164:夢見る奴隷(side:ロッキーニ)
自室のデスクで、座り心地の良い椅子に座る。
天井では大きなファンがゆっくりと回って、観葉植物が部屋の中に置かれている。
私は煙草を吸ってから、白い煙を贅沢に吐き出した。
もくもくと煙が広がって、目の前の人間に掛る。
目の前には神に従える敬虔な信徒の一人が立っていた。
ローブを纏った男か女かも分からない仮面のそれは、ゆっくりと端末を翳す。
すると、私の前に映像が投射されて不死教を支えるゴースト・ラインの幹部様が現れた。
彼のコードネームはファースト。
筋骨累々の体には、パイロットスーツが着用されていた。
映像が時折乱れているが、何処かに移動中なのか?
この男からの提案で、私の派閥は不死教に入信した。
その恩恵として、奴は多額の資金と人間を送り込んでくる。
中々、新たな信者を得る事は出来なかったが、この男は不満を一つも言わなかった。
この男が私に対して命令して来た事は、自分たちが製造している”ある物”を世界で流通させる事だった。
見かけはただのビタミン剤であり、詳しく調べようともしたが監視の目があり断念した。
男によれば人体に有害な物質は入っていないらしい。
その証拠に、私が保有する裏ルートで各国に輸出してみたが……今のところ網に掛った事は無い。
まぁ裏のルートで取引しているのだから簡単に見つかっては困る。
しかし、正規のルートで販売しても問題は無かった。
まぁただのビタミン剤なのだから、問題は無いだろうが。
アレは一体何なのか。私は恐ろしくて口にはしていないが……まぁいい。
製造不明な薬など私にとってはどうでもいい。
この島でドラッグの販売など何ら不思議では無いから。
それで人が死んでも私には関係ないのだ。
私は利益を得る事が出来るのなら何だってする。
リスクが発生するのなら考えるが、リスクが無いのなら喜んで仕事をする。
ファーストは気前がいい男で。
ビタミン剤をただ同然で私に渡してくるのだ。
このビタミン剤の評判は良く、それなりに売れていた。
ただだから、いくら安くしても全ての利益が私の物だ。
この男は今後も私と一緒にビジネスをしていきたいのだろう。
信徒を態々遣わせてまで、私に会いに来たのだからな。
私は煙草を吸いながら目を細めて、気安く挨拶をしてくる男を見ていた。
《やぁ調子はどうだい? 商売は順調かな》
「……えぇお陰様で。もうじき、この国も変わるでしょう。その時は、是非遊びに来てください。上等な酒を用意して待っていますから」
《はは、それは楽しみだ……それで、私が君に託した信徒とメリウスは?》
「あぁアレですか……残念ながら死にました。兵器も破壊されてね……情報はぁ貰っていましたが。少しばかり遅かったようです。はい」
煙草を吸いながら、私は煙を吐き出す。
そうして、首を左右に振りながら顔を伏せた。
表面上は申し訳なく振舞っている。
しかし、私は一向に反省していない。
寧ろ、こいつの言いなりになっていたら危ない所だと思っていた。
このファーストという男は気前がいい……が、油断ならない。
事前に、この男からの情報で治安部隊が巡航している船が何者かに襲撃される事を教えられた。
特殊な水中戦用のメリウスを極秘ルートで三機送るから未然に防げと命令され。
私が信頼できる情報屋に調べさせれば、襲撃を計画しているのはディアブロだと分かった。
奴らが自ら進んで、治安部隊を襲おうとしてくれている。
此方が火種を起こすことも無く、勝手に火がつこうとしていたのだ。
ディアブロの計画自体はかなり前より計画されていて、奴らの船が一番襲撃しやすいポイントを航行するタイミングを狙っていたようだ。
馬鹿な男だ。私がその話を聞いて、はいそうですかと従うと?
