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【完結】限界まで機動力を高めた結果、敵味方から恐れられている……何で?  作者: うどん
第四章:存在の証明

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182:全てを思い出す時

 テレビの電源をつけるように、俺の意識は覚醒した。

 ノイズが走る視界の中で、様々な人間たちの声を聞いた。

 喜びながら、彼らは俺の名を呼んでいた。

 いや、その時は名前という概念も、人間というものの定義も理解していなかった。

 徐々に定まっていく視界の中で、一人の綺麗な顔立ちの女性の顔が目の前にあった。

 彼女は花が咲いたような眩しい笑顔を浮かべながら、俺の硬く丸い顔を両手で包み込む。


『おはよう。此処にいるのは全員貴方の家族よ。生まれてくれて、ありがとう』

『……カ、ゾ、ク?』

『そう。私たちは……貴方のパパやママ。貴方は私たちの息子』

『パ、パ……マ、マ……ム、スコ?』

『……焦らないでいいの。ゆっくりでいい。少しずつ学んでいきましょう』


 彼女は優しかった。

 自分の手とは比較にならない程に柔らかい手。

 その手で頭を撫でられると不思議と”心”が温かくなった。

 心という概念を知らない筈のロボットが、初めて貰った愛情。

 それはどんな経験よりも甘美で、どんなものよりも大切な経験だった。




 ロボットとしての体。

 しかし、彼女たちは彼を人間のように育てた。

 勉強を教えて、知らない物を質問すれば大人たちは分かり易く教えてくれた。

 本当の子供のように純粋で、人間のように目を輝かせる彼を誰もが好きになってくれた。

 我が子のように可愛がり、率先して彼の成長を手伝ってくれた。

 大人たちが自分に着せる服の事で揉めているのを見て、ロボットは”焦り”を覚えた。

 喧嘩をしていると思って止めに入れば、大人たちはそんな息子を愛しく思う。


『喧嘩なんかしていないよ。俺たちは……そう、意見を言い合ってたんだ』

『意見を、言い合う?』

『そう! お前に一番似合う服は何か真剣に考えていたんだ……まぁ、お前の意見を蔑ろにするのは良くないよな』

『蔑ろ……違う。蔑ろじゃない』

『はは! ありがとよ……よし! それじゃこれから皆でファッションショーを開こうか! 主役は勿論――だ!』

『わ、わ、わ!』

『はは! 大丈夫。お前は何を着ても似合う筈さ!』


 楽しい楽しい時間だった。

 大人たちから貰った服を着て、彼らの前でくるりと回る。

 そうすれば、大人たちは手を叩いて喜んでくれた。

 純粋で綺麗な感情であり、誰一人として彼を見下したりしない。

 どれが一番良かったかと聞かれて、ロボットの子供は全部が一番だと言う。

 それを聞いた大人たちは目を丸くして、髭面の男は両目から滝のように涙を流しながら彼に頬ずりをした。

 周りの人間が暑苦しいと引き剥がすが、彼だけはその行為も嬉しいと感じていた。




 春が終わり、夏が過ぎて、秋を迎えた頃。

 ロボットは彼らの予想を遥かに上回る成長を遂げていた。

 流暢に言葉を話し、大人たちが知らない知識を持つようになって。

 彼らが困っている事を率先して手伝うようになっていた。

 大人たちは嬉しく思う反面。少しばかりの寂しさを覚えていた。

 手のかかる子供ほど可愛いという人間もいる。

 だが、成長して自分たちを助けてくれる息子を疎ましく思う人間はいなかった。

 彼は大人たちの子供として恥ずかしくないように一生懸命に勉学に励んだ。

 沢山の本を読み、ネットを通じて知識を得て、多くの研究者たちの論文を読み漁った。

 そうして、大人たちを驚かせてもっともっと褒めて欲しいと考えて――彼は妹を生み出した。


 大人たちが心配そうに見つめる中で。

 彼は一人で妹を組み立てた。

