254:蘇る死体たち(side:銀狼)
――戦況は悪くなる一方だ。
既に味方の半数近くは撃墜されただろう。
敵も数を減らしてはいるが、依然、此方の不利は変わらない。
敵の戦闘データは常に上書きされて、此方の動きにも対応しつつある。
アレだけ墜とせていた敵も、少しずつ手強くなってきた。
無人機共がチームを組んで、Sランクの傭兵の相手をする。
単機では勝てない事を悟って知恵を絞って来たのだ。
ブリキ風情が味な真似をするものだ……コマンダーから通信が入る。
敵に傍受されないように暗号化された通信で。
それをAIにより解読させて、俺は音声で伝えるように命令した。
《増援到着まであと十分。それまでに城への攻撃を行え》
「……増援か。それまでに俺で試したいと……Sランクを顎で使うとはな。高くつくぞ」
俺は笑みを浮かべながら、レバーを操作する。
そうして、背後から迫った弾丸を回避しながら。
一気に下へと降下していった。
グングンとスピードを上げれば、コックピッド内がカタカタと揺れて。
シートに体を押し付けられそうになりながら、俺はバイザー越しに見える景色を見ていた。
敵や味方が進路を塞ぎ、それを紙一重で回避して。
砕けた機体の破片が機体に当たってパチパチと音が鳴る。
最小限の動きで、下へと急降下して――一瞬間、レバーを戻す。
限界高度まで機体を下げて。
ギリギリで機体を持ち直して、スラスターを噴かせる。
ぐぅんと体に強いGを感じながら、俺は歯を食いしばってそれに耐えた。
そうして、後ろから迫ってきていた無人機の気配が遠のいていくのを感じて。
俺は一気に邪魔な虫を引き離して城へと移動を始めた。
海面ギリギリを飛行すれば、他の敵に索敵される心配は無い。
無人機であろうともレーダーによる索敵が基本で。
あの城の中に高性能な広域レーダーでも無い限りは、海面ギリギリを飛行する俺には気づけないだろう。
高速で動く俺の機体が通った道には波しぶきが舞って。
背後で大きな波を起こしながら、俺は空に浮遊する城を見上げていた。
土地ごと移動してきたような外観の鋼鉄の城。
大地が空中で浮遊していて、パラパラと残骸が舞っている。
大きな大地の上には鋼鉄で出来たような鈍い光沢を放つ大きな西洋の城が聳え立つ。
あの城が一体何で、どういう目的で建てられたかについて考察する事に意味はない。
そんな事は、いくら考えたとしても分かる筈が無いのだ。
問題なのは、コマンダーが俺だけに依頼を出してきた事で。
十中八九が、あの城の外にある大きなテラスにいる”何か”がこの戦闘の鍵となっているのだろう。
破壊しろという事は人物ではない。
機械か。それとも脅威と成り得る兵器か……恐らくは、楽な仕事ではない。
増援を十分後に寄越すという事は、それを破壊するだけでは決着がつかないのだろう。
もしくは、それ自体の破壊が非常に困難である可能性が高い。
だからこそ、十分後に到着する増援の為にも試しておきたいのだろう。
それが個人による攻撃で破壊可能なのか。
もしくは、破壊する事で殲滅作戦が有利に進むかどうかを……違和感は、常に感じている。
これほどの規模の戦闘だ。
違和感なんて探せば幾らでもあった。
協会の検閲を潜り抜けて出された依頼ではあるが、奇妙な点は幾つもある。
実在する企業の名前によって依頼は出されているが。
その企業の持つ資本で、今回の依頼の金を賄えるのかは些か疑問だ。
調べなければ分からない事ではあるが、その企業は海運業を営む大企業で。
確かに、これだけの傭兵を招集するのであれば、それだけの名のある企業でなければ金は用意できない。
そもそもが、前金として依頼を受ければ即座に依頼金の三十パーセントが口座に振り込まれていた。
三十だけでも相当な額であり、恐らくは他の傭兵にも振り込まれている筈だ。
これだけでも他の傭兵にとっては信頼できる証拠に成り得る……が、それはダミーだ。
依頼金を前払いで出せば信用は出来る。
しかし、前払いで出すと言う事はそれ相応のリスクがある証拠だ。
俺の予想は当たっていて、この戦闘では多くの傭兵が死亡している。
現世人であれば生き返れるだろうが、この世界の人間であればこれで終わりだ。
そんな危険な戦闘において、国による支援も取り付けずに企業自らが金を出して依頼を出した。
