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【完結】限界まで機動力を高めた結果、敵味方から恐れられている……何で?  作者: うどん
第四章:存在の証明

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158:戦場の支配者(side:チャンプ)

 話が違うじゃねぇかッ!


 今回の挑戦者も取るに足らない雑魚だと聞いていた。

 飛び入りの参加で、素性も分からないような奴だと。

 ボスは俺に期待していると言ってくれて。

 俺はその期待に応える為に最大限のパフォーマンスを披露した。


 なのに、なのに――奴は何だ!?


 慣れていない筈の機体の操作にすぐに慣れた。

 そうして、未来でも見ているかのように俺の機動を予測する。

 柱が邪魔をしている状態で、あんなガラクタを無理に操作すればどうなるか。

 柱にぶち当たって勝手に自滅するか。

 機体が横転して格好の的になるだけだろ。

 それなのに、アイツは昔からこの場所を知っているかのように動いている。

 俺でも出来ないような機動で、アイツは完璧な機動を見せていた。


 柱の合間を風を切き移動。

 ブースターから激しい音が鳴って地面を滑っていく。

 砂埃が舞い、奴が移動した軌跡を描いていた。

 センサーを向けて奴を追う。

 銃口を奴へと向けて狙い撃とうとするが、奴は変則的な機動をする。

 噴射口を巧みに使って進路を強制的に変えている。

 狙いを定めさせないように移動しているのか。

 奴の動きの先が読めない。

 いや、それどころか奴の動きがどんどん洗練されていくッ!

  

 ――聞いていない、聞いていない、聞いていないッ!!


 切り札であるライフルまで使う事になった。

 これで勝たなければ、俺は一生負け犬だ。

 生きていても死んでいても、最悪の未来になる事は確実だ。

 勝たなければ、勝たなければ、俺が殺される!


 バラバラとライフルから弾を放出しながら、俺はダラダラと汗を掻く。

 拭っても拭っても嫌な汗が出てきて俺の視界を奪おうとする。

 ライフルから空の薬莢が勢いよく排莢されて。

 地面にバラバラと散らばっていった。

 俺の放つ弾丸は奴の機体を穿つ事が出来ない。

 障害物となる柱に傷をつけるだけであり、心の中に焦りが出始めた。

 

 クソ、クソ、クソッ!


 死ね、死ね、死ね死ね死ね死ね――死んでくれッ!!


 狙っても狙っても弾が当たらない。

 軽く装甲を撫でるだけで致命傷を与えられない。

 奴の出力は俺のヴァルターよりも下な筈だ。

 装甲の厚さも、機体性能も、何もかも奴は俺より劣っている。

 あんな動きが出来る訳――まさかッ!!


 弾が装甲を軽く撫でていた。

 柱から姿を現した奴のヴァルターは傷だらけで。

 両肩のシールドも弾き飛ばされて、装甲も削られて配線が剥き出しだ。

 しかし、それは奴が操縦を誤ってそうなった訳じゃない。


 奴は、奴は――狙ってダメージを負ったッ!!


 邪魔な装甲を強制的に外させて機動力を上げた。

 そんな事をすれば、最悪の場合は死ぬ事になる。

 たった一発の銃弾で、奴のコックピッドを撃ち抜けるのだ。

 それでも奴が機動力の底上げを狙ったのは――自分の操縦に自信があるからだ。


 奴のセンサーが赤く光る。

 光が線となって流れていく。

 獲物だと思っていた奴の目ではない。

 その目はハンターの目であり、奴は虎視眈々と機会を伺っている。

 まるで、刃を研いで懐に忍ばせる暗殺者の様で――背筋が凍り付く。

 

 俺に勝つ自信がある。

 俺の弾なんて当たらない思っているのか――ふざけるなッ!!


