153:悪徳が栄える
モーランバレスへと上陸する。
少ない荷物をナップサックに詰め込んで、俺とサイトウさんはその地に足をつけた。
飛行船の発着場は残念ながら無く……あるにはあるが、正規の場所ではない。
ならず者たちが運営する発着場で。
あんな所にのこのこ行けば何をされるか分からない。
有り金全てで許されるならまだ良い方であり、最悪の場合は海に沈められるかもしれないだろう。
対空砲が配備されて、薬中の砲撃手が空を飛ぶ鳥に弾をぶち込んでいた。
ロケット砲に括りつけた人間が空を舞い、それを撃ち落しているイカれた奴もいたな。
動画配信サイトでそんな危険な動画が流れており、治安もクソもないのだと認識できる。
此処は国ではあるが、他国からは認められていない。
ならず者たちの楽園であり、外部の人間にとっては地獄そのものだろう。
観光客はおらず、此処にいるのは訳ありか犯罪者だけだ。
人を殺した数で威張っている奴はすぐに死体になり、無口な暗殺者がそこら中にいると思った方が賢いだろう。
最も、戦場ではないからこそ本物の地獄とは呼べない。
ただ犯罪者が多いだけの国であり、恐れる事は何も無かった。
兎に角、この島国へ出入り出来る唯一の方法は、船で港から入るだけだった。
桟橋へと足をつけて、此処まで船を漕いでくれた爺さんに礼を言う。
歯抜けの顔で笑う爺さんからは敵意は感じないが、この男も此処の住人だ。
油断は出来ず、金だけ渡してその場を離れる。
少しだけ寒い気候だからか、ローブを着込んでいても怪しまれない。
顔を隠しながら、俺たちはゆっくりと街へと向けて足を動かした。
周りに目を向ければ、パスポートを確認する場所が無い。
船から降りた人間たちはゲラゲラと笑いながら、何食わぬ顔で警官の横を通り過ぎる。
制服らしきものを着ていて、この国の警官である証のバッヂを胸に付けている。
コスプレイヤーでも無ければ、紛う事なき警察官だろう。
しかし、警察官らしき男は酒とチキンを食べているだけで何もしていない。
ただボケっと突っ立って港から見える海を眺めていた。
今も近くでは悲鳴が聞こえている。
カメラを持った青年に銃を突き付けている人間。
港から出ようとしたこの国にとっては珍しい”カモ”だ。
ジャーナリストらしき青年は金と商売道具を奪われて助けを求めている。
しかし、柵に背を預けている警官は全く動かなかった。
チラリと視線は向けたが、それ以降は見向きもしない。
どうやら無秩序の無法地帯というのは嘘ではないようだ。
此処を取り締まるような人間も法も存在しない。
偽造したパスポートを持ってきたが、いらなかったようだ。
まぁ入国が簡単に出来るのなら、それに越した事は無い。
俺たちも警官の横を通り過ぎていく。
じゃりじゃりと砂利を踏みしめながら歩いていった。
港と呼ばれるこの場所では、怪しい商人たちが沢山いた。
見たことも無い果物を売っていたり、メリウスの残骸から回収したであろうパーツなど。
トタン屋根の露店を開きながら、黄ばんだローブを纏った商人たちは唾を飛ばしながら道行く人間を呼びこんでいた。
およそ商品とは呼べないガラクタばかりで、売っている食べ物も食えるかどうかも怪しいだろう。
瞳孔が定まっておらず、狂ったように客を呼び込んでいる。
俺たちはそんな商人たちの声を無視して、奥へ奥へと進んでいく。
港を出れば、潮の香りが消えていく。
代わりに、きつい臭いが鼻について。
路上で座っている男女が、怪しげな細長い筒を持って何かを吸っている。
先端には火は灯っておらず。アレを吸えば筒の真ん中あたりが赤く発光する。
息を吐けば煙は出ていなかったが、きつめの香水のような臭いがした。
