242:全てを無に帰す存在(side:ファースト)
機体の整備がようやく完了した。
中へと乗り込みながら、私はシステムのチェックを始める。
常に戦闘に出ている彼らと通信を繋ぎながら、状況を整理していく。
敵との交戦を開始して、既に三十分は経過している。
エネルギーの残量は問題ないが、手練れを相手に彼らが何処まで持ちこたえられるか。
無人機も可能な限りは戦線に投入したが、大した時間稼ぎにもならないだろう。
せめて、私が戦線に復帰できるまでの時間稼ぎになればいい。
彼らには悪いが、そこまでの期待はしていない。
彼ら自身もそれは理解していただろう。
私が彼らの何を見込んで連れて来たのか。
それは彼ら一人一人が傭兵として、己の立場を理解している事だ。
自分の役割や任務を理解して、それに適した動きをする。
魔神との戦闘を映像で見ていたが、アレは見事だった。
勝てない相手に対して、己が出来る事をすぐに理解して動いていた。
普通の傭兵であれば功を焦るか取り乱す所だが……信じよう。
敵として恨んでいるであろう私の要請にも応じたのだ。
彼らは私情で動くような間抜けではない。
今回はそれに期待して、戦場を任せていた。
最悪の場合、マサムネ君が神殿に行くまで持ちこたえてくれればいいが……間に合わないかもしれない。
シナリオによればギリギリであった筈だ。
この会場で双方が出くわして、交戦に入る筈だった。
告死天使も出て来る予定だったが、未来が変わっていた。
告死天使は先について神殿へと侵入している。
そうして、我々はマサムネ君を妨害をしていた奴の仲間の相手をする事になってしまった。
狂っている。信じられない事だが、シナリオに明確な綻びが生まれ始めた。
それは恐らくは、マサムネ君がセカンドを救いに行ったことが起点となっている。
彼女の運命は、告死天使により殺されるものだった。
それは間違っていない。未来通りで、違いがあるとすればその状況だ。
本来の流れでは、マサムネ君が助けに来る事は無かった。
セカンドが死んだ後に、彼女が戦死した事をニュースで知る。
そうして、先に東源国へと行った彼は予定通りに潜水艇に乗り込んで神殿を目指す。
本来の時間軸で言えば、これで告死天使と相対する筈だった。
だが、彼は何らかの方法を使う事によって未来を――”運命”を変えた。
時間稼ぎをする為に告死天使と戦ったセカンドは一人で死に。
ゴウリキマルもひっそりと殺されて、彼はそれを潜水艇の内部で知る。
強い怒りを原動力に、彼は告死天使を倒す事だけを考えて。
彼の内に眠る怪物を呼び覚まし、私も加わる事によって敵を倒せる筈だった。
私はそんな彼を――背後から奇襲する筈だった。
仲間として一時的に加わる事で油断した彼を殺す計画で。
告死天使を倒した後に、我々にとって明確な敵となるのは彼だけだった。
オーバードを扱える可能性があるのは、世界で二人だけで。
告死天使とマサムネ君さえ消えてくれれば、世界を闇に染める者はいなくなる。
そうして、私の役目は終わり、私は彼が乗って来た潜水艇を強奪してからオーバードの元へと行く計画だった。
鍵が無くとも関係ない。ボスがいれば、どうとでもなるだろうさ。
守り人の事は知っていた。
私には黙っていたが、長い間調べれば分かった事だ。
何故、私に隠していたのかは理解している。
組織の中で、私が最もオーバードを欲していたからな。
ボスは私の欲望を恐れて、秘密にしていたのだろう。
まぁ面と向かって話した時に、私は全てを話したが。
腹の探り合いは苦手だ。
だからこそ、私は彼の願いを叶える代わりに要求した。
二人を始末する事が出来れば、私にオーバードを渡すようにと。
彼は意外にもアッサリと承諾してくれたが……まさか、こうなる事が分かっていたのか?
