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240:お前となら何処までも

「間もなく目標のポイントに到着します!」

「”アトム”の発射準備を開始してください」

「アトム発射準備開始。システムオールクリア!」


 ミネルバの指示を受けて、スタッフたちが最終確認をする。

 凄まじい速度で船は進み、目の前には台風のように荒れ狂う大渦が見えた。

 吸い込まれていく残骸が、ミキサーにぶち込まれた食材のようにミンチにされていく。

 アレに真正面から突っ込んで行けば、如何なるものであろうとも粉々になるだろう。

 魚雷を打ち込み隙間を作って、勢いの衰えた渦へと侵入。

 そうする事によって、被害を最小限に抑えながら突入する。

 後は俺を神殿へと送り込み、最大出力で渦から脱出をするだけだ。


 いや、簡単に考えているが、それほど容易い事じゃない。


 何処に撃っても良い訳じゃないのだ。

 的確に渦のウィークポイントを突く必要がある。

 少しでも狙いが逸れれば、魚雷は見当違いの方向に流れるか。

 爆発を起こしたとしても、さして影響が出ない可能性もある。

 精確に弱点に撃ち込めさえすれば、渦の勢いは落ちる筈だ。


 俺はガタガタと揺れる船の中で、ディスプレイを見る。

 そろそろ、俺も準備にはいらなくてはならない。

 俺はベルトを外してから、席を立って移動を始める。

 ミネルバはスタッフへの指示で此方を見る事は出来ない。

 俺はチラリと彼女を見てから、小さく言葉を発した。


「……ありがとう」


 俺のお礼は聞こえなかったかもしれない。

 しかし、ミネルバは少しだけ笑っていたような気がした。

 俺も小さく笑いながら、小型潜水艇へと繋がっているダクトの扉を開けようとした。

 体勢が崩れないように、スロープを掴みながら片手でレバーを握り回転させる。

 そうして、ガチャリと音がしてロックが外れた扉を潜って下へと潜り込む。


 小さな照明灯がついた狭いダクトを通って下へと行く。

 そうして、人一人が入れるだけのスペースが開いたそこへと身を滑り込ませる。

 俺が中へと入れば、上へと繋がっているダクトの扉が自動で閉じられた。

 一瞬だけ暗くなった小型潜水艇の中で、暫く待てば明かりが灯った。

 顔の前に設置されたディスプレイには外の様子が映し出されている。

 今まさに、大渦の目の前に船が迫っていた。

 通信機からミネルバの声やスタッフの声が聞こえてくる。

 それを聞きながら、俺は操縦レバーをしっかりと握ってたらりと額から汗を流す。


《カウントダウン開始。発射5秒前。4、3、2、1――発射》


 スタッフの声と共に、アトムと名付けられた魚雷が発射される。

 空気が噴き出して、ぶくぶくと泡を後ろから発生させる。

 凄まじい勢いで魚雷は進み、渦へと接触した。

 勢いよく大渦の中へと吸い込まれて行ったそれ。

 

 

 そうして、一瞬の内に――大爆発を起こした。


 

 大渦の内部から爆発が起こり、大渦の外側に穴が空く。

 見るからに渦の勢いは衰えていて、今が好機であると理解できた。


《全速前進ッ!! 渦へと入りますッ!! 各自、衝撃に備えてくださいッ!!》

《ハッ!》


 潜水艇が勢いよく飛び出して、空いた穴の中へと飛び込んだ。

 その瞬間に、横からの強烈な力が潜水艇に加わる。

 船全体が軋むような音を上げていて、耳に残る嫌な音が静かに響いていた。

 ミネルバはダメージコントロールをしながら、船を守っている。

 俺も衝撃に耐えながら、強く歯を食いしばった。


 やがて、船が安定し始める。

 完全に流れに乗ったようで、船は下へと吸い込まれていく。

 俺は取りあえずは安堵しながらも、此処からは俺の仕事だと覚悟を決める。

 神殿の内部へ入るまでは、俺の手動操作で潜水艇を操らなければいけない。

 幾ら大渦の中へと入り込めたとはいえ、内部は強烈な流れが生まれている。

 少しでも操作を誤れば、渦の流れに呑まれて海底に叩き込まれてしまうだろう。

 この潜水艇は馬力があるから脱出は出来るが、俺が現在乗っている小型潜水艇にはそれほどの力はない筈だ。

 失敗すればそれで終わり。チャンスは一度きりだ。


 渦の中に吸い込まれて行って、どんどん周りから光が失われていく。

 急速に下を目指して進む事によって、凄まじい気圧も船に襲い掛かる。

 軋むような音は鳴り響いているが、それでもこの船は耐えるだろう。

 

