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207:生じる矛盾

 ――あっと言う間の出来事だった。


 作業を一通り終わらせて、ショーコさんが作ってくれた握り飯を食べていた。

 時刻はお昼時であり、作業で疲れた仲間たちは盛大に腹を空かしていた。

 彼女は作業に参加できない代わりに、厨房を借りて俺たちに弁当を作ってくれた。

 俺たちはそれを受け取って、仕事を終わらせるとすぐに食事をした。

 握り飯は絶妙な塩加減であり、中には具が入っているものもあった。

 酸っぱいながらもすきっ腹には丁度いい梅干しや鰹節とたれが絶妙な味わいのおかかなど。

 三重にしてこんもりと入っていたそれらを平らげた時――事件は起きた。


 船の警報システムが作動して、侵入者を知らせる音が鳴り響いた。

 端末が震えて緊急の連絡が入り、敵は浄化装置のセキュリティーを強引に突破したとバネッサ先生から聞いた。

 俺たちは急いで現場へと向かった。

 走って、走って、走って――到着して、中に入って目を疑った。


 ゆっくりと振り返り手を挙げているのはサイトウさんで。

 彼女が何故、浄化装置に侵入したのか分からなかった。

 理由を聞こうにも、彼女は詳しい事は話してくれなかった。

 残骸を回収しろと言ったが、それが何かさえ分からなかった。

 現場には何も無く、彼女が投げたであろう暗器だけが転がっていたのだ。

 質問をしようにも、彼女は俺たちには理解できないと思い込んでいて。

 彼女は無抵抗のまま手枷を嵌められてしまった。


 そうして、ただ一言。

 最後に信用できるのは己だけだと言い残して、彼女は連行されて行った。




 部屋へと戻り、暫くの間待機を命じられた。

 俺はすぐに端末を取り出して、サイトウさんが送って来たものを確認する。

 それらは彼女が調べていたものの記録データであり、中には監視カメラの映像もあった。

 重要なのは彼女が何故、あの場所へと向かったのかだ。

 その理由はすぐに分かり、彼女が仕掛けたであろう監視カメラの映像には間違いなくミリーが映っている。

 周囲を警戒しながら侵入し、バルブを閉じてからタンクの中に水が入らないようにして。

 蓋が自動で開けば、中へと何かの薬入りの袋を投げ込んでいた。

 それは恐らく……神薬だろうか。


 サイトウさんの考えを全て理解できる訳じゃない。

 でも、彼女であれば浄化装置が稼働するタイミングも把握していたかもしれない。

 浄化装置について詳しい訳じゃないが、恐らくはタンクに入れられた薬は間に合わなければ溶け込んでいたのだろう。

 

 彼女から貰った監視カメラの映像を一時停止しながら。

 俺はPCを起ち上げて、船に関する資料を確認した。

 事前にミネルバからある程度の情報の閲覧が出来るように、権限を貰っていた。

 それを使ってアクセスして、バンクに残った資料の中から浄化装置を……あった。


 浄化装置に関する資料を広げる。

 レンズから空中に映像が投射されて、部屋一杯に浄化装置の全貌が明らかになる。

 俺は椅子を引いてレンズの前から退いてから、ゆっくりと立ち上がって全体を見た。

 そうして、PCと端末を連動させて資料を確認していく。


 時間が無いので流し読みしていけば、幾つか気になる事はあった。

 それは浄化装置のあのタンクは、浄化を終えた水を一時的に管理する為のタンクで。

 あのタンクの中に入れられた水は最終チェックを終えれば、すぐに船全体に供給されるようになっている。

 つまり、あの中に薬を入れたとしてもシステムに引っかかり通れない筈じゃ……いや、待てよ。


 資料から切り替えて、サイトウさんの記録を確認する。

 幾つかのファイルに保存されているものの中で、神薬に関するデータが入ったファイルを見つける。

 それを開いて確認していき、神薬の毒性の検知の可否というものを見つけた。

 調べられた調査内容から言えば、神薬が入った水を検査に掛ければある程度は問題なく通されてしまう。

 唯一、神薬に関する詳しいデータを入力しておいた機械にだけは、それを発見する事が出来た。

 つまり、元となるデータが無ければ神薬を弾くことは不可能で。

 恐らくは、U・Mの母艦の検知システムには俺が持ち帰ったデータがあったから組み込むことが出来た。

 だが、天子は存在は知っていてもデータが無いから、実質的に神薬を弾くことは彼女たちには不可能だと言える。


「……もしかして、浄化装置に誰も近づけなかったのは……神薬を警戒してか?」


 船の全体図を見れば、浄化装置が設置されているエリアは船の中心部から少し離れた後方部。

 やや下あたりにの場所であり、敵からの攻撃や浸水の危険性が低い場所だと言える。

 短い間の航海だと考えれば、浄化装置が故障する危険も無いだろう。

 だからこそ、敵の妨害を考慮して浄化装置への扉を封鎖した。

 機械は自動で船全体に水を供給し続けるから心配は無い……なら、この映像は何だ?


