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200:必要悪の守護(side:サイトウ)

 船から離れたカルトペグニオ。

 小型船からクルーズ船まで、数多くの船がこの海域を動いている。

 その船の影に隠れながら、私は泳いで島を目指した。

 息を潜めて、暗がりに紛れて海を渡っていく。


 そうして、監視の目を掻い潜り、私は島へと到着した。


 カルトペグニオへと上陸。

 全身が海水塗れであり、桟橋へと上がって板にシミを作りながら歩いて行った。

 疲れはかほども感じていない。服が濡れて不快なだけだ。

 予定した時刻通りに島へと着いて、コンタクト型のデジタル端末を音声によって起動した。

 標的の座標がマップに表示されて、幾つかのルートが現れる。

 私はそれらを確認しながら、自然に桟橋の上を渡っていく。

 

 沿岸警備隊に発見される事なく、必要最低限の装備で侵入する事に成功。

 海から陸へと上がれば、酔っ払いが私に近寄ってきた。

 酒瓶を片手に持った背の高さが私と同じくらいの酔っ払い。

 顔を真っ赤にしながら、趣味の悪いサングラスをつけた男が呂律の回らない口を動かす。

 周囲に目を向ければ、この酔っぱらい以外に人はいない。

 監視カメラの類も存在せず、誰かに発見されるリスクは低い。

 私は足を止めてから、チラリと男を見る。

 すると、男は何を勘違いしたのか手を伸ばしてきた。

 

 私は一気にそいつの背後へと回って首を締めあげた。

 男はもごもごと藻掻くが、一気に力を強めれば男は泡を吹きながら気絶した。

 ぐったりとした男の首を掴んで引きずって、桟橋にある船を括りつける為の柱に転がす。

 酒瓶を持たせてから、私は男の上着を剥ぎ取った。

 そうして、その男が着ていた茶色のコートを自分で着る。

 

 中年男性特有の臭いがシミついて不快だが、今はどうでもいい。

 標的へのルートを選択し、移動を再開した。

 ポケットの中を漁れば、小さな財布が一つと煙草と安物のライターが一つ。

 使えるものを残しておき、必要のないものを海へと投げ捨てる。

 金は後で使うが、財布自体は必要の無いもので、煙草も邪魔なだけだ。

 ぽちゃりと音がして、空の財布と煙草が海中に消えていった。

 それを一瞥してから、私はこめかみに手を当てる。

 

 奴の端末の信号を逆探知して位置情報を入手。

 港付近から島の内部へと侵入して、人通りの多い道を選択した。

 雑踏を掻き分けながら移動して、向こうから歩いてくる一人の女が視界に入った。

 速やかに移動しながら、化粧の濃いその女のバッグからスタンガンを抜き取る。

 女は気づいた様子も無く、スタスタと歩いて去っていった。

 コートの袖に盗み取った物を隠しながら、人通りの多い道を選んで進む。

 夜へと時間が進んでいくにつれて、街の喧騒は高まっていく。

 メインの通りを歩きながら、周りを見れば人だらけだ。

 標的は人の多い場所で行動しているが、それは敵の襲撃を恐れてだろう。

 暗殺者が近づいてきて攻撃をすれば、嫌でも人の目を惹いてしまう。

 おまけに標的は常に二人で行動している。

 何方かが倒されたとしても、もう一方が危険を知らせる事が出来るからだ。


 

 ――抜け目のない男であり、合理的な考え方である。


 

 標的を視界に入れて、私は屋台の前を通る。

 パーティ用のグッズを売っている屋台であり、私はその中から爆竹をかすめ取る。

 そして、コートの中に入っていたライターで導火線に火をつけた。

 標的との距離は百メートルほどで、私は火のついた爆竹を一瞬で宙に投げた。

 すると、爆竹は宙で爆ぜて軽い破裂音が響いた。


 雑踏が足を止めて宙を見る。

 標的と一緒に行動している男は視線をそらした。


 私は民衆に紛れて背後から接近して、スタンガンで標的の抵抗力を奪う。

 標的であるオッコは小さくうめき声をあげるが、民衆は気づかない。

 唯一仲間のくぐもった声でトロイと呼ばれた男は異変に気付くも、視線を向けた瞬間に顎に拳を当てた。

 奴の頭がかくりと揺れて、膝から崩れ落ちる。

 私は奴の意識が朦朧としているのを一瞬で確認して、オッコを連れ去った。

 夜を迎えようとしている街の中で、仲間の肩を担いで歩いている人間はそれなりに多い。

 私は酔った仲間を介抱しているように見せながら、倒れているトロイに声を掛けている民衆から離れた。


 標的の確保は成功した。

 後はマサムネが異変に気付いて捜索を開始するまでに――用事を済ませるだけだ。

 