 俺は勢いよく下へと進む潜水艇の中で、外の様子をチェックした。

 そろそろだ。そろそろ見えて来る筈で――アレだ!


 大渦の最下層。

 光が届かない筈の海底で、それ自体が光を発している。

 薄く発光する不思議な建造物を視認しながら、俺は操縦レバーを強く握りしめた。

 すると、ミネルバが俺に声を掛けてくる。


《神殿が見えました……武運を祈っています。マサムネ》

「あぁ、行ってくる」

《――カウントダウン開始。3秒前、2、1――発射》


 スタッフの声を聞いて、俺は前を見る。

 神殿の近くまで迫り、俺の潜水艇は船から切り離される。

 そうして、エンジンを点火させて海底を進み始めた。

 真っすぐに進んでいるように見えるが、周りからの力が凄まじい。

 レバーから一瞬でも力を抜けば、そのまま船体が持っていかれてしまうだろう。

 俺は強く歯を食いしばりながら、ピリピリと小刻みに振動するレバーを握りしめた。

 手が痺れる。息苦しい空間で、額から汗が流れ落ちていく。

 瞬きが出来ない。瞬きをする暇は無い。

 流れに負けないように潜水艇を操作して、ハッキリと見えて来た神殿を目指す。


 何処から入れる。何処から侵入できる。

 呼吸を荒げながら、視界に入る神殿の情報を読み取っていく。

 侵入できるポイントを肉眼で探して――あった!


 運の良い事に、進んでいる方向に開けた空間がある。

 アレが入り口で間違いないだろう。

 俺はその入り口を目指して、操縦レバーを無理やり動かした。

 ただでさえ強烈な負荷が加わっているのだ。

 それを承知の上で、進路を変えたことによって潜水艇から警報が鳴る。

 許容限界を超えた事によって、亀裂から水が流れ込んできた。

 

 しかし、まだ船は生きている。


 レバーを動かしながら、俺は強く叫んだ。

 そうして、無理やりに位置を修正して。

 勢いのままに突っ込んで行く。

 荒れ狂う渦の中を突っ切って、俺は開かれた入口の中へ――ダイブした。


 潜水艇が空いた空間へと飛び込めば。

 膜のような物に当たり、突き抜けていく。

 そうして、突然、船は下へと落ちて行ってガリガリと神殿の床を削っていった。

 衝撃により体全体を強打して、頭をガードしながら何とか耐えた。

 ゆっくりと船は止まり、ノイズが走るディスプレイを見れば内部へと侵入出来たと理解できる。

 俺は潜水艇の側面に取り付けられたハンドルを動かした。

 硬いそれを無理やりに動かせば、潜水艇の上部の装甲が弾け飛ぶ。

 開かれたそこからむくりと起き上がって周りを見れば、青色の光を発する大きな石が点々と壁に付けられている。

 広々とした場所で、白い石で作られたかのような冷たい印象を覚える空間であった。

 大きな柱が点々とあり、それで全体を支えているのかは判断がつかない。


 あの石は何だ?

 見たことも無い鉱石であり、あの光はメリウスに使っているようなエネルギーか?

