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【完結】限界まで機動力を高めた結果、敵味方から恐れられている……何で?  作者: うどん
第四章:存在の証明

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176:再び会えた喜びを

 部屋へと案内されて、俺の拘束は解かれた。

 袋をゆっくりと取られれば、懐かしいヴォルフさんの顔がそこにあった。

 彼は目を細めながら俺を見つめて、優しく俺の体を抱きしめてくれた。

 力強い男の腕で抱きしめられて、俺はどうすればいいのか戸惑う。

 すると、ヴォルフさんは体を離してから俺の肩を優しく叩いた。


「……無事でよかった。本当に……お前が来てくれたのなら、百人力だ」

「……何があったんですか。対機兵装備何て……まさか」


 俺は敵の襲撃がやはりあったのではないかと思った。

 すると、ヴォルフさんも俺の考えに気が付いて。

 椅子に座りながら話をしようと言った。

 

 俺は備え付けられた小さな茶色い革張りの椅子に座る。

 ヴォルフさんは小さな機械に近寄って、白い取っ手付きのコップを置いた。

 ボタンを押せば、自動で温かな液体が注ぎ込まれる。

 一分ほど待てば、飲み物の準備が出来たようで、ヴォルフさんは二つのカップを持ってきた。

 一つを俺の前に置き、もう一つを自分の前に置いたヴォルフさん。

 彼は此処まで来るまでに色々あっただろうと言いながら、飲み物を飲むように言う。


「ありがとうござます……いただきます」


 俺は彼に礼を言いながら、コップを手に取る。

 湯気の昇るそれを口に含んで、黒い液体を流し込んでいく。

 ほどよく温かく酸味と苦みが調和したコーヒーで。

 懐かしい味に頬を緩めながら、俺はカップを置いた。


「……あれから三年以上か……懐かしいな」

「えぇ本当に……でも、過去に想いを馳せる時間はありません。俺たちは未来へ進まなければいけない」

「あぁそうだな……一つ質問がある。この場所にたどり着いた方法を教えてくれ」


 俺は頷きながら、此処までの旅について語った。

 東源国の天子と手を組んで、告死天使やゴースト・ラインが狙うオーバードを探して。

 帝都へ行ってショーコさんと会って、それから情報を得てオーバードには鍵が必要であると知った。

 情報源は明かされなかったが、鍵を持っているのはゴウリキマルさんで。

 他の勢力も彼女の鍵を狙っていると知った。

 俺たちは彼女を先に見つけて守る為に、U・Mの母艦の航行ルートを知っている人間を探した。

 その結果、バネッサ先生の情報を得てモーランバレスへと行き、ディアブロからの取引を受け入れて今に至る。


「此処までの案内人をバネッサ先生に任せて、何とか此処まで」

「――待て。バネッサだと? それはあり得ない。彼女には記憶処理を……いや、彼女の事だ。何かしらの手を打っていたのだろう……オーバードか。そんなものが存在して……すまない。続けてくれ」


 彼は疑問を挟みそうになったが無理やり納得していた。

 そうして、俺に話の続きを話すように促してきた。

 バネッサ先生はとある島にて身を潜めていて、俺が来るのを待っていた。

 彼女は俺たちをU・Mが行くであろう島を見つけ出し、此処まで連れてきてくれた。

 俺たちは鍵を持つゴウリキマルさんを安全な場所へと移送する計画を立てている事も伝えた。


 全ての話を聞いたヴォルフさんは顎に手を当てる。

 そうして、ゆっくりと疑問を口にした。


「……安全な場所とは何処だ? 此処よりも安全な場所が存在するのか」

「はい。あります……座標についてはヴォルフさんでも明かせません。ただ、その島は特殊で基本的には”この世”には存在しない場所にあります」

「この世に、存在しない? それは……外部からの侵入を阻む結界。それに似た防衛システムがあるという事か?」

「……具体的に言えば虚数の世界。存在しているのに誰も介入できない空間……この世界を表とするのなら、裏に存在している世界。そこに存在する島です……俺も原理は分かりませんが、許可を得た者以外は入れません。似たような場所を他にも知っているので、俺はすぐに受け入れる事が出来ましたが……」


