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【完結】限界まで機動力を高めた結果、敵味方から恐れられている……何で?  作者: うどん
第五章:希望と絶望

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194:虹玉石の魅力に抗えず

 コンテナを改造した事務所の一室……と言ってもベニヤ板で仕切っているだけだが。


 ぎしぎしと軋んで今にも潰れそうな黒いソファー。

 何回も何回も修繕した後があるが、中の綿が少しだけ零れている。

 パッチワークのようになったソファーに腰かければ、目の前に色や形がバラバラの湯呑が置かれた。

 視線をチラリと向ければ、水が入っているだけで。

 どう見てもただの水道水であり、客をもてなすものではない。

 舐めている訳では無いだろう。妹さんを見れば焦ったように顔をお盆で隠していた。


 別に責めようなんて思わない。

 思わないのだが……こいつはどうにかならないのか。


 必要な物をリストアップした紙を渡せば、奴は耳かきで耳をほじりながら眺めているだけで。

 見ているのかいないのか分からない顔で、奴は大きく欠伸をしていた。

 ゴウリキマルさんを見れば、やけに冷静な顔で。

 先ほどまではあくどい顔をしていたのに、彼がトイレから出てくれば真剣そうな顔をしていた。


 まさか、先ほどの腹痛は演技だったのか?


 態と道化を演じて、相手に油断させて。

 取引をする時に自分にとって有利な条件を突きつけて此方を動揺させる。

 後は矢継ぎ早に話をしていけば、あれよあれよという間にこの男の口車に載せられて……そうに違いない。


 危ない所だった。

 彼女の顔を見なければ、此方が飲み込まれる所で。

 俺は気持ちを引き締めながら、相手をジッと見つめた。


 ダッチはゆっくりと紙を置く。

 そうして、耳かきを机に置いてから此方に目を向けて来た。

 さぁ、何と言うのか。どんな条件を言われようとも――


 

「無理だな」

「……ぇ」


 

 簡潔に、無理と言われてしまった。

 もっとこう条件を言ってくると思ったのに。

 こんなにもアッサリと無理と言ってきた。

 俺は理由を聞かせてくれとお願いした。

 すると、彼は嫌そうな顔をしながらも、ゴウリキマルさんを恐れて説明を始めた。


「……食料の手配は出来るよ? そんなもんはこの島に腐るほどあるからな。富裕層も遊びに来るから、物だって上等な物が揃っているさ……けど、船の修復に必要な材料はそうもいかねぇ」

「……お金なら出せますが」

「いやいやいや、金の問題じゃねぇよ……ハッキリ言うけどさ。姐さん……これ、船以外に”メリウス”にも使う気だろう?」

「……何でそう思うんだ、ダッチ」


 船の修繕用の材料だけではなかったのか?

 

 いや、確かにリストアップしたものをゆっくり見た訳じゃない。

 だからこそ、それが紛れていたとしても俺には分からなかった。

 彼が言いたいのは、船の修繕材料なら用意できる。

 しかし、メリウスの修復をする為の材料を揃えるのは無理だと言いたいのだろう。


 彼は頬杖を突きながら、ゴウリキマルさんを見つめていた。

 彼女はにやりと笑みを浮かべながら、逆に質問していた。

 彼は少しだけムスッとしながら、紙を摘まんで軽く叩いた。


「どこの世界に大型の”超高密度プラズマ生成装置”を三基も必要な船があるんですか? それと”粒子加速機”に加えて”ハイパーマグネティックフィールドデバイス”を三つも……アンタ何作ろうとしてんだよ。怖ぇよ。いや冗談抜きガチで」