シナリオは完璧な筈だ。
しかし、彼の力で運命が大きく変わった。
綻びは広がっていって、取り返しのつかない事態になっている。
私の考えが正しければ、オーバードは既に……やるしかないがね。
どんな結果になろうとも、私は行動し続ける。
彼らを裏切って後味の悪い事になっていた未来よりはマシだ。
シンプルな事が私は好きだ。勝てばいい。
オーバードがどれほどのモノかは分からない。
だが、この世で生まれたものであるのなら、つけ入る隙はある筈だ。
「障害は全て――叩き潰す」
《戦闘システム、起動します》
ディスプレイに周りの景色が映る。
そうして、巨大な輸送機のハッチが開いていく。
私は射出台へと足を置き固定させた。
強く風が吹き荒び、眼前に映った空はところどころ黒ずんでいた。
戦闘は今も尚続いている。それは彼らが生きている証明だ。
私はにやりと笑ってから、機体を発射させた。
シートに体を押し付けながら、一気に外へと出た。
私が来たんだ。もう奴らの好きにはさせない。
一度は勝った相手だが、油断はしないさ。
全力で――叩き潰すッ!
スラスターを点火して下へと降りていく。
そうして、敵をサーチしようとして――大きく目を見開く。
「……何だ。アレは……」
静かだった。
先ほどまで響いていた音が、全て消えていた。
無数の無人機も、敵も味方もごっそり消えている。
その中心には、見たことも無い機体が浮遊していた。
真っ白な機体。
黄金のラインが引かれたその機体は美しい。
無駄がなく、穢れの無い純白の機体で。
空中に浮遊しながら、その機体は片手でメリウスを掴んでいた。
手足をもぎ取られてダルマにされて。
ボトボトと血のように黒いオイルを零しながら。
我々が開発したメリウス――海鳥は破壊されていた。
全て破壊されて、残骸が海に浮かんでいた。
いや、味方だけじゃない。
一機のメリウスを残して、他の機体は破壊されていた。
彼らが仕留めた訳では無いだろう。奴は、仲間を自らの手で……っ。
冷静に距離を取りながら、私はすぐにサーチをした。
周囲一帯を索敵して、暫く待つ。
生体反応は……生きているな。
殺すつもりは無いのか。
いや、殺す価値も無いと判断したのか。
奴はゆっくりと手に握ったそれを落とす。
センサーから光を失ったそれは勢いよく海面に衝突する。
私は片手間で、フォーに指示を出した。
墜落した彼らを救出し――すぐに此処から離れるようにと。
勝てない。勝てる筈がない。
相対した瞬間に理解した。
アレはメリウスではない――”神”だ。
理不尽なまでの力、支配者としての風格。
そこにいるだけで、敵の戦意を削ぐような威圧感。
どれだけ自信があろうとも、どれだけ優れた機体を持っていようとも関係ない。
土俵が違う。アレは別次元の代物であり、戦うこと自体が間違いだと分かる。
――どうする。一旦逃げるか。いや、逃がしてくれるのか?
その場に浮遊しながら、それはセンサーを虚空に向けていた。
此方にまるで興味が無い。
戦う意思が無いのなら、無理に戦う必要は無い。
一時的に退却してから、対策を講じて――ッ!!
瞬間、凄まじい危機感を抱いた。
殺される。何故だかそう思った。
考えていない。本能で機体を一気に動かした。
すると、先ほどまでいた場所に何かが撃ち込まれていた。
整備したばかりの鉄塊。無傷の状態から、この機体の装甲を貫いた。
ごっそりと右半分が削られて、私はだらだらと汗を流した。
何処から攻撃をした。
いや、攻撃のモーションが無かった。
何が起きた。何をされた。
理解できない。何も分からない。
私の目には、何も見えていなかった。
未来視も発動していない。
今のは勘で避けただけだ。
運が良かっただけだ――次は無い。
殺される。確実に殺される。
自分の運命を理解した。
理解した瞬間に、体が大きく震え始めた。
この私が、恐怖を感じている。
多くの戦場を渡り歩き、数々の強敵を拳で粉砕してきたこの私がだ――ふざけやがってッ!!