 §§§


 薄暗い部屋の中。

 カチャカチャという器具を手に取って調べる音が響く。

 天井から吊るされた電球の光だけが頼りの中で。

 私は標的をチラリと見た。


 最後に使用されてから何年か経っている廃墟の一室。

 崩れかけている建物に近づこうとする人間はいないだろう。

 此処であれば声を出したところで、誰かが気づくことも無い。

 外はうるさいほどに賑やかで、男一人の叫び声を一々気に掛ける人間はいない。

 標的は鋭い目で私を睨みつけながら、何とか拘束を逃れようとしていた。

 

 結束バンドで標的の手足を拘束した。

 両手の親指をバンドで結び付けて、両足はそれぞれ椅子の足に結ぶ。

 標的は私を見つめながら、たらりと汗を流した。

 緊張している面持ち。しかし、頭の中ではこの状況を打開する方法を考えている。

 私は問答をするつもりは無い事を示すために机に置かれたナイフを手に取った。

 そうして、男の前に立ちながらゆっくりと首に刃を当てる。


「お前はゴースト・ラインの刺客か?」

「……違う」

「お前はあのショーコが隠している事を知っているか?」

「…………知らない」


 全て本当の事だろう。

 この男はゴースト・ラインの刺客ではない。

 そして、あのショーコという女についても何も知らない様だ。

 もしも、私の前で嘘を吐けばすぐに分かる。

 嘘を完璧に隠していたのなら話は別だが、一流の諜報員であろうとも自分の心を完全に騙すことは出来ない。

 動揺しない。心が揺れた感じもしない。

 ただショーコが隠している事を聞けば、僅かに眉が動いた。

 それは何かを知っているからこその反応ではない。

 知らない情報を手に入れて、一瞬だけ考え事をしただけの話だ。


 この男もショーコについて少なからず疑いを持っていた可能性がある。

 でなければ、もっと別の反応をしていた筈だ。

 ショーコの提案でカルトペグニオに行くことが決まったのだ。

 場を作ったとしたのなら、奴を疑うのが妥当だと言える。


 取り合えず、オッコが刺客である可能性は消えた。

 だが、まだ一つの可能性が消えていない。

 それはオッコが刺客ではなく――奴らの”傀儡”である可能性だ。


 ナイフをゆっくりと首元から放してから。

 私は机の前に戻って、ナイフをそっと置いた。

 そのタイミングで端末が震えて、確認をせずともそれがマサムネからであることは分かっていた。

 私は端末に触れることなく連絡を無視した。

 そうして、置かれていた注射針を手に取る。

 中には何の薬物も入れられていない。

 これはオッコの体に何かを流し込む為のものではない。

 オッコの体から血液を採取する為の物だった。


 オッコは何をするつもりかと聞いてくるが私はそれを無視する。

 そうして、私は奴の腕を捲ってから、精確に血管へと針を刺す。

 奴がくぐもった声をあげたが無視。注射の中身が赤黒い液体で満たされていくのを確認した。

 注射針を抜いて、血が入ったシリンダーを外してケースの中に入れる。

 いらないゴミは適当に捨てて、次にポケットから小型のライトを取り出した。

 灯りをつけて口にライトを加えてから、端末を取り出してレンズの部分を奴の目に近づける。

 片手で標的の瞼をこじ開けながら、簡易的な網膜スキャンを開始した。


 ものの数秒でスキャンが終わり、私は端末を一度閉まってから瓶を取り出して中身を指で取る。

 そうして、クリーム状のそれを血が出ている部分に塗りつけた。

 これで止血は十分であり、生体データも必要な分は手に入った。

 私は尋問や調査は十分だと判断して、防水ケースに保管した血液入りのシリンダーを撫でる。

 そうして、机に置かれたナイフなどを装備しなおしてから、私はコートを羽織って部屋から出ていく。

 端末を片手で操作しながら、私はマサムネに対してメッセージを送った。


 別に考える必要は無い。

 端的に今ある情報を渡して、警告するだけだ。

 

