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【完結】限界まで機動力を高めた結果、敵味方から恐れられている……何で?  作者: うどん
第四章:存在の証明

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170:懐かしさを感じながら

 モーランバレスを離れて、俺たちは南を目指して移動を始めた。

 残された時間は少ないが、座標へと行き彼女から話を聞けば先へと進める。

 だからこそ、俺は奴を信じて座標を目指しているが……信じていいのか?


 音を立てながら真っすぐに進む小舟。

 波をかき分けながら水平線の彼方を目指す船の上で。

 俺は自分が持つ端末に表示された座標を見ていた。

 もうすぐ近くだ。それなのに、周りには何も無い。

 魚もいなければ、何かの残骸が浮かんでいる訳でも無かった。

 本当に何も無く。もう何も見えなかった。


 凍えるような寒空の中で、冷たい潮風を感じる。

 厚手のコートで肌を隠しながら、俺は鼻を小さく啜る。

 雪は降っておらず、陽はまだ昇っているのに寒い。

 南極に近い場所だから寒いのは当然だが……本当に正しいのか、これは?

 

 座標を頼りに、俺たちは南へと進んだ。

 南へ南へと進んで、彼女がいる場所まで向かう。

 飛行船に乗り空を進んで、船に乗り換えて進んで。

 また小舟へと乗り換えて、俺たちは地図に無い島を目指した。


 事前に調べても、その座標には何もない。

 地図には何も載っていない場所で、そこには人はおろか島も無い筈だった。

 しかし、ディアブロの座標はその場所を記している。

 こんな所に俺を向かわせる意図は何か。

 いや、そもそもこんな場所に”彼女”を行かせたのは何故か?

 

 小舟に揺られながら、海を渡っていく。

 海面を見ればやはり何も無く、透き通った水はキラキラと陽光を反射していた。

 一番近い島から、小さなモーターボートに乗り換えて座標へと向かう。

 誰も知らない、地図にも乗っていない場所で。

 海から直線で進んでいくが、やはり何も無かった。

 辺りを見渡しても島一つなく、何も無いただの海上だ。


 進んで、進んで、進んで……どれくらいの時間が経ったのか?


 時計は見ていたが、途中で数えるのはやめた。

 時間を馬鹿みたいに浪費する自分に嫌気がさしたのだ。

 見ていても幸せなど無く、もう流れのままに任せるしかない。

 寡黙な船頭は何も言うことなく、真っすぐ前だけを見て船を動かしていた。

 

 ここでは魚もあまり獲れず。

 海底を調べたところで資源も何も無いと聞いていた。

 だからこそ、船が通る事もほぼ無く。

 調査に来る人間もいないらしい。


 誰からも価値を見出されない海域で。

 唯一、この海域に入ると言うのが船を操舵しているこの男だ。

 何も話すことなく、黙々と前を見つめて舵を取る男。

 島中の人間から変わり者だと言われているこの男の話しを聞いて接触した時。

 男は俺たちの話には耳を貸さなかった。

 それどころか無言で家から追い出されそうになったのだ。


 男の態度が変わったのは、俺が端末を見せたからで。

 ディアブロから渡されたチップを差し込んだ端末を見せれば男は表情を一変させた。

 そこには座標しか表示されていない筈だ。

 しかし、男の目には別の何かが見えているように感じた。


 男は俺たちを船に乗せて、海上へと出た。

 船に乗せてくれたのは助かる。

 しかし、この男はこの何も無い海の上を渡って何を見せるつもりなのか。


 モーターボートから響く音を聞きながら船は進んでいく。

 

 やがて、船は音を静かにさせていき停止する。

 ゆっくりゆっくりと進んで――完全に停止した。


 エンジンを切り、男は静かに息を吐いた。

 一仕事終えた後のように振舞っているが、まだ何処にも案内されていない。

 俺は鼻を啜りながら、この男が本当に変わり者なのではないかと考えていた。

 

 何も無い場所で船を止めた男をジッと見る。

 すると、男は無言で手を差し出してきた。

 サイトウさんはゆっくりと俺に視線を向けてきて、端末を彼に渡すように言ってきた。


 俺は彼に端末を渡して見守っていた。

 すると、彼の指先が青く発光した。

 いや、指先だけじゃない彼の指先から腕の付け根へと線が伸びている。

 青く発光するラインであり、俺は少しだけ目を開きながら見ていた。


 機械化された腕か?

