241:白鳥を求めた機械の子
四方八方から、青白いレーザが襲い掛かる。
メリウスの装甲であろうとも容易く溶断できるであろう威力で。
機体を掠めていったそれから強い熱を俺自身が感じているようで肝が冷えた。
それを紙一重で避けながら、俺はスラスターを止める事無く最下層を目指す。
壁に取り付けられた照射装置からレーザーが放たれる瞬間。
一瞬だけ光るそれを見てから回避する。
無数に設置されたそれらを全て確認しながら避けて。
避けられないと判断した攻撃には、ハンドキャノンの弾を放って対処した。
それだけじゃない。道を塞ぐように障害物も建っている。
射出装置にエネルギーを供給する為のパイプなのか。
それが入り乱れていて、俺の道を阻んでくる。
隙間を見つけて潜り抜けて、機体が通れなければ無理やりに弾丸でこじ開けた。
それを通り抜けた瞬間にレーザーで狙ってくるがそれは予測できる。
レバーを動かして、ペダルを踏む力を調整して。
バーニアの向きや出力も調整する。
下へと行くだけでも、かなりのタスクを脳内で熟している。
轟轟と冷たい風が吹き荒び、俺の機体を激しく揺さぶって来る。
振動するレバーを握りしめながら、俺は暗い穴の底を睨みつけた。
流れていく景色の中で、視界を通して頭の中に流れ込んでくる情報を処理していく。
風邪でも引いているかのように頭は熱を持っていて。
鼻からは鼻血でも流れているのではないか錯覚するほど体が熱い。
機体を微調整をして、迫りくるレーザーを避けて障害物も回避する。
命の危機は常に感じている。
一つでも操作を誤れば、俺は一瞬にして蒸発させられるだろう。
その危険を常に感じながら、俺は笑みを深める。
こんなもんじゃない。俺が味わってきた地獄はこんなに温くはない。
もっともっと熱くて、身も心も焦がすほどの熱を感じていた。
同時に三方向から放たれたレーザー。
それをバーニアを噴かして横に逸れて。
すぐさま、光が見えて俺は機体を回転させて移動させた。
体に強い圧力を感じて、俺をシートから引き剥がそうとする。
奥歯を噛みしめながら耐えて、俺は一瞬にして迫りくるレーザーを反射で避けていく。
一つ、二つ、三つ――まだまだ来る。
数秒前の位置にレーザーが照射されて、俺はハンドキャノンを壁に向けて放つ。
火薬の爆ぜる音と共に弾は真っすぐに飛んでいって。
エネルギーをチャージしていた射出装置を破壊する。
砂塵が舞い、派手な音を立てて壁の一部が崩れる。
接続されていた太いパイプの一部が外れて下へと落下していった。
崩れて空いた隙間へと機体を瞬時に滑り込ませて、脚部の裏がパイプに擦れて火花が散っただろう。
金属を削る甲高い音を聞いて、勢いのままにパイプを蹴り飛ばしてジャンプした。
すると、パイプへとレーザーが当たり。赤熱してズクズクに溶かされた。
センサー越しにそれを確認してから、機体を動かしてレーザーの全てを見切る。
見える。全て見えている。
まだだ、まだお前なら舞える。
限界を超えろ。お前の可能性を俺に見せてくれ――紫電。
レバー越しに紫電の熱を感じる。
久しぶりの戦場で、この機体は歓喜の声を上げていた。
スラスターから鳴る甘美な音は、まるでこいつ自身の叫びで。
コアから供給されるエネルギーが機体全体へと流れて行って。
こいつ自身の持つポテンシャルを底上げしている。
紫電は生きている。紫電は全くと言っていいほど衰えていない。
こいつは俺に語りかけている。まだ俺は戦えると。まだ俺は死んではいないと。
愛機の叫びを受けて、俺はニヤリと笑った。
此処まで来たのだ。一緒に行こうと俺が誘ったのだ。
だったら、最期まで戦おう。
限界何て俺たちには無い。何処までも俺たちは――飛んでいけるッ!!