 俺はブースターを点火して移動する。

 機体を動かして柱の合間を縫うように移動する奴を追う。

 地面を滑りながら移動して、銃口を奴の背中に向けた。

 ターゲットサイト越しに奴の機体を睨みつけながら、引き金を強く引いた。

 勢いよく弾が発射されて激しい炸裂音と振動が手に伝わる。

 ガタガタと揺れるコックピッドの中で、踊る様に機体を操作する奴を睨む。

 格下のヴァルターが此方へと顔を向けて、後ろ向きで移動した。

 すぐそこに迫った柱が見えているのか。

 奴は噴射口で機体の角度を変えて、紙一重で柱を避けて見せた。

 俺の弾丸は柱へと殺到して、ガリガリと柱を削り取っていった。

 

 追いつけない。

 狙い撃ちしようにも、奴は手足のように第三世代のメリウスを操縦する。

 限界まで装甲を削り、か細い糸の上を歩くように死と隣り合わせの状況で戦っている。

 高い操縦能力に加えて、イカれているのかと思えるほどの精神力。

 真面じゃない。真面な人間にあんな芸当は出来ない。

 呼吸を大きく乱しながら、痺れる手で引き金を引き続ける。

 ディスプレイに表示された残弾を見れば残りは僅かだ。

 まるで、己の寿命を表しているように感じて俺は強く歯を食いしばった。


 恐怖や不安、焦りをかき消すように俺は叫んだ。

 

「死ねやァァァ!!!」


 両手のライフルで集中砲火を浴びせる。

 残弾など気にしていられない。

 撃ち続けなければ俺は確実に殺される。

 隙を見せたら最期であり、俺は声を枯らすほどに叫び続けた。

 しかし、奴はひらりと機体を回転させて動きを変える。

 まるで、銃弾の流れが分かるかのように俺の弾を躱した。

 チュンチュンと俺が放った弾丸が奴の残った装甲を掠めていく。

 紙一重ですらない。奴は、奴は――ギリギリの戦いをしていた。

 

 最低限の回避だけで奴は俺の弾幕をやり過ごした。

 躱された俺の弾丸は柱を抉るだけであり、追いかけて弾を放っても奴には一発も当たらない。

 停止して再点火して、土煙を巻き上げてかく乱する。

 ブレードしか持っていないのに俺は奴を仕留められない。

 悔しいが奴の操縦テクは俺よりも上だった。


 奴の背中を必死に追いかける。

 先回りしようとして移動するが。

 奴は俺の裏を掻いて、別方向へと機体を潜らせる。

 チャンスが巡って来ても、その時には決まって地面には邪魔な残骸が転がっていた。

 奇跡か、偶然か……いや、違う。


 奴はこの数分足らずの時間で地形を完璧に把握した。

 俺の行動パターンを計算して、俺が攻撃してくる位置に障害物があるようにしている。

 まるでそこへと誘導でもしたかのように、俺は機体を動かされていた。

 読まれている。何もかもが、奴の術中だ。


 認めるしかない。認めるしかないのだ。

 奴はSランクの俺以上の腕を持っている。

 アイツは何だ。アイツは一体何者だ?


 強く歯を食いしばる。

 手はビリビリと痺れて感覚が無くなっていく。

 強く操縦レバーを握って、ペダルも奥まで踏みつけていた。

 それでも追いつけない奴。

 口内は乾きに乾いて、今すぐにでも水が飲みたかった。

 かつてないほどの緊張。

 戦場で戦っていた時でさえ、これほどの相手は存在しなかった。

 心臓が激しく鼓動して、全身を血が駆け巡っていく。

 体全体が沸騰している様に熱が帯びて、コックピッド内はサウナのようになっていた。


「まだだ。まだだ――まだだッ!!」


 血が滲むほどにレバーを握りしめる。

 そうして、勢いよくレバーを倒しながら更に加速した。

 柱にぶつかる危険があったとしても関係ない。

 命の危険を抱いて恐れを成していては、奴には絶対に勝てない。

 同じ土俵に立ち、同じ狂気に身を落として戦うんだッ!!


