210:愛する者の為に
虚空で指を操作して、服をパイロットスーツに変える。
そうして、ヘルメットを装着しながらケージの階段を駆け上がっていく。
カンカンと響く音を聞きながら、俺は下にいる人間たちを見た。
待機していた者たちも駆けつけて、皆が皆、忙しなく動き回っている。
怒声が響き渡る広い格納部の人間たちを見てから、俺は最後の段を登り切った。
上へと昇りつめて、自動で開かれたハッヂの中に体を滑り込ませた。
シートに体を預けながら、俺はハッヂの近くに立っていたスタッフから説明を受けた。
彼に礼を言ってから、俺はハッヂを閉じてコンソールを前に移動させた。
機体へと乗り込み、システムをチェックする。
AIからの言葉に返事をしながら、俺は笑みを浮かべてコンソールを叩く。
パラメーターが表示されて、問題なくコアが稼働している事が分かった。
エネルギーの供給率も問題ない。マニュピレーターの感度も正常。
システムが正常に起動して、ディスプレイに外の映像が映し出される。
先ほどいた整備班からメンテナンスは出来ている事を知らされて。
俺は彼に感謝しながら、片手間でバネッサ先生への連絡を繋いだ。
彼女は恐らくは、ブリッジへと戻っただろう。
連絡を繋いでみれば、すぐに返事は返って来る。
俺は手短に用件だけを伝えて、敵の詳しい情報などを求めた。
すると彼女は、敵が何者かは分からないと言ってくる。
俺は思わず真顔になって、何故なのかと聞き返す。
《謎の飛翔体をレーダーで捕捉してね。咄嗟に防衛装置を発動させたんだ。何とか間に合ったようで良かったが……自爆特攻だったのかは分からない》
「防衛装置?」
《君たちが取り付けた円盤だ……詳しい説明は後だ。すぐに出撃してくれ。まだ何かが来るかもしれない》
「……了解」
俺は雷切・二式のチェックを終わらせる。
ヘルメットのシールドを展開させてから、コンソールを戻してレバーを握る。
そうして、ケージから出て武器を取りに行った。
格納部に設置された巨大なアームが動いて、俺の武器を機体に装備させた。
接続されたそれを確認すれば、以前のショットライフルではない。
島から持ち込んだ突撃砲であり、弾は普通の徹甲弾だった。
違いがあるとすればゴウリキマルさん達によって改良が施されていて。
磁器システムを取り入れて弾頭の加速度を跳ね上げている。
命中率もさることながら、弾自体の威力も跳ね上がっているようだ。
マガジンも延長しており、多対一の戦闘で活躍できそうだな。
チラリと別の方向を見れば、トロイたちも出撃準備をしている。
コックピッドへと乗り込んでいて、俺は小さく笑う。
どうやらアイツ等も手伝ってくれるようで俺はとても心強かった。
久しぶりに仲間と共に戦える。もう俺の心に迷いは無い。
彼女のお陰で自分自身が本当にすべき行動が見えた。
危険はあるだろう。仲間からは反対されるかもしれない。
それでも、俺はやらなければならない。
それが俺が仲間たちの事を心から信じているという意思表示になると信じているから。
「……きっと伝わる。想いは必ず」
俺は操縦レバーを握りながら、機体を操作する。
そうして、脚部を射出装置に固定した。
回転灯が赤く光りながら激しく回って、出撃用のハッチが開いていく。
それを見つめながら、俺は目つきを鋭くさせた。
整備班の人間が最終確認を終わらせてゴーサインを送って来る。
俺はそれを確認して、体に力を込めて――シートに押し付けられる。
射出装置が起動して、機体が外へと投げ出される。
機体が宙を舞い、俺はスラスターを点火して空を駆けた。
一気に上へと上昇していって、機体を空中で静止させる。
そうして、外側から船の状態を確認した。
「……損傷はない……バリアか何かか?」
あの円形の装置は、船にバリアを張る為の物だったのかもしれない。
だからこそ、複数個存在して等間隔に設置した。
バネッサ先生は何とか間に合っていたと言ったが……そんなにタイミングよく出来るものか?
少しだけ不審に思えた。
しかし、船を守ってくれたというのなら疑っても仕方がない。
彼女は仕事をしてこの船を守った。ただそれだけだ。
俺は機体を反転させて、周囲に目を向けた。
システムを索敵モードに切り替えて、周囲一帯にセンサーを向ける。
しかし、敵の反応は無く……いや、何かが接近している?
