252:戦場の息吹を感じて(side:王殺し)
無数のメリウスを避けていく。
近くで味方が敵の攻撃に被弾して煙を上げながら突っ込んでくる。
バーニアを噴かせてギリギリで回避して、目の前に迫って来たレーザーを回転で避けた。
機体を回転させて敵の狙いをかく乱しながら、前方で爆ぜた敵の残骸を見つめる。
極短時間で至近距離に迫る残骸が肩を掠めて火花が散る。
まるで、宇宙だ。
空を超えた宇宙で戦っているように障害物が多い。
それを細心の注意を払い避けながら、私の隙を伺って攻撃してくる敵。
当たればただでは済まないそれを回避しながら、私も鎌鼬で攻撃を続けた。
奴は器用に回避して、避けられないものは近くの仲間を使って防いでいる。
効率的であり、ムカつくほどにスマートな野郎だった。
爆発音が何度も何度も鳴って空間がびりびりと振動する。
火薬の爆ぜる音だけではなく、メリウスが爆発する音もずっと聞こえてくる。
昔、この世界の映画館で見た戦争映画の効果音そのもので。
乾いた笑いしか出ない状況に嫌気が差しながら、私は迫りくる残骸を回避した。
警告音が鳴りっぱなしであり、耳障りなそれを切りたくて仕方ない。
だけど、そんな余裕は今の私には無い。
意識が一瞬逸れた時。
前を飛ぶ外套を纏う灰色のメリウスのセンサーがキラリと光る。
心から強い警鐘が鳴って咄嗟に横へと逸れる。
すると、横合いから飛び出してきた無人機がチェーンブレードで斬りかかって来た。
甲高い音を奏でながら、防御に入った鎌鼬と衝突して。
激しいスパーク音を奏でながら、そいつの攻撃を防いだ――コントローラーを一気に回す。
機体が激しく回転して、眼前から迫ったエネルギー弾を回避。
直線で飛ぶそれが強い熱により空間を歪めている。
激しい光のそれを横目で見ながら冷や汗を流す。
凄まじいエネルギーのそれは掠めただけでも危険で。
それは肩の破損から容易に分かる。
ズクズクに溶けた右肩は、内部の配線が露出していてスパークを起こしている。
損害自体は軽いかもしれないが、あの攻撃で右腕の出力が確実に落ちていた。
右腕の感度が落ちており、ニードルガンを使うのはあまり現実的じゃない。
左腕は生きているが、奴に接近する事は難しい。
機動力に特化している私の機体でも、奴の機動力には劣るらしい。
非常にムカつく事実であるが、それは認める他ない。
背中のランドセルをパージすれば勝てるかもしれないが。
こいつを捨てるのは自殺行為であり、私のメイン武装が消えてしまう。
それは考えられない行動で、私は舌を鳴らしながら奴を追走する。
黒煙を突っ切って、激しく吹き荒れる風が後ろへと流れていく。
コックピッドがカタカタと音を鳴らしながら揺れて。
私はターゲットサイトを奴に合わせようとする。
奴は機体を回転させて、私の狙いをかく乱させていた。
センサーで捉えられるギリギリの距離では、奴は豆粒ほどしか視認できない。
射程距離はギリギリであるが、遠隔操作による攻撃では精度が落ちる。
もっと近づくことが出来れば当てられるかもしれないが……化け物かよ。
恐ろしいまでの射撃センスだ。
豆粒ほどにしか見えないのはアイツも同じ筈。
それなのに、確実に私を殺そうと正確無比な狙撃を繰り返している。
それもこれだけも障害物が存在する中で。私からの攻撃や他の傭兵からの攻撃を捌いて、だ。
化け物という言葉が相応しいのはあぁいう奴だろう。
見世物小屋で出会ったのなら、札束を渡したっていいくらいの腕で。
そんな奴が私の道を阻んでくるのが、最高にイラつく。
悪運だけは強いと思ったが……悲観しても仕方ないね。
必死に奴を追いながら、ターゲットサイト越しに奴を見つめて――奴の動きが変化した。
奴は逃げ回るのを止めてその場に急停止する。
スラスターを逆噴射して急停止して、ガラ空きの背中を私に向けている。
チャンスだ。何を考えているか分からないが、奴は無防備に背中を晒している。
私は脳波コントロールで、空を舞う鎌鼬を奴へと向かわせる。
全ての逃げ道を塞ぐように四方八方から攻撃させて――奴がその場で回転する。
ばさりと煤汚れた外套がたなびいて、その下にある武装が露わになる。
無数にある小型の放出口に、バチバチとエネルギーがスパークしている。
スローモーションに感じる世界で、私は大きく目を見開いた。
アレは知っている。アレは危険だ。避けなければ確実に殺される。
視覚で認識した瞬間に、体は勝手に動いていた。
前へと進む機体をバーニアによって強制的に右へと進路を変えさせる。
ブーストしていた機体を横へと移動させようとしたのだ。
強烈なGにより体全体の骨が軋み、嫌な音が響いていた。
痛い。痛い痛い痛い――クソ痛ぇんだよッ!!
