230:恐怖の象徴を(side:告死天使)
想像以上だ。此方の想定以上の――化け物だ。
先ほどまでの動きとは比べ物にならない。
どす黒いエネルギーが渦を巻き、奴は鎧のように纏っている。
近づいて攻撃を仕掛ければ、奴は驚異的な反応速度で此方の攻撃をはじき返してきた。
その衝撃力は凄まじく、握ったレバーが激しく振動するほどだった。
加速――更に、加速。
機動力で奴の死角を突こうとする。
しかし、奴は全方位に目を向けているかのように全ての攻撃を的確に返す。
破壊衝動に呑まれて、かつての己へと戻ろうとしている。
世界を混沌に染めあげて、恐怖の象徴として君臨した”鉄の王”が今ここに顕現しようとしていた。
俺は笑みを深めた。
素敵だ。素敵な光景だ。
愚かで無力で人間を装っていたあの男が、本来の自分に戻ろうとしている。
そうだ。それでいい。
お前は人間じゃない。
お前は機械で、全てを恐怖のどん底に落とした元凶だ。
幸せになるな、未来を掴もうとする。
お前は破壊の権化で、お前は誰よりも”支配者”に相応しい。
俺は更に機体のギアを上げた。
限界以上のスペックを引き出しながら、ミラージュも使用する。
残像が出来るほどの速さで宙を駆けて、奴に対して連続して斬撃を放つ。
奴の漆黒のエネルギーに阻まれるが、徐々に削れていっている。
勝てる。勝てるのだ。
如何なる支配者であろうとも、この世界では俺が――ッ!!
奴が徐に機体の手を上にあげた。
すると、その手に黒いエネルギーが集約されている。
凄まじいエネルギーの濃度であり、あれ一つがあれば何千何万というメリウスを起動できる。
本能がアレを危険と判断した。一気に距離を開けて、奴を見つめる。
渦を巻くどす黒いエネルギーは凄まじい勢いで地上へと散っていった。
眠っているメリウスたちにそのエネルギーが触れて、奇妙な現象が発生した。
朽ち果てて、動く筈がないそれらが。
ガタガタと音を立てながら、センサーに真っ赤な光を灯した。
そうして、一気に上空へと飛び上がり、此方に明確な敵意を向けて来た。
何が起きている。何をしている。
アレは何だ。アイツは何をした――
《殺せ》
《――ッ!!》
起動した全てのメリウスに支配者が命令を下す。
そうして、鎖から解き放たれた鉄の怪物たちが此方に向けて襲い掛かって来た。
この地に眠っていた全てのメリウスが、俺の敵になった。
その数は優に三千を超えている――化け物め。
襲い来る敵へと向かっていく。
そうして、斬りかかって来た敵を全てなぎ倒していった。
交差する瞬間にブレードを振るい斬り伏せて。
弾丸を放ってきた敵の攻撃を回避しながら、此方も攻撃を加えた。
奴らに恐怖は無い。奴らに死という概念は無い。
魂無き鉄の塊が、恐ろしいまでの物量で俺を殺しに来る――素敵だ。
機体を加速させれば、スラスターから甲高い音が鳴る。
俺もエネルギーを纏いながら、ブレードで全ての敵に戦いを挑んだ。
勢いのままに突撃してくるそれらを斬り伏せて加速。
弾幕を張る敵へと突貫して、最小限の動きで殺し尽くす。
斬って、斬って、斬って、斬って、薙ぎ払い、蹴りつけて。
壊し、打ち払い、叩きつけて、潰して、盾にして、斬りつけて――何度も何度も繰り返した。
止む事の無い敵の攻撃。
圧倒的なまでの殺意と、激しく渦を巻く憎悪。
破壊の権化が遣わした使者たちを相手取り――強い警鐘が心の中で響く。
一瞬の判断で、ブレードを上へと向ける。
二本共を上に向けて、落下してきたそれの攻撃を防いだ。