 まるで、松明のように配置されていて……風が吹いている。


 人の声のようにも聞こえる風の音。

 地下から流れているようであり、冷たい風を体全体に感じる。

 俺は指を動かして、パイロットスーツに着替える。

 ヘルメットをしっかりと被りながら、俺は続けて指で操作する。

 そうして、潜水艇から飛び降りてから、かつての愛機である紫電を呼び出した。


 目の前に現れた紫電。

 最後に乗った時は、傷だらけであった筈が。

 今ではちゃんと修理されていて、塗装も新品同様だった。


 細身のフォルムに、前に突き出した胴体部分。

 黄色のカラーリングで、両手にはハンドキャノンを装備している。

 青い双眼センサーが光って、紫電は俺の前で跪いた。

 まるで、主人の帰りを喜んでくれているようで――俺は笑った。


「……またお前と戦える事。光栄に思うよ、紫電……行こう」


 俺は垂らされているロープを掴んで上に上がる。

 そうして、コックピッドの中へと体を滑り込ませた。

 システムが戦闘モードに移行して、ディスプレイに周囲の情報が写し込まれる。

 懐かしい。懐かしかった。

 このレバーの感触も、目に映る計器も。全部、全部、懐かしい。


 俺は笑みを浮かべながら、機体を操作する。

 体の向きを調整してからペダルを踏んで、レバーを上げて機体を上昇させる。

 そうして、地下へと続く道を探して――何だ?


 神殿内が揺れ始めた。

 轟轟と音を立てて、何かのギミックが作動したようだ。

 何が起きているのか周囲一帯をサーチして。

 俺はすぐに原因を突き止めた。

 地上へと繋がっているであろう道。

 その道に続く扉がゆっくりと開かれて行った。

 白い石造りの現像物であるが、そのギミックは嫌に近代的で。

 カメラのレンズのように下へと続く穴が展開されて行った。

 冷たい風が流れていたが、恐らくは此処から流れていたのだろう。

 上空で静止しながら、俺はジッとその穴を見つめる。


 ミネルバが言った通り、この先には罠があるだろう。

 告死天使が先に行ったのなら、奴もトラップに掛かっている筈で……違っていたら、俺が喰らう羽目になるな。


 先に行っているであろう奴がどうやってトラップを回避したのか。

 分からないが、俺も後に続くしかないだろう。

 考えていたって仕方ない。元より、そんな時間は無いのだ。


 俺は覚悟を決めて、機体を操作して穴へと飛び込んでいった。

 下へと進んでいけば、何も無く――ッ!!


 熱源反応をシステムが感知した。

 それを見る前に、俺は機体を横に移動させた。

 バーニアを噴射させて強制的に位置を変われば、先ほどまでいた場所に青白い光が通過していった。

 線となって放たれたそれは、明らかにレーザー兵器で……嘘だろ。


 熱源反応が何十、何百とある。

 それを視界に入れながら、俺は――笑った。


 そんな簡単な事じゃない。

 アッサリと通してくれる筈がない。

 そんな事は理解していた。いや、最初から分かっていた。

 俺の旅は、何時だって危険と隣り合わせだったから。


「上等だ。力で押し通るッ!!」


 スラスターを噴かせて、一気に加速した。

 レーザーは俺の機体に目掛けて放たれる。

 それを寸前で回避して、俺は下を目指して進んでいった。

 一瞬でも反応が遅れれば、機体をズクズクに溶かされてしまう。

 操作ミスも命取りであり、ノーミスでノンストップで駆けなければいけない。

 

 止まるな、恐れるな――この程度で俺は止められない。


 風を切り裂き飛翔して、ギリギリで回避して弾を放つ。

 避けられない攻撃は事前に察知して根本を潰す。

 避けられるものは可能な限り避ける。

 未来視も駆使して、死の淵のギリギリでダンスを踊った。


 心臓はバクバクと鼓動して、体全体はひどく熱い。

 血が沸騰しているように、血肉が熱くなる。

 笑みを深めながらレバーを握りしめて、俺は最下層を目指して駆けた。

 機体を回転させながら避けて。紙一重どころか軽く装甲を焼かせながら通過して。

 回避不能な攻撃を放とうとする発射台をハンドキャノンで潰す。


 コックピッドは暴風に晒されて揺れて。

 ハンドキャノンの弾を放てば軽い衝撃が伝わって来た。

 風の音、火薬が爆ぜる音、敵を潰した音、物が壊れる音――懐かしいな。

 

 再び戦える事になった愛機。

 紫電の帰還を喜びながら、俺は宙を舞う。

 こいつと俺で物語は始まった。

 こいつは劣っていない。俺にとっては変わらず、最高の機体だ。

 何処までも行ける。何処までも飛んでいける。

 

 ついて来い、お前となら――何だって出来るさ。

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