遠方からの接近をレーダーが捉えた。
俺はすぐにバネッサ先生に再び連絡を繋いで確認を取る。
すると、彼女はすぐにその機体が以前戦ったあの青い機体であると断定した。
やはり追ってきたようであり、戦いは避けられない。
俺は両手に突撃砲を装備しながら、向かってくる敵を見据えて――飛翔する。
奴の近くには、無数のメリウスの反応がある。
恐らくは無人機であり、俺はトロイたちに通信を繋いだ。
「トロイ、船を守ってくれ」
《あぁ!? お前は!?》
「――親玉を潰すッ!!」
《……了解。頼んだぜ、相棒!》
短いやり取りを終えて、俺は薄く笑みを浮かべた。
そうして、ペダルを強く踏んで加速した。
シートに体が強く押しつけられて、コックピッド内がガタガタと揺れる。
慣れた圧であり、この程度は問題じゃない。
距離をグングンと縮めて来る敵を見つめながら、俺はボタンに指を置いて――押した。
前方へと向けた銃口から炸裂音が響く。
虫のように大群で迫って来たそれへと狙いもつけずに弾を乱射する。
親玉を守る様に立ち塞がった無人機の装甲を穿ち、弾は敵を次々と墜としていく。
機体にオイルが掛り、敵の残骸が宙を舞う。
それをひらりと回避しながら、俺は一瞬ですれ違った敵の親玉に視線を向けた。
深い青色をした機体。
鳥のように軽やかな見た目の軽量級だ。
スラスター部分から赤黒いエネルギーを迸らせながら。
奴は不気味な音を奏でて、此方にセンサーを向けていた。
奴から漂う濃厚な殺気。危険なほどの死の臭いで。
手にした得物を構えながら、俺は奴に強い警戒心を抱いた。
以前よりも、更に殺気が濃くなった。
が、何かが違う。
纏う空気が少しだけ変わっている気がした。
何かを覚悟してきたのか……分からない。
俺は奴のうえを飛行して通り過ぎれば、奴は下をすり抜ける。
此方へとセンサーを向けながら、奴が強い敵意を俺へとぶつけて来た。
それを一心に受けながら、俺は笑みを深めてレバーを操作する。
奴は無人機の群れから離れて俺へと迫る。
手には長いバレルのライフルが握られていた。
射程距離が長そうであるが、連射性能はそれほど無いかもしれない。
もう片方にはあの時に途中で受け取ったレーザーブレードが取り付けられていた。
”銃口が俺へと向けられて弾が放たれる”。
その未来を見て、俺は咄嗟に横へとズレて回避した。
動きの先を見ての行動で、敵が少しだけ行動を変えた。
照準がずらされて、胴体部分の装甲を奴の放った弾が軽く撫でた。
機体が僅かに揺れて、AIから被弾したことを知らされる。
スレスレを弾が飛んで、装甲を軽く撫でた。
未来を読んだ上で回避したが、それでもギリギリだ。
発射されてから避けていれば間に合わない。
未来視を使って行動を予測して、その上勘を働かせて回避しなければならない。
一瞬でも気を緩めれば接近されてあのブレードで両断されてしまう。
途轍もないスリルであり、背筋が凍りそうだった。
「来いよ。付き合ってやる。何方かの覚悟が勝つまで――やってやるよ」
《……殺す。全てにケリをつける為に》
傍受した通信から奴の声を聞く。
あの時にいた無人機の存在を警戒しながら、俺は奴とのドッグファイトに臨んだ。
激しく機体を揺さぶりながら、奴との距離を一定に保つ。
此方も突撃砲を向けて攻撃するが、奴は見事な操縦によって紙一重で回避する。
隙間を縫うように飛行し、確実の此方を仕留める為にライフルの狙いを絞る。
放たれたそれは俺のコアを精確に穿とうとしていて、俺は肝を冷やしながら回避した。
速度の限界を超えて、俺たちは危険な領域でダンスをする。
炸裂音が一瞬だけ聞こえて遠ざかり、スラスターから激しい音が響き渡る。
コアの熱によって機体内の温度は徐々に高まっていって。
気分を高揚させながら、俺は手にじっとりと汗を滲ませていた。
心が躍る。怖いくらいに相手は俺を殺す気だ。
それでも、この感覚だけは忘れられない。
破壊する為じゃない、相手を殺したい訳でもない。
俺は生きる為の戦いが好きだ。
そして何よりも、大空を自由に飛ぶことが出来るこの世界が――大好きだった。
目を細めながら、俺は指のボタンを押してスラスターの向きを調整する。
脳波によるコントロールでAIに機体の操作の補助もさせた。
複雑な動きも、二人でなら問題ない。
俺はツゥっと頬から汗を流しながら、レバーを動かして下へと突っ込んでいった。
ぐんぐんと機体が下へと落ちていく。
広い海原が完全に迫って来て。
機体からのアラートによって音が嫌が応でも心臓は鼓動を早める。
極限まで集中力高めて、俺は海面を睨みつける。
海面へと近づいていけば、墜落の危険性が高まる。
けたたましい警告音を聞きながら、俺は視線を奴に固定しつつ距離を測る。
センサーは使えない。奴を見ていなければ攻撃を回避できない。
海面との距離は勘で図るしかない。
俺は乾ききった唇を舐めてから、汗ばんだ手でレバー握る。
その間にも背後から攻撃を放たれて、俺はそれを回転しながら避けた。
曲芸のようなものだ。違いがあるとすれば、安全性が極端に薄い事か。
警告音が強くなっていくような錯覚を覚えた。
何度も何度も危険を発して、俺の心臓も早鐘を打つ。
呼吸を乱すことなく、すぐそこに迫る水面を見つめた。
しかし、俺は全ての警告を無視して全神経を敵に向ける。
まだだ、まだだ、まだ――まだ――――此処だッ!!
