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【完結】限界まで機動力を高めた結果、敵味方から恐れられている……何で?  作者: うどん
第五章:希望と絶望

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214:月光の下で笑う君

 扉を開けて、外へと出る。

 冷たい風が吹き、体の熱を冷ましてくれた。

 俺は目を細めながら、目の前に広がる光景を見つめる。

 鉄の扉の先には綺麗な夜空が広がっていた。

 満点の星空は絵画の一つのように綺麗で見惚れてしまう。

 漆黒のキャンパスに眩いばかりに輝く光が詰め込まれて。

 その中心には丸い月が宝石のように輝いている。

 美しい光景が、此処が”地球”であると俺に教えてくれる。

 何時だってそうだ。この世界は本物に負けないほどの美しさを内包していた。

 

 波の音が心地よく、潮風が気持ちいい。

 丁度いい明るさで、心が安らぐ様な気がした。

 音や匂い。光や温度を感じながら、俺は小さく笑う。

 

 一頻り体感し終えてから、俺は扉を閉めてゆっくりと歩き出した。

 カツカツと甲板を歩きながら、この先で待っている彼女の元へ向かう。

 此処に来るまでに色々と考えた。

 でも、そんな考えに意味なんて無い。


 最初から、俺が彼女に言うべき言葉は決まっていた。

 彼女が何て言おうとも関係ない。

 俺は俺の気持ちを伝える。

 彼女がどんな想いで今日まで生きてきたのか。

 彼女がどんな想いでこの場所に立っているのか。

 もしも全てを話してくれるのなら、俺は真剣に聞きたい。


 悩みも不安も、悲しい事も辛い事も。

 彼女がため込んでいる全てを俺は聞く。

 話してくれる事全てに、俺は耳を傾けたい。


 甲板を進んでいけば、船首に近い場所に着く。

 目を凝らせば、鉄柵に手を置いて月を見ている女性がいた。

 俺は彼女の背中を見つめながら、堂々と彼女に近づいていく。

 ゆっくり、ゆっくりと近づいて――


 

「止まって」

「……分かった」


 

 彼女は俺を止める。

 これ以上は近づいて欲しくないのだろう。

 俺はその言葉に従って足を止めた。

 彼女はゆっくりと髪を抑えながら振り向いた。

 風に靡いて彼女の桃色の頭髪が揺れる。

 真っすぐに向けられる青い瞳からは寂しさを感じた。

 青いジャージの上着は前が開かれていて、白いシャツが見えている。

 そこに立っているのは紛う事なき――ショーコさん本人だった。


 彼女は儚い笑みを浮かべる。

 俺ならば必ず一人で来てくれると信じていたと言う。

 そんな言葉を黙って聞きながら、俺は彼女に視線を向ける。

 ショーコさんはそんな俺の視線を受けて、両手を後ろに回してから横を向く。

 空を見上げれながら、彼女はゆっくりと俺に話しかけてきた。


「……おじさんは、気づいていたんだよね」

「……何の事ですか?」

「ふふ、優しいね……でも、分かってる。おじさんが私を疑っていた事。リッキーも私を怪しんでいたのも」

「……今は違います。もう、この船に敵はいません。だから」


 彼女はゆっくりと首を動かす。

 その動きに俺は思わず声を出すのを忘れてしまう。

 大きく目を見開いて、綺麗な青い瞳が月明かりで輝いた気がした。

 此方に視線を向けながら、彼女の唇がゆっくりと動く。

 

 

 

「――私だよ?」


 

 

 ショーコさんは此方に目を向けながらハッキリと言った。

 俺は言葉を詰まらせて彼女を見ていた。

 そんな俺を見て彼女はくすりと笑う。

 狐のように目を細めながら、彼女は興が乗った役者のように喋り始めた。


「全部、私だよ。船のシステムにウィルスを仕込むように手引きしたのも、ミリーを使ってあの女を襲わせたのも。あの女を騙して、あの女に船のスタッフたちのヘイトを向けさせたのも。全部全部、ぜーんぶ……私のやった事だよ」