 ヴォルフさんは眉を顰める。

 まぁ行き成り、突拍子も無い事を言われればこんな顔にもなるだろう。

 しかし、これ以上の説明は俺には出来ない。

 バネッサ先生ならあの島についても俺よりも知っているだろう。

 だが、裏切者として処罰を行った手前、彼女に会うのはヴォルフさんも気が引けるだろう。

 

 裏切りもではあったから判断は間違っていない。

 しかし、此処までの案内をしてくれたのは彼女で。

 礼を言うべきか非難すべきかは……ヴォルフさんの気持ち次第だな。


 黙ったまま時間が過ぎていく。

 やがて、ヴォルフさんは静かに頷いた。


「……この目で見ていないから、どう判断すべきかは分からない……だが、他でも無いお前が安全と言うのなら、任せてもいいのだろう……此処が見つかるのも時間の問題だろうからな」

「……最初の質問に戻りますが……何があったんですか?」


 俺は最初の質問に戻って彼に聞いた。

 すると、彼は静かに息を吐いてから説明を始めた。


「……マイルス社長が死に、我々はゴースト・ラインの情報を求めて出港した……その一週間後に、我々はゴースト・ラインから襲撃を受けた。敵の狙いは不明で。敵は無人機だけで、被害は最小限に抑える事が出来た……問題はその後だ」


 ヴォルフさんは端末を取り出して操作する。

 そうして、ある音声記録を俺に聞かせてきた。


《敵はゴウリキマルを狙っている。彼女の持つ鍵を、死守しろ。さもなくば、この世界は――終焉を迎える》


 合成音声であり、相手の性別も年齢も判別できない。

 しかし、送られてきた内容は俺たちも知っている情報だ。


「これはショーコに送られたものだ。何故、彼女なのかは分からないが。襲撃と関係していると判断して、船を此処に一時的に隠す決断をした」

 

 ショーコさんに送られた警告文。

 ヴォルフさんが言うには、差出人を追跡しようとしたがまるで分からなかったらしい。

 痕跡の一つも無く、何処から送られてきたのかも分からないものだ。

 まず間違いなく、この情報は今の状況を理解している何者かからの情報で……いや、待てよ。


 ミネルバは誰から鍵の情報を手に入れたのか言わなかった。

 それは言えなかったのではなく、知らなかったからではないか?


 状況から見て、この人間は関係のある人間に情報を渡している。

 まるで、警告しているかのような内容で……ゴウリキマルさんを守ろうとしているのか?


 分からない。分からないが、ただの道化ではない。

 場を掻きまわす為の工作ではない事は分かる。

 これは彼女の身を案じる第三者が、素性を明かすことなく送っている警告だろう。

 つまり、東源国にいる俺の元にもその情報が送られてきたという事は……この情報を流してきた人間は、俺たちの位置を知っている。


 何処に誰がいて、何の活動をしているのか。

 いや、活動内容は知らないだろうが、少なくとも場所については知っている筈だ。

 そうでもなければ、警告を送る事も出来ないからな。


 だが、何の為に警告を送ったのか?


