれらを見つめながら――ビルの方に体を向ける。


「牽制だけど――ごめんよ!」


 バラバラと音を立てて空を飛ぶ軍用ヘリ。

 サーチライトを向けているという事はあそこにツバキさんたちはいる。

 それを認識して、俺は付けられたバルカンのセーフティを解除して発砲した。


 ギリギリを狙って放たれたそれは。

 ヘリの脇を掠めていった。

 危険を感じたヘリは、彼女たちがいる場所から離れていく。

 そうして、代わりに俺から適切な距離を取りながら。

 俺がいる場所を照らしてきた。


 俺は乾いた笑みを零す。


「これで俺も、立派なテロリストか……後悔はしないけどな!」


 接近してきた強化外装。

 振られたアイアンロッドを後方にジャンプする事で回避。

 地面が派手な音を立てて破片が舞う。

 適度にバランサーを調整しながら、姿勢を制御する。

 システムに任せっきりでは、あそこで倒れている奴らと同じ目に遭う。

 面倒だが、この手の操作は嫌といううほどやって来た。


「呼吸のように、とはいかないけどさ!」


 横から躍り出て来た強化外装。

 盾を構えながら突進してくる。

 捨て身の特攻ではない。

 盾によるタックルであれば、俺事、倒す事が出来るからな。


 

 賢明な判断で――教科書通りの戦い方だ。


 

 俺は機体の姿勢を低くする。

 そうして、盾を構えながら奴の前にヘリを合わせる。

 すると、奴は驚きながらも止まる事の出来ない機体で突貫してきて――ヘリに奴の盾が当たり体勢を崩す。

 

 僅かに姿勢が乱れただけだ。

 本来なら、それだけでは横転しない。

 だけど、目の前の傾斜を地面だと認識したシステムはそこに足をつけてしまう。


 がすりと音が鳴り、盾に奴の大きな足が乗っかって。

 レバーが少しだけ重くなったのを感じた。

 俺はそのまま機体全体の出力を瞬間的に底上げする。

 

「どりゃぁぁぁ!!」


 テーブルクロス引きの要領だ。

 違いがあるとすれば、乗っかったものはすべからく――倒れる。

 

 地面が大きく揺れて、足場が一瞬にして消える。

 そうすれば、システムが誤作動を起こしてしまう。

 奴は片足でふらふらと動きながら、何とか姿勢を維持しようとする。


 だけどさ、それにかまけてたら――敵が見せなくなるだろ。


 俺は姿勢を戻してから、背中の噴射口から噴流を発生させる。

 そうして、一時的にブーストした機体をそのまま奴の体にぶつけた。

 盾越しに奴の機体が大きく凹んだ感触を覚えた。

 奴は派手な音を立てながら、ゴロゴロと転がっていく。


「はぁ、はぁ、はぁ……ぅ!」


 横合いからの攻撃を察知する。

 そうしてロッドを構えながら、敵の攻撃に合わせた。

 すると、すぐそこに迫った奴の武器が俺の武器にかち当たる。

 甲高い音が響いて、バチバチと火花が散った。

 ギリギリでロッドを俺に押し当てながら。

 奴のバルカン砲が動いたのをすぐに察知した。


「させるかよォ!」


 俺はロッドをずらして姿勢を変える。

 そうして、奴の力をそのまま流して。

 遅れて放たれた奴のバルカン砲の弾丸を回避した。

 ちゅんちゅんと音を立てて地面を削り取ったそれ。

 兵士の豆鉄砲とは訳が違う。

 強化外装に取り付けられたものであれば、どれであろうとも脅威だ。


 俺は距離を離しながら、ロッドを静かに構える。

 すると、敵もセンサーを動かしながら盾を構えた。

 互いに敵の攻撃を予測しながら動くしかない。

 それが鈍重なこれを動かす上での戦いで。

 読みが外れる事は、そのまま死へと繋がってしまう。


「はは、やっぱり、きついなぁ……早く、終わらせてくれよ。皆」


 仲間たちの成功を切に願う。

 そうして、複数の敵の気配を感じながら。

 俺は久方ぶりの戦闘に――静かに気持ちを高揚させていった。

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