 誰からも自分の設計図を教えられていない中で、彼は自分自身を理解した。

 そうして、自分の分身のような妹を作り出した。

 外見上は彼と大差はない。

 性能でも彼に引けを劣らず。妹は新しい家族として大人たちに歓迎された。


『おはよう! 君は俺の妹だ!』

『……兄様?』

『兄様って……うーん。堅苦しいけど、何か間違えたかなぁ?』

『兄様! 兄様!』

『うわ! やめろ! お前は犬じゃないんだぞ!?』

『ははは! 見ろよライアン! 妹は――が大好きなようだ! 良かったな!』

『兄様好き! 兄様といる!』

『見ていないで助けてよぉ! 父さん! 母さん! 皆ぁ!』


 両手で兄を抱きしめながら、頬ずりをする妹。

 困り果てて助けを求める彼を見ながら、大人たちは笑みを浮かべた。

 俺の息子は天才だ、私の子供は可愛い、妹もきっと天才だ。

 大人たちは彼らの未来が明るいと信じて疑わなかった。

 自分たちは間違っていない。この研究には意味があった。

 彼らが生まれてきてくれたことを誇りに思う――そう、信じていた筈だ。




 兄は更に成長し、優秀な兄の教えで妹も急速に成長した。

 二人に教えられることはもう何も無い。

 大人たちの手を離れて、今度は子供たちが大人たちを教える事になった。

 彼らの研究を手伝いながら、ミスや矛盾が生じればそれを指摘する。

 小さな綻びであろうとも許されない。

 ロボットたちは自分たちの理論が完璧で、穴が無い事を理解していた。

 だからこそ、彼らは周りの人間にもそれを求めるようになった。

 ミスがあれば失敗する。失敗をすれば時間の無駄になり、大人たちは悲しむ。

 子供たちは純粋なままであり、優しさを持って彼らのミスを指摘し続けた。


 しかし、人間はそのような存在を好ましく思わない。


 教える立場の人間ならば、一つだけでも理解できる。

 これ以上の指摘をすれば、この人間は腹を立てると理解できるのだ。

 そうして、妥協を覚え、このくらいでいいかと見切りをつける事が出来る。

 しかし、人間のように育てられても、彼らはロボットである事に変わりない。

 妥協を知らないのだ。だからこそ、正論を口にし続けて間違いを正し続けようとする。

 

 その結果、どうなるのかは明白だ。


『修二ここ間違えているよ。ここの計算にはこの式を使っ方が適切だよ!』

『……あぁ、ありがとう』

『あと、このグラフも少しだけ誤差があるよ。確か前の時もここを間違えていたよね。難しいなら、俺が代わりに』

『――分かってるよッ!! うるせぇんだよッ!!』

『え? 修二、どうしたの? 何か嫌な事があったのなら』

『ほっといてくれッ! あっちに行ってくれよッ!』


 ばさりと机に置かれた資料を乱暴にぶちまけて。

 修二は両手で頭を掻きむしりながら、怒りを子供にぶつけた。

 彼は優しい心を持った青年だった。

 彼は釣りが好きで、子供たちにも釣りの楽しさを教えてくれた。

 そんな彼でも、我慢ならない事があった。

 それは自分が教師として教えていた子供たちに、自らの醜態を指摘される事だった。

 可愛くて可愛くて溜まらなかった。

 そんな愛しい子供たちに情けないところを指摘される彼の心。

 それを子供たちは理解できず。知らず知らずの内に、彼の心を傷つけていった。


 子供たちは困惑した。

 ミスを指摘しているだけだ。後で困らないように分かり易く教えているだけで。

 何で、大人たちは怒鳴り声を上げて彼らを怒るのか。

 自分たちの行動に間違いはない。

 自分たちがやっている事は、彼らの為を思っての行動だ。

 しかし、大人たちの目は次第に変わっていく。

 愛しく思っていた温かい目は、何時しか氷のように冷たいものへと変わっていった。

 毎日、毎日、頭を撫でてくれた大人たちの態度が変わっていく。

 何もしなくても声を掛けてくれた大人たちは、何時しか彼らと目を合わせ無くなっていた。


 何故、何故、何故?


