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【完結】限界まで機動力を高めた結果、敵味方から恐れられている……何で?  作者: うどん
第五章:希望と絶望

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203:任務を果たす為

 時刻は既に深夜となり、カルトペグニオの活気が最高潮に達する頃。

 俺は船にいる仲間たちを機体の格納部に集めた。

 手の空いている者、仮眠を取ろうとした者……兎に角、来られるものだけを集めた。


 最初は、こんな時間に何故、人を集めるのかと皆は懐疑的だった。

 しかし、俺は重い口を動かして起きた事を全て話した。

 ミリー・フォールドの死。そして、彼女が起こした事件について。

 それを黙って聞いていた彼らは、やがて完全に眠気を覚まして怒りに染まった顔で俺を見つめていた。

 何故、どうして、そんな訳ない……色んな感情が混ざった視線だった。


 船で起きたシステムへのウィルス流入事件。

 その真相をスタッフたちに伝えれば、彼らは怒声を発してそんな訳は無いと抗議してきた。

 誰もがミリーはやっていないと思っていて。俺自身もそう思っていた。

 しかし、実際にはサイトウさんの隠しカメラによってその一部始終が記録されている。

 サイトウさんの部屋へと侵入し、メカニックのミリーは彼女を襲撃した。

 その結果、ミリーは命を落としてしまった。


 彼女から拝借した映像を、スタッフたちに見せた。

 そこにはサイトウさんの部屋に侵入し、彼女をナイフで斬りかかるミリーが映っていた。

 彼女が殺される場面は見せない。それを見せれば、彼らの恨みが増してしまうから。


 だが、映像を見ていた何名かのスタッフは既に硬く拳を握り締めていた。

 今にも人を殺しそうな目で、彼らはサイトウさんを見ていた。

 彼女はそんな視線など無視して、端末を操作していた。

 積み上げられたボックスコンテナの上に座りながら、黙々と端末を指で操作する。

 投影されている映像を見れば、ミリーの生体情報から分析を掛けているのだと分かる。


 格納エリアに集まったスタッフたちの中には、ミリーをあまりよく知らない人間もいる。

 東源国からのスタッフがそれであり、彼らは何とも言えない表情で彼らを見つめていた。

 怒りに震え握った拳を彼女に打ち込もうとする人間。

 そして、彼らの怒りを理解できずに、この空気に居心地の悪さを感じている人間。

 その二つがこの場に存在していて、俺は口を堅く閉ざして俯いていた。


 ブリッジにいた人間の中に、彼女を見たという人間は少ない。

 しかし、メカニックの作業服を着ていた事から彼女について行き。

 そうして、何らかの方法を用いて一時的に記憶を消されたとバネッサ先生は言った。

 神薬を使った可能性も勿論あったが、彼らの生体データからはそのデータは見られなかった。


 ふつふつと怒りを積もらせて、我慢できなかったスタッフの一人が彼女に殴りかかろうとした。

 勢いよく駆けだして、拳を振りあげて彼女へと向かっていく。

 俺はまずいと思って彼を止めようとした。

 しかし、俺が止めるよりも先に一人の老人がそのメカニックの足を払う。

 男はこけて顔面を床に強打した。

 鼻を摩りながら、何をするのかと老人に言う。


 その老人はミリーと一緒にいたジャック・モーガンその人で。

 彼はゴーグルを静かに装着してから「仕事だ」と言う。

 今の時刻は既に深夜であり、明日からは船へと食料や資材の搬入がある。

 だが、それを彼らに伝えるのは酷ではないかと考えた。

 こんな状況で仕事なんて言える筈がない。

 そう思っていれば、一番辛い筈のモーガンさんが仕事の準備だと言う。

 