 義手を作れるような人間はあの島にいなかった。

 いや、作れたとしてもこんなにも精巧な義手を作れるような人間はそういない。

 本物の腕と同じように細やかな動きを再現して、その指の動きも流れるようであった。


 彼は端末へと指を翳して何かの模様を描き始めた。

 それを黙って見つめていれば、グラグラと水面が揺れ始める。

 ボートにしっかりと掴まりながら、揺れが強くなっていく事に不安を抱いた。


 まさか、この男がこの揺れを……?


 波に揺られながら、俺たちは周囲を警戒していた。

 すると、男はゆっくりと「来る」と言葉を発した。


 何が来るのかと思って――目の前が光輝く。


 眩いばかりの光が発生する。

 それはまるで、無数の蛍が一つの場所に集まってきているようで。

 小さな光の集合体は徐々にその形を正しく現し始めた。


 形の定まっていない光たちが形を成していく。

 何も無かった場所に何かが現れ始めて。

 それは大きな島へとなり、俺たちの前に姿を現した。


 何も無かった海上に、大きな島が浮かび上がった。

 木々が生えていて、森から鳥たちが羽ばたいていく。

 川があって海と繋がっている。

 これは一体なんだ。何処からこの島は現れたんだ?


 俺が目の前の不可思議な現象を考えていればサイトウさんはぼそりと言葉を発した。


「……不可侵領域に似ている……これは虚数空間から浮上させたのか」

「虚数空間。不可侵領域……じゃあこれは……」


 あの少女の力が生み出した物か。

 そう問いかけようとしたがサイトウさんは片手で制する。

 まだそれを判断するのは早いという様子で。

 俺は静かに頷きながら、船頭へと視線を向けた。

 彼は再びモーターボートのエンジンをつけて、ゆっくりとボートを動かし始めた。

 再び進みだしたボートの上から島の様子を眺める。

 手入れはされていない自然の状態の島で、神秘的な空気を感じた。

 此処には何かがある。本能的にその何かを感じながら、俺は静かに喉を鳴らした。

 


 

 鬱蒼と生い茂る木々が俺たちを出迎えた。

 木々の合間から野生動物が俺たちを見ている。

 まるで、招かれざる者たちを見るような目で、俺は冷や汗を流す。


 雪が解け切っていないのか、少し黒ずんだ雪が残っている。

 土や泥が混じった雪であり、それがぐしゃりと音を立てて落ちていく

 岸から溶けて落ちた雪が川を流れていって。

 俺たちはそれを静かに見つめながら、軽く息を吐いた。

 南極に近い位置にある島で、吐く息は白くなっている。

 頬と鼻を少しだけ赤くしながら、俺はコートの襟を立てながら手袋を履いた手を擦り合わせる。

 毛むくじゃらの謎の生き物に見られていようとも関係ない。

 俺は自分の力で暖を取りながら、静かに進んでいく船の先を見つめた。


 この先に、彼女が待っている。

 何故、こんな辺鄙な場所で……謎多き場所で俺を待っていたのか。


 いや、俺を待っていたかは定かではない。

 だが、こんな場所に籠っていたのは理由があるだろう。

 それは一体、何なのか……船のスピードが落ちていく。


 ゆっくり、ゆっくりと進んで船は完全に停止した。

 見れば、木で出来た橋が架かっている。

 此処が俺たちの終点であり、後は自分たちで進めという事だろう。

 雪のように白い肌をした坊主頭の男は、ゆっくりと会釈をする。

 降りろと言う事であり、俺たちは船から降りていった。

 船から降りれば、船頭は静かに目を閉じながら眠りについた。

 恐らくは、俺たちが帰るまで待ってくれるのだろう。

 俺は心の中で彼に感謝しながら、サイトウさんと共に島の中へと足を進めた。


 しゃりしゃりと雪を踏みしめながら歩いていく。

 舗装された道であるが、除雪などはされていない。

 何もされていないよりは歩き易いが……彼女の人間が住んでいるのか?