 監視カメラの映像にはハッキリとミリーが映っている。

 これは紛れも無く彼女が浄化装置があるエリアに侵入したことを表している。

 だが、ただのメカニックにこのエリアへ侵入する事は不可能だ。

 如何にハッキングの知識があったとしても、厳重なセキュリティーを突破するのは不可能だろう。

 サイトウさんのように強引な手を使った可能性は……これはゼロだ。


 彼女のような手段を取ればすぐに発見される。

 現に、彼女の侵入を検知して船の警報システムは作動した。

 すぐに発見されて確保されるのがオチだ。


 だったら、ミリーはどうやって……ん?


 端末が震えていた。

 俺はPCからの映像を切り、すぐに通信を繋いだ。

 相手はゴウリキマルさんであり、話の内容は送られてきた情報に関する事だった。


 俺は驚いた。

 自分にだけと思っていたが、彼女はゴウリキマルさんにも情報を送っていたらしい。


「……それで、何か気づいたんですか?」

《ん? あぁ……ちっと苦労はしたが、この監視カメラの映像を解析してな……これはフェイクだ》

「……偽物なんですか?」


 俺が驚きながら聞けば彼女は肯定する。

 よく調べないと分からないらしいが、若干、動きに違和感があるらしい。

 紙一重の誤差であり、疑ってかからなければ分からないようなもので。

 彼女は悪意のある人間の仕業であると断定していた。


「……つまり、サイトウさんはこのフェイクに嵌められて……薬も入れられていない?」

《多分な……にしても、どうやってこんなもんを用意したんだぁ?》

「……と、言うと?」

《いやいや、だってそうだろ? 監視カメラにハッキングしたのなら、こういうもんも流せるだろうけどさ。あそこは誰も侵入できない場所なんだろ? なら、尚更、どうやってカメラの映像をこれに差し替えて》

「――待ってください」

《……あ?》


 俺は思わず彼女の言葉を止めてしまう。

 何かが引っかかった。確実な違和感。

 発言に対して生じる矛盾であり、喉に魚の骨が刺さったような不快感を抱く。


 この映像は間違いなくフェイクであり、ミリーは実際にあの場所には行っていない。

 そして、サイトウさんはそれに気づかずにあの場所に強引に侵入した。

 その結果、俺たちに発見されて拘束された。


 違和感は、この中に存在する。

 決定的な何かであり、俺もゴウリキマルさんも気づかなかったもので。

 彼女との会話を重ねる事によって抱くことが出来たそれ。

 俺はそれを逃すまいと頭を働かせて思考した。


 何かが違う。何かが間違っている。

 矛盾だ。辻褄が合わない現象が起きているのだ。

 考えろ。考えろ。絶対に、あり得ない事に違いない。

 それが何か、後少しで分かる。


 

 後少しで、後少しで、後少しで――……っ!




『あそこは”誰も侵入できない”場所なんだろ?』




 そうだ。そうなのだ。


 あそこは文字通り“誰も侵入する事は出来ない”のだ。


 それならば、おかしい筈だ。




 だってそうだろ。そんな場所で何故――監視カメラを“設置”できるんだ?




 矛盾がハッキリと見えた。

 あり得ない現象が起こっていて、件の人物は可笑しな行動を取った。

 自分が侵入した筈も無い場所に、監視カメラを設置したと思い込んで。

 それを信じ込んで、その映像に映りこんだ人間の行動を真に受けて現場に向かった。


 そうだ。最初からこれは違和感しかなかった。

 普段の彼女が、こんな初歩的なミスをするのか。

 映像の確認もせずに飛び出して、仲間に強い疑念を抱かせて自らの立場を危うくさせる。

 人に対して関心が無い彼女でも、この船で自由が無くなれば危険を感じる筈だ。

 だからこそ、不愛想でありながらも、表立って敵対するような行動は控えていた。



 だが、今回の行動はどうだ?



 明確なまでに怪しまれるような行動を取っている。

 スタッフ全てから危険視されるような行動で。

 彼女自身が望んでいない結果を、自らが選択したようになっている。


 本来であれば、彼女はスタッフや俺を守る為に行動したと思えるだろう。

 しかし、彼女と長い間一緒にいたからこそ分かる事がある。

 彼女は仕事でも何でも、疑念を抱くような事があれば解消しようとする。

 監視カメラにしろ、その映像にしろ。そのままの意味で捉えるような真似はしない。

 時間が無くとも調べた上で行動を取る筈だ。

 それなのに、彼女は無鉄砲な人間のように動いて……まさか。


 俺は最悪のパターンを頭に過らせた。

 それはあっては欲しくない考えて。

 黙ったまま一人で考え事をしている俺に対して、ゴウリキマルさんは心配そうに声を掛けて来る。

 しかし、その声に反応していられるほど今の俺に余裕はない。


 確かめる必要がある。

 彼女の身に何が起きているのか。

 この目でハッキリと確認するしかない。


「……ゴウリキマルさん。すみません。ちょっと調べに行ってきます」

《はぁ? 調べに行くってお前。待機してろって言われたのに――》


 俺は通信を一方的に切断する。

 そうして、ジャケットを羽織ってから歩いていく。

 部屋から出て、俺はサイトウさんが収容されている部屋を目指した。

 焦りからか頬を汗が伝っていく。

 それを乱暴に腕で拭ってから、俺は速足で歩いていく。


 間違っていてくれ。

 何も起きないでくれ。

 俺は必死に心の中で祈りながら――心臓の鼓動を静かに早めていった。

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