比較的、若い年齢の人間たちがそれを美味しそうに吸っている。
煙草の様なものだろうと思いつつ、その場を去っていく。
建物は建っているが、どれもこれも掘っ立て小屋の様だ。
そこらへんにあったもので建てたような家で。
中には別の家にのしかかる様に建てられた家もある。
半壊状態の家もあり、丸見えの状態で呑気にシャワーを浴びる全身タトゥーの男もいた。
湯気が昇っている事から、温水は出るのだろうが不用心にも程があるだろう。
警戒心が無いのか。いや、襲われない自信があるのか……何方にせよ、異様な光景だ。
冷たく濁った眼の少年たちが物陰からジッと俺たちを見ている。
やせ細った枯れ木の様な彼らの手には錆びたナイフが握られている。
隙を見せたら襲われそうであり、彼らから視線を逸らしながら別の場所を見た。
「……此処はひどいけど……中央は栄えているのか?」
あり合わせで作ったような家々。
しかし、良く目を凝らして遠くを見れば西洋風の城がある。
年季のある城であり、壊れている部分もある事がこの場所から確認できた。
その周りには黒いタワーの様なものも建設されていた。
何階建てかは分からないが、三十階以上はあるだろう。
タワーの至る所から長い鉄骨が伸びていて、タワーは歪な形をしていた。
良く目を凝らせば、タワーとタワーの間には長い鉄骨が掛けられている。
まるで、小さくか細い橋のようであり、アレは何の為に作ったのか。
タワーの上からは髑髏のようなマークが黄色い塗料で描かれた大きな垂れ幕がぶら下がっている。
あのマークには覚えがあり、確か俺がアンダーヘルの人間と戦った時に……。
スラム街の様なこの場所と、中央に建てられた城とタワーが二つ。
巨大な三つの建造物であり、そこには恐らくこの国の権力者がいる。
その人間こそがディアブロなのかは分からないが、会うしかないだろう。
十中八九、アンダーヘルとディアブロは密接な関係にある。
現在、アンダーヘルに身を隠しているであろう彼女に会うには、どうしても組織の人間と話さなければいけない。
手土産と呼べる物は持っておらず。
俺たちが奴らに対して何かしてやれるような事もないだろう。
渡せるものと言えば情報くらいで……まぁ、それが狙いで餌を垂らした筈だ。
少しだけ奴らについて調べてみた。
その結果から言えば、奴らはゴースト・ラインと敵対関係にある。
互いに裏の組織であるが、ゴースト・ラインの方が規模が大きい。
その為、奴らにビジネスパートナーを取られて奴らは怒りや恨みを抱いている。
アンダーヘルにとって、商売敵とは殺すべき存在で。
ゴースト・ラインと敵対している俺らは、奴らにとっては敵の敵ということだ。
それで味方と呼べるかは怪しいが、利害は一致している。
俺たちはゴースト・ラインを潰して奴らの計画を阻止したい。
アンダーヘルは商売敵を始末したい……まぁ出来過ぎた話だとは思うがな。
情報屋から聞いた話を鵜呑みにするつもりはない。
しかし、保護している職員の情報は俺を釣る為の餌だとしか思えなかった。
危険は承知でも、奴らに会わなければいけない。
万が一の保険は打っており、出来れば使いたくはないと思う。
腹を摩りながら、俺は足を進める。
周りからの刺すような視線を無視しながら、俺とサイトウさんは城を目指して歩いて行った。
暫く歩いていけば、住人の特徴もがらりと変わる。
ガタイの良い男やただならぬ空気を放つ女。
目つきが鋭く、ただの一般人とは思えない人間たちが街中を歩いている。
掘っ立て小屋も無くなって、コンクリートで出来た住居が並ぶ。
酒場などがあちらこちらに点在していて、昼間なのに声がよく聞こえた。