 

 空を見ても雪は降っていなかった筈だ。

 それなのに、この島には雪が残っている。

 冷たい風は吹いているが、雪が頬に当たる感触はしないのに。

 虚数空間と呼ばれる場所に存在しているという事は、時間の流れも……いや、やめておこう。


 それを考えればキリがない。

 時間の流れも、この雪が残っている事も。

 俺の頭で考察したところで意味は無い。


「……空が」


 前を見て歩いていれば、サイトウさんが呟く。

 足を止めて空を見れば、フィルムを剥がすように空が剥がれていく。

 明るかった空が星空へと変わっていった。

 いや、星空ではない。星と思える小さな光は線を描くように流れていく。

 無数の光が闇の中を進んでいって、キャンパスに絵を描くように空を彩った。

 

 幻想的で神秘に満ちていて――心が震えた。


 感動しているのか、恐怖しているのか。

 よく分からないが、嫌な気は全くしない。

 心がほんのりと温かくなって、当初抱いていたこの島への見方が変わった。

 俺は不思議な空を静かに眺めてから、この変わった島に少しだけ……”懐かしさ”を覚えた。


 何故かは、分からない。

 でも、俺の心が昔を懐かしむような気持になっていた。

 あの不可侵領域では何も感じなかった。

 しかし、この島にはひどく懐かしさを覚えた。


 吐く息が白くなるほどの冷たい空気に、見たことも無い野生動物たち。

 食べたことも無いような果実が実った木々……どれも覚えがない筈だ。


 この感情は何だ。

 これは一体なんだというのか。

 足を進めながら、俺は周りを観察していて――足を止めた。


 前を見れば、道の真ん中に人が立っている。

 蓑のようなものを被った子供で。

 その手には周りを照らす為の灯りが握られていた。

 オレンジ色の暖かみのある光であり、不思議と見ていれば心が落ち着く気がした。


 蓑を被った子供のような何か。

 開いたそれの穴の中から青い線が光となって見える。

 足があり手が生えているが、目は機械の様だった。


 人間のような機械のような、そんなちぐはぐな存在で。

 俺は道を塞ぐように真ん中に立っているそれを静かに見ていた。


 肌を完全に隠しており、顔すらも見えない。

 俺の腰よりも低い身長のその子を見ていれば、その子は踵を返して去っていく。

 俺が黙って去っていく子供を見ていれば、子供はゆっくりと足を止めた。

 そうして、ゆっくりと振り返って俺たちを見て来る。

 首を傾げながら、不思議そうに俺たちを見ていて……まさか。

 

「……ついて来いと言ってるのか?」

「多分」


 子供の意図は読めない。

 招かれざる客人を持て成そうと言うのか。

 いや、彼らにとっては俺たちは招かれざる客ではないのか?


 何も分からない。

 あの子供の考えも、ディアブロが彼女を此処へ導いた理由も。

 分からない、分からないが――進むしかない。


 俺は雪を踏みしめながら歩いて行った。

 子供は俺たちを先導する様に歩いていく。

 この先に彼女が本当にいるのか。

 いたとするのなら、彼女に色々と聞かなければならないだろう。


 俺たちは無言で歩いていく。

 ただ二人の呼吸音が響く中で、子供は慣れているのか吐息の音も聞こえない。

 不気味だが敵意を感じない子供の背中を見つめながら、俺は彼女に会った時のセリフを考えておくことにした。

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