 センサーを激しく動かす。

 損傷が激しいそれはノイズが走っていて。

 見え辛い視界の中で、何とか柱を避けていく。

 時折、機体が掠めていくが問題ない。

 もう少し、後少しで奴を捕らえられる。

 残り僅かな弾数の中で、必死になって奴にターゲットサイトを合わせる。

 連続して機械音が鳴って、ロックオンまであと少しであると教える。


 捉えられる。

 奴の機体に手が届く。

 遥か格上の男に、俺の攻撃が届く――嫌な気配を感じた。


 

 背筋がぞくりとして、奴の機体から何かを感じる。

 

 奴の動きが変わった。機体を急停止させて――俺の方に向かってきた。


 

 俺は反射的に引き金を引いて奴に弾を放った。

 しかし、奴は手に持ったブレードで俺の弾丸を弾いて見せた。

 すぐそこに迫っていた弾丸を、奴は軽々と弾いて見せた。

 イカれている。イカれていなければ、アレは何だと言うのか。

 さび付いたブレードは弾丸を弾いた事によって半壊する。

 大きく亀裂が走って刀身が砕け散った。

 最低限、致命傷を負うであろう軌道の弾を全て弾いて奴は俺の頭上を飛び越える。

 スローモーションに感じる時間の中で、頭上を飛ぶ奴を見た。

 その赤いセンサーは俺へと向けられていて、奴の半ばから破壊されたブレードがきらりと光る。

 そうして、奴は半ばから破壊されたブレードを俺のセンサーに突き刺した。

 ノイズが混じりながらも作動していたセンサーが潰された。

 視界が潰されたことによって何も見えない。

 俺はいら立ちを覚えながら、声を荒げた。

 

「クソッ!! 奴は何処だ!? 何処に――何だ。揺れてる?」


 周りが見えなくなった。

 そして、地面が揺れているような気がした。

 些細な変化。しかし、俺の心には恐怖が這い上がって来る。

 俺はセンサーを諦めてコックピッドを開く。

 かしゅりと音がしてハッチが展開されて、コックピッド内の熱気が外へと流れていく。

 涼しく心地の良い風を体全体で感じながら、俺は光に満ちた外を見つめる。

 肉眼によって俺は周りの状況を確かめようとして――ペダルを踏む。


 柱が倒れてきた。

 機体を動かして一瞬だけ見えたのは、根元から亀裂が走って倒壊する柱で。

 一瞬の判断によってペダルを踏んで、緊急回避を試みた。

 地面が揺れる。眼前に勢いよく柱が迫って来る。

 ダメだ。間に合わない。すぐそこまで迫った柱を避けきれない。

 重い柱が機体にのしかかって来て、俺の機体は埋もれそうになった。


「クソがァァァァ!!!」


 限界までペダルを踏んで、何とか這い出る。

 激しい音を立てて瓦礫が機体にぶち当たっていく。

 機体からはけたまましい警告音が鳴り響いて、計器からは煙が発生していた。

 焦げ臭い臭いが鼻について、重い瓦礫が更に降り注いできた。

 強烈な一撃が炸裂して、機体は激しくスパークして爆発音が響いた。

 スラスターがおしゃかになり、機体の制御が利かなくなった。

 視界が反転して、地面へと突っ込んでいく。

 俺は顔を両手でガードして、ゴロゴロと地面を機体が転がった。

 ガンガンと頭に強い衝撃を感じて、体が外へ投げ出されそうになる。

 しかし、ベルトのお陰で体が外に投げ出される事は無かった。


 視界がぐらぐらと激しく揺れる。

 頭がズキズキと痛み、体中から鈍い痛みが発せられていた。

 頭の他に体全体に打撲を負っている。

 左腕の感覚がほぼ無い事から、折れている事が分かった。

 俺は強い吐き気に襲われて、口から朝飯をぶちまけた。

 宙ぶらりんとなった状態で、俺は手足をだらりと下に下げる。


 奴は、最初から逃げる為に動いていた訳じゃない。

 機動力を上げたのも、俺の銃弾を利用する為だ。

 狙った場所に銃弾を撃ち込ませる為で、柱を破壊させる事が目的だった。

 闇雲に逃げていた訳じゃない。

 柱を倒壊させて、俺の機体を潰す作戦だった。

 

 最初から、最初から――勝つ事だけを考えていた。


 恐ろしい。恐ろしい奴だ。

 ブレードしか武器が無い状態で、勝つことが考えられる。

 地形を利用し、落ちている物でも使う。

 あらゆる物を利用して、勝つ事だけを考える。


 瞬間、俺の脳裏には過去の記憶が蘇る。

 顔も名前も忘れていた。

 俺が憧れていた先輩がそこにいて、にししと笑って俺に語りかけてくる。


 

