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【完結】限界まで機動力を高めた結果、敵味方から恐れられている……何で?  作者: うどん
最終章:世界の中心で

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270:たった一つの道を

 多くの書類が積まれた小さな研究室。

 数えるほどの人間しか在籍していない研究所で、男女がロボットの兄妹を見つめる。

 アルタイルはスケッチブックに絵を描いていて。

 俺は専用の椅子に座りながら、家族を見ていた。

 

「……未来から来たねぇ……うーん。まぁマサムネが嘘を言う筈ねぇしなぁ」


 髭面の男、ライアンはふさふさの髭を撫でながら言う。

 目の下に大きなクマを作った細身の修二もぼりぼりと頭を掻きながら首を傾げる。

 コーヒーカップを持ちながら、ごぼごぼとコーヒーを注いでいる赤いヘアバンダナを撒いたカーラ。

 彼女は二人の机にコーヒーが注がれたカップをことりと置く。

 大きな年季の入ったソファーで寝転がっている最年長のジミーは先ほどからごぉごぉといびきを掻いていた。


 三人にも俺が未来から来た事を伝えた。

 根拠となる未来の情報も勿論伝えた。

 伏せるべきところは伏せて、話せる事だけを話してみれば。

 彼らは疑問を抱きながらも、何となく信じてみようと思っている様子だった。

 俺はホッと胸を撫でおろしながら、彼らを見る。


 ライアンは俺の視線に気づいて。

 髭を撫でるのを止めて、パンと手を叩いた。

 そうして、子供のように目をキラキラと輝かせながら質問してくる。


「それでそれで! その仮想現実世界ってのは現実世界とは大差ないのか? あ、後メリウスっていう人型ロボットは強化外装と似てるよな! 構造とか材質。燃料とかは何だ!? それにオーバードって何で出来てるんだよ!?」

「俺も知りたいなぁ。メリウスってのが現実でも作れるのなら作ってみたいし……あ、勿論、戦争の道具じゃないからな! 競技用とか物資運搬用とか……何だよカーラ」

「別にぃ……マサムネぇ。あんまこいつらにロボットとかの話はしない方がいいわよー。ロボオタはめんどうなのよぉ」

「あぁぁ!? ロボオタの何がいけねぇんだよ! ロボットいいじゃん! 格好いいじゃん!」

「そうだそうだ!」

「……はぁ、馬鹿ばっかり……イケメンの新人でも入らないかなぁ」


 カーラはこめかみを引く付かせながらがっくりと肩を落とす。

 修二とライアンは聞かれても無いのにロボへの愛を語っていた。

 俺はそんな三人を懐かしく思いながら笑う。

 と言っても、ロボットの俺には表情を上手く表現する方法は無い。

 ただチカチカとレンズを光らせながら、俺は三人を見つめていた。


 まだ大丈夫だ。この時の皆は、まだ俺たちを化け物のように思っていない。


 三人の様子に安心しながら。

 俺はチラリと時計を見た。

 時刻は午後五時であり、外は茜色に染まっている。

 大蔵研究所に帰って来てから、かれこれ三時間ほど経過していた。

 ツバキは俺たちを此処に残して何処かに行ってしまった。

 何でも、向こうの研究所に話をつけてくると言っていて。

 俺は少しだけ不安に思いながらも大人しく待っていた。


 大丈夫。きっと大丈夫だ。

 ツバキが俺たちに嘘をついた事は一度も無い。

 彼女はやると言ったらやる人間で。

 きっとマザーの中枢へと導いてくれる筈だ。

 俺はそう信じながら待っていた。


 すると、修二はロボへの語りをピタリと止める。

 そうして、少しだけ浮かない表情でツバキの事を話し始めた。


「……でも、主任が俺たちの知らない所で他の研究をしていたなんてな……第二の世界を作るってスケールがデカすぎるだろ」

「……あぁ、まぁそれは仕方ないだろ。だって主任だぜ? 最年少で最難関と言われた大学を首席で卒業して。卒業後は学会で表彰されるような成果を何度も上げてるんだ。本当だったらこんな小さな研究所にいていいような人間じゃないんだぜ? 寧ろ、そういう極秘プロジェクトを進めていたって知って逆に納得したよ」