「……」

「何も言えない? うんうん。それはそうだよねぇ。今まで一緒に戦ってきた仲間が、敵だったんだから。辛いよね。悲しいよね。分かるよー。でも、残念ながら全部本当の事だよ。さぁ、おじさん! これからどうする? 私を捕まえられるかな? 態々こんな見晴らしのいい場所に呼んだんだよ。精々、頑張って」

「――それだけ?」

「……ん?」


 俺は首を傾げながら彼女に聞く。

 言いたいことはそれだけなのかと。

 本当にそれを言う為だけに俺を此処に呼んだのかと。

 真っすぐに彼女の瞳を見つめながら、俺はもう一度聞いた。

 すると、彼女は目を見開きながら笑う。

 少しだけ驚いている様子だった。

 もしかして、俺が激高して襲ってくると思ったのか。


 彼女はプルプルと震える。

 顔を下に向けて肩を小刻みに震わせて――堰を切ったように笑い声が響いた。

 

 彼女は大きく笑った。

 天を仰ぎ見ながら、彼女は愉快だと言いたげに大きな声が笑う。

 腹を両手で押さえながら、ケラケラと笑う。

 俺を嘲る笑い方であり、俺はそんな彼女を静かに見つめる。

 彼女は目じりに溜まった涙を拭いながら、綺麗な指を俺に向けた。


「おじさんは、本当に馬鹿だねぇ。それだけって、ふ、ふふふ……あぁ、可笑しい。何を期待してたのか。馬鹿みたいだね……ま、そんなおじさんを警戒して用意してきた私の方がもっと馬鹿だけどさぁ」


 彼女が指を振る。

 すると、カサカサという音と共に暗がりから何かが出て来た。

 それは小型の蜘蛛の形をしたデバイスであり、十体ほどはいる。

 センサー部分が赤く光り、ガチガチと足で甲板を叩く音が静かに響く。

 彼女が指示を出せば、これらの機械が一斉に俺を襲ってくるのだろう。

 サイトウさんもいない今、頼れる人間はいない。

 用意してきた、その言葉に嘘は無かった。


「おじさんとはもっとゲームを楽しみたかったけど。此処までみたいだねぇ。残念だけど、此処でおじさんには……退場してもらおうかな」


 彼女がゆっくりと手を挙げる。

 そうして、指を俺へと向けて来た。

 俺は動揺することも無く、彼女をジッと見つめる。

 ただ真っすぐに彼女の行動を見ていた。

 そんな俺を見て、彼女は苛立ちを露わにして舌打ちをする。

 そうして、短く「やれ」と機械たちに命令した。


 その瞬間に蜘蛛たちが動き出す。

 勢いよく俺の方へと駆けてきて飛び掛かって来た。

 しかし、俺は一切視線を向ける事はしなかった。

 彼女だけを見つめながら、その場で立ったままでいる。

 ゆっくりと蜘蛛の足が俺に振りかぶられて。

 その気配を感じながら、俺は冷たい目で見て来る彼女を――


 

「……気に入らない」


 

 蜘蛛の攻撃が逸れた。

 殺そうと思えば殺せた筈だ。

 殺さずとも手足を削いだ状態で、俺を小舟にでも載せて船から出しても良かった。

 しかし、彼女がそんな事をしないと俺は信じていた。

 彼女は今もこれからも、俺にとっての敵ではない。

 ずっとずっと仲間であり、俺はそんな彼女を攻撃するつもりなんて微塵も無かった。


 蜘蛛たちが道を開ける。

 彼女は開いた道を通って、ゆっくりと俺の前に立った。

 そうして、下から俺を見上げながら「どうして?」と聞く。


「……君は敵じゃない。仲間だ」

「違う。違う、違う、違う……理解できないの? 分からないの? 言ったじゃん。私は敵だってさ。今までの事も私が全部やったの……あ、足りない? じゃ、オリアナの事も話そうか? 私が本当は全部知ってて隠してたって事。あ、それともマクラーゲン中佐の事はどう? 悲しかったよねぇ。私が教えてたら結果は変わったのに。本当に残念――ッ!?」