 俺は彼を思わず呼び止める。

 そうして、無理をしなくても良いと伝えてしまった。

 すると、彼はゆっくりと振り返って目を細めながら俺に言葉を発した。


「悲しんでいる暇が、我々にあるのかい? アンタは何をする為に此処にいるんだ?」

「……俺はゴウリキマルさんを安全な場所に移送する為に」

「――だったら、止まるんじゃない。目的を達成する為なら、儂らを馬車馬の如く働かせろ。若造」

「――ッ!」


 ジャック・モーガンはそれだけ言って去っていく。

 ミリーへのお別れもせずに、彼はその場からいなくなる。

 明日の搬入作業の為に、甲板の確認に行ったのだろう……強い人だ。


 怒りで震えていた人間たち。

 しかし、ジャック・モーガンの言葉と行動で、彼らは動き出す。

 それぞれが自分の役目を果たす為に動き出して。

 残された俺は、チラリとサイトウさんを見た。


「……何?」

「いえ、来てくれてありがとうございます」

「……別に」


 彼女はそれだけ言って去っていく。

 一人になった俺は小さく息を吐いた。

 そうして、両手で頬を強く叩いてから歩き出す。

 明日は、ようやく必要な物を船へと載せる事が出来る。

 あの男は約束を果たしてくれたのだ。

 俺たちは出航して、また再び機械たちの墓場を目指す。


 ジャック・モーガンの言葉を思い出せ。

 お前を何の為に、この場所にいるんだ。

 お前はゴウリキマルさんを守る為に此処にいる。

 その為ならば、どんな手であろうとも使え。

 スタッフも使って、あらゆる環境も利用しろ。


 仲間の死を悲しむことはあっても、足を止めてはいけない。

 進め。進んで、任務を成し遂げろ。

 それが、それこそが――俺が今、此処にいる理由だから。


 §§§


 船へと資材が運び込まれていく。

 カルトペグニオから少し離れた海域で。

 手配されたコンテナ船から、次々と食料や資材が運ばれてきた。

 掛けられた頑強な鉄製の橋を渡って、作業用の小型のメリウスが動く。

 操作しているのは整備班の人間たちであり、ジャック・モーガンが指揮を執る。

 傍らにはゴウリキマルさんも立っていて、彼と共に計画書を広げて話をしていた。


 俺はそんなスタッフたちを見つめながら、船の柵に腰を掛けていた。

 何か手伝う事は無いかと聞けば、ジャック・モーガンはパイロットは戦うのが仕事だと言ってきた。

 雑用は全て自分たちがする。だから、敵が来た時は全力で守ってくれと……俺は心の中で感謝した。


 せめて、彼らの邪魔にならない所で彼らの作業風景を眺めていた。

 運び込まれているコンテナの中には、ゴウリキマルさんが欲していたものもあるだろう。

 彼女は何かを作っている様子で。何かは分からなかったが、格納部の隅で布を掛けられていたアレがそうなのではないかと思った。

 きっと今後の戦いで必要になる物に違いない。

 俺はそんな確信に似た何かを抱きながら、彼女のする事を見守るのを決めた。


 朝の陽光を体全体で浴びながら、気持ちのいい潮風を感じる。

 さらさらと髪が靡いて、額がくすぐったく感じる。

 船の近くではイルカが泳いでいるようで、海面をバシャバシャと撥ねていた。

 俺はカーキ色のジャケットのポケットに片手を突っ込みながら、小さく息を吐く。

 そんな海の様子を静かに眺めていれば、誰かが近づいて来た。

 カツカツと甲板を靴で叩きながら近寄って来た人物は、何かを俺へと投げて来た。

 俺はそれを片手で受け取ってから、ジッと見つめた。


「コンソメスープだ。朝飯の代わりになるぞ」

「……ありがとう」


 やって来たのはダッチ・クロマンテで。

 彼はコンソメスープの缶を俺に渡して、自分も同じものを飲み始めた。

 ほんのりと温かいそれを開けて、俺はゆっくりと口をつけた。

 すると、コンソメスープのほどよい塩見がすきっ腹に響いた。

 美味い。これは素朴だが、確かに美味かった。


