178:取り戻した絆
ゴウリキマルさんと合流し、彼女の部屋に招かれた。
そこにはショーコさんが先に待っていて。
彼女は笑顔で俺と再会できたことを喜んでくれた。
積もる話もある。俺たちは知らない間に成長した。
個人の部屋にしては広い空間には、ケースに入れられた部品が幾つもある。
公国の時に彼女に割り当てられた部屋は色々と散らかっていたが。
この部屋はあまり散らかっておらず、綺麗に整頓されていた。
ベッドも定期的に新しいシーツに取り換えられていて、棚には写真が飾ってあった。
その写真の中には、俺も映っているものが存在していて……何だか嬉しくなった。
綺麗な部屋をぐるりと見渡して、俺は彼女に何となく質問した。
誰かが整理整頓してくれたのかと思って聞けば、彼女はメイドがしてくれたと言う。
そのメイドは俺が去っていった後に出会った人の様で。
色々な所へと旅をしている間、料理などをしてくれた人らしい。
まだ子供のようだが、頼りになる人だと教えてくれた。
俺はその話を聞きながら、少しだけ心がざわついた。
三年以上もの時間は、俺たちにとっては長く感じたかもしれない。
彼女は俺に会った時に思い切り殴って来た。
それは単純に怒っていた事もあるだろう。
しかし、一番強い想いとしては……俺を許したかったのか。
一方的に別れを告げて彼女の前から去った。
信頼し合って、一緒にいたいと言った相手を捨てたのだ。
怒るのは当然であり、殺されたって文句は言えない。
でも、ゴウリキマルさんはたった一発で許してくれた。
それは何も、それで気が済んだとかでは無い気がする。
彼女はきっと……いや、いい。
彼女の気持ちを暴くのは無粋だ。
俺は彼女からの想いを受け取った。
今はそれで十分だ。ゴウリキマルさんがパイプ椅子を広げてくれた。
俺は設置してくれたそれに座って、ショーコさんとゴウリキマルさんを見る。
二人共、笑みを浮かべながら俺を見ていた。
俺からの説明を待っている様子で。
俺はゆっくりとゴウリキマルさんの置かれている情報を説明した。
「ゴウリキマルさんは今、他の勢力から狙われています。それは分かりますよね」
「……あぁ、襲撃を受けたからな。それと、意味の分からないメッセージもだ……鍵ってのは何だ?」
「……鍵はオーバードというものを手に入れる為に必要なものです……具体的な形は分かりませんが、それを持っているのはゴウリキマルさんの様です。何か心当たりは……無いですよね」
「……悪いけどよ。そんなものは知らない。鍵を貰った事も、説明を受けたことも無い。そもそも、そのオーバードは何なんだよ?」
彼女は本当に何も知らない様だった。
俺はなるべく分かり易いようにゆっくりと説明を始めた。
オーバードは遥か古代の時代から存在する古代兵器で。
メリウスほどの大きさの人型の機械であり、神の如き力を持っている事。
大地や命の創造も出来るこの世に二つしかない機体で。
遥か昔の時代にいた人間たちはそれを神として崇めていた。
文献には黒き神と白き神と記述されていて、それを手にする人間には条件があると。
黙って聞いていたゴウリキマルさんは難しそうな顔をする。
訳が分からない話をされて戸惑っているのだろう。
俺も最初はオーバードなんて摩訶不思議な機械の話をされて信じきれなかった。
しかし、調査していく中でそれは実在する物だと思い始めた。
今も多くの人間たちがそれを求めているのだ。ただの空想の産物では無いだろう。
ゆっくりとショーコさんが手を挙げる。
俺は何か分からない事があったか彼女に聞く。
「……オーバードは分かったよ。此処は仮想現実世界だからねぇ。そういうものがあっても不思議じゃないから……ただおじさんの話だと、オーバードは使う人を選ぶんだよね? 鍵があっても意味がないんじゃないの?」