ペダルを踏みながら、レバーを動かす。
AIもサポートをして、機体は一気に向きを変える。
体に強い負荷が掛かって、体が下に押しつぶされそうだった。
歯を食いしばって耐えながら、俺は機体の進路を無理やりに変えた。
バシャりと片足が海面に当たり水しぶきが上がる。
姿勢が乱れそうになるのを自らの経験で即座に調整した。
そうして、海面ギリギリで進路を変えたことによって水柱が起きた。
海面ギリギリを飛行すれば、スラスターから噴射されるエネルギーによって大きな水柱が発生する。
スラスターからの熱によって潮水が上空へと巻き上げられるのだ。
追走してきている敵はそんな水柱で視界を塞がれる事になる。
俺は蛇のように態と機体を蛇行させながら、背面飛行によって銃口を敵に向ける。
何処から出て来ようとも関係ない。
出てきた瞬間に蜂の巣にしてやれる。
奴の視界を防ぎ、奴は大きく迂回しようとするだろう。
そこが隙であり、攻撃をするのなら――なッ!?
奴は迂回しない。
水柱の中を突っ込んで、ブーストしてきた。
一気に距離を縮めて、蛇行する俺の位置を精確に見抜いた。
ブレードのチャージは完了している。
次の瞬間には俺の機体は両断されるだろう。
虚を突かれた。俺の方が一瞬だけ動揺した。
己の策を利用して、此方の隙を焙りだしたのか――ッ!
己が撃墜される未来が見えたような気がした。
俺は歯を食いしばりながら笑って――ペダルを強く踏みつける。
エネルギーを一気に使いブーストする。
限界を超えた飛行の更に上。
ギリギリを超えて危険とすら言える回避を敢行した。
その瞬間に体には凄まじい圧が加わり、ミシミシという音が聞こえてくる。
俺は歯を強く食いしばってそれに耐えて、ギリギリで奴の間合いから逃れた。
振りかぶられたブレードが巻き起こった水柱を一瞬で蒸発させる。
奴の周りに水蒸気が発生して、奴の緑色のセンサーが妖しく光る。
奴はレーザーブレードのエネルギーを四散させながら、俺をジッと見つめていた。
いたぶるつもりか、狩人の真似事か……違う。奴は狙っている。確実に俺を殺せる瞬間をッ!
奴の視線を受けながら、俺は海面に弾を撃ち込み奴をかく乱する。
再び動き始めて果敢に攻め込んでくる敵。
そんな敵の視界を防ぎかく乱しようとするが、奴は水柱越しに弾を放ってくる。
それも狙いは精確で、此方を確実に屠ろうとする。
水柱に阻まれながらも、奴は俺の位置をしっかりと見ていて。
普通であればそんな芸当は誰にも出来ない。
だとするのなら、奴が”普通”の人間では無いと言う事だ。
視界が防ごうとも此方の位置が分かると言う事は――奴も未来視を発現しているのかッ!
可能性は十分にあった。
他の幹部も未来を見ているような動きをしていたのだ。
こいつにだけ無いと言う事は無い。
敵が未来視を持っていると断定し、俺は気持ちを引き締める。
並の相手と思わない方が良い。こいつは若そうだが――覚悟が出来ている。
声と纏う空気から何となく伝わってくるのだ。
ただ相手を殺す為じゃない。
相手との戦いで、区切りをつけようとしていた。
センサーが何かを捉える。
それを確認すれば、一機のメリウスが上空に留まっていた。
その機体には見覚えがあって、あの特別製の無人機だとすぐに理解した。
何故、あんな場所から俺たちを見ている……見届けたいのか?
邪魔をせず、戦いを見届けたい。
それを敵から感じ取った。
ただの勘違いかもしれない。
しかし、俺の心はそう受け取った。
だったら、俺も本気にならなければならない。
この戦いには死んでも負けられない。
この男が俺を本気で殺そうとするのなら、俺も同じ気持ちで臨む。
何方かが死ぬまで戦いは止めない。
「踊ろう。終わるまで――ケリがつくまでなッ!!」
《――ッ!!》
機体を更に加速させる。
強い圧によって体が軋み鈍い痛みを発していた。
それを無視して俺は笑みを浮かべて、銃を乱射しながら戦った。
互いの得物が火を噴いて、相手の命を奪おうとする。
譲れない目的の為、信じる者の為――愛する人の為ッ!!
「やらせはしないッ!! 彼女は、俺が守って見せるッ!!」
《――此処で終わらせるッ!!》
意思が通じたかのように互いの声が混ざり合う。
それを聞きながら、俺たちは音速を超えた戦場で――命を削る戦いを続行した。