激痛を胸の辺りから感じて、マスクに口から垂れた血が滲む。
そうして、システムが私の痛覚を感知して投薬をしてきた。
パイロットスーツの首あたりにちくりとした感触がして体内に薬が流し込まれる。
すると、一瞬で痛みは引いていった。
一気に奴から距離を離そうとする。
しかし、奴は既に全身の武装のチャージを終えていて――機体に付けられた放出口からそれは放たれた。
赤黒いエネルギーが細い線となり、奇妙な軌道を描いて蛇のように動く。
普通の兵器では出せない速さで、瞬きの合間にそれが多くの仲間を屠る。
そうして、距離を取った私へと襲い掛って来て――ペダルを一気に踏みつけた。
ブースト――更にブーストだッ!
連続してのブーストによって敵のレーザー兵器を全て回避しようとする。
爆発音が背中から鳴り響いて、音が一瞬にして遠ざかっていく。
私の軌道を予測して襲い来るそれを全て視界に入れながら。
私は激しく揺れるコックピッドの中で眼球を動かし続けた。
右からの攻撃を下へとズレて回避。
左右から挟み込むような攻撃を更なるブーストによって避ける。
上、下、左右、全方位から――汗が噴き出す。
「あああああぁぁぁ!!!!」
強く叫びながら、限界まで機体を操った。
機体が激しく回転して、避けられない攻撃は鎌鼬が刃で弾く。
私の心の昂りを受けてエネルギーは濃度を高めていく。
スラスターから鳴る音は悲鳴のように変わり。
目まぐるしく変わる風景の中で、私は吐き気を覚えるようなエネルギーの”汚染”に耐えた。
残骸を避けて、仲間たちを囮にし。
勢いが弱まり消えていくそれを見つめて私は口角を上げて――”死神の足音”を聞いた。
聞こえた。確かに、聞こえた。
心を凍り付かせる冷たい風を感じて、首に氷のように冷えた刃をて当てられて。
死神の吐息が耳を撫でたような不快な感覚を覚える。
私はゆっくりと左に視線を向けた。
すると、そこには一つだった筈の銃を双銃にした灰色のメリウスが立っていた。
青い単眼センサーを光らせながら、奴は銃口にエネルギーを溜めていて。
私は間抜けにも口を小さく開けながら、奴を見つめていた。
《先ずは――1匹》
「ぁ?」
ノイズが走る中で、奴の声が確かに聞こえた。
若い男の声で。それを聞いた瞬間に視界を強烈な光が包み込む。
機体全体が激しく熱されて、私は耐えがたい苦痛を味わわされた。
切り札の一つが作動して、バチバチという音が破壊音に混じって聞こえてくる。
意識が遠のいていく。久方ぶりの傷であり、私はニヤリと笑う。
私の切り札の一つである”エネルギーフィールド”が作動して大破は免れた。
が、かなりの損傷であり本来であれば此処で詰みだ。
しかし、再びパイロットスーツが機能して投薬が開始される。
まるで、まだ戦えるだろうと言わんばかりで――”初めて使う”のは、お前だ。光栄に思えよクソ野郎。
ひらひらと落ちていく私の機体。
奴は油断しきっていて視線を此方から外していた。
そうして、何処かへ行こうとして――血の花を咲かせろ、鎌鼬。
私の命令によって、空を飛ぶ全ての鎌鼬が奴へと殺到する。
奴は離れて行こうとしたが、その接近に気づいて迎撃に当たる。
軽やかな動きでそれらをギリギリ避けながら、接近したそれらを撃ち落そうとして――大きく爆ぜた。
《……っ!》
「はは、言い様だ」
意表をついてやった。
エネルギーを限界以上に放出する事によって暴走させた。
そして、中で詰まったそれらが激しく膨張する。