凄まじい力が加わって、機体が一機に地上へと降下していく。
スラスターを限界まで稼働して、何とか持ちこたえようとするが耐えられない。
センサー越しに確認すれば、漆黒のエネルギーを纏う奴の機体が上から蹴りを放っていた。
まさか、垂直に上昇してから一気に地上へ――あり得ない。
これほどの力を加えるのなら、限界まで高度を上げる必要がある。
いや、それだけの時間なんて無かった筈だ。
可能にしたのは奴の纏うエネルギーであり、無尽蔵に湧くそれが奴の力を与えた。
奴の機体の装甲はひび割れていて、頭部の装甲に至っては大きな亀裂が走っていた。
まるで、大きく裂けた口のようで。弧を描くように笑っているように見えた。
不気味な鳴き声を上げるそれが、一気に力を加えて来た。
機体全体が悲鳴を上げる。
これほどまでの力に、抗う事は出来ない。
耐えがたいほどの力であり、地上が一気に迫って来る。
俺はミラージュを起動する。
一瞬にして、迫って来た地上から回避した。
そうして、数秒前にいた位置へと戻り――強い衝撃を感じた。
「――ぐぅ!!」
機体が何かに弾かれた。
横合いから現れた何かが壁のように迫って。
俺の機体を勢いのままに弾き飛ばした。
風を切り裂きながら、俺の機体は空中で激しく回転した。
感覚だけで機体を制御して、その場から離れようと――ははは!!
第一世代型のメリウスだ。
眠れる巨人を呼び覚まして、奴は自らの手下にした。
それだけじゃない。
壊れて使い物にならなかくなった筈の武装が蘇っている。
黒いエネルギーが無理やりに破損個所を塞ぎ、アレが弾丸の代わりになっていた。
第一世代の肩から伸びる砲塔が此方へと向いている。
そうして、収束された黒いエネルギーの塊を――放った。
空間を切り裂き、飛来するそれ。
強い熱量を伴ったそれが、俺の視界を埋め尽くした。
視界に捉える前に、未来視によってそれが来ることを理解していた。
だからこそ、寸での所で回避行動を取った。
が、完全には避けきれない。
装甲を軽く黒いエネルギーが掠めていった。
腕に触れたそれが、一気に機体全体へと回ろうとしていた。
《不正なアクセスを検知。侵食度が》
「――ッ!」
腕を一気に斬り飛ばした。
そすうれば、俺の機体の腕が宙を舞う。
浸食された腕はズクズクに溶けていく。
アレは毒だ。何もかもを自分の色の染め上げる毒だ。
喰らえば一溜まりも無く、奴の支配下に置かれてしまう。
これが、これこそが、奴が現実世界で恐れられた理由か。
素敵だ。素敵な光景を見て――俺は笑みを深めた。
「やはりお前こそが、機械たちの王だった……殺す。此処でお前を殺して、俺が王にッ!!」
片腕を失おうとも関係ない。
俺はブレードを構えながら、奴へと向かって言った。
盾として立ち塞がる雑兵を殺しながら、果敢に前へと進んでいく。
雑魚に興味はない。興味があるのは――お前だけだ。
王が手に握った武器を構える。
なんて事は無い突撃砲でも、奴が手にしただけで一撃必殺の武器に変わる。
放たれた弾丸が凄まじい速度で襲い来る。
前へと進むのを中断し、横へと回避する。
すると、弾丸が不自然な機動で角度を変えて、俺を追ってきた。
ホーミング性能を追加されて、当たれば一発で死ぬ攻撃。
かつてないほどに俺の心は強い警鐘を鳴らしていて、未だかつてないほどに俺は生を実感していた。
これだ。これこそが俺が求めたものだ。
死ぬまで理解できないと思っていた恐怖を――俺は今、奴に対して感じているッ!!
