165:敵の猛攻
島中の明かりが灯る。
サーチライトが灯った先には暗い海が彼方まで続いていた。
無数のメリウスたちのセンサーが光り輝き、武器を手にして敵を待つ。
港にて待機している俺たちは、水平線の彼方を眺めながら時を待っていた。
雲が浮かぶ広い夜空には月が浮かび、星々が小さく輝いている。
これからこの島で、多くの人間が死に散っていく。
勝てるどうかを聞かれれば、俺は何も答える事が出来ないだろう。
これから行う防衛線は、この島の人間にとっては最期の悪足掻きだ。
今までの悪逆非道の行いを、自らが行っていた罪を清算する日で。
審判を下しに来る人間に抗う為に、皆がメリウスに乗り込んで戦う意思を固めた。
勝てるか負けるかじゃない。
こいつらは抗いたいだけなのだ。
どんな結果が待っていようとも、悪党としてあろうとしている。
誇りもプライドも無いような奴らだと思っていた。
しかし、通すべき道はあったのかもしれない。
覚悟を決めた悪党たちを見ながら、俺は静かに息を吐く。
ほのかな明かりが灯るコックピッド内で、冷たいレバーにそっと触れた。
セイレーンに乗り込んで、戦いが始まるその時を静かに待つ。
大勢の人間が港に集結して、その手に武器を握っている。
ディアブロの私兵だけでなく、他の陣営の兵士も参加していた。
傭兵も招集されて、一大決戦のような光景が広がっている。
治安部隊の宣戦布告を受けて、島中の人間が覚悟を決めた。
投降しても生きたまま地獄を味わい、逃げようとしても逃げ場は無い。
島中のあらゆる兵器をかき集めて、海と空から来る敵を警戒する。
恐らくは、敵は強引にモーランバレスへ上陸しようとしてくるだろう。
それを阻止する為に、海上や空から侵入してくる敵は俺たちの手で墜とす。
取りこぼしはあってはならない。一匹たりとも敵は逃しはしない。
対空ユニットも展開されて、空からの侵入も許さない。
戦う準備は万全であり、仲間からピリピリとした空気を肌で感じた。
前よりも狭くなったコックピッド内。
身に着けているパイロットスーツは特別製であり、特別な機能が備わっている。
ゴツゴツとしたこれをグローブ越しに触ってから、ゆっくりと背後に視線を向けた。
背後をチラリと見れば、空いていたスペースに黒い袋に入れられた何かがある。
ジッパーによって閉じられたそれ。
少しだけ不快な臭いがするそれを無視して、俺はコンソールを叩く。
システムをチェックしながら、もう間もなく開戦の時だろうと感じた。
島内に設置されたレーダーユニットから、空と海を進む何かを探る。
敵が俺たちの射程範囲内に入れば、直ちに全員に連絡が行く手筈だ。
オープンチャンネルを先ほどまでは開いていた。
しかし、下衆な話や野次が飛び交っていて真面に聞いていられない。
俺はすぐに連携を取るのは無理だと判断してチャンネルを閉じた。
戦えば嫌でも連携を取るだろうし、何かあれば彼方から通信を繋いでくる……よな?
一株の不安を覚えながらも、俺はシステムのチェックを済ませていく。
その時に通信が誰かから繋がされる。
掛けてきたのはメイとカルロで、二人はいつも通りの様子だった。
俺は何故、通信を繋いできたのか二人に聞いた。
《あぁ? 用が無かったら繋いじゃだめなのかぁ?》
《そそ。ただの雑談だから……アンタも災難だね。情報が欲しいだけなのに、負け戦に参加させられるなんてさぁ》
「……負けると思っているのか?」
メイの何気ない言葉に俺は問いを投げかけた。
すると、メイはくすくすと笑いながら答える。
《そりゃそうだよ。こう見えてもベテランの傭兵だから……ま、負けるのが分かっていても戦わなきゃならない。私たち兄妹に、他の居場所何て無いしね》
《あぁ、俺たちは借金があるからな! ははは!》
《……兄貴。それ、胸張って言う事じゃないけど?》
「……そうか」
二人の話を聞いて納得する。
アンダーヘルで活動をしている二人。
名付きの傭兵であるのなら、他でもやっていけるだろう。
しかし、そうせずに闇組織の傘下に入っているのにはやはり理由があった。
多少のリスクを冒してでも金が欲しい……そういう訳では無い。
彼女たちの借金とは、恐らく彼女たちのものではないだろう。
親か別の誰かか……詮索するような事ではない。
俺は静かに納得して黙っていた。
すると、メイも黙り込んでしまった。
カルロは一人でカチャカチャと何かを弄っている。
互いに沈黙して、静かな時間が流れていく。
居心地の悪い時間ではない。