 

『神薬を使われた可能性がある。見張っていろ』


 

 疑いを持つのに十分な証拠となる映像も添付する。

 そうして、オッコを拘束している場所の座標を送っておいた。

 

 これでマサムネの仲間に対する疑念は強まるだろう。

 こいつ等はマサムネを信頼している様に見えるが、心の中で何を思っているかは誰にも分からない。

 奴の脇の甘さは、見ていて呆れる程だ。

 敵に対しては一切の躊躇が無いものの、一度信頼した仲間には甘さが出る。

 それによって何度も危機を迎えて、今も敵の可能性が高い女の言葉に惑わされた。


 別にそれで危機を迎えようともどうでもいい。

 奴自身がそれを解決できるのならそれでもだ……だが、こうなれば奴だけでは解決できない。


 今回のウィルスに関しては、敵は用意周到に計画した上で実行に移した可能性が高い。

 二名による犯行に見えるだろうが、実際はそうでは無い気がする。

 確かに映像では二名の人間が行動しているように見えた。

 しかし、隠しカメラの存在に気づかずに犯行に及ぶ間抜けがこうもアッサリと捕まる筈は無い。

 ならば、犯行を犯したのがオッコである可能性は低い。


 神薬を使用した可能性は十分にある。

 念の為に言葉によって確認したが、摂取した可能性はありそうだ。

 最も、オッコという人間が用心深い人間であるのなら、可能性は低くなる。

 マサムネの端末は何時でも盗聴できるように細工していた。

 それによって、標的であるオッコと協力しスパイである男を見つけ出したのも知っている。

 知恵の回る人間であり、マサムネのような甘い考えも持っていない。

 マサムネの事は信頼しているが、全幅の信頼を置いている気はしなかった。

 警戒心は強く、敵か味方の判断がつかない相手から薬や飲料物を受け取って飲む可能性も低いだろう。

 

 この検査結果を見るまでは、マサムネに監視を任せる。

 幾ら甘い男であっても、神薬の話を出せば警戒する筈だ。

 検査結果次第では、自らの行動を改める必要があるかもしれない。

 捨ておこうと考えていたあの女……ひょっとすれば、危険かもしれない。


 あの女の狙いは分からない。が、危険度は徐々に上がっている。


 何もしないと思った女が、不審な動きを見せている。

 それはまだ判別できていないが、確実に奴が行動を起こした。

 端末による盗聴も、隠しカメラによる盗撮でも奴の尻尾を見つけられない。

 隠す事が上手いのか。そもそも、本当に何もしていないのか。


 奴に対して恨みはない。

 だが、私の勘が奴を危険だと言っている。

 バネッサの反応を見る限りでは、奴自身も敵味方の区別はついていないようだ。

 ただ、何かが起こる事を理解している節がある。

 それが何なのかが分かれば、ここまで苦労する事は無い。


 まぁ、別にいい。何れは分かる事だ。

 邪魔だと判断すれば殺せばいいだけだ。


 廃墟から出て、私は船へと戻る為に足を動かす。

 もう間もなく、マサムネがオッコを回収に来る。

 奴への監視の目がある間に、何かが起きる可能性も十分にある。

 限りなく可能性は低いが、神薬を使われているのであれば……まぁ、どうでもいいか。


 奴が死のうが、誰か殺されようともどうでもいい。

 私にとって重要なのはマサムネとオーバードの鍵だけだ。

 それ以外は、消耗品よりも価値は無い。

 精々、マサムネと鍵を守る為の盾になればいい。


『……奴が死ぬ日は近い……それまでは、マサムネは生かしておく……私がお前を、危険から守ってやる』


 薄く笑みを浮かべながら、私は雑踏に溶け込んでいった。

 欲望渦巻く穢れた世界は――私にとって何よりも心地よかった。

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