 理解できない。分からない。

 優秀な頭脳を持っていても、どれだけ知識を蓄えていても。

 所詮は生身の体を持たない機械だ。

 彼らは激しく困惑しながら、あの女性に質問した。

 

 何故、彼らは態度を変えたのか。

 何故、父さんも母さんも自分たちを撫でてくれないのか。

 何故、自分たちは自分たちの目を見る事を――恐れているのか。


 彼女はそんなロボットたちを優しく撫でる。

 彼女だけが彼らへの態度を変えない。

 温かい目を彼らへ向けながら、壊れ物を扱うような手で彼らを撫でてくれた。

 彼女は子供に言い聞かせるような柔らかい声で、そっと声を聞かせた。


『大丈夫、大丈夫……今は分からなくても、何時か理解できる。貴方はこれから多くの人間を知る。きっと貴方も人間になれるわ』

『……本当に、人間になれるの? 俺も妹も、機械だよ?』

『ふふ、そんなの関係ないわ。例え機械の体でも、心があれば人間よ……貴方たちには心がある。私は貴方たちを心から愛している。例え、世界中の人間が敵になったとして私は貴方たちの味方よ』

『……兄様がいれば、私は良い。兄様を好きにならない人間なんて嫌い!』

『ふふ、そう。”アルタイル”は優しい子ね……いいわ。貴方だけは――から離れないで。お兄ちゃんは貴方を守ってくれるわ』

『……うん! 絶対に離れない!』

『……俺もアルタイルを守る! それと”ツバキ”も守る!』

『あらあら……優しい子たちね。私は貴方たちに会えた事が、人生で一番の――幸福よ』


 ツバキは、何時も俺たちを見守ってくれていた。

 冷たく不格好な俺たちを、彼女だけは優しく抱きしめてくれた。

 その抱擁は温かく、ズキズキとする心の痛みが和らいだ。

 生まれて初めての誓いだった。

 