「……確かに、それはそうだけど……恐らく、告死天使もゴースト・ラインも先を考えている筈だ。使えない物を手に入れる為に、奴らが躍起になる筈がない……オーバードが実在するのなら、使い手もこの世に存在すると考えて良い」
「……ふーん。そっか……でも、リッキーが鍵について知らないなら。リッキーを安全な場所に匿う必要があるね。おじさんには宛てがあるんでしょ?」
ショーコさんの質問に俺は肯定した。
ゴウリキマルさんを連れて、俺たちは機械たちの墓場に戻る。
あそこであれば、敵の襲撃に怯える必要は無い。
何人たりとも侵入する事は出来ず。裏に存在する世界で気を見計らう。
色々と情報に詳しいバネッサ先生もいるのだから、時間を掛ければ鍵が分かるかもしれない。
一番重要なのは、敵の襲撃を回避してゴウリキマルさんを守る事だ。
最悪の場合、鍵を失おうとも関係ない。
彼女を守る為に、俺が知る中で最も安全な場所へ向かおうとしている。
ショーコさんやゴウリキマルさんにそう説明すれば、彼女たちは納得していた。
「……その機械たちの墓場が、安全なんだな? お前が言うんだったら、私は信じるよ」
「あーしも信じるよー。あ、勿論、あーしも行くからね!」
「……え、ショーコさんも来るの?」
俺は少しだけ驚いた。
ゴウリキマルさんを安全な場所まで連れていく道中。
敵からの襲撃だってあるかもしれない。
いや、十中八九が敵に襲われるだろう。
そんな中で、彼女を同行させるのは俺の気が引けた。
彼女は幸いにも敵に狙われていない。
交渉材料として利用される可能性はあるが、態々、この島を見つけてまで利用するとは考えられない。
その為、この島にいればショーコさんにとっては安全で――彼女は目つきを鋭くさせる。
「……また、置いていくの?」
「い、いや。そんなつもりは、ないけど……」
「だったら、ついて行ってもいいよね?」
「い、いや。だから、それとこれとは話が――っ!」
ショーコさんの顔が至近距離に迫る。
身を乗り出して俺に顔を寄せて来た。
そうして、両手で勢いよく顔を挟まれながら、俺はダラダラと汗を流していた。
「あーしもおじさんの仲間。仲間だったら、一緒に行動するもの。あーしの言葉、何か間違ってる?」
「あ、あちがっていまへん」
「――うん、よろしい!」
ショーコさんがバッと手を離す。
俺は頬を摩りながら、以前会た時よりも積極的になったのではないかと思った。
いや、前からかなり積極的だったが、もっと大胆さが向上したと言うか……兎に角、彼女は何を言ってもついてくるだろう。
俺が彼女を心配そうに見ていれば、ゴウリキマルさんは手を叩く。
パンと乾いた音が響いて、俺はそちらに目を向けた。
すると、ゴウリキマルさんはにやりと笑いながら、とある提案をした。
「私の護衛がいるだろう? いや、私から提案するのは図々しいかもしれねぇけどよ……まぁ、連れて行くのなら”アイツ等”しかいねぇよな?」
「……懐かしいですね」
「そうだろ。皆、お前に会いたがってる……後で顔を見せに行って来いよ」
「はい……殴られますかね?」
「さぁな。覚悟はしておいた方がいいかもしれねぇぜ」
「は、はは」
ゴウリキマルさんは目を細めながら笑う。
俺は彼女の意味深な笑みに少しだけ恐れを抱いた。
殴られるのか。女性ならまだしも、ガタイのいい男に殴られれば……考えるのはよそう。
友との再会を少しだけ不安に思った。
しかし、今はそれを気にしていられるほどの余裕はない。
バネッサ先生に話を聞きに行ったヴォルフさんとこれからの事を話せなければいけないのだ。
機械たちの墓場にゴウリキマルさんを連れていく事は話したが、誰を護衛につけるかは決めていない。
もしも、友人たちがついてきてくれるのなら心強いが。
