215:待ち望んだ聖戦(side:ファースト)
ガタガタと揺れるコックピッド内。
外の景色をディスプレイ越しに見れば、朽ち果てた古城が聳え立っている。
かつて小さな王国が存在していた土地であり、今では人は誰も住んでいない。
ゴースト・タウンのように半壊した建物が並び、外敵から身を守る為の壁だけが未だに残っていた。
轟轟と風が冷たい吹き荒れて、破壊された文明がさらさらと消えていく。
その光景を見つめながら、私は鼻を鳴らす。
悲しき運命を辿った国の成れの果てを見ながら、私は小さく笑った。
「運命とは、言葉に似合わず……実に残酷なものだな」
手を伸ばして付けられたスイッチを下に向ける。
カチリと音がして背面に取り付けられた大型のブースタが解除された。
奴を追って此処まで来て、遂に尻尾を掴む事が出来た。
随分と時間が掛かったが、ようやく――奴と”死合う”事が出来る。
解き放たれたケモノ共を躾ける為に、私は此処にいる。
以前戦ったあの三人はそれほどの手応えは無かったが……今回はそう簡単にはいかないだろう。
別のスイッチを下に向ける。
すると、増設されたブースターがパージされた。
ガシャリと音がして切り離されたそれはゆっくりと下に落下していった。
スラスターを点火して、宙を飛ぶ。
パージされたブースターを確認してから、私は機体を操作して――奴を見つめた。
いる。あそこにいる。
豆粒ほどの大きさであっても、奴から放たれる強烈なプレッシャーですぐに気づく。
そそり立つ丘の上。地上から私を見つめながら、奴は待っていた。
出方を伺っている訳ではない。此方が仕掛けてくるのを待っているだけだ。
狩人として獲物が恐れを抱いて迂闊な行動を取るのを静かに待っている。
その行動だけで、私は奴の持つ未来視の力を強く警戒した。
いや、アレは奴の力では無いかもしれない。
もっと別の力であり、恐らくは……いや、今は良い。
私はニヤリと笑う。
そちらがその気であれば――望み通りにしよう。
「さぁ、存分に――殺し合おうッ!」
操縦レバーを握りしめて、私は一気にペダルを踏みつけた。
背中のスラスターが甲高い音を奏でる。
そうして、私は両手を背後に向けてチャージしたエネルギーを放つ。
後ろの四つのスラスターと両手のエネルギーの噴射によって機体は恐ろしいほどの加速を見せる。
ぐんと景色が一瞬で飛び、眼前に奴の機体が見えた。
血のように赤い機体であり、天使と死神二つの特徴を併せ持つそれ。
天使のように無駄が無く美しさすら抱くフォルム。
そして、死神のように相手を恐怖させるような強烈な威圧感がある。
奴の緑色のセンサーが強く発光して、私を見つめていた。
持ち前の爆発力を発揮して、私は一気に奴へと接近した。
体全体に感じる強烈な負荷。そして、痺れるほどに振動するレバー。
それら全てを感じて、心が強く躍った。
一瞬にして接近して、奴へと拳を振るう。
すると、奴はゼロ距離まで瞬きの間に詰め寄った私の攻撃を半身をずらして回避した。
反応速度は明らかに向こうの方が上だ。
だが、それだけで勝負が決まる事は無い。
回避される事を承知の上で初撃を放った。
ならば、二の太刀を用意するのは当然だ。
振りかぶった拳をそのまま地面に叩きつける。
奴が立っていた丘が激しく揺れて倒壊していく。
砂埃が舞い。奴の姿が消えた。
レーダーに反応がある。距離を離してから攻撃を仕掛けるタイミングを計るつもりか――そうはいかない。
スラスターを使って上へと飛ぶ。
垂直に機体を上昇させてから砂埃の中を突破した。
すると、短距離でのブーストによって奴の機体が迫る。
さきほどのお返しと言わんばかりの攻撃で。
私はニヤリと笑いながら、手からエネルギー砲を放つ。
虚空へと放ったそれが私の機体の位置を一瞬で変えた。
奴のブレードが空を切り、連続してエネルギー砲を放ったことによって奴の横に並び立つ。
そのままの勢いを利用して、私は奴の機体に目掛けて裏拳を放った。
風を切り裂き私の一撃が奴へと向かって――ギャリギャリと削り取る。
「ほぉ!」
片手に持ったブレード刃で私の拳を受け流した。
見事なまでの体重移動であり、アレほどの繊細な動きがメリウスに出来るものなのか。
私の拳と奴の刃がかち合って、ギャリギャリと音を立てなが激しい火花を散らせた。
奴はそのままもう片方のブレードを使い斬りかかって来た。
人間を超越した反応速度に加えて繊細な機体の操縦技術。
それをまざまざと見せられて――燃えない男はいないだろ?