私は自らに強い怒りを感じた。
不甲斐ない。情けない。惨めだ。
勝てないからどうした。負けると分かっていて動かないのか。
違うだろう。私はそこまでの腰抜けではない。
死ぬと分かっていても、最期まで戦う。
骨が砕けようとも、頭だけにされようとも。
自分の持つ武器を使って、戦い抜くのだろう。
私は己を鼓舞して震えを誤魔化した。
強く叫びながら、私は敵へと向かって行く。
自らの機体の手を見つめるそれは隙だらけで。
私は渾身の右ストレートを奴の頭部に向かって叩きつけた。
ギミックも発動させて、威力は十分にあった。
普通のメリウスであれば、粉々になるほどの衝撃で。
インパクトの瞬間に空気が激しく揺れた。
ビリビリとレバーが震えて確かな手応えを感じて――私は大きく目を見開いた。
効いていない。否、動いてすらいない。
衝撃も伝わっていないのか。自分の手を見たまま固まっている。
薄い膜に阻まれているように、私の拳だけが震えていた。
奴は此方を脅威とすら認識していない。
反則だ。こんなものが存在する筈がない。
ダメージが与えられない事は理解していた。
しかし、全くと言っていいほど衝撃が伝わっていないのだ。
あり得るのか。現行の兵器の中で、衝撃を完全に殺すシールドが存在するのか。
無い。ある筈がない。
が、目の前の神はそれを意図も容易く実行していた。
いや、自覚すらしていない。無意識の中で、己を守っていた。
次元が違い過ぎる。
異質なほどに、目の前の敵は――完成されていた。
「あああぁぁぁぁ!!!!」
私は強い恐怖を抱いた。
そうして、出鱈目な攻撃を相手に仕掛けた。
連続して拳を放つ。残像すら見えるほどの速さで。
何度も何度も叩き込んでいく。
その度に空気が振動して、衝撃が手に伝わって来た。
動け、動け、動け動け動け動け動け――動いてくれ。
一ミリでもいい。ほんの少しでもいい。
出なければ、私の心は折れてしまう。
これほどの力を前にして、対策など考えられる筈がない。
ヴィジョンがまるで見えないのだ。いや、戦おうと思う事すら出来なくなる。
それはダメだ。何の為に、我々が此処まで来た。
どれだけの屍を積み重ねて、此処に立っていると思っている。
ほんの一瞬にも満たない時間で。
積み上げて来たものを崩させはしない。
どんなに理不尽で圧倒的であろうとも、私は、私は――ッ!!
奴がゆっくりと此方を見る。
青白く発光するセンサーが私を見つめて――私はレバーから手を離した。
体を掻き抱きながら、必死になって震えを消そうとする。
まるで、肉食獣を前にした小動物のように、私は無力だった。
奴はそんな私を一瞥してから、興味を失ったかのようにゆっくりと上空に飛んだ。
私は震えながら、奴を見た。
何を見ているのか。何を待っているのか。
その場に浮遊しながら、それは時を待っている。
まるで、此処に何かが来るのを、期待しているようだった。
《ファーストッ!! 撤退するぞッ!! 奴らは回収した。すぐに戻れッ!!》
「……分かった」
私は理解していた。
奴が何を待っているのか。
奴が待っている存在は一人しかいない。
此処に残って彼を救う事も出来るだろう。
だが、今の私にはそれは出来ない。
理解してしまったから、打ちのめされたから。
私が此処にいても関係ない。
私は奴の脅威とならない。
残ったとしても死体が増えるだけで……すまない。
私は自分が殺す筈だった青年に心の中で謝る。
これからもう一度死を体験するであろう彼を想像しながら――私は尻尾を撒いて逃げ出した。