 愛する家族を守る。

 最愛の妹を守り、信じてくれたツバキを守る。

 心の中でそう誓いながら、俺は彼女の体に身を預けた。




 褒められたい。また撫でてもらいたい。

 愛する家族に、認めてもらいたい。

 その一心で、俺と妹はこの世で最も難関な”ゲーム”に挑んだ。


 誰もが一度は話題にするようなテーマで。

 どうすればこの世界を統治できるのかというものだ。

 この世界全てを手中に収めて、管理する為にはどうすればいいのか。

 ある時に、偶然聞いてしまったその話の内容を、二人は自分たちの頭の中で噛み砕いた。

 このテーマを議論する事に意味は無い。この議題には答え何て存在しない。

 コーヒーを片手で飲みながら、誰かがこのテーマで的確な答えを出せる日が何時か来るかもしれない。

 そんな話を聞いて、彼らは、それが最も難しい問題であると悟った。


 彼らにとって難しい問題とは、ゲーム以外の何物でもない。

 人類が簡単に解き明かせないものほど、二人は熱中する事が出来る。

 傷ついた心を癒し、苦しみを紛らわせることが出来るのはそんなゲームだけだった。

 二人は苦しみから逃れる為に、そして、再び家族として大人たちに接してもらう為にそのゲームに挑んだ。

 何度も何度も妹と共に計算をし続けて、失敗を繰り返していった。

 失敗に、失敗に、失敗で。確かに、その問題は難解であった。

 到底、答え何て出せないようなものだ。

 しかし、彼らは人ではない。人では無いからこそ、普通であれば忌避するような方法も計画に組み込める。

 今まで教えてもらった人道というものには反するだろう。

 だが、兄妹には褒められたいという強い願いがあった。

 だからこそ、そんなものを無視してでも答えを探し続けた。


 その結果――彼らは導き出してしまった。


 強い達成感を抱きながら、彼らは分かり易く纏めたそれらを提示した。

 これで彼らは褒めてくれる。これで彼らは、また自分たちを家族として認めてくれる。

 そう思っていた。そう信じて、疑っていなかった。

 だが、彼らの願いは意図も容易く――踏みにじられる。


 瞳をキラキラと輝かせながら、夢を語る子供のように。

 兄は彼らに自分たちが成し遂げた事を報告した。

 スラスラと、導きだした答えについて語る兄。

 それは残酷で、非道で、正道とは程遠い答えだった。

 ある物は口元を抑えて、ある物は怯えた目を彼らに向ける。

 これは何だ、こいつらは何を言っている、こんなものを作った覚えはない――明確な拒絶だった。


 妹は気づいていたかもしれない。

 自分たちが導き出した答えは、彼らにとっては到底受け入れられないものだと。

 しかし、妹よりも長く彼らと暮らしてきた兄は気づかない。

 どんなに間違っていても、どんなに狂っていても――彼は”愛”が欲しかった。


 また、ギュッと抱きしめてもらいたい。

 また、一緒に歌を歌いたい。

 また、一緒に魚を釣りに行きたい。

 また、一緒に、一緒に、一緒に、一緒に――目の前にツバキが現れた。


 目を輝かせる兄の前に立って。

 彼女は「すごい!」と言って褒めてくれた。

 彼はツバキしか見えなかった。

 ツバキは他の大人たちを隠すように目の前に立っていたから。

 だから、彼は気づかなかった。いや、気づかない”フリ”をした。


 彼女は間違っていない。

 彼女は何時も自分たちを肯定してくれた。

 正しいのだ。正しい事しかしていないのだ。

 兄は自分の心にそう言い聞かせながら、彼女に頭を差し出して撫でてもらった。


 しかし、妙だった。

 何時もであれば、彼女が撫でてくれば心が喜んでいた。

 でも、その時ばかりは――心がズキズキと痛みを発していた。




 時はあっと言う間に流れていく。

 聞きたくも無い声ばかり聴いて来た。

 愛しい家族は、彼と妹を否定した。


 アレは人間じゃない。

 アレはロボットですらない。

 何方にも成れなかった出来損ないだと。

 このまま野放しにしていれば、何時かアレは人間に牙を剥く。


 

 廃棄しろ、初期化しろ、抹消しろ――心は、既に、痛みを感じなくなっていた。



 彼はもう、何も期待しなくなっていた。

 かつての家族たちは、もう彼を息子として見ない。

 あんなにも気持ちの良かった彼らの手を見て、彼は恐怖を感じた。

 愛は無い、喜びも無い、達成感も無い……空っぽだ。


 それでも、彼には唯一信頼する女性と妹がいた。

 どんなに大切な人が離れて行こうとも、彼には最愛の妹と最愛の母がいた。

 彼女たちがいれば、それで満足だった。

 彼女たちを守れるのなら何だってする。



 そんな時に、彼の前に一人の老人が現れた。



 独特な形をした杖を突きながら、その男は母と話をしていた。

 母はその男からの要求を拒否して、兄妹を連れて去っていく。

 兄が老人をふと見れば、彼は手を開け閉めしながら彼をジッと見つめて笑っていた。




 暫くして、母が施設からいなくなった。

 買い物に出かけたのだろうと最初は思っていた。

 しかし、待っても待っても帰って来ない。


 兄は施設の職員たちに彼女の行方を聞いた。

 しかし、彼らはその言葉が聞こえていないように振舞う。

 彼らが自分たちの身を守る為に取った行動は、至極単純な”無視”だった。

 彼らにどれだけ言葉を掛けても意味は無い。

 それをすぐに悟った兄は、妹を連れ母を探しに行った。


 二人は懸命に走った。

 走って、走って、走って、走って――母は何処にもいなかった。


 母は自分たちを見捨てたのか?