「……ふっ」

「え、何で笑ったの? 今の笑うとこじゃないからね? ねぇ、可笑しいのは俺? アンタも姐さんの方が可笑しいと思うよな?」

「……」

「無視? 此処に来て無視? 頼むから何か言って! 嫌なんだけど! この仕事引き受けたくねぇよ!」

「……マサムネ。例の物を」

「あ、はい」


 ゴウリキマルさんが顎を動かして俺に指示を出す。

 島から出発して、彼女は俺にある物を渡してきた。

 それはヴォルフさんが何か不測の事態が起きた時にこれを使えと彼女に渡していたもので。

 聞く話によれば、マイルス社長がこういう日の為にコツコツと集めていたものらしい。

 大事なものではないかと聞けば、ヴォルフさんは遠慮なく使えと言っていたようだ。

 彼女は俺が眠っている間に船にそれを詰め込んで、その中の一つを俺に渡してきた。


「お、何だ何だぁ。金を積もうたって無駄だぜぇ。こんな阿保みたいなもん揃えたら、大金何て一瞬で無くなっちまうんだからな! そもそも揃えるだけでも苦労するのに――」


 くどくどと文句を垂れ流すダッチ。

 俺はそれを無視して異空間から大きなアタッシュケースを取り出した。

 価値のある物が入ってそうな箱であり、彼は文句を言いながらもチラチラと見ていた。

 俺は重いそれを机の上に置きながら、カチャリとロックを外してゆっくりと開いた。

 すると、眩いばかりの光でも発生していると錯覚するほどにダッチの表情は驚愕に染まった。


「お、おぉ、あ、あぁ。ぁぁあ、お? あぁ……ぅ、あぁ、おうぅあわ!!?」

「……兄さん。何を驚いているんですか?」

「お、おま、お前。おまま、前。こ、これ、これ、れれれ!」

「……ただの石じゃないですか」


 少女はお盆を置いてから、ケースの中に入っていた石を拾う。

 見かけはただのクリスタルであり、その中には虹色の輝きが閉じ込められていた。

 少女が摘まんだのは一番小さな石であり、彼女は人差し指と親指でそれを挟みながら「綺麗」と呟く。

 すると、ダッチは奇声を発しながら、いますぐ戻せと強く言った。


「兄さん。もう、落ち着いてください。何をそんなに慌てて」

「――それは”虹玉石コウギョクセキ”だぞ!? お前の持ってるそれだけでも、数十億の価値があるもんだ!!」

「…………へ?」


 彼女は眠そうな目を大きく開いてフリーズした。

 そうして、彼女の指からポロリと石が零れ落ちた。

 ダッチは悲鳴を上げながら椅子からダイブして――板を吹き飛ばして壁に突っ込んでいった。


 パラパラと埃が舞って、ショーコさんたちがコホコホと咳き込んでいた。

 俺とゴウリキマルさんは無言でダッチが突っ込んでいった方向を見る。

 すると、彼は煙の中から出てきて、両手で大切に持っているそれをそっとケースに戻した。

 頭にはもやしがべちょりとついていて、服は埃だらけだった。

 彼は冷静を装いながら咳ばらいをして――人差し指で数え始めた。


「ひとーつ、ふたーつ、みーっつ、よーっつ、いつーつ……んん! ルイス君! 上等な紅茶をお客様にお出ししなさい! いますぐに!」

「え、でも、アレは死ぬまでとって置くって」

「言ってない! 言ってないからね! あんなものなんてどうでもいい! カモがね……大切なお客様に粗相があってはいけない。分かるね?」

「は、はい……しょ、少々お待ちを」


 彼女は埃が浮かんでいる水の入った湯呑を下げる。

 そうして、お湯を組みにそそくさと去っていった。

 残された俺たちがダッチへと顔を向ければ、彼は手をこねこねしながら不気味な笑みを浮かべていた。


「え、えへへ。そ、そのぉ。大変、魅力的な依頼で。はい……ただ、もう少し。いえ! たかっている訳じゃないんですよ!? 本当に本当に……ただ、ね? そのぉ。お気持ちほどでもいいので」

「――マサムネ。あと二つ出せ」

「はい」

 

