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【完結】限界まで機動力を高めた結果、敵味方から恐れられている……何で?  作者: うどん
第六章:光を超えて

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249:希望の未来と絶望の過去

 

 


 暗い、暗い――深い、深い。



 

 何も見えない――何も感じない。



 

 底の見えない穴の中か。

 それとも、何も存在しない虚無か。

 呼吸も出来ない空間で、俺はただ浮かんでいた。


 手足の感覚は全く無い。

 体というものすら無くなってしまったような奇妙な体験。

 ただそこにいる事だけを自覚して、俺は何も出来ずにいた。


 何が起きた。

 何があった。

 いや、理解している。俺は――死んだ。


 大渦の中へと引き込まれて、激しい流れによって体をズタズタに引き裂かれた。

 息苦しさを感じたのは一瞬で、次の瞬間には激しい痛みに襲われた。

 四肢を強い力で引きちぎられて、視界が自分の血の色に染まり。

 臓物をぶちまけながら、俺は苦痛の中で絶命した。


 意識を取り戻した時には、この空間にいた。

 生き返れるかは賭けだった。

 現世人ですら無い俺が死ねばどうなるか。

 一度目は生き返れても、次は無いものだと思っていた。

 だからこそ、死ぬという結果を避けながら生きて来た。


 あの時は、それ以外に道が無かっただけだ。

 ファストトラベルは使えない。戦線を離脱する事も不可能で。

 奇跡が起きて、雷切が俺を生かしてくれた。

 奴の攻撃を自らに集中させて、俺だけを逃がして……また、俺は大切なものを失った。


 俺は何も守れない。

 何時も、何時も……手から零れ落ちていく。


 オリアナも、マクラーゲンさんも、マイルス社長も。

 雷切も、紫電も、ショーコさんも……そして、ゴウリキマルさんも。


 俺は失ってばかりだ。

 守ると誓った人ですら守る事が出来なかった。

 不甲斐ない、情けない。

 ダメな男で、哀れとしか言いようがない……でも、足を止めたくない。


 失ったものばかりを数えるのは止めた。

 ゴウリキマルさんは最期の最期まで、俺の身を案じてくれた。

 他の人たちも、俺の未来を信じてくれていた。


 

 だから、俺は進む――彼らが託してくれた想いを胸に”未来”へと。


 

 何も感じなかった心に”火”が灯る。

 ドク、ドク、ドクと心臓が鼓動を始めて。

 全身に血が駆け巡り、手足の感覚が戻って来た。

 ただ浮いていた俺は、ギュッと拳を握りしめる。

 そうして、この空間に俺を閉じ込めている壁へと拳を叩きつけた。


 何度も、何度も、何度も壁を殴りつける。

 ひりひりと拳が痛みを発する。

 それでも止める事無く、俺は勢いのままに拳を叩きつけた。

 何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も――殴りつける。

 

 やがて、空間に小さな亀裂が走る。

 ガラスに罅が入る様にぴしりと音が聞こえて。

 俺はその亀裂に向かって拳を叩きつけた。

 歯を強く噛みしめながら、振り上げた拳を叩きつける。

 すると、亀裂が広がっていく。


 徐々に、徐々に広がっていく亀裂。

 俺はそれを見つめながら、全身の力を込めて拳を固く握りしめた。

 そうして、勢いのままに振りかぶって――空間が割れた。


 何かが砕ける音が響いて、目の前の壁が消えていく。

 そうして、視界に光が広がっていって。

 俺は片手で視界を覆いながら、光の先を見つめて――




「……此処は?」



 

 光が一瞬にして消えた。

 チカチカとする視界の中で、俺は周りを見る。

 座布団らしきのものの上で座っている俺。

 四畳半ほどの狭い部屋は見覚えがあり……俺の部屋か?


 憶えている。

 現実世界へと戻った時に、俺がいた部屋だ。

 古めかしい畳に、小さなちゃぶ台が一つ。

 電源がついていないパソコンが置かれていて、近くには情報電子変換装置がある。

 鍵穴がついた扉と……何で、此処に?


