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【完結】限界まで機動力を高めた結果、敵味方から恐れられている……何で?  作者: うどん
第五章:希望と絶望

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189:信頼と疑惑

「……これは何だ? マサムネ」

「……新エネルギーの変換装置だと思います」


 船内の一角。

 広い格納部の中で、大勢の人間が集まる。

 中心にいる俺とゴウリキマルさんは、ディスプレイに表示された画像を見ていた。

 

 彼女はディスプレイに表示された機体情報を見ている。

 雷切・弐式のコア部分に接続された変換装置。

 毛細血管のように機体の各部に伸びている動力パイプに直結しているそれ。

 彼女はカタカタとパネルを叩きながら、その変換装置の情報を細部まで調べていた。

 そうして、次に表示されたのは赤く発光する光だった。


「……これに残っていた残留物質だ。これは何だ」

「……結エネルギーと呼ばれる新エネルギーです。東源国が開発したものです」

「……もしかして、それはお前が乗っていたあの一本角の白い機体が関係しているのか?」


 彼女は確信をつく質問をしてきた。

 俺はそれに対して静かに頷いた。

 すると、彼女は静かに息を吐いてから、額を指で擦った。

 周りで様子を伺っている整備班の人間たちはどうしたものかと迷っていた。

 格納部の一角に集まった彼らは、俺が来るまでその怪しげな変換装置について議論していた。

 俺が来るや否や質問をしてきて、俺はそれに答えていた。


 新エネルギーである”結”は、パイロットの闘争心を掻き立てる作用を持つ事。

 そして、従来の機器に流せば、その機械の持つパフォーマンスを三倍まで引き上げる事が出来る。

 夢のような新エネルギーであるが、彼らの顔色は優れない。

 それもその筈だが、これには重大な欠点がある。

 他の人間にとっての欠点ではなく、俺にとっての欠点だが。

 これを使えば、俺は俺でなくなり、最悪の場合には周りの人間に襲い掛かる。

 