戦いの前の静けさを嫌に思った事なんて一度も無かった。
やがて、ゆっくりとメイが口を開いた。
《……聞かないんだ》
「……聞いて欲しかったのか」
俺がそう言うとメイはくすりと笑う。
《別にぃ。教えても面白くもない話だし……あ、兄貴の失敗談でも話そうか?》
《ぶぐ! おいッ!! 何でそんな話になるんだァ!! 妹なら兄の武勇伝を話せよッ!!》
《えぇ? 兄貴に武勇なんてないじゃん》
《あるわァ!! ある……あ……あった、よな?》
《馬鹿じゃん》
《ウガアァァァ!!!》
「……喧嘩ならよそでやってくれよ」
仲のいい二人であり、俺はため息を吐く。
しかし、自然と頬は上がっている。
今から苛烈な戦いが起きると言うのに、優しい時間が流れていると思った。
このまま何も起きなければ一番いい。
が、そんな時間は終わりを迎えた。
《敵の接近を確認ッ!! 戦艦級がごろごろと――メリウスが来るぞッ!! 迎撃しろッ!!》
通信指令の人間から緊急の連絡が入った。
それを皮切りに、港に待機していたメリウスたちが動き出す。
何機かが海へと飛び込み、残ったメリウスはメリウス迎撃用の長距離砲を構えた。
長大なバレルに加えて、黒くゴツゴツとしたフォルム。
横に取り付けるタイプのバッテリーによって、遠く離れた敵をも撃ち落す事が出来る。
連射は無理だが、一度狙って弾を放てば、機動を予測しない限り回避は不可能だ。
これも東源国製であり、ディアブロと奴らはずぶずぶの関係であると嫌でも分かる。
情報が漏れたのはサイトウさんでは無く、天子たちの所為だったのか……今更だな。
長距離砲をしっかりと両手で持ちながら、武器との接続をする。
三秒ほどで武器とのリンクが完了して、スコープから遠く離れた空を確認できた。
海上に設置された砲塔が作動して、照明弾が上に放たれた。
撃ちあがったそれが強い光を発して暗い夜空を昼間のように明るくした。
それによって、進んでくる敵が微かに視認できた。
ご丁寧に機体を暗闇に紛れられるようにコーティングしている。
更に上空からは大型の爆撃機も飛行している。
高度が高いが、狙えない事は無い。
雲の中に機体を隠しながら、爆撃機は飛行していた。
メリウスを先行させてかく乱し、上空へと侵入できたら爆弾を落とす気か。
確実に此方の息の根を止めようとしている。
カルロは通信を切って船を落としに行く。
港に待機していたセイレーンたちが海へとダイブして大きな波が立った。
港を大波が襲って、括りつけられていた小舟が転覆する。
そんなものなど気にせずにカルロたちの部隊は専攻して、勢いよく海の中を進んでいった。
メイも通信を切ろうとした。
しかし、思い出したように俺に声を掛けてきた。
《……全部片付いたらさ。聞かせてよ。アンタの旅の話を》
「……あぁ、約束する」
メイは笑みを浮かべながら言う。
俺も笑みを浮かべながら彼女の言葉に返事をした。
メイは通信を切って、向かってくる敵に攻撃を仕掛けた。
彼女の放った一射は見事に敵の胴体部を撃ち抜いた。
敵は激しい爆発を起こしながら堕ちていく。
俺はそれを静かに見ながら、飛んでくる敵へと狙いを定める。
スコープを使っていても、敵の機影は米粒ほどに小さい。
しかし、機影が見えているのであれば問題ない。
俺はしっかりとターゲットを定めて――ボタンを押した。
カチャリと音がして銃口から熱線が放たれる。
凄まじい勢いで線となって飛んでいく。
それは瞬く間に敵へと突っ込んでいって、敵の上半身を焼き払った。
ズクズクに溶けて下半身だけになった残骸がひらひらと落ちていった。
それを一瞥して、次の標的に狙いを定める。
他の人間も狙撃して、迫りくる敵のメリウスを撃ち落していく。
しかし、相手も馬鹿では無い。
不規則な機動をしながら、此方の狙いを外させようとしている。
慣れていない人間は狙いを上手く付けられずに焦っている様だった。
オープンチャンネルを繋いで、焦っている人間に声を掛ける。
まだ敵の位置はかなり離れている。だから焦る必要は無い、と。
苛立った声で返事をする人間に、冷静に俺の言葉を受け止める人間。
俺は彼らの声を聞きながら、狙いを定めてレーザーを放つ。
勢いよく照射されたそれは狙い通りに飛んでいき、敵の機体を溶解させた。
千切れた装甲部が赤く赤熱して、残骸が舞っていく中で。
俺とメイは確実に敵の数を減らしていった。
カルロたちの水中部隊も活躍している。
接近してくる船を確実に墜としていって。
海上から大きな炎が上がって、黒煙が空に広がっていった。