 訳が分からなかった。

 死んで生き返るのであれば、仮想世界の何処かで。

 病室のベットか、あの世界での自室くらいだろう。

 それなのに、俺が生き返った場所は現実世界と思い込んでいた世界の自室で……行かなければ。


 ゆっくりと座布団から立ち上がる。

 今、こうしている間にも仲間たちは戦っている筈だ。

 オーバードを手にした告死天使は無敵であり、誰であろうとも敵わない。

 俺が行ったとしても戦局は変わらないかもしれない。

 でも、此処でジッとしてなんていられない。

 俺も仲間の元へと向かって、彼らを助けなければ。


 俺はすぐに置かれている情報電子変換装置に手を伸ばして――カサリと音がした。


 紙が擦れる音であり、俺はゆっくりと視線を向けた。

 何も無かった筈のちゃぶ台の上には、一枚の”手紙”が置かれている。

 何故、手紙がそこに置いてあるのか。

 疑問に思いながらも、俺は気になってその手紙を手に取った。

 ゆっくりと顔の前に掲げながら、その封蝋を見れば――これは……。


「……マクラーゲンさんの刻印だ……そうか。これはあの時受け取った……でも、何で勝手に……」


 この手紙は、俺が公国の首都へと向かう時に、マクラーゲンさんから貰った手紙だ。

 今の今まで存在を忘れていて、ずっと異空間に仕舞っていた筈のそれ。

 何故、勝手にそれが出てきてちゃぶ台に置かれていたのか。

 それは考えても分からないが……俺の心が、これを開けと言っている。


 何故だかは分からない。

 しかし、この瞬間を待っていたように感じる。

 今こそ手紙を開けと、俺の心が全力で叫んでいた。


 俺は手紙をジッと見つめながら、指を動かして封を切る。

 そうして、中から手紙を出そうとして――手紙が光となる。


 パラパラと粒子となり、宙を舞うそれが一か所に集まっていく。

 光の欠片が一か所に集中していって、形を成していった。

 俺はそれをジッと見つめていた。


 やがて、粒子は人の形となる。

 そうして、完全に光が消えた時に――狐の面をつけた男が立っていた。


 深い蒼色のスーツを着て、黒いネクタイを締める男。

 和風な白い狐の面をつける男は、ゆっくりと視線を俺に向ける。

 そうして、しわがれた声で和やかに話しかけて来る。


「……ようやく、会えましたね。マサムネさん……この日を、ずっと待っていました」

「……貴方は、ゴースト・ラインの……何故、マクラーゲンさんの手紙から?」

「……話しましょう。全てを。時間は沢山あります。貴方が理解できるまで、私は傍にいる事を約束します」

「……分かりました」


 優し気な声の彼を信じる訳ではない。

 しかし、マクラーゲンさんがこれを仕向けたのなら、話を聞くくらいは問題ない。

 いや、話しを聞かなければいけない気がした。

 だからこそ、俺は彼の対面に座りながら、ジッと彼を見つめる。

 彼はゆっくりと対面に敷かれた座布団の上に座る。

 姿勢を正しながら、彼は俺をジッと見つめて来た。


「……先ずは、手紙について……私は身分を偽り、アリア・マクラーゲン中佐と接触しました。私の知る未来の情報。それを伝えた上で、彼女と取引をしました。それは、未来の情報と引き換えに、この手紙をマサムネさんに渡して欲しいというものです」

「……何で、先に未来の情報を? それでは取引にならないでしょう」

「いえ、なります。彼女に伝えた情報は、”記憶処理”により失われます。彼女は失われる情報を、何としても残したいからこそ取引に応じてくれました」

「……でも、彼女は貴方の事については何も」

「えぇ、そうですね……マクラーゲン中佐は幸運な事にイレギュラーに覚醒していました。それを私は利用して、彼女自身がその未来を見たという事で記憶を上書きしました。手紙を渡すという制約も、私が彼女に植え付けたものです。だからこそ、彼女は私と接触したという事実は憶えていません……ですが、彼女は何らかの方法で記憶処理を知っていたのでしょう。その上で、部下を切り捨てる決意をした……見事としか言いようがありません」


 彼は語る。

 未来の情報とは、首都への攻撃や……下手をすれば今この瞬間の事だろう。


 マクラ-ゲン中佐は、イサビリ中尉の事も知っていた。

 記憶処理により失われた記憶も、彼女は保持していて。

 その上で部下を切り捨てて、未来を守る事を決断した。

 全てはこの瞬間の為であり、彼女を責める事は俺には出来ない。


「……何故、貴方は俺の前に姿を現そうと思ったんですか……貴方には何のメリットも無いでしょう」

「……いえ、ありますよ……マサムネさん。私は貴方の為だけに、人生を費やしてきました……私だけではありません。多くの命が、貴方の為に人生を捧げて来た。全てはこの瞬間の為に――貴方をオーバードへと導く為に」

「……ッ! オーバードは、祠は、告死天使に破壊されたんじゃ」


 俺は驚いた。

 彼らが俺の為だけに人生を捧げて来たという事実。

 勿論、それにも驚いた。しかし、それ以上にオーバードがまだ残っている事実に驚いた。

 祠は一つで、神殿が消えた今。

 オーバードへと繋がるモノは、何一つ残さていないと思っていた。


 しかし、彼はまだ存在すると言う。


 俺は驚きを露わにしながら、彼に問いを投げた。

 すると、彼は静かに頷く。

 そうして、ゆっくりとポケットから一つの古びた鍵を取り出した。


「……守り人が守って来た鍵です……これを貴方に託します」

「……何で、貴方は……いや、貴方たちは俺の為に此処まで?」


 俺は不思議に思って聞いた。

 特殊な過去があったとしても、俺はこの世界ではただの人間擬きで。

 そんな俺に対して、何故、彼らは此処まで手を焼いてくれるのか。

 俺がそんな疑問を彼に話せば、彼は静かに頷く。

 そうして、ゆっくりと手を動かしてお面に触れた。



 