 俺は得意げに話す彼女の言葉を遮る。

 両の手で彼女の体を抱きしめながら、俺はそっと言葉を発した。


「もう、いい。もういいんだ……無理に話さなくていい」

「は、はは。何言ってるのぉ? 誰が無理なんてしてるって? 私の功績を自慢されるのがそんなに嫌なの?」

「功績じゃない。そんものは何の誇りにもならない」

「はぁ? 意味わかんないよ! さっさとどいて」

「――辛そうじゃないか。震えてるじゃないか。虚勢を張っても君の瞳からは寂しさしか感じなかった」

「……っ」


 俺は彼女を抱きしめながら、ハッキリと言った。

 もがいていた彼女は、俺の言葉を聞いてピタリと動きを止める。


「……何も知らない癖に。知ったような口を利かないでよ……」

「知らないさ。まだ俺はショーコさんの事を何も知らない。たった数年だ。それだけの付き合いだよ……だから、これから教えて欲しい。ゆっくりでもいい。何年かけてもいい。話したくなった時で良い。君の事を教えてくれないか」

「……私は、敵なんだよ。おじさんは、私の罪を全部許すって言うの?」


 彼女は俺を試すような口ぶりで問いかけて来る。

 この問いの答えを間違えれば取り返しのつかない事になる。

 やり直しは利かない。言ったが最後であり、迷いすらも命取りだ。

 しかし、俺はその問いの答えを理解していた。

 それに対しての俺の答えは、最初から決まっていた。


 俺は彼女を強く抱きしめる。

 彼女の体温を体全体で感じながら、俺はハッキリと言った。



 

「――許せない。許しちゃいけない。君の罪を俺の一存で許す事は出来ない」

「……そうだよね」

「だから、君の罪を――俺にも背負わせてくれないか?」

「……え?」


 

 

 ゆっくりと彼女から体を離す。

 そうして、俺はゆっくり息を吸って言葉を発した。


「俺には秘密がある。俺は……人間じゃない」

「……うん」

「俺は現実世界ではロボットだった。それも多くの人間を殺して、多くの人間の人生を狂わせた大罪を持った機械だ。誇れる事なんて何一つない。生きてる価値だって無いだろうさ……これが俺の秘密だ」

「……何で、私に教えてくれたの?」


 彼女は純粋な疑問を俺に投げかけて来た。

 俺は困ったように笑いながら、彼女の疑問に答える。


「だってショーコさんの罪を背負うんだからさ。隠し事なんてしたら失礼だろ?」


 俺がそう言うと彼女は目を見開く。

 ぽかんとした表情であり、彼女は小さく口を開けていた。

 そんな彼女を見つめながら、俺はもう一度罪を背負わせてほしと願う。

 こんな俺がそんな事をする資格はないかもしれない。

 既に多くの罪を犯した俺が、これ以上の罪を背負うのは無責任かもしれない。

 

 でも、それでも――彼女は微笑む。


「……本当に、馬鹿だなぁ……馬鹿みたいに、優しいんだから……ああぁ、任務。失敗だ」


 彼女の手から何かが落ちた。

 今まで気づかなかったが彼女は何かを持っていたようだ。

 落ちたものを見れば小型の注射機のようで。

 俺は一瞬だけ肝を冷やしながらも、彼女に視線を向けた。


 彼女は俺から離れて、船の中へ戻ろうとした。

 俺はそんな彼女を呼び止めて、返事を聞こうとした。

 すると、彼女は俺に視線を向ける事無くハッキリと言った。


「この勝負は私の負けで良いよ……でも、私が敵であることは変わらないから。必要以上の情報も、おじさんにはあげるつもりは毛頭ないからぁ……それに、これ以上おじさんに罪なんて……」

 