「ははははははッ!!! もっと、もっとだッ!! お前の全てを感じさせろッ!!」
《――死ね》
エネルギーの濃度を更に高める。
そうして、スラスターの推力を高めて音速を超えた。
音を置き去りにして宙を舞う。
迫りくる弾丸を紙一重で避けて、目の前に迫ったそれを叩き落とす。
機体を激しく回転させながら、俺は体全体で命を終わらせるほどのGに耐えた。
コックピッド内が激しく揺れて、切断された腕の断面からオイルが漏れ出していく。
AIが機体の限界値を超えている事を知らせて、これ以上の戦闘は危険だと伝えて来る。
それがどうした。そんな事で、奴が逃がしてくれる筈がない。
否、俺に逃走という選択肢はない。
戦う。戦って戦って、俺がこの手で奴の伝説に終止符を打つ。
王はただ一人だけで良い。
お前は人間になる事は出来ない。この俺ですら出来ないのだ。
あの女に生み出されて、力を与えられた。
そんな俺の唯一の生きる目標だった。皮肉な事に、俺たちは同じ目標を持っていた。
人間になる、それだけが願いだ。
その為ならば、あの女にも喜んで協力する。
が、こいつは違う。こいつは生かしておかない。
俺の心が奴を殺せと叫んでいる。
俺自身の強さの証明の為に。そして、俺自身の願いの為に――こいつは不要だ。
進んできた道が違う。
俺はただひたすらに人間を研究した。
こいつはただ単純に人間のフリを続けた。
人間の姿をしようとも、お前にはなれはしない。
お前は恐怖の象徴で、機械たちの王だ。
そして、俺自身も――人間に成る事は出来ない。
理解した。理解していた。
俺はもう受け入れた。受けいれたからこそ欲した。
お前の力を、お前が手に入れた称号を。
お前の全てを欲した。
奪い取る。奪い取ってやろう。
お前の大切な友人も、お前が信頼した人間も。
お前が人間に近づこうとするのなら、俺がお前の道を潰す。
俺がなれないものに、お前がなれる筈がない。
「俺はお前を否定する。お前は人間じゃない――人を殺戮するだけの機械だ」
《――黙れ》
奴が俺を否定するように、俺も奴を否定する。
受け入れられる筈がない。
俺たちは最初から分かり合う事は出来ないのだ。
同じ宿命、同じ目標。
進んだ道が違えば、出会った人間も違う。
それでも、俺たちは互いを認める事が出来ない。
認めてしまえば終わりだ。
アレを認めれば、俺は俺でなくなる。
人間になってしまえば、自分自身の価値が消えてしまう。
それはダメだ。それは容認できない。
だからこそ、否定する。奴も、奴の仲間も――否定し続ける。
全ての弾丸を打ち払う。
そうして、そのまま加速して奴へと迫った。
ブレードにエネルギーを纏わせながら、機体を回転させて振るう。
瞬間、凄まじいまでの反発が起きた。
互いのエネルギーがぶつかり合う。
そうして、相手の色を己の色の染め上げようとしていた。
互いに互いを捕食し合う。それを繰り返す中で、激しい突風が巻き起こる。
ギリギリとブレードを奴へと押し当てながら、俺は強く笑った。
それでいい。そうでなくては。
お前は人間じゃない。お前は世界の敵だ。
敵なら敵らしき――何処までも理不尽でいろッ!!
理不尽なまでの暴力。
理不尽なまでの言動。
理不尽だからこそ、お前は世界の敵であるのだ。
目の前の”暴力”を見つめながら、俺は笑い続けた。
人間を目標とし、この男を模して造られた俺。
偽物である自分が、本物を一番よく理解している。
理解しているからこそ、奪いたくなるのだ。
お前の全てが欲しい。
お前の手にしたもの全てを奪い去りたい。
俺は感情を高ぶらせながら、真の化け物に対して最大級の敵意をぶつけ続けた。
そんな俺を見る奴は――何処までも理不尽で。誰よりも恐怖を体現していた。