賑やかであるものの、歩いている人間は傭兵か兵士だろう。
周りを警戒しながら歩いて行って――何かが飛んできた。
ゴロゴロと地面を転がって目の前で倒れた人間。
酒に酔って顔を真っ赤にして、鼻から盛大に血が噴き出している。
腹が出た小男であり、四肢はだらりと地面に投げ出されていた。
完全に脱力した男へと酒場の扉を開けて出てきた男が近寄る。
黒い髪を後ろへと流して、赤いメッシュが入っている。
青いスーツを着崩しており、ネクタイはつけていなかった。
身長は百八十くらいで、細みながら鍛えられた肉体をしている。
鋭い目で転がった男を見ながら、男は腰のホルスターに触れていた。
酒瓶を片手に持ちながら、倒れた男の前で飲んでいる。
男は口に含んだ酒を男へと吹きかけてにやりと笑う。
「酔いは醒めたかぁ? 色男」
「へ、へへ。まだ、飲み足りねぇな」
「そうかそうか……だったら、地獄の極卒に酌してもらえや」
男がホルスターからリボルバーを抜く。
そうして、ハンマーを起こして男の頭に照準を定めた。
目の前で良く知りもしない男が殺されそうになっている。
今から頭に鉛弾を喰らいそうな男だが、ニタニタと笑っていて一切恐れを感じない。
大物なのかただの馬鹿なのか……勝手に死なれたら寝覚めが悪い。
俺は男の手に触れる。
そうして、殺すのを止めるように言った。
男がぎろりと俺を見る。
人殺しの目であり、こいつは二,三人は殺していそうだ。
「やめろって? お前はこいつの何だ?」
「……知らない。今日、初めて会った」
「初めてだぁ? ははは! とんだお人好しがいたもんだ……お前よそ者だろ。殺すぞ?」
「やめろ。金ならやる」
男の手から自分の手をどける。
そうして、財布を取り出そうとした。
その瞬間に、男は銃口を俺へと向けようとした。
引き金に指を掛けていて――銃口を手で逸らす。
上へと相手の銃を跳ね上げる。
その瞬間にリボルバーから弾が放たれた。
乾いた銃声が響いて、驚いている男の顎に拳銃を押し付ける。
黒く威圧感を放つ自動拳銃であり、男の顎に押し付ければ男は冷や汗を掻いていた。
「やめろと言った」
「……傭兵か? 惚れ惚れするほどの動きだな……どうだい。俺と飲もうや」
「……何?」
襲い掛かって来たと思えば、いきなり飲みに誘われる。
心の中で困惑していれば、男はゆっくりとリボルバーを動かす。
ホルスターのリボルバーを戻しながら、空いた手で俺の拳銃を退かせた。
そうして、顎で酒場に入る様に指示してきた。
「そこのチビは気に食わねぇ。俺の女にちょっかいを掛けたからな……だが、アンタは気に入った。殺そうとした詫びに、一杯驕らせてくれよ。俺は弱い奴は大嫌いだが、強い奴は大好きだ」
「……分かった」
男から悪意を感じない。
驕るという言葉に嘘は無いだろう。
何かを企んでいるのなら、表情や動作で分かる。
このまま城に行っても、門前払いにあう可能性が高い。
だったら、現地民から聞き込みをしておいた方が良いだろう。
俺は銃を仕舞いながら、男についていって――後ろから銃声が聞こえた。
チラリと見れば、サイトウさんが銃を抜いて小男を撃っていた。
眉間を精確に撃ち抜いており、死んでいる事は明白だ。
彼女の足には男の手が触れていて、サイトウさんが俺に目を向けて来る。
「何」
「……いえ、何も」
「……お前の連れは此処の人間か?」
男の言葉には何も答えられない。
彼女に関しては名前以外は不明で……此処の出身かもしれないな。
サイトウさんの判断の速さに困惑しつつ。
自分の努力が無駄であったことを嘆く。
まぁ助けようとしたから良しとしよう。
俺は気持ちを切り替えようとしながら、賑やかな酒場の中へと足を踏み入れた。