『傭兵は勝つ為ならどんなものでも利用する。勝って勝ちまくって――簡単にくたばるんじゃねぇぞ。新人』

「……あぁ、そうだった……傭兵は、何でも、利用して……勝つんだったな……思い、出した」

 


 昔、駆け出しだった俺に先輩が教えてくれた。

 何でも使って勝てと。

 勝って生き残る事が出来たら、それで一人前だと。

 ライフルの様な武器だけじゃない。

 その地にある全てを使って戦うのが傭兵だと。

 天候も、残骸も……そう、だったな。


 薄く笑みを浮かべながら、額から赤い血が滴り落ちていく。

 意識が薄らいでいく中で、俺の機体が持ち上がる。

 強引に機体を動かされて、仰向けにされた。

 シートに体を押し付けながら、眼前で太陽を背にして俺を見下ろす傷だらけのヴァルターを見る。

 俺を殺すつもりか。そりゃそうだ。


「……お前が、勝者だ」


 奴がブレードを振り上げる。

 俺はゆっくりと目を閉じて死ぬ瞬間を待つ。

 好きなように生きてきた人生だ。悔いはない。


 ブレードが叩きつけられて、地面が揺れた。

 しかし、待っていた痛みは来なかった。

 ゆっくりと目を開ければ、奴はブレードを地面に刺している。

 そうして、コックピッドを展開しながらローブを纏った男が俺を見ていた。


「俺の勝ちだ。さっさと治療を受けろ」

「……随分と、甘い勝者だ……負け惜しみくらい、言わされてくてれよ」


 完璧な敗北であり、もう何も言えない。

 嫌味を言おうと思ったのに、奴はそれすらも言わせてくれない。

 銃器まで使ったのに負けた俺は、もう此処にはいられないだろう。

 殺されるかもしれない……だが、それでもいい。


 最期に気持ちのいい男に出会えた。

 こいつのお陰で昔を思い出す事が出来た。

 俺は不愛想な男に心の中で感謝を言いながら、胸ポケットから煙草を出す。


 強い吐き気に、意識は朦朧としている。

 そんな中で煙草を吸おうとしている俺を見て。

 クソ甘な勝者は止めようとしていた。

 しかし、俺は奴の静止の言葉も無視して煙草をくわえて火をつけた。


 肺一杯に煙を吸い込んで、口から煙を吐く。

 最期の一服と思えば、今まで以上に美味く感じる。

 実況のうざったい声を聞き、盛り上がっている猿共の声を聞く。

 負けたのに盛り上がっているのは、ここの人間の血の気の多さを表している。

 何人かは俺を殺すように叫んでいるだろう。

 しかし、目の前の男はそれをしない。


 ショーというものを理解していない。

 しかし、それのお陰で俺は今、生きている。

 最期の一服が吸えたのもこの男のお陰か。

 感謝してばかりであり、俺らしくないと思った。

 だが、最期くらいはそれでもいいだろう。


「……名前、聞いても良いか?」

「…………マサムネだ」


 男に名を聞けば、奴は迷っていた。

 しかし、俺の目を見て名前を明かした。

 その瞬間に、俺は奴が何故、これほどまでに強いのかを理解した。


 勝てる訳が無かった。

 ただのSランクが、過去の英雄に勝てる筈が無かった。


 俺は心の中で、奴に礼を言う。

 リスクを冒してまで名前を明かしてくれたのだ。

 恩を仇で返す事はしない。

 誰かに聞かれても、俺は絶対に奴の名前を言わない。

 心の中で誓いを立てながら、俺は煙草を吸って――


「お前の名前は」

「……アリ。ただのアリだ」

「……覚えた」


 

 ……本当に、甘い奴だなぁ。


 

 過去の英雄、大罪を犯した世紀の犯罪者。

 しかし、俺の目には大罪人なんて映っていない。

 そこにいるのは誰よりも甘い――真っすぐな目をした男だけだった。

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