最初の違和感はそこであり、考えれば誰であれ変だと思うだろう。
名のある企業であろうとも、金にならない事を奴らがする事は決してない。
多額の金を支払ってまで、やると言う事はそれなりに理由がある。
その理由に関しては分からないが……恐らくは、この企業はダミーの可能性が高い。
海運業による収益と支出の額が見合わない。
明らかというほどではないものの、この企業が出している利益率は高かった。
国に提出している資料には書かれているものの、詳細に関しては誤魔化している箇所が幾つかある。
それも、よく調べなければ分からないような巧みな誤魔化し方で。
これほどの規模の会社の帳簿を偽装できるのであれば、後ろに相当な”組織”或いは”個人”がついている。
企業による利益だけを突き詰めた末の依頼ではない。
大富豪と呼べるような個人による私怨による依頼でも無い。
この依頼は極めて難解であり、損得勘定では分からない依頼だった。
ダミーの企業による依頼である可能性は高い。
しかし、その目的については不透明だ。
何を想ってこのような危険な戦闘が起こる事を予見していたのか。
そして、これほどまでの傭兵を投入する決断を下したのか……考えたって仕方ない事ではあるな。
城の下へと移動する。
そうして、機体を停止させてからスラスターの位置を調整する。
此処からは最短距離で突き進むだけだ。
一気に駆け抜けて、敵の重要な施設を破壊する。
スラスターにエネルギーをチャージしながら、俺は目を細める。
バイザーによる最短距離の経路を見つめて、俺は大きく息を吸う。
そうして、鋭い目で前を見つめて――ペダルを強く踏みつけた。
機体が一気に加速して、強い力により体がシートに押し付けられる。
ガタガタと機体全体が揺れて、風を切り裂く音が響いてくる。
そうして、一瞬にして敵の包囲網を突破した。
意表を突く形で、敵が守りを固めていた場所を突っ切っていく。
相手は咄嗟に対応が出来ずに、俺に対して有効な手を打てていなかった。
俺はそんな間抜けな敵を横目に見ながら更に加速する。
ブーストによって機体が加速して、俺は奥歯を強く噛む。
そうして、大地の表面を撫でるように飛行して。
一気に下の地盤を抜けて、城本体の周りを飛行する。
浮遊する地面を避けながら、横から攻撃を仕掛けて来た敵の弾丸を回転による回避して。
そうして、城の根元から一気に中ほどまで上がり――見えた!
あの特徴的なテラスを視認出来た。
俺は笑みを浮かべながら一気に加速した。
そうして、城を守る敵を振り切る。
流石に数が多い。
全ての攻撃を避ける事は不可能だ。
何発かが機体に被弾して、表面の装甲が爆ぜた。
胸部装甲と肩の装甲に被弾して弾けた。
内部機構は露出していないものの、それなりの被害だ――が、関係ない。
半分近くの敵を撃墜した。
守りを固めていた敵も前線に出払って。
城の守りは確実に手薄になっていた。
これだけの被害ですんだのなら幸運で。
俺は笑みを深めながら――テラスの前を通る。
スローモーションの世界で。
俺は至近距離のテラスを見つめた。
レバーのボタンへと指を当てながら、奥の手として残しておいた脚部に内蔵されたマルチミサイルを起動しようとして――目を見開く。
――そこには、少女がいた。
氷の中にて祈る様に手を組む少女で。
俺は美しいそれを見つめながら、一瞬だけ判断を迷う。
しかし、時間にすればほんの0.01秒以下の時間で。
俺は目を鋭くさせながら、カチリとボタンを押した。
すると、脚部の左右の装甲が展開されて、内蔵された小型ミサイルが勢いよく放たれる。
ロックしたのはその少女だけで、全てのミサイルを容赦なくぶち込む。
例え人の形をしていようとも関係ない。
こんな大規模な戦闘で、不自然な形で存在する人のような何か。
そんなものへと同情したり心配したりする事は不要だ。
明らかな違和がそこにあるのであれば、それは絶対に何かを意図したもので。
破壊しろという命令が正しいのであれば――アレは”人”ではない。
全弾を放ち。
俺は連続して機体をブーストさせながらその場を離れた。
すると、一瞬遅れて閃光が迸る。
全てのミサイルが少女へと着弾して、大きな爆発を起こしていた。
凄まじい威力であり、空間がブルブルと激しく振動している。
俺は衝撃に耐えながら、後頭部のセンサーを使って対象を確認……は?