「……貴方は我々の希望……全ての争いを終わらせ。平和の世を築くための鍵……私の体にも、”彼女の血”が流れています」

「――」



 

 ゆっくりと、彼が狐の面を取る。

 

 しわくちゃな顔で、老人の顔だった。

 

 しかし、その瞳は憶えている。

 

 真っすぐで綺麗な黒い瞳で、誰よりも優しかった”母”の瞳で……理解した。



 

 彼らが人生を費やしてまで、守って来たもの。

 彼らが何よりも優先して、この瞬間を待っていた事実。

 


 

 母の面影を感じる瞳に、彼の言葉から見える優しさ――そこにいるんだね、”ツバキ”。


 


 俺はひどく懐かしさを覚えながら、彼らの想いを受け取る為に手を伸ばした。

 そうして、受け取った鍵を手に握りしめる。

 すると、ポケットから強い熱を感じた。

 ゆっくりと空いた手でポケットをまさぐり、鍵を取り出した。

 古い小さな鍵と、オーバードの鍵が互いに共鳴していた。

 俺はそれをゆっくりと近づけて――強い閃光が迸った。


 

 一瞬の光であり、すぐに収まったそこには――ひとつの鍵が手に置かれていた。


 

 心臓の鼓動のように、青色のラインが鼓動している。

 それを手にした瞬間に、自分が何をすべきかを理解した。

 俺はゆっくりと立ち上がる。

 そうして、鍵を持ちながら、不思議な戸の前に立つ。


 

 思っていた。感じていた――確かな疑問を。


 

 何故、鍵が内側につけられているのか。

 不思議な光景であったが、今の今まで気にしていなかった。

 しかし、此処に来てようやく理解した。

 これは”道”だった。オーバードへと続く道への――”扉”だった。


 鍵をしっかりと握る。

 そうして、激しく鼓動するそれを鍵穴へと差し込んだ。

 奥へと差し込み、ガチャリと回す。

 そうして、扉のロックが解除されて――ゆっくりと扉が消えていく。


 いや、扉だけじゃない。

 部屋全体が粒子となって消えていった。

 それを静かに見つめながら、俺は扉が消えた空間の先を見つめる。

 

 そこには何かがある。

 真っ白な空間の中に、確かな存在感を放つ”ナニカ”があった。

 圧倒的なまでの威圧感を放ちながら。

 全てを拒絶するようなオーラを纏う何かが鎮座している。

 姿はぼやけていてよく見えない。

 しかし、メリウスのような形状をしているそれは――オーバードだ。


「……姿を完全に捉えられないでしょう……貴方は、まだ資格が無い……自らとの戦いで、証明してください」

「……何を――!」


 彼が意味不明な事を言う。

 思わず聞き返せば、体から強い熱を感じた。

 

 

 熱い、熱い、熱い熱い熱い熱い熱い――何かが出るッ!!


 

 体の奥底に眠る何かが這いあがり。

 外へと飛び出して、形を成していった。

 粒子となったそれは人の形を成していき――自分と瓜二つの顔がそこにあった。


 手を開け閉めしながら、何かを確認している自分。

 気だるげであった表情は喜色に染まり、くつくつと笑っている。

 俺はそんな自分を見つめながら、理解してしまった。



 

 こいつは間違いなく自分だ。

 自分であり、”鉄の王”と呼ばれた――恐怖の象徴だった。



 

「ようやく、出られた……言わずとも、理解している。戦うのだろう――ようやく、お前を殺せるッ!!」




 鉄の王は、ゆっくり頭上に手を掲げた。

 すると、黒いエネルギーが迸り。

 奴の体を包み込んだ。

 それは大きな人型へと変貌し――”漆黒の雷切”が出現した。


 全てを飲み込むブラックフォールのように。

 黒く淀んだ色のそれが浮遊している。

 赤くセンサーを光らせながら、身が竦むような殺気を全身から放っていた。

 奴は両手を広げながら、掛かって来いと俺に示す。


 チラリと彼を見れば、静かに頷いている。

 助けは此処までであり、此処からは己の力で切り抜けなければならない。

 ゆっくりと片手を上げて、今は亡き相棒の姿を思い浮かべる。

 すると、温かな白いエネルギーが俺の体を包み込んで――相棒の姿がそこに顕現した。


 慣れ親しんだ雷切のコックピッド。

 俺は再び会えたことを喜ぶ。

 しかし、これは俺のイメージでしかない。

 声は聞こえない。彼の鼓動は感じられない。



 

 だが、彼はそこにいる――それで十分だ。



 

「戦おう。力を貸してくれ――雷切ッ!!」

《ははは!! 魂の一欠片も残さず――死んで行けッ!!》


 


 互いに声を発しながら、突っ込んで行く。

 手には、プロミネンスバスターを持ち。

 エネルギーをチャージしながら進んで――装甲を掠めていく。


 ギリギリで回避して、宙を舞う。

 鉄の王は俺に対して濃厚な殺気を向けて。

 俺はただ静かに相手を見つめながら、勝機を伺う。


 決着の時だ。

 俺は過去の俺と戦って――乗り越えて見せる。

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