奴の攻撃の先を読む。
フェイントを織り交ぜて来たその攻撃を拳で弾く。
上からの攻撃に見せかけて、足に”仕込んだ”ブレードで斬りかかって来た。
体を回転させる事によって手に集中させるように仕向けて来た。
だが、奴を甘くは見ていない。
甘くは見ていないからこそ、その先を読むことが出来た。
下段から斜め上に目掛けての攻撃を掌で受けてから、流すように弾いた。
奴の武器の切れ味は本物で、この鋼鉄の鎧に安心してはいられない。
剛で全てを破壊するのが私だが、今回に限っては柔を使う必要もある。
攻撃を回避して、奴の機体に向けて掌を向けた。
エネルギー砲の出力を一瞬で調整して広範囲の物にする。
すると、奴は何かに勘付いて一気に距離を離そうとした。
だが、そうするだろうとは思っていた。
距離を離そうとした瞬間に、広範囲に向けたエネルギー砲が放たれた。
凄まじい発光であり、奴の視界はこれで潰せたか。
機体の動きに無駄が生まれて、奴は一瞬だけかくついた。
その動きを見逃す筈も無く。私は奴へとブーストによって接近した。
体に強烈な負荷が掛かり、呼吸が一瞬だけし辛くなった。
しかし、私は笑みを浮かべながら手を動かして――連続でエネルギー砲を放つ。
一度目の照射で奴の目の前から姿を消す。
二度目の照射で奴の背後へと回った。
そうして、機体を激しく回転させながら遠心力の乗った攻撃を奴に見舞う。
レーダーの反応速度を超えた攻撃だ。
死角からの攻撃であり、これを読むことは不可能。
確実に決まる――筈はないよなッ!!
奴の殺気を感じた。
静かな殺気であり、常人であれば気づかない。
それを感じ取って、攻撃を中断する。
裏拳を放った時に掌を開いて、エネルギー砲を宙に放つ。
それによって攻撃の機動を一瞬で切り替えた。
すると、奴は瞬きする間もない一瞬の時間で攻撃を仕掛けて来た。
まるで、背後に来ることを理解していたように奴のブレードが振られる。
ピンポイントであり、私のコックピッドを精確に両断しようとしてきた。
だが、私の勘の良さが発揮された。
ブレードが振られた場所に私の拳が辺り、激しい衝撃が巻き起こった。
突風が吹き荒れて機体が激しく揺さぶられた。
二機のメリウスから放たれた攻撃のインパクトだけで、空気が振動していた。
鍔迫り合いの中で、私は奴に掌を向けた。
今度は的を絞った攻撃だ。
貫通力を高めたエネルギー砲を放つ。
すると、奴は攻撃する場所が分かっていたように機体をずらして回避した。
センサーを狙った私の攻撃は紙一重で回避される。
瞬間、己の中で強い警鐘が鳴り響いた。
私は腕に仕込んだギミックを使った。
腕の半ばから装甲が展開されて、そこから伸びたノズルからエネルギーが放たれた。
凄まじい音を立てながら、猛烈な勢いで拳に重さが加わる。
拮抗していた奴のブレードを弾いて、私の拳が奴のコックピッドに迫り――おぉ!!
奴の機体がブレた。
まるで、狐に化かされたかのように奴の機体がブレたのだ。
幻でも相手取っていたのか。いや、違う。
あれは紛れも無く実体であり、今も目の前にいる。
私の攻撃を逃れて真横に移動した奴がブレードを振りかぶっていた。
当たる。そう思った瞬間に、私は振り抜けた拳を開いてエネルギー砲を放つ。
不細工で奇天烈な動きであり、奴も予想出来なかったのか。
私の出鱈目な動きで、奴のブレードが横に弾かれる――事は無かった。
またしても、奴の姿がブレた。
蜃気楼のように像がブレて、攻撃モーションが戻される。
初撃など無かったかのように奴はもう一度攻撃を仕掛けて来た。
――が、同じ手は食わない。
生成されたエネルギーを一気に使い私は上に上昇する。
視界が一気に流れて、体が巨人の手でも上から叩きつけられたように強い負荷が掛かった。
しかし、私は一切体をブレさせる事無くレバーを握りしめた。
空気が薄い。が、肺に空気は溜めている。
計器からの警告音を聞き流し、私は目を細めた。
《エネルギー残量。残り五十パーセント》
「はは、私が短期決戦で押し負けるか……悪い冗談だ」
システムからのメッセージを聞きながら私は笑う。
そうして、逃がしはしないと追って来る敵へと視線を向ける。
何処までも追って来て、何処までも貪欲に勝利を求める。
その姿には見覚えがあった。
鏡のような存在であり、アレは他でも無い――私自身だ。
「つくづく、運命とは残酷だ――が、それがいいッ!!」
《呪え。自らの結末を――お前は此処で死ぬ》
奴からの通信を確かに聞いた。
挑発にしては詩的であり、情熱的だと個人的には思った。
笑みを深めながら、私は残りのエネルギーの残量も気にせずに突っ込んでいく。
奴のブレードと私の拳がかち合って凄まじいインパクトを生み出した。
空気が激しく振動し、私たちは互いに弾き飛ばされるように機体を交差させた。
限界まで、それを超えても尚――私はお前に勝ちたいッ!!