彼らのお陰で更に周りが見えるようになった。
仲間たちはこれならばと狙いをつけて弾を放つ。
すると、先ほどよりも敵を多く堕とせるようになっていた。
速度を上げながら飛行するメリウスたち。
それを一機ずつ落としていき、近づいて来た爆撃機にも攻撃を浴びせる。
しかし、爆撃機の周囲は特殊なバリアが展開されているようで。
俺たちの攻撃は四散して弾かれてしまう。
舌を鳴らしながら、爆撃機を見ていれば対空ユニットが起動して。
エネルギー弾ではない実体弾の攻撃によってバリアを無効化していた。
ガラガラと音を立てながら上空に赤熱する弾が発射されて。
バリアを貫通したそれが、爆撃の翼を食いちぎっていた。
翼を捥がれた爆撃機は黒煙を上げながら、落下してくる。
此方へと突っ込もうとしているが――そうはさせない。
照準を定めて、俺はコックピッドを狙う。
操縦端を握っている人間が見えたが気にせず弾を放つ。
すると、バリアが消えた爆撃機のコックピッドは意図も容易く撃ち抜かれた。
そうして、制御を失ったそれは左へと大きく傾きながら海の中へとダイブしていた。
大きな爆発と共に、もくもくと黒煙が空へと昇っていく。
敵は煙に紛れるように飛行しようとしていた。
しかし、そうする事は予測済みであり、俺とメイは敵の進路を予想して弾を放った。
一機、また一機と落としていく。
決死の覚悟で突っ込んでくる奴らには同情すら覚える。
だが、攻めの手を緩める事はしない。
激しく赤熱するバレルは限界で。
システムによって自動でパージされて、バッテーリーも交換される。
備え付けられたロボットアームが予備のバレルを掴んで取り付ける。
横に付けたバッテリーも新しいものに取り換えられて、ものの数秒で交換が終わる。
俺は再び狙いをつけて、残りの敵も落としていった。
敵は中々、モーランバレスに近づくことが出来ずにいた。
弾を放つごとに機体が揺れて、しっかりとした手応えを感じる。
時折、遠方から砲撃を受けるが狙いは定まっていない。
戦艦からの砲撃は大雑把な場所に着弾して、建物を木っ端みじんい粉砕していく。
しかし、仲間たちは恐れる事無く敵と戦っていた。
これなら、もう少し戦う事も――いや、そう簡単にはいかない。
緊急の通信をキャッチした。
通信司令部からであり、レーダーからの情報を男は慌てた様子で全員に伝えていた。
《敵の反応が増えているぞッ!? 数は30、40、50……まだ増えているッ!?》
島のレーダーユニットからの情報を読み込む。
すると、ぐるりと周りを取り囲むように敵の反応が増えていた。
高速接近しているのはメリウスであり、確実に俺たちの息の根を止めようとしている。
仲間たちは焦りと恐怖からか狙いを外していた。
俺は彼らに落ち着くように言い聞かせながら、自分に出来る事をしていった。
一機一機を確実に墜としていく。
こちら側の敵は確実に減っていた。
しかし、レーダーを確認すれば別の方向から敵が侵入しようとしていた。
数は減っている。しかし、減り方が極端に少ない。
カバーしに向かうか?
いや、今更言っても遅い。
敵はすぐそこまで接近していて――悲鳴が聞こえた。
仲間の悲鳴であり、敵が上陸したのだと分かった。
取りこぼしによって敵が島に侵入を果たした。
俺はすぐさま、長距離砲とのリンクを解除した。
そうして、近くに設置されたコンテナを起動する。
すると、ガバリとコンテナが展開されて武器が出現した。
俺は予備のマガジンなどを携行して、両手に突撃砲を装備した。
リンクを繋げば残弾数が表示されてセーフティーロックも解除された。
チラリとメイを見れば、敵に集中している。
何発も何発も弾を放ち、激しく赤熱するバレルを外す。
ゴトリと落ちて地面に転がったそれを見る事無く。
彼女は設置された作業用のアームによってバレルとバッテリーの交換を手早く済ませた。
スコープを覗きながら、冷静に弾を放っていく彼女は迷いが無い。
彼女ならば此処を任せても問題ない。
俺は心の中で彼女の無事を祈った。
そうして、スラスターを点火してその場を離れていく。
侵入した敵の数は十体ほど。
まだ数はそんなに無いが、穴が出来てしまえばそこからゾロゾロと敵が現れるだろう。
すぐに対処して穴を塞ぎに行かなければならない。
俺は街を迂回するように進んで、急いで敵の侵入したポイントに向かった。
こうしている間にも味方の反応がロストしている。
心の中で間に合ってくれと願いながら、火の手の上がる場所へと急いだ。