行き場を失ったエネルギーを利用して特殊兵装を即席のエネルギー爆弾にした。
普段なら絶対にしない。アレ一基を作るのにも莫大な金が掛る……高くつくぞ色男。
爆風から飛び出した灰色のメリウス。
しかし、煤汚れただけで傷らしきものは無い。
頭部が少しだけ傷ついているだけで、損壊状況は小破にも至っていないだろう。
あの外套のお陰であり、何もかも計算尽くかと思った。
だが、それでいい。今のはただの嫌がらせだ。
私はゆっくりと息を吸って――音声コマンドを入力した。
「Aigis起動」
《音声コマンド認識。Aigisを展開します》
私の命令を受けて、残された鎌鼬が飛び出し背中の大きなランドセルからガシャリと音がした。
そうして、ギミックが作動して私の機体に展開されたそれらが各部に取り付けられた。
やせ細った機体に肉がつき、接続されたそれへとエネルギーを流し込んでいく。
出力値のパラメーターが一気に復活して、赤黒いエネルギーが追加されたスラスターから放出される。
美しい赤の粒子が舞って、私の周りを彩っていく。
そうして、第二形態に変わった私は奴を見ながら私は残された一基を変形させて腕に取り付けた。
装甲が展開されて伸びたそれから薄いレーザーの膜が伸びる。
高速で回転するそれを奴へと向けながら、私は好戦的な笑みを向けた。
「さぁ第二ラウンドだ――最期まで踊ってくれよ色男」
《……》
奴は何も言わない。
しかし、最初から返事何て求めていない。
私は一気にスラスターを噴かせて奴へと接近する。
一瞬で目の前に移動した私を見て、奴が驚いているのが伝わって来た。
それに気分を良くしながら、私は腕の武装で斬りかかる。
奴は膝で私の機体を叩いてきて、がくりと機体が揺れて体勢が崩れた。
その一瞬の隙をついて、奴は半身を逸らして攻撃を回避した。
上空へと飛び上がり、双銃を私へと向けて放つ。
ほぼゼロ距離のそれが迫るのを感じながら――私は一瞬でそれを回避する。
《――ッ!》
瞬きよりも速く。
私は爆発的な加速力を武器に戦場を舞う。
爆発音を連続で響かせながら、殺人的なブーストにより機体を動かして奴の背後を簡単に取る。
薬が無ければ全身が激痛に襲われて絶命していただろう。
薬が持つのは五分ほどであり、それまでに決着を付けなければ私の負けだ。
背後からの攻撃を奴は、ブーストによって回避した。
そうして、再びばさりと外套をたなびかせて――させるかよッ!
奴の攻撃を察知して、私は奴の目の前に移動する。
グゥンと距離を一気に詰めて奴に斬りかかる。
奴は私の腕を掴んで何とか攻撃を防いだ。
そうして、そのまま攻撃を仕掛けようとした奴の腹に――私は”右手”のニードルガンをぶち込む。
――喰らっとけやッ!!
炸薬が爆ぜて、至近距離で針のような弾丸をぶち込む。
回避は不可能。真っすぐに飛んでいき、奴の腹に触れた。
油断していた。右手を使わないから、使用できないと勝手に思い込んでいた。
その意表をついて攻撃を浴びせてやった。
奴の機体は大きく後退する。
パラパラと奴の装甲の残骸が舞って、奴の範囲兵器は機能を停止した。
被弾した。しかし――”完全には”決まっていない。
恐ろしいな。恐ろしいほどの反応速度で、奴は機体をずらして直撃を回避してみせた。
見える筈が無かった攻撃を本能で避けて見せたというのか……最高にイカれてるね。
センサーを点滅させる奴を見ながら、私はニッと笑って腕を振り上げる。
そうして、奴に止めをさそうとした。
これで終い――ッ!?
