238:進撃する傭兵たちよ
海底神殿があるとされる渦を目指して潜水艇は進む。
凄まじい速度で航行しているにも関わらずに、揺れはあまりない。
途中まではオートパイロットで進み、指定のポイントを通過すれば手動操作に切り替えた。
現在の時刻は午前七時二十五分で、まもなく目標の海域に侵入する。
少しでも操縦を間違えれば、途中にある小規模の渦に引き込まれてしまう。
大渦の中へと侵入できるほどの頑丈さはあるが、ロスタイムが発生する事になる。
告死天使の方が少しばかりリードしている状況で、ロスなど許されない。
ミスなく、目標へと一気に進まなければならないのだ。
潜水艇の内部から、海の中の状況を見る。
魚が泳いでいて、枝やゴミなどが浮いている。
海面からは光が差していて、光の柱が演出する神秘的な光景が広がっていた。
小さな障害物であれば問題ないが、大きなものは格納されたアームを使って払いのけていた。
ライトを点灯させながら、周囲を警戒して……静かだな。
「……胸騒ぎがする」
「……と、言いますと?」
「……警戒した方が良い。特に上空には……勘違いならそれでいいけど」
「……レーダーに注意を。告死天使の仲間による攻撃が予想されます。少しの違和感でも報告する様に」
「ハッ!」
部下に指示を出しながら、ミネルバはコンソールを出して操作をする。
そうして、立体映像として表示されたそれは……神殿か。
不思議な形をした建造物であり、彼女はそれを俺に見せながら説明する。
これは渦の中へと特殊な音波を飛ばして調べたもので。
実際には、地下深くに建造物は伸びており、何処までの深さがあるのかは不明らしい。
少なくとも、メリウスが数機、出入りできるだけの広さと深さがあるようだ。
不思議な事に、地下へと続いているその神殿の内部には空気が満たされているようで。
入口らしきものから内部へと侵入すれば、違う方法で下を目指さなければいけない。
内部へと侵入をすれば、神殿内のトラップが作動して襲われる危険性もあるという。
「……罠があるのか?」
「えぇ、恐らくは……メリウスの状態は?」
「使える……が、雷切は温存しておきたい。紫電を使う」
「保管していたんですか? 何故?」
「……気づいたのは最近だ。何故なのかは分からない。でも……彼女は、こういう場合を想定していたのかもしれない」
俺は笑みを浮かべながら、指を虚空で動かす。
すると、登録されている機体の中に紫電が入っていた。
今までは使えないものだと思っていたが。
ふとした時に指でタッチして見れば、使える状態だと表示されて……本当に、ありがたいよ。
こういう場合を想定していたというのは俺の勝手な考えだ。
でも、彼女ならきっと考えていたと思う。
だからこそ、メンテナンスをした状態で、何処かに格納していたに違いない。
俺は彼女に心の中で感謝を伝えながら、ギュッと胸のペンダントを握る。
瞼を閉じて、彼女の顔を想像する。
自信たっぷりの顔で腕を組む彼女は、俺に手を差し出してくる。
一緒に行こう。一緒に戦おう。
そう約束しながら、俺はゆっくりと瞼を開けた。
ミネルバは気を遣って黙っていてくれていた。
俺はミネルバに、神殿へのルートはどうなっているのか質問する。
すると、彼女は静かに頷いてから表示された映像を操作する。
「先ず。この神殿は大渦の中心部にあります。渦の外側は強固なバリアのようなものであると想像してくれて構いません。内部へと侵入する為には、備え付けられた魚雷を精確な位置に撃ち込む必要があります。そうして、出来た隙間へと侵入して、後は渦の流れに沿うように下を目指します。貴方には、事前に専用の小型潜水艇に乗り込んでもらい、我々が神殿へと近づいたタイミングでそれを発射します。後は自力で内部へと侵入し、メリウスに乗って最深部を目指してオーバードを奪取してもらいます。脱出はオーバードであれば可能でしょう」
「……失敗した場合は、ファストトラベルで逃げろと?」
「そんな事は言っていません……失敗するつもりですか?」
「……しないさ。成功して見せる」
「結構。では、後は我々に――ッ!!」
ミネルバが笑みを浮かべて、視線を前に向けた。
すると、そのタイミングで潜水艇から警報が鳴る。
瞬時に危機を察知したスタッフが潜水艇を左へ急旋回した。
すると、通過する予定の進路に何かが打ち込まれて――強い閃光が迸った。
船体が大きく揺れて、強い衝撃に襲われる。
ガタガタと潜水艇が揺れて、俺やミネルバは椅子にしがみついていた。
すぐにミネルバは状況の説明を要求する。
すると、スタッフは上空からの攻撃だと伝える。
「高熱源反応が上空に四機――め、メリウスですッ!!」
「……予感が当たりましたね。最悪だ」
「……上空への攻撃は可能か?」
「無理です。深部まで潜れば、回避は可能です。すぐに、潜行して――ッ!?」
ミネルバが何かを察知する。
潜航の命令を止めて、驚きながらセンサーを使って深部をサーチさせた。
すると、深部には無数の機雷が設置されている、
これでは迂闊に潜る事は出来ない……奴らは、俺たちが来る事を想定していたようだな。
当然だ。俺は奴を追う。
だったら、奴らがそれを邪魔しないなんて事は無い。
分かっていた。分かっていたさ……でも、そんな時間は無かった筈だ。
一体、どうやってこれほどの数の機雷を設置できたのか。
これではまるで、事前に渦の場所を”知っていた”かのようだ。
あり得ない。そんな事が出来るのか?