 最初に気づいたのはゴウリキマルさんで、彼女は真っ先にデメリットについて確認してきた。

 俺は簡潔に、デメリットの全てを話した。

 すると、浮かれていたスタッフも押し黙ってしまった。

 それもその筈だ。暴走する危険を孕んだエネルギーを、俺に使わせればどうなるか。

 それを想像すれば、これが手放しで喜べるものかどうかはすぐに判断できる。


 どんなにメリットが大きかろうとも。

 デメリットが命の危険を孕むものであれば、誰であれ使いたいとは思わない。

 この前の戦闘では、結エネルギーを使用した感じはあった。

 しかし、運が良い事に暴走する事は無かった。

 それは偶然だったのか。或いは、阿修羅システムでは無かったからなのか。


 阿修羅システムの不備が改善されて、新しくしたシステムを俺の機体に積んだのか……いや、それは無い。


 基本的には他のパイロットにはデメリットは無かった。

 クロウ・ハシマは嘘をつくような人間ではない。

 あの男は事研究においては、真摯な態度を取っていた。

 騙す事はあったとしても、自らの研究成果を偽る事はしないだろう。


 何が言いたいのかと言えば、たった一人の人間が出した副作用と言う事だ。

 そんなものの為に組み立てたシステムのデータを一から直すバカはいない。

 幾ら、俺が東源国に深い関りを持っていたとしても、俺は奴らにとっての客ではない。

 ただのテストパイロットであり、利害が一致しただけの協力者に過ぎないのだ。

 だからこそ、システムを一新して俺の機体に組み込んだ可能性は限りなく低いだろう。


 つまり、デメリットが消えた訳では無い。

 ただ阿修羅システムのように、可変機構が無いだけだ。

 溜まりに溜まった熱を放出する機能をつけなかったのは何故かと思った。

 俺はそれについてゴウリキマルさんに逆に質問した。

 すると、彼女はカタカタとパネルを操作して機体の情報を見せて来た。


「見えるか。機体の各部に排熱機構が備わっているんだ。その”結”っていうエネルギーに変換されて。一定時間が経てば、自動的にその排熱機構が作動して、溜まりに溜まった熱を一気に機体外に排出する……紫電に似ているけど、これはアレよりも合理的だ。機体が一時的に停止する必要も無い上に、内部が露出することも無いからな。AIが規定値を超えたと判断した時に、この機構を作動させるようにプログラムされている……ただ、問題はある。その”結”エネルギーへの変換を開始してから、連続して変換装置を稼働させられるのはおよそ一時間ほどだろうさ。この新エネルギーは確かに魅力的だけど、発生する熱は異常なほどに高い。一時間を超えて使用すれば排熱機構も意味を成さないだろうさ……私が危険視しているのは、こいつを取り付けた馬鹿が。リミッターをつけていなかった事だ」


 ゴウリキマルさんは苛立ちを露わにしながらパネルを叩く。

 すると、簡易的なシミュレーターが起動して結エネルギーが発生させる熱をグラフで表した。

 それは分刻みで上昇していき、定期的に排出されて下がるものの。

 一時間を超えた段階から、排熱が間に合わずに二時間後にはオーバーヒートしていた。

 コックピッドどころかコアすらも焼くほどのもので。

 プロミネンスバスターを放てるほどのコアであっても、これには耐えられないようだ。

 いや、性能が高いからこそ三倍ともなれば限界は近いのかもしれない。

 

 俺はそれを静かに見ながら、彼女はどう判断を下すのか考えた。

 命の危険は少なからずある。暴走の危険性も、まだ無いとは言えない。

 しかし、今後の戦闘において結エネルギー無しで戦うのは……分が悪い気がする。


 敵は告死天使だけではない。

 ゴースト・ラインの幹部やあのファーストも襲ってくるだろう。

 幹部である男からの攻撃を受けた時も、結が無ければ死んでいたかもしれない。

 俺はギリギリのラインで生きていて、少しでも勝算があるのなら賭けに出る必要がある。

 圧勝する事が出来れば良かったが、敵は手練ればかりだ。

 今後も苦戦を強いられるようなら、新エネルギーを使う事は必須だと思う。


 しかし、ゴウリキマルさんの意見を無視する事はしたくない。


 彼女がそれを使う事を拒むのなら、俺はそれを使おうとは思わない。

 信頼できるメカニックである彼女の言葉であれば、俺は全幅の信頼を置ける。

 彼女が拒絶するのなら、俺は――彼女が視線を向けて来る。


 

「迷ってるのか?」

「……はい」


 

 彼女には全てお見通しの様だ。

 俺が判断に迷って彼女に選択を委ねようとすれば、彼女はそれを指摘してきた。

 迷った末に情けない言葉を吐けば、彼女はくすりと笑う。

 まるで、そう言うだろうと思っていたような反応で。

 彼女は笑みを浮かべながら、ゆっくりと手に持ったパソコンを閉じた。


「お前が決めろ。私が戦う訳じゃないから」

「……いいんですか?」

「あぁ? 良いも何も無いだろう。私はお前に守ってもらうんだ――お前の判断が正しい筈だ」


 彼女はハッキリとそう言った。

 俺の判断に任せると、それに間違いはないと。

 俺は目を大きく開きながら、彼女の顔を見つめていた。

 彼女は俺の言葉を待っている。

 俺は考えた。考えて、考えて、考えて……答えを出す。


 

「……俺は結を使います。貴方を守れるのなら、何だって使います。だから」

「――決まりだな」


 