 異空間から間髪入れずにケースを出す。

 そうして、机に置いてから中身を開けた。

 すると、ダッチは口からダラダラと涎を垂らしながら目をキラキラと輝かせていた。

 完全に落ちた。やはり、この手に限る。


 ダッチは涎を拭ってから手を差し出す。

 俺は少し嫌だったが、その手をしっかりと握った。

 彼は親指を立てながら、満面の笑みで依頼を承諾してくれた。


「このダッチ・クロマンテにお任せを! 必ずやこの依頼、果たして見せます!」

「えぇ、よろしくお願いします」

「……それで、納期は何時迄に? お急ぎと言う事は一月ほどでしょうか?」

「三日だ」

「あぁはい、三日で――三日ッ!!!?」


 彼は一瞬だけ頷いたが、すぐに目を限界までかっぴらいて驚いた。

 俺も思わずゴウリキマルさんを見つめてしまう。

 彼女は腕を組みながらダッチを見つめて「何だ」と言う。

 完全にヤンキーのような目つきであり、ダッチは震えていた。


「ほ、本当に三日? 三ヶ月とかじゃなくて?」

「三日だ」

「あ、ははは、ははは……考える時間を」

「ダメだ。やれ」

「え、でも、三日はあまりにも」

「やれ――殺すぞ」

「ひぃぃぃ!! やっぱりこの人、昔と同じだぁぁぁ!!」


 ダッチは恐怖から悲鳴を上げて両手で頭を抑えた。

 天を仰ぎ見ながら、彼は両目から涙を流して叫んでいた。

 可哀そうであるものの、此方もあまり長居する事は出来ない。

 長く滞在すればするほどに、見つかるリスクは高まっていく。

 現在は石油プラットフォームに船を隠して、スタッフたちが船の修繕をしている頃だろう。

 寝る間も惜しんで彼らは作業をしてくれている。

 此方としても、スタッフたちの要望に応えられるように何としても早急に必要な物を揃えなければいけない。


 ダッチ・クロマンテは哀れな男だ。

 金に目がくらんで依頼を引き受けたせいで後に退けなくなったのだから。

 彼女の事だから、他の人間が断ったのなら素直に引いたに違いない。

 そうしなかったのは、単純に考えてこのダッチという人間の能力を高く評価しているからだろう。

 だったら、俺は彼女の目に賭けるしかない。


 大丈夫だ。彼女が判断を誤った事は無い。

 きっと今回も彼女の読みが当たって、このダッチが俺たちの助けに――


「チクショォォォォォォォ!!! どうすればいいんだぁぁぁぁ!!!」

「……本当に大丈夫なんですか?」

「あぁ、大丈夫だ………………たぶん」

「ぇ」


 床に両手を置きながら、ガンガンと頭を打ち付けるダッチ。

 血の涙でも出しそうな勢いの彼を見つめながら、俺の心は不安一色に染まっていく。

 彼女を信じたい。彼女は間違っていないと思いたい……でも、こいつからは自信を微塵も感じない。


 本気で後悔している男の叫び声で。

 妹は激しく困惑しながら、俺たちと兄を見つめていた。

 ショーコさんはそんな妹に近づいてひょいっと紅茶が入ったカップを取る。

 そうして一口飲んで「あ、美味しいやつだ!」と言って喜んでいた。


 レノアはあわあわとしながら、この状況に適応できないでいる。

 俺はもうどうにでもなれと悟りを開いた目で項垂れる彼を見つめていた。

 カオスに満ちた事務所の中で、男の後悔の叫びが響き渡る。

 あまりにもうるさかったせいか、窓ガラスがぶち破られてごとりと大きな石が転がった。


「うるせぇぞダッチッ!!」

「あぁ!!? ふざけんじゃねぇぞォォ!! ゴラァ!!!」


 彼は目の前の現実を忘れる為に投げ込まれた石を掴んで出ていった。

 外からは男同士の争う声が響いて、肉を打つような音が聞こえて来た。

 女性には聞かせられないような下品な罵り合いも聞こえてきて。

 俺はゆっくりとゴウリキマルさんに視線を向けた。

 彼女はそんな声など気にせずに、机に置かれていた紙とペンを取った。

 そうして、さらさらと紙に自らの端末のアドレスを書いて妹に渡していた。


「用意が出来たら此処に連絡する様に言ってくれ……悪いな」

「あ、いえ……あんなに元気な兄を見たのは久しぶりです。きっと本当は嬉しいんだと思います……お仕事の方はちゃんとするので、よろしくお願いします」

「……はぁ、アイツにこんなに礼儀正しい妹が出来たなんてなぁ。全く、運の良い奴だよ」

 

 ゴウリキマルさんは笑みを浮かべながら立ち上がる。

 そうして、お盆に載った紅茶を一気に飲み干す。

 俺やレノアも頂いて、美味しいお茶をごちそうしてくれた礼を言う。

 彼女は照れくさそうに笑いながら、ぺこりと頭を下げた。


「じゃ、また来るよ」

「はい、お待ちしています」

「……ん。行くぞ」

「あ、はい」


 ゴウリキマルさんの指示に従ってついていく。

 開け放たれた扉の先に進めば、路上でダッチと黒い肌のアフロ頭の男が喧嘩していた。

 色とりどりの下品な光に当てられながら街の一角で、男たちが罵声を響かせながら拳を打ち込んでいる

 野次馬も発生しており、中には賭けを始める連中もいた。

 ビール缶や酒瓶を手に持ちながら、女を侍らせたガラの悪い男たちが歓声を上げていた。

 ゴウリキマルさんは大きくため息を吐きながら去っていく。


「オラッ!! もっとこいやァ!!」

「くたばれクソブロッコリーッ!!!」

「……はぁぁぁ」

「は、はは」


 もう一度深いため息を吐いたゴウリキマルさん。

 俺は乾いた笑みを浮かべながら、夜に響き渡る血の気の多い男たちの声を聞き流した。

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