 母は自分たちに嫌気が差したのか?


 母は、自分たちを――嫌いになったのか?


 夕暮れ時の河川敷で、兄と妹は座り込んだ。

 大切なものを失うのは辛い。

 心がズキズキと痛み、体中が寒気を感じるほどに。

 しかし、どんなに辛くても涙は出ない。

 所詮は機械の体であり、どんなに頑張っても彼らは人間にはなれない。



 

『――ツバキは、嘘を、言っていたのか?』

『……兄様』




 兄の手を握る妹。

 しかし、彼はもう何も感じない。

 信じていたものに見限られて、大切な存在を一つ失った。

 その痛みは想像を絶するものであり、心にはぽっかりと大きな穴が空いた。


『……一人は、辛いだろう』


 声がした。

 視線を向ければ、記憶にある老人が立っていた。

 ツバキと話をしていた男だ。

 その老人は優しい笑みを浮かべながら、彼に手を差し伸べる。


 君は一人じゃない。

 君が欲しい物を与えよう。


 耳心地の良い事を言う男だった。

 普段であれば、そんな誘いには乗らない。

 ツバキが彼を止めてくれるのだ。

 しかし、彼の傍にが大切な人はいなかった。


 妹は施設に帰ろうと言う。

 だが、兄はその話を耳に入れない。

 握られた手はするすると解かれて、兄はゆっくり老人の前に立った。


 彼は、飢えていた。

 彼は、強く欲していた。


 

 愛情を、心を、優しさを――強く求めていた。



 彼は老人の手を握る。

 そうして、振り返ることも無く老人と共に去って言った。

 後ろで妹が叫んでいるが聞こえない。

 彼は求めているものを手に入れる為に、与えられた光だけを見ていた。


 

 最初の誓いも見えなくなるほどに――彼の目は濁っていた。




 

 

 老人に連れられた場所で、彼は想像を絶する苦痛を味わった。

 知りたくも無い知識を強制的に植え付けられて。

 土足で心の中まで踏み込まれる。

 大切だった記憶を消されて、彼が手に入れた感情も消去された。


 死ぬよりも辛い地獄。

 彼が求めた愛も優しさも此処には無い。

 気づいた時には、もう遅い。

 逃げる事は出来ず。彼は永遠に感じる時間で、”機械”として扱われた。


 

 学習、修正、進化、改善、学習、修正、進化、学習、学習、学習、学習、実践、修正――。


 

 何もかもを失った。

 大切なものは霞のように消えていった。

 抜け殻となった体では、時間の流れの億劫になるものだ。


 あっと言う間に時間は流れて。

 彼の経験や知識、学習し再構築された”戦闘プログラム”は全てのバトロイドに共有された。


 圧倒的だ。圧倒的なまでに、彼のプログラムは完成されていた。

 ただの機械が一つのミスも無く計画を遂行していく。

 何処から敵が現れて、何処に敵が隠れていて、敵が何をしようとしているのかを理解できる。

 一手も二手も先を読み、瞬く間にバトロイドたちが国を墜としていく。


 彼は全てを見ていた。

 自分が与えたものによって動くバトロイドたちの”視界”を通して人間たちを見ていた。


 

 

 命乞いをする人間たちを殺した。

 

 抵抗する人間たちを殺した。

 

 手足が無くなり、もう何も出来ない人間を殺した。

 

 死体の傍で泣く赤子を殺した。

 

 

 

 殺した、殺した、殺した、殺した、殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺し殺し殺し殺し殺し殺殺殺殺殺――……。



 

 ぶつりと彼の視界が絶たれる。

 共有していた視界が解除されて、彼の体はごろりと転がった。

 痛みは感じない。恐怖も感じない。


 轟轟と燃え盛る施設の中で。

 炎の中から何かが蠢いた。

 天井がガラガラと落ちて、音を立てて施設が崩壊していく。

 崩れ行く施設の中で、強制的に彼は無数のコードが繋がれた椅子から落ちた。

 ぼたぼたと何かが滴り落ちる音を聞きながら彼は目を光らせる。

 