ゴースト・ラインの親玉はシナリオと呼ばれるものを持っている。
未来を知り得ているのだから、渦の場所も分かるだろう。
そもそもが、守り人と呼ばれるオーバードを管理する人間なら場所くらい知っている。
だが、奴らは何故――渦の場所を知っていた?
未来でも見えない限り、場所が分かる事は無い。
イレギュラーとしての力があったとしても、未来視でそれほど遠い未来が見えるのか。
あり得ないだろう。あり得ない筈だ。
「……”巫女”の力ですか……実在していたとは」
「……まさか、北の氷結地帯にいる覚醒者か……嘘じゃなかったのか?」
「……いないと思っていました……が、存在した様ですね。迂闊でした」
「……悔やんでも仕方ない。今は何とか敵の攻撃を――くぅ!!」
話をしている間にも、敵からの攻撃は続く。
上空から放たれれる炸裂弾を避けながら。
潜水艇は渦を目指して進む。
ゴゥゴゥと潜水艇内に音が響いて。
ピカっと目の前の空間が爆ぜる。
激しい閃光と爆風を受けながら、何とか直撃を回避していった。
《まだ、死んでいないよなぁ? マサムネぇ!》
「――ゼロ・スリーか」
通信が強制的に繋がされて、野太い声が響いた。
男はゼロ・スリーであり、やはり出て来たのかと思った。
感情が高ぶってハイにでもなっているのか、その声は弾んでいる。
ゴースト・ラインの幹部を狩りに行って、ファーストにやられていて欲しいと思ったが……そう簡単にはいかないか。
上空で攻撃をしてきているのはゼロ・ツーとゼロ・スリー。
後はツー・エイトとファイブ・Bに違いない。
奴らが誰一人として欠ける事無くこの場にいるのは……考えられる中で最悪の状況だ。
奴はケラケラと笑いながら攻撃を続ける。
何度も何度も衝撃が船を揺らして、俺たちは必死に耐えた。
もう少し、後少しで着くのに……このままではッ!
船が保たない。
このままでは、奴らの攻撃で船が大破する。
幾ら頑丈な装甲といえども、敵との戦闘は想定していない。
それが上空からの攻撃であれば猶更だ。
何とか、何とかして、この状況を打破しなければ――
《どうせ。お前は此処で終わりだ。だから、良い事を教えてやるよ》
「……何だ」
《大将はとっくに神殿に入った。今から向かっても間に合わないぜ……つまり、ゲームオーバーって事だ。ご苦労さん》
「……まだ分からない。やってみなきゃな」
《……はっ。ドエムかよ……とっとと諦めて――くたばれやッ!!》
奴の声が響いて、攻撃の勢いが増していく。
全てを避けようとしても、幾つかは爆風に巻き込まれる。
被弾が増えていき、警報が強さを増していった気がした。
ミネルバを舌を鳴らしながら、ダメージコントロールをしていた。
弾かれた計算結果を元に、システムを調整して被害を最小限に抑える。
全ては渦の中へと侵入し、神殿へと行く為で――此処で終わる訳にはいかない。
俺は席から立ち上がって、外へと出ようとした。
すると、ミネルバが俺を止めて来た。
「此処にいてもやられるだけだ。一か八か、上空にファストトラベルして雷切を呼び出す。運が良ければ奴らを倒せる筈だ」
「ですがッ! それでは間に合いませんッ! 奴らの目的は我々の足止めなんですよッ!?」
「……分かっているさ。でも、それ以外に方法は……」
俺は拳を握りながら悔しさを滲ませる。
奴らの思う壺であるが、ミネルバたちを死なせる訳にはいかない。
俺はミネルバの制止を振り切ってファストトラベルしようとして――何だ?
爆発音が聞こえて来た。
低い音であり、それは上空から響いたものだ。
誰かが戦っている。誰かがゼロ・スリーたちと交戦していた。
誰だ。誰が、助けに――
《マサムネ。待たせたな》
「――オッコッ!」
声が響いて、そいつの声はすぐに分かった。
オッコは笑いながら、助けに来た事を俺に伝える。
他にも声が聞こえてきて……トロイも、レノアもいるのか!
仲間たちはどうやって此処に来たのか。
その答えはすぐに分かった。
《マサムネ君。借りを返しに来たよ》
「ファーストか……お前に借りを作った覚えはない」
《はは、そうだろう。私が勝手に想っているだけだから気にしなくていい……セカンドを最期を看取ってくれて感謝する》
「……」
《何も言うな。彼女は幸福だった。死ぬ間際まで、仲間が傍にいたのだから。それでいい……進め。未来へ。我らが道を切り開こう》
「……ありがとう」
通信が切れて、敵からの攻撃が止む。
何かが海面を走行しているようで、センサーから海面の動きが見えた。
仲間たちが俺たちの進路を守ってくれていて、敵の視線を集めている。
今ならば行ける。このまま、大渦を目指そう。
ミネルバに視線を向ければ、彼女は静かに頷いた。
「全速力で向かいますッ!! しっかりと掴まっていてくださいッ!!」
「あぁ、任せたッ!!」
席に座りなおしてから、シートベルトで体を固定した。
ミネルバの指示を受けて、スタッフはギアを上げていった。
安定していた船は小刻みに揺れ始めて、ディスプレイに表示されている海中に流れが生まれる。
後ろへと障害物が流れていく中で、俺はしっかりと前方を見ていた。
告死天使は既に神殿へと入っている。
だが、まだ間に合う筈だ。いや、間に合わせて見せるッ!!
俺は固く拳を握りながら、揺れる船体の中で敵を見据えていた。