 金が目的なら情報を渡す前に要求している筈だ。

 何か欲しい物があるのなら、交渉の場を設けるだろう。

 そうせずに、貴重な情報を俺たちに無償で渡した。

 その意図は、本当にゴウリキマルさんの身を守る為だったのか。


 もしそうなら、ゴウリキマルさんに話を聞けば分かるかもしれない。

 この世界に住む人間。或いは、現実世界から来ている現世人の中で彼女の身を案じる人間。

 その中に情報を渡した人間がいるかもしれない。

 知れたとしても大した事は無いかもしれないが、不明な情報は一つでも潰しておきたい。

 俺は謎の情報提供者について考察しながら、コーヒーを静かに飲む。

 すると、ヴォルフさんは「待て」と声を出す。

 俺が視線を向ければ、彼は神妙な顔で俺を見て来た。


「……バネッサの案内で此処まで来たと言ったな。それは本当か?」

「……えぇ、彼女が俺から渡した情報で大体の航行ルートを割り出して母艦がこの島に来ると」

「――その情報とは何だ?」

「……最後にU・Mの船を目撃した場所……つまり、帝都の港ですね」


 俺がそれを伝えれば、彼は表情を険しくさせた。

 まるで、今の情報で益々、理解できない事が起こったような顔で。

 俺は彼に対して何を考えているのかと聞いた。

 すると、彼は重い口を開いて言葉を発した。



「あり得ない。それだけで、この島に来ると分かる筈がないんだ」

「……え?」



 彼の言葉に俺は驚いた。

 しかし、彼は俺の驚愕など気にせずに言葉を続ける。


「U・Mの活動は公には公開されない。航行ルートに至っては最重要機密情報だ……漏洩があったと分かれば、すぐにルートを変更する……今までも航行ルートは何度か変えていた。それは敵の目を欺くためで……可笑しいんだ。不可能な筈だ。それなのに、バネッサはこの島に来ると理解していた……そもそも、敵の襲撃に加えて謎の警告文を受け取って航行ルートを急遽変更したんだぞ……私の言っている言葉の意味が分かるか?」

「…………はい。確かに……まさか、彼女は」


 彼女はその謎の情報屋と繋がっている。

 そう言おうとして、扉が開かれた。

 ノックもせずに入ってきた人間が誰なのかと視線を向ける――俺は大きく目を見開いた。


 そこには、彼女が立っていた。

 初めて会った時と変わらない。いや、少し身長が伸びたか?


 何時もの赤黒いパーカーはフードが下ろされていて。

 赤毛の髪を無造作に伸ばして、綺麗な青い瞳は潤んでいる。

 彼女は口を小さく開きながら、俺をジッと見つめていた。

 俺は久しぶりに会えた彼女に嬉しく感じる反面。

 何と言っていいか分からずに頬を指で掻いていた。

 すると、ゴウリキマルさんは俺へと近づいて――頬に強い衝撃を感じた。


 スローモーションに感じる世界で。

 俺は鋭い痛みが頬を伝っていくのを感じた。

 勢いよく振りかぶられた右拳が俺の頬に当たり、俺は顔の位置を強制的に変えられた。

 唾を吐き出しながら、俺は何とか彼女からの剃刀のようなパンチを受けきった。

 俺は足をがくがくと震わせながら、彼女に視線を向けて――今度は優しく抱擁された。


 彼女の胸に顔を預ければ、彼女の匂いと温もりを感じられた。

 懐かしい匂いであり、彼女は優しく俺の頭を摩る。

 時折、頭に何かが落ちる感触がして湿り気を帯びていた。

 俺は何も言う事も抵抗する事もせずに黙っていた。


 やがて、彼女は声を震わせながら言葉を発した。


「……何時まで、待たせてんだ……バカ」

「……すみません」


 彼女の優しい抱擁を受けながら、俺は彼女に謝った。

 彼女は何も言うことなく俺を抱きしめてくれる。

 最初の一発は俺への怒りだった。しかし、この抱擁は俺を慰める為のもので……この人には敵わないな。


 メカニックとしてだけではない。

 人間としても俺よりも格が上であり、そんな人が俺の相棒なのは鼻が高い。

 俺は彼女から感じる温もりに身を任せながら、頬を緩ませて――扉が開く音がした。


 ハッとして二人で視線を向ければ、ヴォルフさんが出て行こうとしていた。

 彼は俺たちに顔を向ける事無くただ一言だけ「バネッサに話を聞いてくる」と言う。

 ゆっくりと閉まった扉を見つて、俺はゆっくりとゴウリキマルさんに視線を向けた。

 彼女は顔を赤くしながら、目を細めて俺を睨む。


「忘れろ」

「……覚えていたら?」

「殺す」

「あ、はい」


 彼女の優しい抱擁はあっと言う間に終わった。

 涙を乱暴に拭ってから、彼女は両手を組んでムスッとした顔をする。

 彼女は対面にずかりと座りながら、チラリとコップを見る。

 俺は彼女からの言葉も待たずにそそくさと動いて飲み物を入れに行った。

 最初の頃のような時間で、俺はカップにコーヒーを淹れながら笑った。


「……おかえり」

「……ただいま」


 彼女の言葉に返事をする。

 彼女の表情は見えない。

 ただ、彼女から感じられるのは優しさだけで。

 表情を見ずとも、彼女が喜んでくれているのは何となく分かった。


 戦いに次ぐ戦いの連続で。

 気が休まる時は無かったが……この時間は心地が良かった。

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