 修二が疑問を呈すれば、ライアンは納得できたと言う。

 カーラも何度も頷いていて、俺も彼らと同意見だった。

 ツバキは優秀な人間だ。彼女が辞退しなければ、人間国宝にも選ばれていただろう。

 そんな人間が何故、街の小さな研究所に在籍していたのか。

 理由は分からないが、彼女は誰も知らない所で大きなプロジェクトを主導していた。

 彼女の権力があれば、マザーの中枢にいく事も容易い筈だ。


 が、不安はある。それは――ガチャリと扉が開く。


 ライアンと修二は慌てた様子で椅子から立ち上がる。

 そうして、何故か軍人のように敬礼していた。

 カーラは片手を上げて、部屋に入って来たツバキを歓迎していた。


「遅かったですね。何かありました?」

「うん、まぁね……取りあえず。二人は敬礼を止めてね」

「イエス・マム!」

「い、イエ……んん! はい」


 ニッコリと微笑みながらツバキは二人を諫める。

 ライアンは軍人の真似をして言葉を発して。

 修二は咳ばらいをしながら顔を赤くして座る。

 くすりと笑いながらツバキは俺の横に立つ。

 そうして、俺の頭を撫でながら残念そうな顔で言う。


「……研究所には入れるけど、中枢への立ち入りは許可できないってさ……ごめんね」

「……それは国からの命令?」

「……うん、そうだね。例え人間じゃなくても入らせるなって命令……知ってると思うけど、アレの情報は既に他国にも渡っててね。利権関係でもめてるの」


 彼女は申し訳なさそうに言う。

 その情報は俺も知っていた。

 マザーの情報は国家機密で、本来であれば他国に渡る事は絶対に無い。

 しかし、何処からか情報が洩れてアラルカやソビラトが一枚かませる様に迫っているのが現状だ。

 日本は中立国家であり、核という抑止力すら無い。

 アラルカは日本を守る立場にあり、日本はアラルカから多くの支援を受けている。

 ソビラトに関しても、日本は彼らからバトロイドなどの技術提供を受けていた。

 もしも、二つの国からの要求を拒めば後が怖いのだ。


 ツバキはマザーの開発を主導している。

 しかし、国家権力には敵わない。

 最早、マザーは日本だけのものではない。

 アラルカやソビラトも関わっていて、三つの国は互いに警戒しているのだ。

 誰かが大切なプログラムをかすめ取って行かないように、中枢への立ち入りは禁止されているといったところだろう。

 まぁ侵入出来たところで、あの複雑で緻密なシステムを模倣できるとは微塵も思えない。

 アレは立派な命であり、人間よりも遥かに高次な存在だ。


 

 会えないのなら仕方ない――と、言うと思うだろう。

 


 俺はツバキに手を差し出す。

 そうして、端末を貸すようにお願いした。

 すると、彼女は何をするのかと俺に聞きながらも端末を渡してくれた。

 俺はすぐに分かると言いながら、首からコードを出して端末に繋ぐ。

 そうして、視界に映る情報を数秒で解析してからある人間に連絡を繋いだ。


 ワンコール、ツーコールと鳴って――繋がった。


《はい。沢渡です。何の御用でしょうかツバキ主任》

「ツバキではありません。俺はマサムネです。彼女の端末を借りて連絡しています。文科省の沢渡長官ですね」

《……君は、ツバキ主任の何だね。悪ふざけなら今すぐに》

「マザーの中枢への立ち入りの許可を下さい」

《……彼女から聞いたのか?》


 沢渡長官は低い声で俺を威圧する。

 此処で彼女から聞いたと言えば、彼女に重い罰が与えられるだろう。

 それは俺の望むところではない。

 だからこそ、その質問には答えない。

 その代わりに、彼に対して対価を支払う為に明確なメリットを提示した。


「マザーの中枢への立ち入りを許可してくれれば、此方から幾つかの技術提供を無償で行わせて頂きます」

《何? ふざけたことを……私は忙しんだ。これ以上は……何だ?》


 俺は悪ふざけではない事を伝える為に一つの情報を送った。

 それは未来の世界で作られた生命維持庭園の技術を応用したものだ。

 人体に有毒なガスやウィルスを完全に除去する為の装置。

 既存のエネルギー資源で運用できるそれの技術で。

 これさえあれば、如何なる細菌兵器であろうとも無害化できる。

 元科学者である沢渡友則長官であれば、流し読みであろうとも理解できる筈だ。

 

 暫く、彼は無言で送った情報を見ていたのだろう。

 やがて、小さく息を吐いた彼は笑みを零す。


《……どうやら、見定める必要があるようですね……よろしければ、貴方の時間を頂けませんか? 中枢への立ち入りに関してはその後に》

「分かりました。なるべく早くでお願いします」

《えぇ、勿論です。今日中にツバキ主任に日時と場所をお伝えしますので……お会いできるのを楽しみにしていますよ》

「えぇ、俺もです」


 彼は笑みを浮かべながら通話を切る。

 俺もケーブルを抜いてから、ツバキに端末を返した。

 声が聞こえていないツバキは何をしたのかと俺を見ていた。

 俺はくつくつと笑いながら、すぐに分かる事を伝える。


 これで文科省長官とのコネクトが出来た。

 此方の知識を使って必要な技術に関する情報を渡せばマザーの中枢へも行けるだろう。

 問題なのは、長官との対話で俺が得られるものがあるかどうかだ。

 少なくとも、これからの道のりで最も重要な要素は幾つかある。

 俺の目指す未来の為に必要な事であり、妥協は決して許されない。

 絶対に必要な要素を満たした上で、最悪の日を乗り越えなければいけない。

 その為に歩むべき道は見えていて、間違えなければ最悪の未来は回避できるだろう。


 そう自分に言い聞かせながら、俺は自らの胸を抑える。

 急にうつむいた俺を見てライアンは心配そうに見て来た。

「腹痛か?」と聞いて来たライアンは、カーラに頭を叩かれて。

 綺麗な音を響かせながら、彼は頭を押さえてカーラを恨みがましく見ていた。


 笑っている修二、怒っているライアン。

 けたけたと笑うカーラ、いびきを掻いて寝ているジミー。

 出来上がった俺の絵をツバキに見せるアルタイル。

 そして、そんなアルタイルを褒めるツバキ。

 

 幸せに満ちている。

 不安も絶望も此処には無い。

 ただただ温かく、心が安らぐ空間だった。

 

 

 

 これは過去じゃない――今だ。

 



 俺はこれを知っている。

 そして、道を間違えばどうなるかも理解していた。

 決して同じ過ちは繰り返さない。

 その為に俺は此処に来た。


 もう二度と家族を死なせない。

 もう二度と家族を失いたくない。


 俺は拳を握りながら誓う。

 守る絶対に守って見せる――愛する家族をこの手で。

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