 彼女は俺の言葉を片手で止める。

 そうして、にしりと笑い周りの人間に目を向ける。


「お前ら! アレにはまだ荒が多い! 今から改良するぞ!」

「えぇ! 今からですか!? もう寝る時間じゃ!?」

「馬鹿野郎!! メカニックに寝る暇なんてねぇ!! 文句を言う暇があるなら、今すぐ私の補助に回れ!!」

「あ、アンタは守られる立場だろ!?」

「あぁ!!? 知るか!! さっさとついて来い!!」

「……全く、お転婆な姫さんじゃのぉ」

「ははは! 姫様はあんなもんっすよ爺ちゃん!」


 メカニックたちを引き連れて彼女は雷切へ向かう。

 今から夜通しで雷切の改修を行うのか。

 システムの不備を見つけて、すぐにアップデートの準備を始めて。

 若いメカニックたちはため息を零しながらも付いていく。

 老体のメカニックは髭を撫でてからゴーグルを付けてしわくちゃな顔で笑いながら歩いて行った。

 彼が孫と慕う若い女性のメカニックも同じようにゴーグルをつけてその後を追う。

 俺は頼もしい相棒や仲間たちの背中を見届けていた。


 広い船の格納エリアで、無数の靴の音が響く。

 ため息や笑い声。それらの声を聞きながら、彼女は檄を飛ばしていた。

 頼れるメカニックの中心として、彼女は大勢の人間を導いていく。

 まるで、光に引き寄せられるように彼女の周りには人が沢山いて――姿勢を正す。

 

「……ありがとう、ございます」


 頭を下げる。

 暫くの間、頭を下げて彼女に感謝の気持ちを伝えた。

 そうして、ゆっくりと頭を上げれば、彼女は愛用のスパナを片手に持ちながら腕を上げていた。

 彼女なりの気遣いの挨拶であり、俺は口角を僅かに上げる。

 何年経とうとも彼女の心は変わらない。

 あの日、俺と出会った時の彼女のままで……俺は踵を返して去っていく。


 もう、此処には用はない。

 俺は自室へと帰ろうとして――ある人が立っている事に気が付く。


 白い髪に濁り切った瞳。

 ゴウリキマルさんと別れてから、俺を支えてくれた仲間で。

 パイロットして優秀なサイトウさんが腕を組んで立っていた。

 彼女は冷たく硬い壁に背を預けながら、俺をジッと見つめている。

 まるで、何か話す事でもあるようで……俺は彼女の前に立った。


「何か用ですか?」

「……別に」


 俺が質問すれば、彼女は素っ気なく答えた。

 それならば、何故、こんな所にいるのかと考えて――彼女は言葉を発した。


「あまり身内を信用するな」

「……どういう意味ですか?」

「そのままの意味……お前やあの女は価値のある存在。多くの人間が、お前を狙っている。それを忘れるな」

 

 彼女はそれだけ言って去っていく。

 忠告の言葉であるが、誰が敵であるのかは明言しなかった。

 それは彼女自身がまだ敵について理解していないからか。


 分からないが、彼女はこの船に敵が紛れ込んでいると言いたかったのかもしれない。

 身内を信用するな、か……俺に近しい人間が敵だと?


 信じたくはない。いや、信じられない。

 俺に近しい人間とは、トロイたちの事で。

 アイツ等が敵である筈は無い。

 何年も前から交流していて、多くの困難を乗り越えてきたのだ。

 そんな戦友たちの中に、敵が紛れ込んでいるって?


 

 あり得ない……でも、彼女が嘘を言うとは思えない。


 

 彼女の勘は良く働く。

 今までも、それによって助けられたことは多い。

 完全に信用する事は出来ないが、全てを否定する事も出来ない。

 俺は去っていった彼女の後を見つめながら考えた。


 本当に敵が紛れ込んでいたとして……俺に何が出来る?


 マルサス君の時のように、正体を暴くことは出来るのか。

 弟を失ったトロイは、周りも気にせずに泣いていた。

 誰かを殺すという事は、誰かが悲しむという事で……俺に出来るのか。


 信じている仲間を、共に戦おうと誓った仲間を疑う。

 そうして、敵を焙りだして処刑する事が、本当に俺に出来るのか。

 分からない。分からないが……決断する時が、来るかもしれない。


 どうかサイトウさんの勘が外れるように。

 どうか仲間が仲間のままでいてくれるように。

 俺は存在しない神に心の中で祈りを捧げながら、不透明な未来を否定し続けた。

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