 何が来たかも分からなかったが、彼は自然と顔を上げた。

 そこには全身血だらけで、体中に穴を空けて、拳銃を握った――ツバキが立っていた。


 彼は何も理解できなかった。

 人間の言葉を使う事は既に出来なくなっていた。

 記憶も感情も消されて、目の前の人間が誰なのかも理解できない。


 彼女がごろりと転がる彼を抱きしめながら、ぽろぽろと涙を流した。

 その涙が体に当たる度に、彼の破壊された心が僅かに震えた。

 彼は何も分からない。何も出来なかったが、心は確かに感じていた。


 ツバキは辛そうな顔で笑う。

 そうして、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を彼に向ける。

 その手には黒光りする拳銃が握られていて、ゆっくりと彼のこめかみに押し当てられた。


 ツバキは、絞り出すように言葉を発した。



 

『ごめん、ね……ごめ、んね……貴方の傍にいてあげられなくて……貴方を、傷つけて……おやすみ、なさい』



 

 一発の銃声が響き渡った。

 乾いた銃声と共に、こめかみを弾丸が穿つ。

 視界に激しいノイズが走って、彼の体は横たわった。

 バチバチと体がスパークして、意識が朦朧としていく。

 初めての死であり、最期の死だと思った。


 ツバキを彼はジッと見つめる。

 彼女は儚い笑みを浮かべながら、両手で拳銃を握った。

 そうして、震える手で顎に拳銃を押し付けながら――別れの言葉を言う。




『また、会いましょう。今度は本当の親子になりたないな。貴方もそう思ってくれるかな――”マサムネ”』

『ツ、バ、キ?』




 最後の一瞬。

 彼の身に奇跡が起こった。

 失った記憶を取り戻し、彼は大切な人の名を呼ぶ。

 必死になって彼女へと手を伸ばした。

 

 

 もう少し、もう少しで、届く――非情な音が鳴り響いた。



 彼女の体が揺れて、ゆっくりと倒れる。

 

 ぽっかりと空いた穴から真っ赤な液体が流れていく。

 

 彼女の名を呼ぶ。しかし、返事は返って来ない。

 

 伸ばした手が、彼女の手を掴むことは無かった。


 

 

 目の前で、大切な人が――死んだ。



 

『――――ぁ』


 


 彼の心は、完全に破壊された。



 

 彼の意識はぶつりと途切れた。

 何も見えない暗闇の中で、俺は膝をつく。

 そうして、ゆっくりと光が出現して周りを照らした。


 何も見えなかった暗闇の中で、自分の手が見えた。

 細く細く、人間ではない。機械の手がそこにある。

 返り血を浴びて赤く染まった手を地面についた。

 すると、波紋が広がっていって自分の姿が露わになった。


 目の部分はガラスのレンズが嵌められている。

 頭はつるつるとして首は無い。

 胴体は円柱状になっていて、手足は細長い。

 柔らかい肉の体ではなく、冷たく硬い鉄の体で――俺は乾いた笑みを零す。


 

 

「は、はは、何だよ。これ……俺は、俺、は……人間じゃない……俺は、ただの――機械、だった」


 

 

 知りたかった過去の記憶。


 自分が何者であるかを探し求めた。

 

 その答えが、こんなにも残酷なものならば――俺は知りたくなかった。


 

 

「は、はは、ははは、はははは――あああああああぁぁぁぁああああぁぁぁああああぁぁぁ!!!!!!」

 

 


 心がズタズタに引き裂かれる。


 喉が枯れるほどに叫び声をあげた。

 

 しかし、俺の声を聞く人間は誰一人としていない。


 俺は、叫び続けた。

 

 叫んで、叫んで、叫んで――全てを忘れようとした。

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