爆風が、一瞬にして消える。
いや、違う――”吸い込まれて”いった。
氷の中にいた少女は健在だ。
氷を砕くどころか、欠片すら飛び散っていない。
テラスは少しだけ煤汚れているが、ダメージと呼べるものはまるで無い。
何だ、アレは。アレは、一体――ッ!?
強い危機感を抱いた。
頭の中で警鐘が鳴り響いて、俺は咄嗟に機体を動かした。
バーニアを噴かせて横へと回避する。
すると、俺の右腕を巻き込んで赤黒いエネルギーの塊が通過していく。
警報が鳴り響いて、機体内が激しく揺れる。
赤い光に覆われた機体内で舌を鳴らした。
そうして、AIからの損害報告を受けながら俺は無人機に隠れて狙撃した敵を睨む。
煤汚れた外套を纏う灰色の機体。
センサーを妖しく発光させながら、長大なライフルを持っている。
アレはエネルギー弾を放つ武装で。赤黒いエネルギーを使用したと言う事は……厄介だな。
高濃度の”エネルギー汚染”にも耐えられる覚悟を持った敵。
レーザーブレードを失った今。アレと戦うのは危険すぎる。
今自分が出来る事は、あの敵を牽制しながら船まで戻る事だけだ。
悔しいが、万全の状態でなければアレに敵わない事は理解している。
だからこそ、奴が此方の様子を伺っている内に離脱を……何だ?
奴がゆっくりと銃を下ろした。
そうして、何処かへと視線を向ける。
何処を見ているのかと思いながらも、今の内に逃げよとして――黒い粒子が舞う。
一粒一粒が高濃度のエネルギーで。
この戦場一帯が、高濃度のエネルギーで満たされていく。
裸で機体から出れば即死であり、何が起きているのか周囲を索敵した。
すると、海中から無数の機体反応を確認した。
一つ、二つ、三つ……どんどん増えているッ!?
無数のメリウスの反応であり、それら全てが”赤いマーク”で表示されている。
あり得ない。あり得る筈がない。アイツ等は、アイツ等は――死んだ奴らだろッ!
片腕を失くした無人機。
両足を喪失させた無人機。
それだけじゃない。コックピッドを撃ち抜かれた傭兵の機体もいる。
死体だ。死体が蘇って来た。
こんな光景は今まで見たことが無い。
映画で見たゾンビのように、センサーを赤く発光させながらそれらが動き出す。
味方を攻撃して、体当たりのように突っ込んで行く。
オープン回線を通して、傭兵たちの断末魔が聞こえて来た。
理性の消えた獣であり――クソッ!!
俺の方にも何体かが攻めて来た。
それらを回避しながら、俺は船へと戻っていく。
あの外套を纏った機体は、何故か追ってこない。
不気味な敵に、蘇った死体共……この戦いには、違和感しかない。
不穏な戦場の風を感じながら。
俺はたらりと汗を流して呼吸を整える。
そうして、船へと攻撃を仕掛けようとしているゾンビ共を見て強く舌を鳴らした。