ペダルを強く踏む。
機体は更に加速して、シートに体が押し付けられた。
レバーが手から離されそうになる。
ここまでじゃなかった。此処までの圧は感じなかった筈だ。
進化している。紫電自身も更に成長していた。
俺は知っている。こんな事が出来るのは世界でただ一人だ。
『――!』
俺は笑っているであろう相棒の顔を思い浮かべた。
そうして、シートから体を起き上がらせて前のめりになる。
歯を剥き出しにして笑って、俺は全ての攻撃の未来を予測した。
見える。見えるぞ。全て、俺の目に映っていた。
勢いを増した攻撃。
それを限界まで高めた機動で回避した。
右へ左へバーニアによって位置を変えて。
激しく揺さぶられる機体の中で、攻撃を仕掛ける。
弾丸は狙った方向へと飛んでいく。
壁に設置されたそれらを一気に減らして、僅かに生まれたレーザーとレーザーの間を回転しながら抜けていく。
紫電の胴体部をレーザーが掠めていって、システムが被害状況を知らせる。
しかし、それは無視した。
痛みを発してもこいつは弱音を吐かない。
共に戦ってきた戦友だ。こいつの力は、俺が一番知っている。
「行くぜッ!! 紫電ッ!!」
《――》
スラスターの音色を聞く。
敵の動きが変わり、何かが迫って来た。
未来視によって、それが自爆する様に設定されたドローンだと理解した。
俺は迫りくるそれに照準を合わせ発砲した。
ドローンに向けて両手のハンドキャノンを放って、一気に数を減らした。
爆炎から飛び出した生き残りは、ギリギリで回避する。
すると、旋回したそれが俺たちを追いかけて来る。
意地でも俺たちを撃墜する気だ。
鳴り響くシステムの警告音。
背後から迫りくる爆弾を感じながら、俺は頭の中で距離を測った。
敵の攻撃の気配を感じながら、俺は迫って来たそれをセンサー越しに確認する。
徐々に距離を縮めて来る。
敵のセンサー部が点滅していて、今にも破裂しそうだった。
まだだ、まだ、まだ――此処だッ!!
自爆機が爆発する瞬間に機体をブーストさせた。
それにより爆発の範囲から抜け出して。
俺は逆に爆風を活かして、一気にレーザーの包囲網を抜けていった。
まだだ、何か来るッ!!
レーザーの攻撃パターンが変化した。
此方を執拗に狙ってきたそれが、今度は進路を防いできた。
一瞬の攻撃から持続する攻撃へと切り替えて。
機体が通れないほどにレーザーを密集させる。
それを見つめて笑みを深めて、俺はハンドキャノンの照準をパイプに向ける。
マガジンが空になるほどに弾丸を撃ち込む。
すると、巨大なパイプは破壊されて下へと落ちていく。
俺は速度を緩める事無く、脚部を突き出して――パイプを蹴りつけた。
ガツンと強い衝撃を感じて、機体全体が揺れる。
頑丈に出来ている脚部であっても、今のはだいぶ堪えた様だ。
動力系に異常を来しながらも、俺は強く叫んでパイプを下へと一気に押し込んだ。
そうして、パイプは勢いのままに下へと落下していく。
俺はそのパイプを使って、進路を塞ぎに掛かるレーザーを巻き込ませて破壊していった。
派手な音を立てて、残骸がレーザーを破壊する。
煙がパラパラと舞い。俺はその中へ突っ込んで更に下を目指した……まだか。
かなりの距離を飛行した。
もう間もなく、最下層に着く頃だろう。
此処までノンストップで来たが、機体に無理をさせていた。
損害状況も安い物ではない……が、まだ行ける。
紫電が俺に語りかけてくるのだ。
まだまだ戦えると。もっと先までお前を連れて行くと。
それを心で感じながら、俺は笑みを深めて更に下へと潜っていく。
やがて、道が塞がれる。
システムが警告を発してきて、すぐに音声コマンドで命令を下した。
センサーを動かして索敵すれば、右方向に空洞があった。
俺はギリギリで機体を旋回させてから、空洞へと突っ込んで行った。
罠は無い。もう出し尽くしたのか。
分からないが、俺の心が強い警鐘を鳴らしていた。
奥へ奥へと進んでいく。
等間隔に、あの謎の青く発光する鉱石が置かれていて。
その灯りを頼りに、薄暗い通路を進んでいった。
途中で道が別れていたが、俺には何故か分かる。
正解の道が見えていて、俺を誘っているようにすら感じた。
心の赴くままに、機体を操作して入り組んだ道を進む。
右へ、左へ、左へ、右へ……近い。
気配を感じる。
強烈な圧をこの先から感じた。
まるで、得体の知れない何かがこの先で待っているようで。
それは十中八九、オーバードであると分かる。
この先に、告死天使もいる。
そして、恐らくはアルタイルもいるだろう。
待っているのか。俺が来るのを待っているというのか。
何が狙いなのか。何がしたいのか……上等だ。誘いに乗ってやるよ。
元より、進む以外の選択肢は俺には無い。
操縦レバーを操作して奥へと進みながら、俺はマガジンを排出して最後のマガジンを勢いよく差し込んだ。
これで終わりであり、もう弾は残っていない。
全て使い果たしたが、何とか此処まで来れた。
奥へ奥へと進めば、目の前に巨大な扉が見えた。
ゆっくりと閉じていっているそれ。
閉まりかけている扉の先には――二人が立っていた。
赤く光るラインが引かれている白い扉の前で、奴らは立っていて。
告死天使の手には鍵が握られていた。
まずい。間に合うか――いや、間に合わせるッ!!