 最後の方はよく聞こえなかった。

 何と言ったのかと聞けば、彼女は何も言っていないと言う。


「……私の事を話したかったら好きにしなよ。まぁ私は何処にでも」

「――言わないよ。その必要は無い」

「……あのさ。何でそう断言できちゃうの?」

「だって仲間だから」

「……あぁ、もう……勝手にしなよ! もう何もしない! どうせ任務は失敗したんだから。私の役目も終わりだし……疲れた」


 彼女の後を蜘蛛たちがついていく。

 彼女は指を振って蜘蛛たちをばらけさせた。

 散り散りに散開していく蜘蛛を見つめてから彼女は大きくため息を吐いた。



「……本当、嫌な女……」


 

 彼女はぼそりと呟いてから去っていく。

 何もしないと彼女が言ったのなら、本当にもう何もしないのだろう。

 罪を許す事は出来ないし、彼女が敵と言うのなら立場を変える事もないかもしれない。

 でも、俺は彼女の言葉や行動を信じている。

 此処で俺を見逃したのは彼女で、俺を生かしたのも彼女だ。


 俺は落ちている注射器を手に取った。

 見た目よりも軽いその中身は恐らくは神薬かもしれない。

 貴重な薬を置いて行ったのは、彼女なりの気遣いだったのか。

 好きに調べればいい、そう言いたいのかもしれない。


「……ほい!」

 

 俺は大きく振りかぶって、握った注射器を海へ投げ捨てた。

 遠くへ飛んだそれはゆっくりと落下していって、ぼちゃりと音を鳴らして沈んでいった。

 調べるつもりはない。何度も言うが彼女は敵じゃないから。

 あんなものは持っているだけで多くの人間を不幸にする。

 これで良かった……たぶん。


 ポケットに手を突っ込んで俺は歩き出す。

 しかし、一瞬だけ何かが見えた。

 影が動いたように見えて――俺はくすりと笑う。


「……意外と小心者だな」


 用意周到であり、演技が得意な彼女。

 だが、俺の行動が気になっていたようだ。

 気配が無くなった甲板の上で俺は微笑みながら、ゆっくりと来た道を戻っていく。


 覚悟を決めて行動を起こした。

 彼女は俺が気づいていたと言った。

 それは間違いではなく、俺は心の奥底で気づいていた。

 意識を失い病室で眠っていた時、俺は彼女の声を聞いた。

 夢の中の事だと思っていたが、アレは”現実”だったのだろう。

 彼女は苦しそうな声で俺に語りかけていて。

 俺はそんな彼女の苦しみを無意識の内に見て見ぬフリをしていた


 アレは夢だ。アレは偽物だ。アレは違う。

 そう否定し続けて、俺は今まで真実から目を背けて来た。

 その結果、俺は彼女に取り返しのつかない罪を背負わせてしまった。

 もう戻る事は出来ない。ミリーが生き返る事は無いのだ。


 許せない。許してはいけない。

 だから、俺は彼女に罪を償う機会を与えたい。

 俺から仲間たちに話す事はしない。

 彼女が行動しなければいけない。彼女自身が決意して、罪を告白する必要がある。

 誰だって逃げたくなるような現実がある。

 でも、逃げてはいけない。逃げたら一生後悔する事になるから。


 彼女が罪を認めて、罪の清算をする時。

 俺自身も、過去の罪を受け入れ過ちを正す時だ。

 一緒に罪を、過ちを――受け入れよう。


 この旅が終わり全てのケリをつけたら。

 俺はショーコさんと共に贖罪をしに行こうと思う。

 彼女がついてきてくれるかは分からない。

 でも、きっと、その時には彼女も決断している筈だ。


 彼女は何時だって俺にとって頼れる仲間だった。

 今もこれからも、俺は彼女たちと一緒に人生を歩む。

 それがこの世界で生きるという事だから。

 

 ゆっくり、ゆっくりと進んでいく。

 甲板に俺の靴の音が静かに響いて。

 俺はふと足を止めて、空を見上げた。

 視線の先には丸く黄色い月が宝石のように輝いていて――今夜の月は格別に綺麗に見えた。

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