149:鍵を手にする者(side:ゼロ・ツー)
一歩でも建物から外へと出れば、全てが凍ってしまうような空気。
氷の大地と呼ばれる氷結地帯で、とある民族がつつましく暮らしていた。
分厚いコートを着込んで、狩りをしたり釣りをして。
大人から子供まで働いて、寒さに耐えて飢えを凌いでいた。
美味くも無い獣のスープ。
笑顔で差し出されたそれを無理やり飲まされた。
温かいだけで、薄い味付けのそれは俺の好みではない。
奴らなりの持て成しだったのだろうが、ありがた迷惑だった。
告死天使の奴は、奴らからのもてなしを一切受けず。
ただ一言、預言者に会わせろと命令していた。
原住民たちは外部の人間を預言者に合わせる事は出来ないと拒んでいた。
それを聞いた奴は、瞬く間にその場にいた人間を射殺。
残った一人を連れて、奥の部屋に消えていった。
死体の山の中で残された俺は、奴らが作った地酒を飲んでいた。
スープや料理は味がしなかったが、この酒はイケる。
死んでいった村人は、お祝いの時にしか飲めない酒と言っていたが……死人には必要ないだろう。
木のコップに注いだそれを飲みながら、俺はアイツの命令を思い出す。
告死天使と一緒に行動するように言われたのは別にこれが初めてという訳ではない。
しかし、あの女があの男以外に向けないであろう笑みを浮かべて俺たちに話しかけてきた時はゾッとした。
何でも、この村に住む預言者は計画を進める上で役立つらしい。
詳しい事は話さなかったが、そいつに何かを予知させようとでも言うのか。
「……予言頼りか……信じられないな。全く」
チビチビと酒を飲みながら、ゆっくりと視線を扉に向ける。
ゆっくりと扉が開かれて行って、外の吹雪が部屋に入って来た。
俺は一瞬で移動して、部屋に入って来た人間を拘束する。
小柄な人間であり、腕で首を絞めながら意識を飛ばそうとした。
「ぁ、かぁ」
「……子供か」
えらく身長が低いと思えば子供で。
それも女であり、大人が帰って来ない事を不信に思ったのか。
帽子を目深く被っていても、匂いで性別くらいは分かる。
俺はこのまま女の首をへし折ろうとした。
ゆっくりと腕に力を込めていけば、ガキはじたばたと暴れて――
「待て」
「……終わったんですか?」
ギィと音を立てて別の部屋の扉が開かれる。
出てきたのは告死天使であり、全身を敵の返り血で赤く染め上げていた。
開かれた扉の先にはぐったりと椅子に腰かける無残な死体がある。
一瞬だけ見えた死体を見て、ガキは更に暴れ出した。
部屋の中の死体を見ても、さほど動揺していなかった。
しかし、一瞬だけ見えたあの部屋の死体には驚いていたな……こいつ、何か隠しているな?
一瞬、何かがキラリと光る。
袖から刃物を出したガキは、俺の腕にそれを刺そうとした。
俺はそれを見て、奴の体を動かす。
足を払えば奴は体勢を崩して、体を浮き上がらせた。
俺はそんなガキを床に勢いよく叩きつけた。
その衝撃でガキは手から短剣を落として、かはりと肺から空気を出す。
ガキの腹に足を降ろして踏みつける。
強く踏みつけてやれば、ガキは俺を睨みつけてきた。
俺はそれを無視しながら、指をガキへと向ける。
「……て、事は。こいつですか?」
「あぁ、預言者だ」
「――ッ!?」
「へぇ、本当に未来がねぇ……なぁ、何であの部屋の死体には驚いてたんだ?」
「……」
「答えろよ」
「――ぅぅ!!」
足に込める力を強めれば、奴の体から音が鳴る。
ガキはもがき苦しみながら、必死に足をのけようとしていた。
それを冷めた目で見ながら、俺は注意深く観察する。
天子の情報では、預言者はもっと年老いた人間だったが……これはどういう事だ?
このガキはどう見積もっても十代だ。
十代後半では無く、十代前半だろう。
そんなガキが預言者であったとして、東源国のスパイが間違うのか?
俺が疑問を抱いていれば、ゆっくりと告死天使が近づいてくる。
奴の手には血で染まった短剣が握られていた。
奴はガキの前に立つとゆっくりと手を上げる。
そうして、勢いのまま短剣を床に刺した。
ガキの頬スレスレに刺さったそれ。
しかし、ガキには驚いた様子は無く――お?