愚かな男であり、私は男の命令には従ったが。
奴らを偽のポイントへと誘導した。
その結果、治安部隊の船は三隻とも沈められた。
遅れて到着した信徒たちも殺されて、ファーストの計画は失敗に終わった。
信徒たちが生きて戻ってきた場合は、私の手で殺そうと考えていた。
死人に口は無いから、奴らがファーストに報告する事は出来ない。
結果から言えば、自分の手を汚す事も無く奴らは死んでくれた。
私は内心でほくそ笑みながら、狙い通りに治安部隊がモーランバレスへの宣戦布告をした記事を読んだ。
ファーストとの話が終われば、すぐにでも治安部隊の総督へ連絡を繋ぐ予定だ。
彼は私を信頼しており、互いに利用価値があると認識している。
彼はディアブロを始末した功績を得て、私は正式な認可が下りた国で大手を振ってビジネスが出来る。
もう鼠のようにコソコソと暗闇の中を這いまわる必要は無い。
世界中が我々を欲していて、その期待に全力で応えられるのだ。
私は笑みを抑えながら顔を上げた。
すると、ファーストは目を細めながら私を見ていた。
ニコやかに笑っている。しかし、何かを考えている様子だった。
何を考えているのかも一切分からない男だ。
よきビジネスパートナーではあるが、信用はしていない。
「……何か?」
《……ん? いや、何でも無いよ。ただ残念だと思ってね。期待していたんだが……此処までの様だ》
「えぇそうですね。彼らの死に安寧を願っていますよ。心からね」
殊勝な心掛けだとは思った。
部下何て何とも思っていないだろうと思っていたがそうでもないらしい。
死んでいった部下たちを思って彼は涙腺を緩ませていた。
眼鏡を外して涙を拭いながら、彼は首を左右に振っていた。
演技のようにも見える。しかし、此処で演技をする必要なんて無い。
私の思い過ごしだろうと思いながら、私は奴をジッと見つめていた。
奴はゆっくりと息を吐いてから笑いながら声を掛けてきた。
《ま、気にしても仕方がない! チャンスは与えたのだからね》
「そうですね。チャンスを生かせなかったのは彼らですから」
《……おっと。そろそろ乱気流の中に突っ込みそうだ。悪いが通信を切らせてもらうよ》
「え、あぁ、はい……その、何か用があったんじゃ?」
話を終えようとしている奴を見て戸惑う。
此処に信徒を寄越してまで会いに来たはずだ。
顔を見て少し話しただけでもう通信を切るとはどういうことか。
私は狼狽えていれば、彼は目を細めながら言葉を発する。
《いや、用は済んだ。確認しておきたかったんだ》
「な、何をですか?」
《んー? それは自分で考えてみたまえ。生きている間に、理解できることを願っているよ。それでは、さようなら》
「あ、ちょ…………何なんだ」
映像が切れて、信徒は頭を下げる。
そうして、私の返事を聞くことも無く部屋を後にした。
私は意味深な言葉を吐いたファーストの顔を思い出してイライラした。
自分で考えろ? 生きている間に理解しろ?
ふざけたことを抜かす阿保が。
私は煙草を灰皿に強く押しつけてから置いてあったボトルを取る。
そうして、氷が入ったグラスに並々と注いでからそれを一気に飲んだ。
冷たく辛口のそれが喉を通っていき、イライラが消えていくような気がした。
「まぁいい……奴には利用価値がある。私が飽きるまでは、不敬な物言いも許してやろう。くくく」
奴の言葉には意味なんて無い。
考えたところで無価値であり、私はすぐに奴の言葉を頭から消した。
そうして、机に置いた特別製の通信機を取り、総督へと連絡を繋ごうとする。
奴よりも、総督と話をしなければいけない。
此処へ治安部隊が攻め込んでくるのであれば、此処はすぐに地獄と化す。
逃げるなり隠れるなりするにも、総督から事前に情報を貰わなければいけない。
見返りとして、我々は全力で治安部隊に協力する。
攻め込んでくるのなら、彼らが易々と侵入できるように部下に指示する事も出来るからな。
私の事は無下には出来ない。
総督にとって私は掛け替えのない協力者だから。
ディアブロを始末してもらう為なら、幾らでも頭を下げよう。
私は耳に機械を当てながら、一人でくつくつと笑った。
「もうすぐ。もうすぐだ。私は巨万の富を得て、絶対的な地位を」
私の独り言は誰にも聞かれない。
静かな空間で、繋がった相手に声を掛ける。
こびへつらいながら、私は賭けに勝利した未来の自分を想像して笑みを深めた。