背後から強い気配を感じた。
思わず攻撃を中断してその場から離れる。
すると、背後にある城から凄まじい勢いでエネルギーの塊が放出された。
黒いエネルギーは敵味方関係なく全てを消し去る。
迫りくるそれ。限界までスラスターを稼働させて攻撃範囲から逃れようとする。
ドク、ドク、ドク、ドクドクドクドク――心臓の鼓動が煩い。
一分、一秒。いや、一瞬だ。
その時間の間に、これまでの人生が走馬灯のように脳内を駆け巡る。
クソのような人生に感動できる筈も無いのに、永遠のように流れて――機体が激しく揺れた。
「あああぁぁぁぁ!!!」
漆黒よりも暗いエネルギーの奔流。
限界を超えた機動により、寸での所で逃れた。
しかし、右腕が巻き込まれて私は恐怖から叫び声をあげた。
その砲撃により完璧に回避できなかった私は右腕を消し飛ばされた。
激しくコックピッド内が揺れて、私は歯を食いしばった。
けたましいほどの音量で警報が鳴り響いて、計器がイカれてスパークを起こす。
一瞬にして多くのメリウスを吹き飛ばしたそれが静かに消えていく。
まるで、そこには最初から何も無かったように”綺麗な通り道”が出来ていた。
煩かった戦場は一瞬だけ静かになる。
私は忘れていた呼吸を再開して、吐き気を抑えながら掠れるような弱弱しい呼吸を繰り返した。
恐ろしいほどの威力。あの一発で、何体のメリウスが死んだ?
分からない。全く分からない。
出鱈目な程に――奴らは”理不尽”そのものだ。
バクバクと高鳴る心臓を落ち着かせながら、顔中から汗を噴きださせる。
流石の私もアレには肝を冷やした。
呼吸を整えながら、私はハッとなって周りを見る。
私はまさかと思って――奴がいたであろう場所を見た。
すると、奴はその場から消えている。
レーダーを使ったとしても混戦状態の中では意味が無い。
奴は私が切り札を使った事で姿を隠したのだろう。
いや、切り札を使わせた上で自分を殺させようとして……アレで私を消すつもりだったのか。
私のように奴自身も切り札を隠していたのだろう。
その切り札はアレであり、まだほかにも隠している可能性が高い。
恐らくは、初見でこの装備が短期決戦用のものだと理解していた。
無理に殺せずとも、深手を負わせれば戦線に復帰するまでに時間が……クソ、頭の回る奴だ。
あぁ、その通りだよ。
この状態で戦闘は続けられない。
私じゃなくても自殺行為であり、私はすぐに動いていた。
残ったエネルギーを全てスラスターに回して戦線を離脱する。
今は此処までであり……復帰したら、次は絶対に奴を殺す。
エネルギー残量は少ない。
三十パーセントを既に切っていて。
機体も半分削られていて、とてもじゃないが戦えない。
あのクソ野郎と戦って始末できたのなら気分が良かった。
しかし、逃げられたのなら追う事は出来ない。
私は別に奴を殺す為にこの依頼を受けた訳じゃない。
私情を挟むな。敵を殺していけばいいだけだ。
……偶然再戦できたのなら、確実に殺すけどね。
冷静になりながら、私は機体を操作する。
時折、飛んでいる敵が私に襲い掛って来る。
しかし、回避に専念できるからこそヘマをする事は無い。
悠々と敵の攻撃を回避して、私は船へと帰還していった。
そうして、耳障りな音が鳴り響いている戦場を後にする。
チカチカと閃光が迸り、時折、オープン回線を繋いでいた雑魚の悲鳴が聞こえる。
一般人であれば吐き気を覚えるような光景も――この世界の”泥”に嵌ってしまった私にとっては何も思えなかった。