 俺が目を丸くして見ていれば、横に腰かけたダッチが笑いながら背中を叩いて来た。

 そんなに美味かったのかと問われて、俺は静かに肯定した。


「……そっか。なら、奢ったかいがあったな」

「……リストにあったもの、全部集めれたのか?」

「あぁ? そりゃ当然……でなきゃ、姐さんに殺されているよぉ」

「……何か、ごめん」


 俺は疲れ切った表情のダッチを見て、思わず謝ってしまった。

 すると、彼は俺を信じられないものでも見るような目で見てきた。

 俺が首を傾げれば、彼はプッと噴き出して口元を抑えた。

 俺が眉を顰めて奴を見ると、奴は手をひらひらさせながら謝ってきた。


「いや、すまんすまん。お前があんまりにも……純粋だったもんでな……姐さんが好きになるのも分かるよ。うん」

「……どういう意味だ」

「んぁ? あぁ……いや、知らなくていい。俺が変な事を吹き込んだって知られて、姐さんが殺しに来たらたまったもんじゃないからな。お前は、お前のままでいろ」


 ダッチは一人で頷きながら勝手に納得していた。

 俺はそんな奴を眼を細めながら見つめる。

 どういう意味なのかは気になるが……まぁ、いいか。


 俺とダッチはコンテナ船を見つめる。

 互いに何も言わずに時間を浪費して、人々の声や機械の音を聞いていた。

 

 暫く時間が経過して、ダッチがゆっくりと言葉を発した。


 

「……お前だろ。モルノバを消し飛ばした元英雄は」

「…………そうだ」


 

 ダッチの質問に、俺は悩んだ末に答えてしまった。

 ダッチはくすりと笑う。そうして、言葉を続けた。


「……姐さんは今、ヤバい立場なんだろ。お前がいるんだ。ただ事じゃねぇのは分かる……どうなんだ?」

「……詳しくは言えない……だが、俺は彼女を守る為に此処にいる」

「……そうか。なら、俺が聞くべきことは一つだけだな」


 ダッチは大きく息を吐く。

 そうして、コンソメスープを一気に飲み干した。

 腕で口元を豪快に拭ってから、彼は俺に顔を向けて来る。

 彼は俺へと視線を向けながら、真剣な顔で言葉を発した。




「お前は、姐さんをどう思っている?」

「――愛している。ずっと傍にいたい。だから、命を賭してでも守って見せる」




 俺は彼の質問に対して、即座に返答した。

 すると、彼は面食らったようにのけ反る。

 そうして、ダムが決壊したように大きな笑い声を上げた。

 ゲラゲラと笑う彼を静かに見つめながら、俺はちびちびとスープを飲んだ。


 やがて、彼は笑い疲れて呼吸を整え始める。

 ひぃひぃ言いながら、目じりに溜まった涙を指で拭う。

 そうして、俺へと視線を向けながら、納得したように頷いた。


「やっぱり、お前は純粋だ……姐さんが好きになるのも理解できるよ」

「……どういう意味……いや、いい。教えられないんだろ?」

「ふふ、そうだな……姐さんを頼む。絶対に彼女を守ってくれ」


 ダッチは姿勢を正して礼をした。

 深々と礼をする彼を見ながら、俺はゆっくりと姿勢を正す。

 そうして、彼に対して顔を上げるようにお願いした。

 彼はゆっくりと顔を上げて、俺はそんな彼に対して手を差し出した。


「……約束する。絶対に彼女を守って見せる。この命に代えても」

「……あぁ信じてる。お前なら、きっと……」


 互いに固い握手を結ぶ。

 男同士の握手であり、これは誓いの証でもある。

 俺はダッチに対して、確かに約束した。

 ゴウリキマルさんを死んでも守ると。

 ダッチは俺の覚悟を信じて、この握手に応じてくれた。


 俺たちは笑みを浮かべながら、視線を交わす。

 出会ってから交流した期間は短くとも。

 俺たちの中には確かな信頼が存在した。


 俺は託されて、未来へと進む。

 ジャック・モーガンの言葉やダッチとの約束。

 それを胸に刻みながら、俺はこの地での出来事を――記憶の一ページに刻んだ。

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