「これは……こういう仕組みか」
ガキの目を見れば、黄金のように輝いている。
先ほどまではただの何処にでもいるような青い瞳だった。
しかし、今見れば金色に輝いていて揺れ動いていた。
まるで、瞳の中に小さな宇宙でもあるようで、俺は静かに笑う。
「……先代が死に、お前がその力を受け継いだ。お前の家系は代々、その力を継承していった」
「……っ」
「答えなくていい。アレから全て聞いた」
「嘘、だ! 父様が答えるわけ……っ!」
ガキは怯えたように口を噤む。
体が小刻みに震えていて、告死天使をジッと見つめていた。
何かよからぬ未来でも見たのかと思って、俺も告死天使を見た。
すると、奴はポケットから何かを取り出した。
小瓶に入った錠剤で……あぁ、なるほどね。
告死天使が何をしようとしているのか理解した。
俺はガキから足をのけた。
すると、ガキは床を這って逃げようとした。
帽子がぼとりと床に落ちて、女の黒髪が垂れる。
俺は奴の長い髪を掴んで動きを止めさせた。
短い悲鳴を上げてのけぞるガキ。
俺はすかさず奴の体を拘束して、無理やりに口を開かせた。
告死天使は瓶の蓋を取ってから、中から錠剤を一つ取り出した。
確か、神薬と奴らは呼んでいたな……あの女もおっかない事を考える。
人の魂を再構築する薬を。
あの女も開発して、独自に製造した。
ゴースト・ラインのものよりは劣るだろうが。
相手を傀儡にしてしまうのであれば、十分すぎる代物だろう。
女はポロポロと涙を流して首を左右に振る。
俺は奴の頭を固定しながら、さっさと済ませるように告死天使に言う。
「案ずるな。死ぬ時が来ただけだ。その体は私が貰う」
「――ッ!!」
奴はゆっくりと錠剤をガキの口に入れる。
そうして、鼻と口を押えて呼吸を止めさせた。
女は最後まで抵抗していたが、薬は喉を通って体内に入る。
俺がガキから離れれば、ガキは一瞬で瞳から光を消した。
糸の切れた人形のように床に倒れ込んで、暫くの間、告死天使は見ていた。
「立て」
「……はい」
告死天使が命令をする。
すると、ガキはスッと立ち上がる。
その目には光は宿っていない。
まるで、動くだけの死体であり、俺は心から嫌悪した。
「オーバード。その鍵は何処にある。答えろ」
「……オーバードの鍵?」
初耳であった。
てっきり奴はオーバードの在り処を聞くのだと思っていた。
しかし、奴はその在り処では無く良く分からない鍵というものがある場所を聞いた。
オーバードの鍵とは何だ。それが無ければオーバードは使えないのか?
俺が頭に疑問符を浮かべていれば、ガキの目は再び金色に染まる。
そうして、ゆっくりと言葉を発した。
「――かつての英雄。大罪人が愛する者が、持っている」
「……く、くく。やはり、間違っていなかった……全ては運命だ」
告死天使が不気味に笑う。
俺は額から汗を流しながら、奴の横顔を見ていた。
悪趣味なマスクを被っているから表情何て見えない。
しかし、今の奴は俺が怯えるほどに不気味な笑みを浮かべているんだろう。
先ほどの奴の笑いは、事が上手く進んで喜んでいる奴の笑い方だ。
金を払うのならこいつにはついていくが……いや、まだだな。
こいつの性格が破綻しているのは最初から理解している。
魂を破壊して再構築するっていう危ない薬を子供にも容赦なく使えるのだからな。
俺ですら少なからず罪悪感を感じているが、こいつは微塵もそれがない。
罪の意識が無い、そもそも、自分のしている事を全て正しいと思っている節がある。
そんな奴に何を言っても無駄であり、言うつもりも更々無かった。
この先の未来で、こいつがどう動くのか。
それは俺にも分からない。
しかし、こいつは碌な死に方をしないだろう。
俺自身も悲惨な死に方だろうし、死んだ後も地獄行きだ。
だったら、悪党は悪党らしく最後までやるしかない。
「……ゼロ・ツーこの女にはまだ利用価値がある。庭園に戻るぞ」
「……へいへい……ま、金払いは良いから俺は良いけどさ」
告死天使は外へと出ていく。
俺はガキの背中を叩いて外に出るように言った。
扉を開けて外に出れば、一面が真っ白な世界で。
猛吹雪の中で、奴の機体と俺の機体が鎮座している。
チラリと視線を横に向ければ、この女がいたであろう家があった。
薄っすらと窓の方に人影が見える……命令は無いから、無視で良いか。
理由も無く殺すのは性に合わない。
通報されようとも、庭園まで来れる人間はいない。
だったら、面倒な事をせずに放置で良い。
俺はガキの背中を押しながら、俺の機体へと誘導する。
息も凍り付くような世界で生きていた一族。
その末裔の末路は、外部から来た悪人に良いように利用されてポイ……悲惨だねぇ。
本当に残酷な世界だと思いながら俺は道を進む。
告死天使が浮遊する自動機械を使って雪を溶かしている。
水となって雪が解けていき、道が出来ていく。
その道の中を進みながら、俺は地獄へと進んでいるであろう自分に心の中で笑っていた。