ブースト。そして更にブースト。
激しくコックピッド内が揺れて警報が鳴り響く。
それを無視して機体を酷使して、機体の方向を無理やりに変えた。
互いに真っ向から挑み。互いの武器を相手に叩き込む。
システムにセーフティを解除させて、機体のパフォーマンスを強制的に底上げさせた。
空中を飛びながら、互いの武器がかち当たる。
残像でも見えるほどの速さで私は連続で拳を叩きこんだ。
奴もブレードを振るい。果敢に攻撃を仕掛けて来る。
互いに接近戦が得意な機体だ。最終的にはこうなるだろうさ。
音が響き渡る。
金属を打ち鳴らす良い音で、心が震え闘志が燃え滾った。
空気が痛いほどに振動し、血が熱いほどに沸騰する。
コックピッド内の温度は上昇していき、サウナのような熱さだった。
此処は地獄か。いや、天使がいるのなら天国か。
互いの得物が相手の命を取ろうと振るわれる。
打ち、放ち、凪、払い、突く――情熱的な光景が広がっていた。
残像を生み出しながら、互いの連続攻撃が相手の攻撃を弾く。
甲高い音が連続で響き渡り、線香花火のように火花が宙を舞う。
限界を超えた挙動で、我々は空を舞いながら分厚い雲を抜けていく。
互いの姿が見えずとも、心で相手を感じ取っている。
心が示す場所へと移動して、そこへと拳を放てば――敵は立っているのだ。
「ははははははは!!!」
《――》
高笑いを浮かべながら、私はこの戦いを大いに楽しんだ。
血肉が叫べと言っている。この戦いを心に刻めと言っている。
それを受けながら私は大きな声で笑い――目を見開き敵を猛追した。
互いに離れる事無く肉薄して。
私は拳を振るい奴を仕留めようと動く。
そんな私の竜巻のように荒々しい攻撃を、奴は柳のように受け流していく。
一発一発が戦艦をも沈めるほどの威力を持った必殺の一撃だ。
比喩や例えでは無く、言葉通りの意味で。
それを奴は事も無げに受け流していた。
良い。実に良い。
相手にとって不足はない。
これほどまでに魂が喜んだ事は一度たりとも無い。
全力で戦える。全身全霊で想いをぶつけられる。
《機体の限界値を突破。危険域に到達》
「そうだ。もっとだ。もっともっと――ぶつけさせてくれッ!!」
魂からの叫び。
それを発しながら、私は流れるように機体を調整していく。
長年の経験が、培われてきた戦闘の技能が。
こうしろと叫び、私を操っていく。
闘争心の操り人形と化し、私は思う存分に戦う事が出来る。
一分一秒たりとも無駄にはしない。
満足するまで、死ぬその時まで――私は戦っていたい。
意思も目的も、何もかもを頭から除外する。
たった一つ。勝利を求めて、私は全てを出し切ろうとした。
エネルギー残量が減っていく中で、私は命の危機すら感じる。
ぞくぞくと背筋を凍らせるようなプレッシャー。
それを一心に受けながらも、私は笑みを絶やさない。
連続してブーストして宙を舞う。
この大空が私の戦場で、新たな強敵と出会えた。
その全てに感謝して、私は強く告死天使を思った。
どうか死なないで欲しい。
どうか負けないで欲しい。
どうか、どうか、どうか――全てを出し切ってくれ。
心の奥底で願う事。
それは口に出すことなく、私は燃えるような熱い吐息を零した。
サウナを超えて地獄の大釜の中と表しても何ら遜色のない空間で――私は子供のように瞳を輝かせた。