機体をブーストさせながら、俺は両手のハンドキャノンを限界まで乱射させた。
扉に向けてしこたまぶち込めば、扉が閉まる速度が落ちた。
しかし、破壊できないほどの頑丈さで、扉はゆっくりと閉まっていく。
俺はそれを見つめながら、両手の武器を投げ捨てて閉まりかけの扉へと接近する。
そうして、勢いのままに両手を扉の隙間にねじ込んだ。
紫電の出力を限界まで高めて、扉をこじ開けようとした。
関節部から火花が散っていて、今にも腕がもげてしまいそうだ。
ダメだ。開かないッ!!
どんどん閉まっていく。
このままでは――ッ!!
《――行け》
「紫電……ありがとう!」
ディスプレイに表示されたメッセージ。
差出人不明のそれは、紫電からの物だとすぐに理解した。
此処まで連れてきてくれた紫電に感謝して、緊急用のレバーを引く。
すると、前面の装甲がパージされて視界が開けた。
俺は少しだけ高い位置から下へ向かって勢いよくジャンプした。
衝撃を逃がすように転がりながら地面を滑って、すぐ体勢を戻してから走って行く。
閉まりかけの扉を潜って中へと入り――振り返った。
紫電の青い双眼センサーが強く光った。
まるで、俺に意思を託したかのようで。
最後の力を振り絞ってくれた紫電は、そのまま後ろへと下がっていった。
轟音を立てて、硬く重い扉が閉じられる。
俺はギュッと拳を握りながら、スッと前に向き直って走り出した。
ホルスターから拳銃を抜きながら。
告死天使の後ろに立って、拳銃を構えた。
射程範囲内であり、この距離なら外さない。
俺は動くなと命令しながら、奴に向けて静かに殺気を放った。
告死天使は鍵を入れようとしていた体勢で止まる。
そうして、くつくつと笑っていた。
「……鉄の王は眠っているのか。お前如きでは、俺は殺せない」
「……試してみるか」
俺はグリップを強く握りながら、奴に狙いをつける。
外しはしない。少しでも動けば頭を撃ち抜く。
確かな自信を持ちながら、奴を睨みつけて――俺の前にアルタイルが立ちはだかる。
透き通るような白い肌に、雪のように白い髪を腰まで伸ばして。
見る者を虜にしてしまうほどに綺麗な金色の瞳。
少しだけ発光している様にも見える白い衣服に身を包んだ妹が、俺の銃口の先に立った。
俺は少しだけ動揺した。何故ならば、俺の前に立ったアルタイルは微笑んでいて。
敵意も殺意も無い。愛情を多分に含んだ目で、彼女は俺を見ていた。
「そこを退いてくれ。アルタイル。お前を撃ちたくない」
「いいよ。兄様になら、撃たれても構わない。撃って」
「……退くんだッ!」
俺は強く叫びながら退くように言った。
アルタイルはゆっくりと歩を進めて俺に歩み寄って来た。
両手を広げながら、笑みを深めて……告死天使が動き始める。
奴が鍵を扉に差し込んで回した。
俺は舌を鳴らして、奴の頭部を狙って――引き金を引いた。
乾いた銃声が響き渡り、俺が放った弾丸は奴のマスクを破壊した。
そうして、貫通したであろうそれの中からは……は?
何も出てこない。
脳漿も血も。それはそうだ。
奴のマスクの下に隠れているのは、硬く冷たい”金属”で。
奴はゆっくりと俺に向き直ってから、マスクを外した。
マスクの下から現れたのは、目も口も無い能面の顔で。
銀色の肌をしたそれは、明らかに機械であった。
目としての機能があるのは中心の赤く光るセンサー部で。
口も無いそれは定期的に、頬に付けられた穴から熱を排出していた。
人間じゃない。アレは機械だ。
俺が今まで人間だと思って戦っていた相手は――機械だった。
「俺もお前と同じだ――父よ」
「何を、言って――ッ!!」
そこにあった筈の扉が光の粒子となって砕け散る。
そうして、現れたのは光に包まれた巨人で。
純白の機体には黄金のラインが機体全体に伸びている。
まるで、白鳥のように無駄がなく美しく――畏敬の念を抱いてしまった。
圧倒的だ。圧倒的なまでの存在感。
ただそこにいるだけで、平伏してしまいそうなほどにアレは完成されていた。
生きている。生きていて、俺たちの前でその存在感を無意識の内に出していた。
狙ってない。ただ純粋に、アレは完璧過ぎている。
見る者全てを圧倒するほどの機体であり、俺は数秒ばかり固まっていた。
瞬間、胴体部にふわりとした感触を感じた。
ハッとして視線を下に向ければ、アルタイルが俺に抱き着いている。
彼女はくすりと笑ってから俺の胸板に頬ずりして――
「捕まえた」
「――ッ!!」
体が、変だ。
視界が霞んでいく様に見える。
意識が遠のいていって、視線を前に向ければ告死天使の体がパラパラと崩れていった。
両手を広げたアイツは、砕けていった体をオーバードに吸い込ませていく。
まるで、機体と”一心同体”になっていくように奴はアレへと取り込まれて行った。
俺は奴に手を伸ばす。奴を止めようと、必死になって手を伸ばして――