ヴォルフさんも船を守る為に人員を残しておかなければいけないだろう。
俺はゴウリキマルさんに俺たちが乗って来た船の情報を伝えた。
メリウスは平均的な規格のものであれば、後三機は載ると。
今は俺の雷切・弐式とサイトウさんの富嶽が積んでる。
誰のメリウスを載せるのかは皆で話し合って決めようと言って――ゴウリキマルさんが手を差し出す。
片手の掌を向けながら、彼女は顔を下に向けていた。
何やら眉間の皺を揉んでいる様であり、俺は首を傾げた。
すると、彼女はゆっくりと言葉を発した。
「雷切・”弐式”だって? おい、まさかお前……私に何の断りも無く」
「ま、待ってください! し、仕方なかったんです! 状況的に、他の人間にメンテナンスを依頼するしか」
「あぁメンテナンスは分かる。メンテナンスは大事だからな。すごく、理解できる……だけどよぉ。弐式ってことは、完全にいじくったって事だよなぁ? えぇ?」
「…………」
「おい、何か言えよ。私は冷静だ。怒ってなんかない。ただ、ちっとばかし……ムシャクシャしてんだ」
「怒ってるじゃないですか!?」
「うるせぇ!!」
ゴウリキマルさんがポーチからスパナを取りだして殴りかかって来た。
俺は振り下ろされたスパナを真剣白刃取りのように両手で受け止めた。
ギギギと彼女のスパナを抑えながら、必死にショーコさんに助けを求める。
ゴウリキマルさんは女に助けを求める腑抜けになったのかと俺を煽って来た。
「れ、冷静に! 今はこんなことしている場合じゃ!」
「黙れ黙れ! 私の傑作を他人に弄らせた挙句。お、女まで引っかけてくるなんて!!」
「ひ、引っかけてませんから! サイトウさんはただの仲間で!」
「嘘だ!! お前の体から女の匂いがするぞ!! どうせ、一緒の部屋にいたんだろ!!」
「…………」
「何か言えよ!!」
顔を真っ赤にして怒っているゴウリキマルさん。
雷切を弄らせたことを怒っているのかと思えば、サイトウさんの事で怒り始めた。
確かに、サイトウさんは偶に俺の部屋に入って来る事がある。
彼女はよく部屋を間違えたなんて言っていたが、ベッドにまで潜り込んできて……ダメだ。言い訳できない。
間違いは起きていない。
しかし、何一つとして彼女に無実を証明する事が出来ない。
結果的に黙ってしまった俺を見て、ゴウリキマルさんは目つきを鋭くさせて力を強めた。
鬼の如き力であり、俺は涙目になりながらショーコさんに助けを求めた。
すると、笑い声が聞こえて来た。
俺たちはハッとして、笑い声を上げているショーコさんに目を向けた。
すると、彼女は自然な笑みを浮かべながら腹に手を当てて笑っている。
「あははははは!!」
「お、おい! そんなに笑う事じゃないだろ! わ、私は真剣なんだ!」
「だ、だって! 最初に会った時みたいで……ぷ、あはははは!!」
「わ、笑うなぁ」
ショーコさんは思い切り笑っていた。
ゴウリキマルさんは涙目になりながら悔しそうにしていて――俺も思わず笑みが零れる。
釣られて笑えば、ゴウリキマルさんは目を丸くする。
しかし、怒る事はやめて彼女も笑みを浮かべた。
三人の笑い声が部屋に響き渡って、温かな空気が流れていく。
また三人で話す事が出来て、笑い合う事が出来た。
今のこの時間は俺が恋しく思っていた時間であり……楽しかった。
敵の魔の手は確実に迫っている。
本当だったら呑気に話している時間も惜しいだろう。
でも、今はこの幸せの時間に水を差されたくない。
俺たちは一時だけでも敵を忘れた。
そうして、昔を懐かしむように笑い合った。
失った時間は戻ってこないが、また再会する事が出来た。
幸せそうに笑っている大切な人たちの顔を見ながら、俺は心の中を温かなもので満たしていった。
 




